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4章1

『ユートピア』の一件から数日後。

 シティのとある高級ホテルで開かれている豪華なパーティーに、ブランド物のスーツでガッチリ決めた英士えいじ達の姿があった。

 落ち着いた雰囲気を保ちつつスーツをカジュアルに着こなしている。そのためか、高級スーツを身に纏ったブルジョア人が集まるこの場では(いささ)か存在が(かす)んでしまう。それに比べてしんは、ストライプが入ったオレンジ色のジャケットに蛍光色に近い緑のパンツと独自のファッションスタイルを貫き、周囲を圧倒させている。一方、愛衣あいは肩から胸の谷間まで見える大胆な露出度の高い黒紫色のドレスを着こなし、普段はツインテールにしている髪を後に巻いてお団子にしている。そのため白いうなじがさらされ、艶めかしさと愛衣の美貌が相まって周囲の男性の目を釘付けにしている。

 愛衣に集中する視線にムッとした英士は、ガードマンのよう愛衣の前に立ち視線を遮断した。

 人前で滅多に見せない英士のシスコン部分を見逃さなかった龍平りゆうへいは、にんまりと笑った顔を必死に手で覆い隠していた。ごく普通のグレーのレンタルスーツがこの場では逆に珍しく、人目を集めてしまっている。クスクスと笑っている姿が不気味に思われたらしく、危うく係の者に肩を掴まれて追い出されそうになった。幸い、英士達のフォローもあって事なきは得た。

「それにしてもスゲーなあ! テレビで何度か観たことのある奴らがわんさかいやがる。あ、あそこにいるのって、超有な女優じゃねえか?」

「ああ、この会社のCMやってるから招待されたんだろ。それよか、あっちにお前の好きなアイドルいたぜ」

「マジか♪」

 いつも画面の向こう側にいる人間達が今この場にいることが信じがたいのか、英士と龍平が見覚えのある著名人を見つけては指を差して子供のようにはしゃいで、お気に入りの有名人に用意周到に持っていたペンと色紙でサインを書いてもらっていた。

 見るに見かねた愛衣が二人の耳を引っ張り強制終了させたものの、サインを書いた者の記憶に『面白い子』と脳内メモリーに記録されてしまった。

「痛いよ愛衣! これじゃ耳が千切れちゃうよ」

「耳引っ張られるのもこれはこれで……アハ❤」

 Mへの扉が開きかけている馬鹿の言葉を無視して、愛衣は英士の顔を摘み強制的に視線の向きを変える。向けられたその先には、高級スーツを着こなしたお偉いさんオーラ全開の人間達がワインを片手に談笑していた。

「分かる? あそこに集まっている人達全員FBエフビー関連企業のCEOだの代表取締役だの、とにかく社長的ポジションにいるお偉いさん達よ。芸能人のサインを集める前に、スポンサーになってくれる会社を集めた方が得策だと思うわよ」

「う、愛衣のくせに的確なこと言われた」

「龍平もよ! あんた以前FBのエンジニアになりたいとか言ってたわよね? だったら英士と一緒に、あの人達に一生懸命アピールしてきなさい。進路希望調査に何を書くか悩まなくて済むかもしれないわよ」

 獅子が我が子を谷へと落とすように、愛衣も二人の背中をポンと押して企業のトップに君臨する者達の元へと放り込んだ。

「……我が子ってのは、親が見てなくとも勝手にたくましくなるものなのだな」

 黒い振袖にグレーの袴と、和服を身に纏った大柄な中年男が娘の成長ぶりを目の当たりにして、感動に浸っていた。

 利創堂里りそうどうり

 大手企業の社長でありながら眞と愛衣の父親であり、英士の義理の父でもある。

 普段岩石のように硬い表情をしている父親が寂しげな顔をするのが珍しいのか、隣に立っていた眞が目を一瞬だけ丸くした。

「父さんがまさかそんな顔するなんてね。でも、そんなことはないと思うよ。愛衣も英士もそれに俺だって、父さんにみっちりと鍛えてもらったから強くなれたんだ」

 息子の感謝の言葉に感激し堂里のもろい涙腺が決壊する。無形文化遺産級の男泣きをする堂里を見て周囲の人間が騒ぎ始める。「あの利創堂里が号泣している!」という驚きの声もあれば、「うわぁ~、いい年したおっさんが号泣してるよ」という若干引いている声も聞こえてくる。

