表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/25

第四話「ご近所迷惑」



 カーテンの隙間から漏れ入ってくる朝日は弱く、外の天気が窺い知れる。昨日はなんだかんだ言って相当疲れていたので、帰ってくるなり絡んできた妹やら姉やらを完全無視して寝てしまった。さらに言えば服すら着替えていないのでちょっと汗臭い。

「はぁ、お風呂入ろ」

 激しく降る雨の音を聞きながら、私は替えの下着を出して洗面所へと向かう。下り階段の途中の窓から見た外は冷たく、私の気持ちを暗くさせる。雨はあまり好きじゃない。足とか濡れるし髪とかぼさぼさになるし。何より嫌なのはずっと傘を差さないといけないということだ。あれ意外と面倒なんだよねぇ。

 一階に下りるとリビングには顔を出さず直接洗面所に入ったが、その間ずっと雨が地面に当たる音しか聞こえなかったことに違和感を覚える。いつもなら姉やら妹やらが騒いでいてもおかしくないのに。

「ま、どうでもいっか」

 そんなことより今は早くお風呂に入りたい! 汗でべたべたな髪をどうにかしたい! と心の中で勝手に叫び、うきうき気分で浴室に足を踏み入れる。

「あれ? 誰か先にお風呂入ったのかな?」

 床や壁が少し濡れてるし、浴槽にはお湯が張ってある。シャンプーの匂いも若干残っている。この匂いは姉の方かな。いや妹のだろうか。でもこの匂い結構頻繁に嗅いでるような……あっ、私のシャンプーの匂いだ。きっと妹が勝手に私のを使ったんだろう。帰ってきたら説教だな。

 髪の毛と身体を入念に洗い、温め直したお風呂に浸かる。

「ふぁぁ。やっぱり疲れているときはお風呂に浸かるのが一番ね」

 溶けるかと思うくらい脱力しながらお風呂を全身で楽しんでいると、ふと疑問に思うことがあった。今日って、何曜日だっけ?

 私は備え付けてある液晶テレビをつけて時刻と日にちを確認する。時刻は十時半過ぎ、日にちは四月二十日月曜日。つまりは学校がある平日のお昼前だった。

「…………やっちまった。ついにやっちまったよ」

 疲労が溜まりすぎてついつい寝過ごしてしまったらしい。とはいっても私は別に皆勤賞とか優等生キャラとか狙ってないし、遅刻のひとつやふたつどうでもいい。さらに言えば今日はもう休んでもいいんじゃないかな。今日なんてあんまり好きじゃない授業のオンパレードだし、ついでに面倒な奴と一日会わなくて良いし! やったね! あ、でもちーちゃんとかマリンちゃんとかに会えないのは少し残念かな。すぐにでも試験の話をしたいのに。仕方ない、今日は学校を欠席して部屋でゲームでもして過ごすか。それとも『物理解決! 魔法少女ウィザプリちゃん!』でも観ようかな。

「あぁぁー。もうどうでもいいやぁー」

 今日のことはとりあえずお風呂出てから考えよう。

 私は再度全身をお湯に浸からせて癒されていると、外の洗面所が光って見たことのある形へと変化していく。あいつ、無駄なことに超高等魔法とか使うなよ。

「……お姉さま」

「やっぱりあんたか真紀」

 私は妹の名前を呆れ声で呼ぶと、とっさに身体を隠す。腕二本しかないし隠すところも限られるけれど。

「お姉さま、昨日の試験にどうして現れなかったのですか?」

「ああ、それは……」

 私が昨日の試験について話そうとした瞬間、妹は洋服を着たまま浴室に侵入してくる。全裸も嫌だが洋服も嫌だな。

「私がどれだけお姉さまの出番を待ち望んでいたと思っているのですか! もう心臓が張り裂けそうなくらいどきどきしながら審査員室で待っていたのに、どうして最後まで出なかったのですか! 私のお姉さまが素晴らしい魔法を使用してみんなの賞賛を浴びる姿を見たかったのに! そんなんだからお姉さまはお胸が育たないんですよ!!」

「おっぱい関係ないでしょ!! それに試験はきっちり受けたよ! まぁ今年から実施の特殊試験のほうだったけれど」

「……あれ、お姉さまの班に当たったんですかそうですか」

「なに、真紀は特殊試験のこと知ってたの」

「知ってるというか、試験官が知り合いというか」

 変態の知り合いは、やはり変態ということでした。そういう法則で言ってしまうと私ももれなく変態になってしまうので、この妹とは縁を切っておいたほうが良いのかもしれない。

「いけ好かない人で、私がお姉さまの写真を見せたら『何このロリ貧乳可愛い!』とか抜かしやがるんですよ! 最低でしょ!」

「うん! 最低だね!」

 あいつホントまた会ったら蹴っ飛ばしてやる。

「お姉さまは貧乳ではなく微乳なのに……」

「おい、言ってることは同じだぞ」

「何言ってるのですか! 貧乳と微乳の間には、決して超えられない壁が存在するのですよ!! 貧乳と言うのは呼んで字の如く貧しい乳です。しかし! 微乳というのは微かに膨らむ期待の詰まった小さな乳という偉大なメッセージが込められているのです!」

「なんかもうやだ!! 無駄に力説する妹も自分のぺったんこな胸も何もかもやだ!!」

 私はもうもうと湯気が立つ浴室で、声の限り心の叫びを上げる。

 ほんと、私は朝という時間に恵まれていない。そう、心の底の底のさらに底辺からそう思った朝だった。


「で、どうして今日に限って休んだか、言い訳を聞かせてもらおうか?」

 お昼も過ぎ、自室で一人逆立ちの練習をしていると、突然学校のお友達であるみぁーこちゃんが遊びに、じゃなくて拷問しにきた。お友達に後頭部踏みつけられながらお尻をたたかれる女の子って、全国的にどれくらいいるのだろう。今度全国調査依頼したいくらい疑問だね!

