2章9
燃え盛る炎が広がる施設から無事脱出することに成功した英士達。幸い、ロボットみたいなパワードスーツを着た消防隊員に一人も出会すことも無かった。もし見つかっていれば色々面倒事になっていただろう。とりあえず近くの公園まで移動した二人&一匹。用心深い英士はこの場に人が居ないことを確認し終えてから、大きくため息を吐いた。
ふと『ユートピア』の方へと視線を向けると、つい先ほどまで自分達がいたショッピングモールの火災がもう鎮火されていた。
「流石は選りすぐりのエリートを集めたシティの消防団員達だ。この調子だと明日の早朝、早ければ今夜にでもユートピアの営業は再開するな」
そんなに早くは無理ですよと変身を解除した楓が口を挟む。それを英士は首を横に振って否定する。
「『ユートピア』は日本人はもちろん海外からの観光客を大量に集客して金を落とさせる、モンスター級のメガショッピングモールだ。施設全体の一日の平均総利益が何百億、何兆円って世界の話だ。その利益の一部が法人税として国とシティに払われる。つまりだ、この国にとってもシティにとっても『ユートピア』は金を落とさせる重要なドル箱なんだ」
利益の一部だとしても額が額だけに支払われる法人税も多大な金額になってくる。もし『ユートピア』の営業停止が長期化すれば、出店している店舗はもちろん国やシティに多大な損失をきたす。特にシティの経済にとっては大きな傷を残すことになるだろう。
「経済の仕組みについてはお父様や通っている学校で習っているので、黒鉄君が言っていることは何となく理解できます。でも、今日中に営業再開なんて……本当に可能なんですか?」
「可能だよ」
あっさりと、何処か冷めた目で英士は語る。
「シティの上の連中はこの街に大きな損害を被ることを何が何でも防ごうとする。エリート消防団を動かしたのも上の連中の指示だろうな。それに、今頃超高性能ロボットを大量投入してあたかも火災が無かったかのように修復しているさ。火災原因も曖昧にしたままにね」
英士の話に楓は何処となくシティの恐ろしさを感じ取り、ゾクッとひんやりした恐ろしいものが楓の体を震わせた。
楓の反応を見た英士は鋭い勘の持ち主だなと感心する。核心に気づいた訳ではないだろうが、平凡な人間が今の英士の話を聞いて楓と同じリアクションをする者など数少ない。述べる感想として『ユートピア』の修復の速さとその対応の良さ、シティの超絶科学の凄さが大半だろう。
デコイだったにせよ何故爆弾が仕掛けられ、何故爆発らしきものが無かったのに火災が発生したのか、何故事故再発の恐れが無いと言い切って営業を再開できるのか、これらの疑問を一体どれだけの人間が抱くだろうか。
もしその数がゼロなら? と英士が口ずさむと、楓は身の毛がよだつほどの恐怖を抱いた。それは幽霊を見てしまったという恐怖とはまた別の恐怖。
クスリと英士がわざと不気味な笑みを浮かべ、
「ようこそ楓さん、このフェザーシティの闇へ。君にはこの街の異様にも狂った闇を紹介するよ」
まだ太陽は青空の上にある。しかし楓の目には辺り一面が漆黒の闇に吞み込まれてしまったかのように映った。英士の放つ邪悪な雰囲気が恐かったのだろうか、楓の右目から僅かに熱い滴が垂れる。
「何ふざけてるウパ、話なら普通に話せウパ。お前のせいで楓が完全にビビってるウパよ」
せっかく雰囲気を作ったのにとブツブツ文句を垂れた後、コホンと咳払いをして普通に話すことにした。
「今更隠しようもないからまずはっきり言っておくね。もう分かってると思うけど、俺は超能力者だ。風の気流や酸素濃度を自在に操る風系統の能力の持ち主だ」
それは既に先ほどの戦闘で確認済みだ。英士の能力が無ければ今頃楓は身元不明の黒焦げになっていたことだろう。
「それと、楓さんに謝らなければいけないことがあるんだけど……」
「はあ、謝ることですか……?」
自分を助けてくれたのに何を謝ることがあるのだろうと楓は首をかしげ、すっとんきょんな顔をする。
「闘いの最中に楓さんやあのキウムって奴のことを色々悪く言ってたけど、あれは相手を刺激して情報を聞き出すためにわざとやったんだ。だから……ごめん!」
またスペルゲン粒子を槍状に形態変化させたもので攻撃されると思い、目を瞑った。しかし何秒経っても槍状の光は飛んでこないのでゆっくりと瞑っていた目を開くと、そこには極上なまでに冷酷な笑みを浮かべている女王が降臨されていた。
女王様は冷気を漂わせながら気味悪く薄い笑みを浮かべ、彼女のオブジェクトデバイス《フレアソード》をオブジェクト化させていた。
「ヒィー、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
即座に英士は日本の伝統芸の一種であるDOGEZAをして女王様に謝罪の意を示す。
「……ハアー、もう頭を上げて下さい」
そう言うと楓はオブジェクト化したばかりの《フレアソード》をデータ粒子化させ、冷酷女王様モードを解除して表情を和らげた。
「色々とディスってくれた件については私も黒鉄君を『ファントム』の残党の存在を確認するために利用させてもらったので、チャラってことで。それに、黒鉄君は私を助けてくれた命の恩人です。恩人に対して失礼な態度は取れませんよ。それより……」
英士が超能力者と知って同時に抱いた疑問を口にする。
「どうしてオコルゾウが暴走した時すぐに能力を使わなかったんですか? 私が考えるに、黒鉄君のあの力なら一分もしない内にオコルゾウを倒せたはずです。使ってさえいれば火災も最小限に抑えられたというのに」
当たり前の疑問、当たり前の感想だった。
「俺も早めに使っていればと今更に思ってるよ。でも……、どうしても人前で能力を使いたくなかったんだ」
英士はまるで自分の能力を恨むように右手を見つめ、ギュッと拳を握った。
「そんな隠すものでも恥じるものでもないと思いますよ? 特にこの街じゃ超能力なんて別に珍しくもないですし、むしろ超能力は推進されていて、能力開発がこの街の名物のようなものじゃないですか」
フェザーシティでは超科学力を駆使して超能力を開発している。主に開発対称者は小・中・高生であり、シティには能力開発をカリキュラムに加えている教育機関が多く存在している。
世界各国でも能力開発を行っている都市は幾つかあるが、フェザーシティの能力開発はモンスター級にずば抜けている。そのため超能力は街の最大の魅力であり観光名物でもある。
「確かに世間では超能力者に対して差別的な意見が蔓延っているのが現状ですが、シティで超能力者であることを気にする必要は……」
超能力開発を受けた人間の平均年収が一般の人間よりも高いのは事実。だがそれは決して鵜呑みにできるデータではない。彼らの主に就く先は国防軍や海上保安庁、身近では消防隊や救急隊など、体を張った仕事がメインとなる職種である。特に超能力者は最も危険な最前線に優先的に派遣され、死と隣り合わせとなるケースが多い。ハイリスクを冒してのハイリターンはむしろ当然の権利だと言える。
その事実を棚に上げ、超能力者だけが高額な報酬を得ていると指摘する圧力団体が存在しているのもこの世界の現状だ。
「その差別意識を世間に広めるきっかけになった施設で俺は能力開発を受けてたんだよ」
楓は思わず言葉を失った。
超能力者が社会的に差別されるきっかけとなった事件はあまりにも有名で、あまりにも悲惨な話だったからだ。




