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2章11

「——本当に喋っちゃって良かったのかなー?」

 英士えいじはゆったりと湯船に浸かり、今日一日の疲れを汗と共に流していた。しかし過去のトラウマをかえでに打ち明けたことが正解だったのかどうか頭から離れず、物思いにふけていた。

「セブン、どう思う?」

「キュー?」

 一緒に風呂に浸かっていた利創りそう家のペットのペンギン、セブンは可愛らしく小首をかしげた。

 スマートペンギン。どんな環境にも適応するように品種改良されたペンギンで、知能がとても高く犬や猫と同じように飼いやすい鳥種だ。セブンもそのスマートペンギンの一羽である。

「何だよその答え」

 目に入れても痛くないほど愛らしい姿が心に癒やしを与えてくれる。何だか全てが馬鹿らしく思えてきて、英士の表情が緩んだ。悩むことを止めてセブンに感謝の意を込めて優しく頭を撫でる。

「キュルクックー♪」

 目を瞑り気持ち良さそうな鳴き声を奏でるセブン。そんな気楽なセブンが何だか羨ましく思えた英士は、自分の過去を喋ったことは正しかったと肯定することにした。

美汝びじよん楓か……」

 ふと天井を見上げると目の錯覚なのか、白い湯煙から楓の顔が浮かんできた。

 美少女でありながら露出度の高い衣装を纏い、美少女戦士プリティーフォーチュンと厨二病ちゆうにびよう臭全開だった彼女が頭から離れない。メンタル系の能力者に記憶操作されようとも楓の記憶部分だけは残ってしまいそうだ。

「まさかADVANCEアドバンスILLUSIONイリユージヨン社の社長令嬢だったとは、美汝って苗字聞いた時に気づくべきだったかな」

 楓の父である美汝幻栄げんえいは言わずと知れた経済界に大きな影響を及ぼす大企業の社長だ。

 現在世界中で用いられるARやホログラムといった映像技術は、シェアの半数以上が『ADIC』——《Advance Illusion Corporation》——のものだ。

 その技術というのは、セグメントに映像符号化された情報を映像として表示する地上デジタル放送の技術を応用したもの。街中に埋め込まれたり漂っているナノデバイスが空気中に画面の枠を型取り、そこに映像符号化された情報を送ってデバイスの素材であるFMエフエムが情報を高速処理し、空気中に映像が表示される。この映像フォーマットを最初に考案したのが幻栄だと言われている。

 可憐で高貴な容姿に加え、超能力や能力者についての深い知識と教養を持っていたことにも英士は高い関心を抱いていた。

 超能力開発を行っていない地域では未だに能力者に対しての差別や偏見が混ざった事柄が教えられていて、正しい教養が行き届いていないのが現状だ。能力者に関する正しい知識を教えられた者はそれだけで高い教養を学んでいる証拠だ。更に言えば、親が政治家や経営者の子供達は超能力を身近に触れる機会が多いこともあって、能力者に差別意識を抱く者は少ない。

