3章6
辺り一面が紅蓮の炎で燃え盛る中、フォーチュンワールドの最高権力者であり最強の力を誇る女皇陛下が渾身の力を拳に込めて、ストレートを放つ。だが、普段よりも力が入らずスピードも遅い。攻撃は簡単に回避されてしまう。
「はあ、はあ、はあ……」
オブジェクトデバイスのシステム加護で能力が飛躍的に上がるのだが、システムに何らかの異常が発生しているためシステムの加護を受けられない。システムの加護無しでは体力の消耗が激しく、女皇陛下の体力はもう限界に近かった。
「何故です、何故システムが正常に作動しないのです!?」
どんなにホロタグをいじってもブザー音が鳴るだけで、システムのどの部分が支障を来しているのかさえ解らない。
「やれやれ、どうせ貴様はここで終わる。冥土の土産に特別に教えてやろう」
女皇陛下とは対照的に、ホプキンスの表情にはまだまだ余裕が見られた。
「貴様を始め我が輩の部下二人に倒された美少女戦士のオブジェクトデバイスには、予め時限式のウイルスを仕込んでおいたのだよ。デバイスのOS機能を完全に無力化させるプログラムをな」
「……そういうことですか。必要じゃなくなったら処分する。私達全員、本当に実験用のモルモットだったんですね」
「少し違うぞ。シティにも日本の防衛にも役立ちそうな優秀な美少女戦士には、自動的に仕込んであったウイルスを削除してくれる修正パッチを密かに送り、今日この世界に来なくて済むようなスケジュールもちゃんと組んである。つまり、今この世界にいる奴らこそが本物の実験用モルモットという訳だ」
落ちていた紙くずをゴミ箱に入れるように、床に付着した汚れを雑巾で拭き取るように、ホプキンスは両腕に装備している巨大なパイルドライバーで女皇陛下を殴り、ドライバーから針を発射して手足に風穴を開けた。
「あぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?!?」
悲鳴と共に赤黒い血が飛び散る。それでもホプキンスは蛙やフナの解剖の延長だとしか思っておらず、針を女皇陛下の体に次々と刺していく。
何度も何度も針を刺されていく内に、神経が麻痺して苦痛さえも感じなくなる。今は痛みより、無残に殺されていった仲間達の敵が討てなかったことへの無念さが苦痛となっている。
次第に瞼が重くなり、生きる気力さえも失われていく。
(これは私への罰なのだろうか?)
死に逝く中で女皇陛下は思う。
(科学万能を信じ、この世界の古より伝えられし力を破棄してしまった)
自身の過去の行いを罪として悔いていく。
(だから、これはこの世界が私に与えた罰)
女皇陛下の額にホプキンスの巨大なパイルドライバーが押し当てられる。
(でも……、このままでは仲間達の無念を晴らせない!!)
女皇陛下の瞳から力強い眼光が放たれる。しかし手足に全身に釘を打ち込まれ、これでは身動きが取れない。
(ならば、この憎き悪魔を道連れにする。道連れが無理でも、せめて腕の一本は貰っていく。それが、今私のできる最後の悪あがきだから)
ニヤリと女皇陛下が笑う。その直後、彼女の全身が異様なまでの輝きを放った。
「ほう、面白い」
女皇陛下の強い意志にフォーチュンメタルが反応し、システムエラーを無視してありったけのスペルゲン粒子を引き寄せていく。
「まさかFMがシステムの支配に抗い、人の意志に応えるとは」
そして強烈な輝きと共に巨大な光のドームが発生し、辺り一面を吞み込んだ。
宮殿を中心に半径数百メートルが闇さえも吸収する白に染まり、まるで世界全体が白に支配されたかのように純白な光景が広がっていく。
だが、そんな景色も一分と持たなかった。
再び世界が色を取り戻していく。緑溢れる森も、透明度の高い綺麗な湖も、紅蓮色に燃える炎も、破壊された宮殿も、全てが元に戻っていく。あの白いドームは何の破壊力も持たず、女皇陛下の最後の悪あがきはただ辺り一面を白く染め上げたことに過ぎなかった。
「システムに抗ったといえど、取り戻せたのは攻撃範囲演算だけだったか。威力演算さえ取り戻せていれば、例え攻撃範囲が狭くとも何とかなったかもしれんのにな」
抵抗する気力さえ完全に失った。
絶望に浸る女皇陛下の額へとパイルドライバーが当てられる。
射出口がギラリと煌めく。
「まあ、並のオブジェクターなら、自身のオブジェクトデバイスのシステムチェックを定期的に行うのが基本中の基本なのだがな。貴様ら無能が定期点検を怠ったことも事態を悪化させた要因の一つだと我が輩は思うぞ」
しばしの沈黙の後、ドシュン!! と鈍い音が鳴り響いた。




