2章3
「オコルゾウォオオオ————————!!!!!!」
キウムがオコルゾウを召喚してきた。
「バウー……!!」
オコルゾウは楓達を睨んでいる。
「バウォオオ——————ン!!!!!!」
オコルゾウは大きく吠えて威嚇をしてきた。
「出たわね、オコルゾウ!!」
楓は戦闘態勢に入った。
「イヒヒヒヒ。積年の恨み、今ここで払わせてもうわい!!」
キウムは不敵に笑い復讐宣言をした。
どうしますか?
【①戦闘。②防御。③逃げる】
当然のことながら①を選択した楓は、体勢を少し低くして足に力を溜め込み足をバネにして駆け出そうとしていた。先制攻撃を決めるのが狙いだろう。
一方、英士は、
「ううう~~!!」
ザワザワッ! としたものが再び背筋に走っていた。言葉で例えるなら、毛虫や百足のような害虫に自分の肌を高速で駆けられているようなものか。要するに、子供向け番組を観ていて幼少期に何とも感じなかったものが、思春期になってから急に鳥肌が立つようになった|あれ(``)だ。
「ねえ、さっきからみんなイタイよ! オコルゾウって、名前がダジャレな部分がマジイタイ。いつからここは厨二病フィールドに浸食さちゃったの!? つーか、例外を除いて生き物をデータ粒子化すんの違法だぞ。新しく制定されたワシントン条約を知らねーのか!?」
登場して早々ディスられたオコルゾウは、「バ、バオン……(そう言われても、好き好んで付けられた名前じゃないし)」と戸惑いの声を漏らしていた。そもそも自分の存在がゾウと言えるものなのかどうかさえ考えたことが無い。
「黒鉄君、お願いですからお願いですから、もう口出ししないで下さい。うわーん!!」
自分達のことをディスられたことで我慢の限界を超えた楓は、涙ながらに土下座までしてこれ以上の口出しの禁じを英士に頼み込んだ。
「あ~あ、女の子に土下座させるなんて……最低な男ウパね」
「え、俺土下座させることした!?」
一同に判断を委ねるが、敵であるはずのキウムとオコルゾウさえもコクリと首を縦に振る。いーけないんだいけないんだー先生に言っちゃおうと小学校低学年の教室的な空気に支配され、英士の方に非が一〇〇%集まった。
「えー、でもさあそもそもの話、テメーらみたいな分かりやすい悪党が出て来んのが悪くね?」
自分の非を認めたくない英士はそもそも論を展開し、会話の内容の軌道を曲げてしまった。
「ついでに言うと、そこのとんがりババア!!」
「な、と、とんがりババアじゃと!?」
「あんた見た感じ、組織の幹部クラスなんだろう?」
英士の問いにキウムはフッと肯定の意味で笑みを浮かべた。
「幹部クラスだったら使い魔召喚しないで自力で闘えよ!」
ピキッ、とキウムの眉の上の筋肉が動いて額に怒りマークが浮かぶ。
「ちょ、ちょっと黒鉄君!? 下手に相手を刺激しちゃダメですよ!!」
だが楓の忠告も空しく、「ほらほら、どうした? 何か言い返してみろよ!!」と英士が挑発を永続させてしまう。楓にはどうも意図的にやっているように思える。
「お、おのれぇー!! このエリート魔女であるキウム様を馬鹿にしおって。こうなったら、ワシのとっておき魔法を見せてやるわい!!」
「魔法……?」
その瞬間、英士の瞳が子供のようにピュアな輝きを放った。
魔法。それは科学と相反するもの。
二〇五五年現在、魔法という異能の力は現実の技術として扱われておらず、その存在が否定されているのが現状だ。更に言えば、ここは世界有数の科学都市。魔法という不確かな存在など誰も信じず、子供が夢に描く程度のファンタジーとして扱われる。
そんな理由もあり子供の心を捨てられずにいる英士にとっては、ドキドキのワクワクで心がいっぱいなのだ。
「イヒャヒャアー!! とくと見るがよい、これぞキウム様の偉大なる魔法じゃあ——————————!!!!!!」
高らかに笑ったキウムはヒョイッ、と水晶玉を取り出した。
「生意気な小僧の今日の運勢を占ってやるわい。おおー、見えたぞい。小僧、貴様の今日の運勢は最悪じゃー!」
「チッ」
