2章4
「はぁあああああああああ!!!!!!」
勢い良く地面を蹴って跳び出した楓はオコルゾウにパンチやキックを連打し、リズムに乗るように次々とオコルゾウに攻撃を加えていく。
その光景を見ていた英士は楓に言われた通りに黙って見学をしつつ、以前観た動物の生態などを特集したドキュメンタリー番組のことを思い出していた。
(確か……ゾウの皮膚は攻撃されやすい部分は厚くて三センチ程度はあるんだけど、腹部とかの攻撃されにくい部分の皮膚は紙のように薄いんだっけ?)
攻撃が加えられているのは正に皮膚が薄い部分。ダメージがジワジワと来ているのか、オコルゾウの表情がとても苦しそうに見える。だが皮膚が薄い部分を攻撃しているにせよ、普通の人間がゾウに攻撃を加えた瞬間に反動で骨の一本はもっていかれるはず。それにも関わらず楓は全くのノーダメージ、骨の一本も折れていない。これは完全に超人の域だが、英士はそれについてある程度予測を立てていた。
楓がパンチやキックを放つ際、彼女の側で電磁浮遊しているステッキ型レイピア《フレアソード》に目を付ける。
(あのステッキ、特殊な波動を放って持ち主の筋力や細胞一つ一つの強度を上げているのか。さっきのスペルゲン粒子を攻撃に転用させたといい、間違いなくあれはオブジェクトデバイス! その証拠に、ホロモニターに武器のステータスが表示されているようだし、間違いない)
オブジェクトデバイス。それは所有者の筋力や瞬発力を高め、細胞の核に至るまで強度を飛躍的に上げる代物だ。素材にはFMが使われており、それが特殊な波動を所有者に送りつけ肉体を強化させる。
(それにあの衣装、繊維の一部にFMが使われているか、もしくはFMを素材に使ったICチップが服に埋め込まれているのかも。その証拠に……)
ほら、と英士が心の中で呟いた瞬間、
「バオォ————————ン!!!!!!」
「きゃあっ!?」
オコルゾウのカウンターを受けて楓が吹き飛ばされた。おもいっきし鼻をハンマーのように振り払た攻撃に楓は腕をクロスして防いでみせた。
オブジェクトデバイスで皮膚の強度が上がったとしてもゾウなどの大型動物の一撃は流石にきつい。それを平気な顔でガードした楓には強度を上げる波動を更に受けている可能性がある。つまり、ピンク色のバトルドレスもオブジェクトデバイスなのだろう。大型生物にも対等に闘えているのは二つのオブジェクトデバイスを用いて肉体の強度を上昇させているという種があるからだ。
「まだまだこれからよ!!」
自分に言い聞かせるように楓は気合いの入った声を上げ、すぐ横で電磁浮遊していた《フレアソード》を手に取り、オコルゾウを貫けるだけの力をこの刃に宿れと心の中で願う。人の心を読み取る性質があるFMが彼女の思考に応えるべく《フレアソード》の刃に力となる光を与える。その光こそがスペルゲン粒子。
スペルゲン粒子は世界中至る所に存在している。にも関わらずその存在が発見されたのはつい数十年前のことだ。学者の中にはスペルゲンを『最も身近で最も疎遠な粒子』と例えた者もいた。
何処にでも存在しているスペルゲンが収集され、《フレアソード》の刃が白く輝く。
「行きます!!」
地面をバネに楓は弓矢の如く駆けて行き、輝くレイピアでオコルゾウへと斬り掛かった。
金属が弾む音が響くと火花が散り、切り裂いた皮膚の部分からは細い煙が上がる。
「グウォオ————————ン!!!!!?」
最初に熱が伝わりそれからすぐに激痛が全身へと伝わっていく。それがたまらないオコルゾウは目に涙を浮かべながら嘆きの声を上げた。
「はぁあああああああああ!!!!!!」
一撃を決めたことでは満足できない楓は、オコルゾウの皮膚が薄い部分を重点的に連続で斬りつける。斬りつける度に空気を裂くような鋭い金属音とゾウの悲鳴が響いてくる。
楓が斬撃を止めて次のモーションへと以降しようとしていると、オコルゾウの斬りつけられた部分から活火山のように細い煙が立ち上っていた。
「オコルゾォオ————————ウ!!!!!!」
「ッ!?」
熱を帯びた斬撃に耐えたオコルゾウがお返しとばかりに長い鼻を大きく振りかぶり、カウンターを放つ。しかし、その攻撃は楓が直前に地面を蹴って後方へと跳んだので回避された。
「ここから反撃開始じゃわい、オコルゾウ!!」
「オコルゾウ!!」
キウムの掛け声に合わせて鳴き声を上げたオコルゾウは、両手を地面に付けて四足歩行へと態勢を変える。後ろ足で地面を数回擦って勢いを溜め込み、闘牛やサイのように楓目がけて突進してきた。体重二トン以上はある巨体が全速力で駆けて来る。それに掛かるGは計り知れない。もしこれを喰らってしまえば、例えオブジェクトデバイスで肉体の強度を上げている楓でもただでは済まない。
突進するオコルゾウがすぐ目の前に来た。だが、楓は一歩たりとも動こうとしない。精神を集中させて身を流れに任せる。
「パオォオ————————ン!!!!!!」
勝利の雄叫びの如くオコルゾウが鳴き声を上げる。
接触する瞬間、楓は自然と一体化するように、受け流すように体を動かして攻撃を回避した。
「とぅおーりゃああああああ!!!!!!」
すかさず長い鼻を掴み、突進の勢いを利用して少量の力で大きな巨体を投げ飛ばした。
「ば、馬鹿な! あの巨体をどうやって!?」
まさかの出来事にキウムは開いた口が塞がらない。
「へえー、やるじゃん彼女」
単純に関している英士の横にルンバがやって来た。
「楓はああ見えて、美少女戦士の中でも『ファントム』との数々の激戦を経験してきた優秀な戦士の一人なんだウパよ。あれぐらいできて当然ウパ」
そうウパかー、と英士は適当に返事を返した。
「うりゃあああああああ!!!!!!」
「グオォ————————ン!!!?!?」
ひっくり返され亀のようにジタバタしているオコルゾウの腹に楓が容赦無い全力キックをお見舞いする。ダメージに耐えきれなくなったオコルゾウは完全に力尽き、地面へと倒れ込んだ。
「今だ楓、そのオコルゾウを浄化させるウパ!!」
相づちをした楓は止めを刺すべく、詠唱を唱え始める。
「邪悪な力を打ち砕くため、今ここに幸運の光が宿る!!」
光となるスペルゲン粒子が《フレアソード》の刃へと集まり、眩く輝く。
その時だった。
プスッ、と何処からともなく飛んできた針のような物が完全に虫の息状態のオコルゾウに刺さった。
そして、