 リミッターが外れ制御が効かずに涙を流し続ける父親を情けないと思った愛衣は、何処からか取り出した扇でスパーン!! と父の頭を力強く叩いた。

「はいは~い、泣くなら人の居ない所で泣きましょうねー」

「ぬおっ、何をする愛衣!?」

「仮にも、お父さんは地方分権に一役買った英雄の一人として称えられてるの。もうちょっと偉人としての自覚を持ってよね」

 そんな偉人の耳をいとも簡単に引っ張る愛衣の方が英雄視されそうだ、と眞が微笑ましい顔でそんなことをこっそり思う。

「さてさて、父さん以外の地方分権の英雄はどんな人なんだか。このパーティーの主催であるADVANCE(アドバンス)ILLUSION(イリユージヨン)社の社長、美汝幻栄(びじよんげんえい)って人は」


 企業のトップに君臨するお偉いさん達への挨拶を終えた英士と龍平。その二人の表情が緩みに緩みまくり、キラキラ幸せオーラに溢れていて逆に気持ち悪く見えた。

「愛衣の言うとおりお偉いさんに話し掛けてみるもんだな、龍平?」

「全くだぜ相棒。これで定期的に書かされる進路希望調査と格闘する手間も省けたも同然」

 最初話し掛けた時はお偉いさん達が「何だこのガキ?」という顔をしていたので泣いて逃げ去りたくなったが、先日のFB大会の優勝者だと英士が自己紹介した途端、目の色と態度を変えて握手を求められた。その後一分もしない内にスポンサー契約やCMの話を持ち掛けられ、嬉しい悲鳴を上げることになった。

 龍平もFBのエンジニア志望だと打ち明けFBに関する深い知識を披露したら、「是非その知識を我が社に役立ててくれないか」と何社からか熱い声を掛けられ、進路先をほぼ確定させた。

「俺なんて、何社からか自社の研究施設提供してくれるって言われたぜ。何でも、最新のシュミレーション機器があるんだってさ」

 そう言うと英士は携帯端末のモニターを表示させ、貰った名刺データを龍平に見せる。

「結構メジャー所が揃ってんな。今度研究施設巡りでもしてみるってのも良いんじゃねえか?」

「それもそうだな。普段お目にかかれないシュミレーション機器を体験できるし」

 スケジュールを後日相談する必要があるなと英士が考えていると、

「あ! いたいた、黒鉄くろがねく~ん♪」

 後方より自分を呼ぶ声が聞こえてきた。後を振り向いてみると、ピンク色のドレスを着た美少女が手を振りながらこちらに向かって来ていた。ルビーのように輝かしい深紅の髪にエメラルド色の瞳をした女の子、ADVANCE・ILLUSION社の社長令嬢、美汝かえでだ。

「本当に来てくれたんですね。私、あの時のお礼をちゃんとしていなかったので、改めて言わせて下さい。ありがとうございます! 今日会える日を楽しみにしていたんですよ☆」

 瞳をキラキラ輝かせ躊躇ためらいもせず手を握って腕をブンブン振るう楓に、英士は若干引いていた。普段可愛い女の子を見つけたらなりふり構わず声を掛けるチャラ男の龍平でさえも、その気迫に押されてポカーンと口を開けていた。