英士が放っていたピュアな瞳の輝きが消滅する。子供のような眼差しは失せ、その瞳は夢など抱かない子供のようにドライなものへと変わっていた。
「はあー、期待した俺が馬鹿だった」
「ちょっと待てーい、ワシのとっておきの魔法を見ておきながら舌打ちして心がドライになるとか失礼じゃないか!!」
「だって……」
「占いなら朝のワイドショーでやってるし雑誌なんかにも載ってるし、占いは古今東西様々、何万通りのやり方がある。水晶玉で占うベタなやり方だけが魔法と呼べるなんて、全世界の占い師に対して冒涜だ」とか何とか理屈を述べ始めた。
そんなの魔法でも何でも無いじゃん、もっと凄い魔法を見せてみろよ、と英士が挑発する。だが、できるのはこれだけと手持ちの無さをキウムは明かしてしまう。
召喚されたもののいつになったら自分の出番が来るのかと戸惑っているオコルゾウ。
挙げ句、大きくため息を吐いてから英士は自分の思い描く悪の組織のあり方について語り始めてしまった。
自分が理想する悪の組織を英士が語っている間、楓は、
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うふ、うふふふふ」
土下座してまで頼み込み散々忠告をしたのにも関わらず、英士が口出しを続けていることに完全に頭がプツンと切れてしまった。結果、極上の冷酷スマイルが発動して氷の女王が降臨なさった。
「……コール、《フレアソード》!!」
楓の声に反応してピンク色の魔法ステッキに見える棒状の物がオブジェクト化される。それを握った瞬間、楓のすぐ横にホロモニターが表示される。それからステッキにあったボタンを押すとカシュッ、と収納されていた刃が姿を現す。ステッキ型レイピア《フレアソード》。それを握ったまま楓は何かの詠唱を唱え始めた。
「幸運の光よ、私に力を!!」
楓の周囲が光り始め《フレアソード》の刃に出現した光が集結し、槍の形を構成していく。ホロモニターにはケージのような横メーターが表示され、楓の詠唱に合わせてそれがチャージされていく。ケージが三割程度溜まったところで、楓が叫ぶ。
「閃光の刃!!」
《フレアソード》の刃の先から光の槍が放たれ、未だ語り続けている英士目がけて一直線に飛んでいく。
「――てことからだな……」
そろそろ話を完結させようとしていた正にその瞬間だった。
ビュンッ!! と英士の頬スレスレの所を光の刃が通り抜けた。少し頬にかすめツーと切り傷ができて少量の赤い血が垂れてきた。
(今のは……スペルゲン粒子!? 槍状に形態を構成して飛ばしたのか)
恐怖を感じたものの、英士はなんとか冷静さを維持して光の正体をすぐさま解析した。技を放った人物が誰かさえも。
「黒鉄く~ん、言いましたよね? 『もう口出ししないで下さい』って。これ以上口出しするようでしたら……分かりますよね? うふ、うふふふふ」
一瞬、この場を氷結のフィールドに変えてしまう光景がこの場にいた全員の視界に走馬燈のように映った。
「ち、違うんだ楓さん。お、俺は単にこ」
ビュンッ!! と再び光の槍が英士目がけて飛んできて、言い訳が中断される。
「口答えは無しですよぉ~。今度は心の臓の部分を狙って放ちますからねー、命が惜しかったら黙って見学してて下さいね♪」
満面の笑み、しかし目は決して笑っていない。まるで世界全てを凍らしてまうほどの冷酷スマイル。
「は、はい!!」
英士の膝がガクガクと笑い、蛇に睨まれた蛙のように立ちすくんでしまった。
「待たせてしまって申し訳ありませんね『ファントム』の御二方。これでやっと真面目に闘えますね?」
「い、いや、こちろこそどうも……」
「バ、バオーン……」
敵であるはずの老婆一人とゾウ一匹も楓の冷酷スマイルに完全に萎縮している。
「真面目に闘いましょう、ね!」
瞬間、老婆とゾウの視界には楓の背後から般若の面を被った白装束のスピリチュアル体が表れたかのように映った。
「やれやれ、これじゃあどっちが悪なんだか分からなくなるウパ」
ウーパールーパーの妖精、ルンバが大きくため息を吐いた。