「今度お礼をさせてくれって言われて成り行きで連絡先交換しちゃったけど、意外とラッキーだったかも。楓さん、結構可愛いし♪」

 災い転じて福と成す。可愛いお嬢様の連絡先をゲットできたから今日の災難はプラマイゼロと考えた英士は、浴槽から立ち上がった。

 ちょうどその時、ガラッと風呂場の戸が開いた。義姉の愛衣あいが服も下着も身に着けずに生まれたままの姿で入ってきたのだ。

「あ~ん、英士に私の裸を見られちゃった☆」

 愛衣はわざとらしく両手で自分の胸を隠した。

「嘘こけ!! いつものように俺が風呂入ってるタイミングを見計らって入ってきただろ」

「んもー! どうしてこの子はこんな美人な義姉の裸を見ても何にも興奮しないのかしら?」

 答えはシンプル。

「ぶっちゃけ見慣れた」

「ガーン!!」

 全裸を見られた(見せた)にも関わらず愛する義弟に自分の裸を見慣れたと答えられ、愛衣は多大なショックを受けて床に崩れ落ちた。

「うう、もう私の体は英士の性欲を満足させるに至らない単なる傷物になってしまったのね」

「誤解を招くような言い方は止めい。つーか、早くここから出てけよ」

 英士が風呂場の戸を閉めようとしたその時、

「隙あり❤」

 愛衣が全裸のまま英士に抱き付いてきた。

「え、ちょっ!? ば、馬鹿!!」

 強引に抱き付かれた英士はバランスを崩し、そのまま二人とも浴槽へと逆さまにダイブした。

「グエッキュー!?」

 まだ浴槽に浸かっていたセブンが慌てふためき悲鳴を上げる。

「ぶはー!! いきなり何すんだよ!?」

「ふっふ~ん♪ 英士と久々のお風呂、大きくなった英士を目一杯堪能しちゃうんだから❤」

 いつの間にか英士の体をがっしりホールドした愛衣は、頬ずりをしつつ英士の頬や額に軽く口づけをして幸福感をチャージしていく。

「や、止めーい!! 血の繋がりが無くっても俺達義姉弟、って、あ……」

 愛衣を強引に引き剥がそうとしたら彼女の左胸の乳房が視線に跳び込んできた。

 愛衣の左乳房には斬りつけられた深い傷跡がある。潤うほどに白く美しい肌をしているためか、その傷跡が異様に生々しく見えてしまう。

「……良いのよ気にしなくて。この傷跡は私にとって英士を絶対に守るって誓った証しのようなものだから」

「でもその傷は、あの時俺が……」

「本当に、大丈夫よ」

 愛衣が聖母のように優しい笑顔を見せると、英士の頭をそっと自分の胸に抱き寄せ、優しく包み込む。プルンと柔らかく美しい胸が顔に触れる。いくら見慣れた裸であってもこんなことをされてはドギマギと動揺してしまう。

 この愛衣の傷跡は英士が利創家の養子になってしばらく経った時にできたものだ。

 堂里(どうり)の意向により、英士の強大な力をコントロールするために(しん)と愛衣の付き添いによる鍛錬(たんれん)を日々行っていた。ある時、英士が自信の力を制御しきれなくなる事態に陥り、力が暴走して愛衣に深い傷を負わせてしまった。幸い大事には至らなく愛衣自身も何とも思っていないのだが、英士はそのことを今でも気にし続けている。

 普段は特殊なファンデーションで傷跡を覆い隠しているが、何故か家族の前では隠そうともしない。眞と英士の前では素直な自分でいたいからという理由で隠さないようで、この傷跡は英士が自分にくれた愛の証しだとも思っている。

「私はね、あの時誓ったの。今後どんな災いが降りかかっても英士は必ず守ってみせるって」

「……ありがとう、お義姉ちゃん」

 愛衣はそっと英士の頬に手を当て、それから優しく口づけをした。そして幾度か唇を重ねていき次第に濃厚なものへと変わっていく。

 どろりとした甘味と罪悪感を味わいながら全身から力が抜けていき、英士は目を瞑った。

 心地良いこの感触が何もかも全てを忘れさせてくれる。もう何も考えたくない、いっそのこと愛衣に自分の思考を全て預けてしまえとも考えてしまう。世界さえ捨てて、このままずっと愛衣の優しさに包まれたいという危険な誘惑に囚われてしまう。

 だが、

「うふふ、英士のあそこが私で反応してくれるなんて嬉しいわ❤」

 愛衣の視線が自分の下半身に向いていることに気づき、英士は我に返り真っ赤な顔でサッと両手で自分の下半身を隠した。

「さ、これから子作りでも」

「しねーよ!!」

 愛衣が頬を膨らませていると、もう一人の人物が風呂場に乱入してきた。

「愛衣、駆け落ち覚悟でお前のお腹に俺達の子を宿そうぜ」

 眞がお構いなしに堂々と全裸で風呂場へ入り込んできた。そして全裸のまま愛衣と抱擁ほうようを交わそうとする。だがちょうどその場面を家の監視システムに発見され、セキュリティボールがオブジェクト化される。

 不埒ふらちなマネをしようとした双子へと狙いを定める。

『警告警告! 実兄妹間ノ不純異性交遊ヲ確認。直チニ制裁ヲ開始シマス』

「「あぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?!?」」

 青白い光が馬鹿な兄妹に向けてピンポイントで放たれた。

「クエクエ(やれやれ、またか)」

 毎度の騒ぎにセブンはため息を吐いた。

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