3章2
「う、う~ん! 報告書も送ったし、今後の話に関してはあっちに任せるしかないから、私の役目はここまでね」
報告書を書き終えた楓はモフモフとしたファンシー系のウサギの枕を抱きかかえ、ベッドに跳び込んだ。最高級の睡眠を追求した一級品のマットが雲の上に寝そべっているような宇遊感を与え、硬直した筋肉や間接を解してくれる。
美少女戦士に常時配布される治療用ナノマシン入りのカプセル剤を一錠飲み、戦闘によって負ったダメージは九割方回復している。別れ際に英士が施してくれた治療も甲斐あって、逆に恐わいくらいに回復が進んでいる。何でも、自身の能力を応用したもので、酸素濃度と気圧をコントロールし細胞に酸素を与えやすくして血液の循環を向上させたことでナノマシンの治療を促進させたようだ。ようは、酸素カプセルと同じ原理だ。
「黒鉄英士君か……。ねえ、あなたはどう思う?」
抱えていたウサギの枕に問い掛ける。
コンビニ一店舗分はある大きさの部屋に置かれた無数のアニマル系ファンシーグッズの中で、このピンクのウサギの枕は特にお気に入りの物。それを抱いてベッドで寝そべる時は大抵機嫌が良い時に限る。
「強くて、頭が良くて、それなのに女の子に対するデリカシーが足りないのが玉に瑕で、それでも……ちょっと格好良かったな。ちょっとだけね❤」
今日あった一日の出来事を振り返ってみる。
接触を試みた際、同じ美少女戦士仲間から教えてもらった悩殺テクをさり気なく試したところ、簡単に鼻の下を伸ばしていたので単純な男だと思った。
ブティックでファッションショーをした時にはエッチな感想を言われた。
美少女戦士に変身した時は、恥ずかしい、エロ可愛いなどと、屈辱的なことを言われた。
戦闘のどさくさに紛れて胸を揉まれた。
だが最終的に命を助けられ、お姫様だっこを経験した。
「黒鉄英士君、黒鉄君。……英士君? きゃっ❤」
英士の名前を口にするだけで乙女心がくすぶられる。足をバタバタさせてお気に入りのウサギの枕をギュッ! と強く抱きしめる。
「また会いたいな~♪ 連絡先も交換したから電話してみようかな~♪ で、でも、何て話せば良いんだろう? 『昼間はありがとうございました』じゃ無難だし、ツンデレ風に『べ、別に助けてって頼んだ覚えはないんだからね』って言うのも変だし。思い切って『王子様みたいで格好良かったです』って言っちゃおうかな。いや~ん、私のバカァン❤」
黄色い声を出しながらリズミカルに足をばたつかせる。表情も完全に緩みきり、ウサギの枕を抱いたまま体を擦らせて何回も頬ずりをする。口からは涎が樹液のように垂れていた。傍から見れば、JKが国家機密級に秘密にしたい営みを行っている風にしか見えない。
楓にとって英士のようなタイプの男と出会うのは初めてだった。
幾度となく参加したパーティーでは、挨拶回りで美汝という名字を口にした途端に気まずい顔をする者や、財産目当てで婚約を申し込む男もいた。幼少期からそんなことを味わってきたせいか、中学に上がるまでの楓の性格は暗く、友人も少なかった。世間からの目にコンプレックスを抱き、人間関係に絶望していた。
しかし楓が中学に上がってちょっとした頃、妖精ルンバとの出会いをきっかけに彼女の性格は徐々に明るくなっていった。
色々な人と出会い、色々な人の悩みを知り、自分の悩みがちっぽけなものだと思い知らされた。数年にも渡る『ファントム』との闘いを通して他の美少女戦士達や妖精達の仲間と共に傷つき、助け合い、精神的にも成長を遂げていった。
だが、楓に近づいてくる男はあまり変化も無く、男性に対して引けを感じるのはどうしても直らなかった。
しかし黒鉄英士という少年は、今まで楓が出会ってきたどんな男達とも違う何かがあった。残念ながら、今の楓にはそれが何なのか口で説明することは難しく、できない。