「あ、あのー、そろそろ放してもらえるかな、手? それと、周りの視線が痛いんだけど……」

 ハイになっていたテンションがクールダウンして周囲を見る余裕ができた。だがしかし、すぐに違う意味で落ち着きが保てずに赤面する羽目になる。

「あわわわわわ……」

 半分涙目で握っていた手を放した楓はペコペコと頭を下げ、ごめんなさいを連呼した。それが逆に面倒事を招いていることに気づいて欲しいと思う英士は、苦しい笑顔を浮かべていた。

「ダメよ英士! 女の子に頭を下げさせるマネなんてさせちゃ。そこはちゃんと男の子の貴方あなたがフォローしてあげないと☆」

 愛衣が微妙な空気を断ち切るために助け船を出すと、ご自慢のポーカーフェイスで微笑み、楓に「頭を上げて」と優しく声を掛けた。

「美汝楓さんよね?」

「ええ……あ、はい! あなたは……?」

「初めまして、英士の義姉の利創愛衣です。本日はお招きいただきありがとうございます」

 愛衣が礼儀正しく挨拶を済ませると、眞が堂里を引き連れて合流してきた。

 純和風な格好で図体がでかい堂里がインパクトがあったのか、楓の肩がビクつく。別にパーティーにおいて相応しくない服装ではないのだが、その巨体と和服とのコンボがあっちの方面の人に見えてしまうのは否めない。

 楓の怯える眼差しを見た堂里はしょぼんと肩を落とし、心の中では銅の鐘が寂しく鳴り響いていた。

「気にするな父さん、いつものことじゃないか?」

「うぐっ!!」

 励ましのつもりが逆に堂里の傷ついた心を抉る結果となった。追撃犯である眞は頭に「?」を浮かべて小首をかしげる。たまに出るこれはわざとなのか素なのか、実の妹である愛衣でさえ未だに見分けがつけられない。


 ねた堂里なら後で勝手に復活するので放置することにした少年少女達は、自己紹介を済ませ、たわいもない話に花を咲かせていた。

「黒鉄君がFBを始めるきっかけって、眞さんだったんですか?」

「ああ。小学校の頃、引きこもり体質だった英士に何かアウトサイドな趣味を持たせようと思ってね、趣味でやっていたFBを勧めたらそれが気に入ったみたいで、始めて数日足らずでアクロバティックな技にも挑戦していたよ」

「懐かしいわね。あの頃の英士はしゅっちゅう怪我して家に帰って来てたわ。その度に私が傷の手当てをしてあげたんだけどね❤」

 幸い怪我の原因がヒーローの必殺技を叫んで機体から落下したという黒歴史を暴露されなかったが、それを思い出すだけで羞恥の沸点に達して英士の顔が真っ赤に染まる。

「ふふ♪ 元気な男の子だったんですね。その頃の黒鉄君に会ってみたかったです」

 それだけは何が何でも絶対にゴメンだ。当時の英士は暗い性格であまり社交性に乏しく、空想に浸ることが大好きなイタイ子だった。それに自身の能力を十分に制御する技量を備えてなく、精神的不安定に陥る事態が多々あった。

「あの時の話はもうお終いにしよう。それよか、流石ADVANCE・ILLUSION社主催のパーティーだね。有名人はもちろん、企業の人間や政界に顔を利かせる人間もチラホラ見かけるよ」

「ええ。皆さんも知っての通り、父の会社は様々な業界に映像技術を提供しています。そうですね……身近で言うならば、街中で見かけるAR掲示板や教育機関などに用いられるホログラム映像などの技術は全て父の会社の物です。細かい部品については各中小企業の物ですけどね」

 テレビ局各局で用いられるホロモニター、国会に関わらず地方議会でも用いられるホログラフィによるネームプレート、その他にもFBはもちろん自動車や航空機に備わっている映像もADVANCE・ILLUSION社制の物がほとんどだ。