「今日だけは休まないでねって、あれだけ言ったのに。どうしてこの子は休むかね。ほらほら、宮古怒らないから話してごらん」

「こんなにも説得力のない言葉をはじめて聞いたよ!」

「何言ってるの? 宮古があーちゃんに嘘ついたことなんて少ししかないでしょ」

「少しは認めるのか! だったら今の言葉もその少しに入りますよね!?」

「よく話す椅子ですね。もっと激しくお尻叩かれたいのかしら」

 笑い方ちょう不気味! やめてトラウマになる! 私の心にまたひとつ拭えぬ過去がキザマレテシマウー。いやほんと怖いからやめてくださいお願いします。

「素手だとあんまり効果ないようだし、そろそろムチでも買おうかな」

「真面目に考えないで! 私、これ以上傷物にされたらお嫁にいけない!」

「大丈夫、その時は私が貰ってあげる。五百万円で」

「結構リアルな値段!! さてはみぁーこちゃん何回か私を買おうと考えてたな!?」

 そして結構お安くないか私。まぁ人のお値段の相場なんて知らないけれど。それでも五百万円はお安いと思うのよ。これでも私可愛い可愛い(自分で言うのもなんだが)将来色々と有望な少女だからもうちょっと高くてもいいと思うのよ。一億とか。十億とか。

「あーちゃんなんて少し乗り心地のいい椅子くらいの価値しかないんだから、五百万円でも高いほうだと思うけれど? あーちゃんに一億十億なんて価値あるわけないじゃない」

「心を読まれただと!?」

 みぁーこちゃんには超高感度センサーでもついてるのか!? それとも波動察知システムとか作動させているのか!? それ私も欲しい!

「いやいや、あーちゃんは表情に出しすぎだから」

 呆れ声で言われてしまった。そっか……私そんなに顔に出るのか。そういえば苦手なトマトとか食卓に並ぶとお母さんに「残したら、分かってるわよね?」とか見惚れそうなほど物騒な笑顔で言われるっけ。

 でも今はそんなこと関係ない! だって。

「みぁーこちゃんの位置から私の顔見えないし! それにほら! 私顔は結構可愛いじゃない? だから結構高いんじゃないかなぁって思ったり思わなかったりぃ」

「ぺったんこのすっとんとんというマイナス軸が強すぎて若干負けてる」

「うっさいわ! 胸はまだ成長途中じゃい! 今に見とれよ! みぁーこちゃんなんてすぐに追い抜いてみせるから!」

「あっそう。私今の大きさで満足してるから別に追い抜いてもらって構わないけれど」

「なんかすごい敗北感……」

 確かにみぁーこちゃんは程よく育っていて、かつ張りがあるから今の大きさでも十分大きく見えるんだよなぁ。羨ましい。

「この世にはパッドというものもあるのよ?」

「それは逃げよ! あんな縦ロールンルンみたいに偽らないわ!」

「しかしそれがなければ土俵にも立てないという、憐れなあーちゃん」

 くっ! 何も言い返せない自分の不甲斐なさが憎い!

 と、まぁここまで話していてなんだが、私なんでこんなに怒られてるんだっけ?

「それは今日学校を休んだからです」

「そうでした」

 というかナチュラルに思考を読まないでくださいお願いします。けれどどうして今日学校を休んだ程度でここまで怒られなくてはいけないのだろうか。理不尽極まりないことこの上ない。

「だって今日は、地獄の身体測定と健康診断の日だったんだから。そんな最悪な日を一人で過ごしたんだからね! この程度の罰は受けて当然です!」

 あっ、私もこれ後日受けさせられるやつや。

「だから私も身体的不調を理由に後日にしてもらいました」

「あれっ!? じゃあ私罰を受けなくてもいいんじゃない!?」

「いや、休んだことに変わりはないですし、私が一日中気分が優れない演技をしなければならなくなった原因でもありますので、ちゃんと罰は受けてもらいます。大丈夫、まだまだ時間はたっぷりありますし、徐々に気持ちよくなるから」

 黒い! 笑顔が黒すぎて直視できないよ!

「何が気持ちよくなるのかな!?」

 私はみぁーこちゃんから逃れるように地面を這うが足首を掴まれてしまい、少しずつベッドへと引きずられて行く。

「大丈夫、大丈夫。私も最初は怖かったけれど、やっていくうちにどこをどうしたら気持ちよくなってもらえるか分かってきたから」

 目がイってる! 完全に危ない人になってるよみぁーこちゃん!

「あぁぁー! 誰か助けてー!!」

 私は本日二度目の心の叫びを上げながら、ベッドという地獄へと連行されていく。私、ご近所迷惑だな。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