体が少し火照ったところでピピピ! と電子音が鳴る。
【CALLING】と書かれたホロモニターが楓の目の前に表示される。
スティック状の端末を接続スタンドに置くことで半径二〇〇メートル以内の距離までナノデバイスを飛ばして端末内のデータを共有し、画面を空気中に表示してくれる。
もしかしたら黒鉄君からの電話かもしれないと思った楓は、慌ててウサギの枕を投げ捨てて身なりを整え始める。服や髪が乱れてないか手鏡を見ながらチェックし、「良し♪」と自分に合格点をあげてから端末を手に取り【通話】アイコンをクリックした。
「あ、あにょっ! 出るのに遅くなってすみません、ちょっと野暮用がありまして」
「……一体誰に何の話をしてんの? 私よ、わ・た・し! あなたと同じ美少女戦士で友人の土倉英奈よ」
通話相手は琥珀色の艶やかな髪をしたツインテールの女の子、楓の同級生(学校は違う)の土倉英奈だった。確かにモニターには【ENA TUTIKURA】と書かれている。
無駄な緊張が抜け落ち、思わず息を漏らしてしまう。
「な~に、相手が私だったのがそんなに不安? それとも、私以外の誰かと電話する約束でもしてたのかにゃ。例えば……ちょっと気になる男の子、とか?」
妙に鋭い友人の推測に楓の額から変な汗が流れ出す。本人は精一杯隠しているつもりでいるが、英奈から見れば逆に引いてしまうくらいにバレバレだ。
「え? 冗談のつもりで言ったんだけど、マジでそうだったの!? 何かごめん……」
「あ、謝らなくて良いのよ。そ、それに、これが恋いかどうかはまだ解からないし。でも、気になるのは本当よ」
今日起きた出来事を一連の流れで説明した楓は、英士にどう言って電話するべきか英奈に相談を持ち掛けた。
「ふ~ん、色々と大変だったのね。電話で何を話して良いか分からないなら、最初はメールで感謝の言葉を送っておいて、後で電話する折り合いをつければ良いんじゃないの」
「そっか、その手があったか!」
「いや、指を鳴らしてナイスアイディアと言われても、誰でも考えられる基本的な策をただ述べたまでだし」
「ううん、私じゃ全然考えられなかったよ。やっぱ英奈に相談して良かった♪」
こんな何げないことであっても、英奈の存在のありがたみを今日改めて楓は知った。
「それよりも英奈、何か用があって私に電話してきたんじゃないの?」
「ああ、そうだったそうだった」
楓の相談ですっかり本題を忘れていた英奈は、消印が押されたレターを取り出した。
「それって、先日送ったパーティーの招待状よね?」
「うん、だけど急に家の用事ができちゃって、悪いんだけどパーティー当日は行けなくなちゃったの。せっかく招待してもらったのに、ごめん……」
三日後に楓の父、幻栄が社長を務めるADVANCE・ILLUSION社が主催するパーティーが予定されている。シティでも屈指の高級ホテルで開かれ、各界のお偉いさんや大株主、一流芸能人さえも招待されている。単なる一般家庭の子であるはずの英奈が招待状を持っているのは、楓の友人として招待されたからである。
「気にしないで、他に用事ができちゃったのは仕方の無いことだから」
それでもちょっとした寂しさを感じてしまうのは事実。パーティー当日は英奈と二人で行動し、自分に寄って来る男性を避けようと計画していたのだから、余計に心細い。
「あー、そうだ!」
急に英奈が何かを思いつたように大声を出す。シュンとしていた楓の心臓が破裂寸前までに鼓動が早くなる。
「な、何、急にどうしたの!?」
「パーティーよ、パーティー! 楓がその気になる男の子とまた会いたいんだったら、このパーティーを口実にしてまた会える機会を作っちゃえば良いのよ」
その瞬間、楓の頭に希望の兆しがよぎった。