「そういうのは何となく俺でも知ってるぜ。だけどよー、政界の人間がこの会場にいるのは何でだ?」

 龍平の素朴な疑問に愛衣がため息を吐きながら首を横に振った。

「良い、龍平。美汝楓さんのお父様、美汝幻栄と言えば、東京に集中していた様々な主権を全国に分散させ、過疎化などの理由で廃れ逝く運命にあった全国の市町村を発展させることに成功した、地方分権の英雄の一人よ」

 中学生で習った教養を今更ながらに言われた龍平は、「そんなの俺でも知ってらぁ!」と悔し紛れの一言を放つ。

「経済に詳しい者、政治に詳しい者、教育に詳しい者、幻栄さんを始めとする各分野のエキスパートが集まって一つのベンチャー企業を設立したんだ。かつて羽生はにゆうと呼ばれていたこの地でね」

 愛衣に代わって眞が説明を受け持つ。

「始まりは単なる地方のベンチャー企業だった。それでも彼らは各々大学や企業で培った知識や経験、各業界とのコネクションを存分に利用し事業を拡大させていった。その中の一つに地方自治も含まれていたのさ」

「そういやー……そんなの教わった気がする、うろ覚えだが。だがよー、単なるベンチャー企業が地方自治にまで手を伸ばしたのは何で?」

 と。

「単純な考えさ。俺達は東京オリンピック後の日本社会を劇的に変えたかったんだ。それで考えついたのが地方活性化だった」

 白いイタリア制の高級スーツを身に纏った男が少年少女達の会話に介入してきた。ダンディな声から察するに四、五十代に思えるが、それにしては年相応のシワが見当たらなく、二十代と言っても過言ではない甘いフェイスでスリムな体型の男性だ。

「お父様!」

 美汝幻栄。

 欧風な外見をしている楓とは対照的に、緑黒髪と呼ばれた純日本人の外見をしている。

「いつまで経っても一極集中型社会だった日本の仕組みを変えたくてね、地方を強化することにしたんだ。一度地方自治を企業の管理下に置き自治を担う人材を育成、企業が撤退した後にその育てた人材が自治を担っていく。そういった仕組みを全国各自治体に広め、地方を強化した。特に関東周辺を強化したことで東京にプレッシャーを与え、結果として様々な主権を地方に分散させたのだよ」

 地方分権が成された結果、地方の医療機関や介護施設、教育機関もが充実していき、地方都市の増加に伴い娯楽施設も増えて全国の治安も改善されていった。

「日本社会が地方分権化された後、地方分権の英雄と呼ばれた俺達は各々の道を見つけ散り散りになっていった。俺の場合、地方分権化するために作った各方面のパイプを最大限利用して新たな企業を立ち上げたがね。それがこのADVANCE・ILLUSION社だったのさ。話が長くなったが、この会場に政界人がいる理由だけど、大体は未だに継続しているパイプによるものだ」

 例外はあるけどねと言い、幻栄は龍平の肩にポンと手を置いた。

「分かったかい?」

「は、はい! 大変勉強になりました」

 絶対コイツ理解できてねえと英士達は思った。

「地方分権の英雄ともてはやされているが、それは成功したからの話だ。失敗していれば、日本史の教科書に『国家に対してテロ行為を行った重罪人』なんて載せられていたかもな。俺も、それにそこで落ち込んでる馬鹿たれも」

 ため息を吐きながら幻栄はこの会場にいるもう一人の地方分権の英雄へと視線を向けた。

「……どうして同じ英雄でもこうも違うかね、義父さんは?」

「そう言うな、あれでも(````)十分誇れる俺達の父親さ」

「眞の言う通りよ英士。あれでも(````)人を育成したり、指揮する優れた能力があるんだから」

 愛する我が子に誉めているのかけなしているのか、せっかくリカバリーしかけていた堂里の心がまた抉られる。

「容赦ねえな、お前ら」

 こんな彼らの微笑ましいやり取りを招かれざる者が遠くから見ていた。不敵な笑みを浮かべ、ただ復讐の機会をうかがいながら。

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