第三話「魔法少女認定試験・後編」
「で、なにこの状況? 誰か説明プリーズ」
無事おしっこを済ませた私たちは急がず騒がず駆け足で戻ると、バニー姿のお姉さんがそこに仁王立ちしていた。私の通う学校の体育館くらい広い会場のど真ん中、一寸の狂いもなくその場の中心に立っていた。何これ意味分かんない。と、思考停止していると後ろの大扉が閉まり、その前には数人の少女たちが立ちはだかる。しかももれなくみんなバニー衣装着てる。何これほんと意味分かんない。
「大丈夫、私ロリと貧乳には優しいから」
「うるせぇ! 誰がロリだ!」
「私貧乳じゃないですし」
私とことちゃんが同時に反応すると、バニー姿のお姉さんは私を指差して馬鹿にするような笑う。
「いやそっちの子はどちらも当てはまるだろ。事実からは目を逸らしちゃだめだよ?」
「分かってるよ! けっ、自分がたわわに実ってるからって調子乗りやがってバニーちゃんめ! てか説明しろよ! この状況を私に理解させてくれよ!」
「私がロリ貧乳に目覚めたのは五年前……」
「そっちじゃねぇよ! 試験は?! この子達以外のほかの候補生は?! そしてあんた誰?!」
「突っ込み多すぎて、りんりん許容限界ぃ」
「うぜぇ喋り方すんじゃねぇ! だからあんた誰?!」
「私の名前はウルトラスピリングリンティアミル。もちろん偽名さ」
「本名言えよ! この際状況の説明はもういいとして、せめて本名名乗れよ!」
「……私、ついていけないわぁ」
隣でことちゃんが呟く。そうだろうな、この中で一番状況理解できてないのことちゃんだろうな。私なんてこのやりとりでいくつか分かったぞ。目の前にいるバニーちゃんはどうしようもない変態で、頻繁に頬を赤らめてって熱視線やめろぶん殴りたくなるだろ。
「そんなことより、魔法少女認定特殊試験、第一関門は『変態を倒せ』だ!」
「自分で変態って言っちゃったよ。もうほんと大丈夫かこの人」
見た目からして結構いい歳なのに、こんなんじゃ誰ももらってくれないだろうに可哀そう。
「第一関門ってことは、まだいくつか関門があるということですか?」
ことちゃんの質問は確かに気になる。こんなに難易度高めの人を最初に配置しておいてこれでお仕舞いじゃ無いなんてちょっとこの試験合格するの難しくないかな。
「いんや、知らん。ノリで第一関門って言ってみたけれど、そもそもどこまで試験を用意してるのか、私把握してないし」
「いよし!! こいつ早くぶん殴って試験終わらそう!!」
「それについては私も賛成です」
余裕の表情で棒立ちしている変態バニーに向かって私とことちゃんは全力疾走する。私は攻撃系の魔法は未だ使えないのでぶん殴るしかないけれど、ことちゃんのほうは身体強化の魔法をいくつか自分にかけているようだ。
「おっ、そっちの子は強化魔法特化ですかな? 私と同じだ」
移動速度が上がる魔法を使っていることちゃんが私よりも先にバニー姉さんへ辿り着き、渾身の右ストレートを繰り出すが、それを容易く止められてしまう。
「一部石化とレベル1の俊敏強化の併用ですか。相手のレベルが同じであれば有効ですが、今の状況でその選択は及第点もあげられませんね」
「石化の一つ上の硬化ですか。しかも全体硬化。それに弱体も発動してますね」
「攻撃しながらも相手の魔法を理解する。それはいいことだが、魔法のレパートリーが少ないと対抗出来ないのだよ。ほれほれ、どうするどうする?」
こいつふざけた格好してるのに、まともなこと言ってるだと!? しかも硬化と弱化の魔法、正に近接戦闘タイプの特徴だ。私の魔法とは相性が悪い。
「でも関係ねぇぇぇぇ!!! ぶっ潰れろクソバニー!!!」
私は姉から教わった転移魔法でその場にあった何が詰まってるか分からないでかい木箱や無数の机を、バニー姉さんの頭上へと転移させる。(なお転移に成功しているのはでかい木箱だけで、ほかの机なんかはくっ付いて原型を留めていない)
「ロリ貧乳ちゃんは遠距離の支援魔法特化かな?」
ことちゃんがバニーから離れた瞬間、重力に引かれた物質の数々は勢いよく真下へと落ちていく。
「いよし!! ぶっ潰してやったぜ!!」
全然関係ないけれど、私さっきから口悪くないか? まぁいいか。
「ですが、まだまだ赤点ですね」
降り積もった瓦礫を吹き飛ばし、中からバニーちゃんが出てくる……と思ったが、私の予想を裏切って出てきたのは紺色のスーツを着た綺麗なお姉さんだった。やれば出来るじゃないかあの人。
「遊びはここまでです。そろそろ真面目に試験をしてあげます」
その顔にさきほどまでの緩んだ表情はなく、凍てつくような瞳が印象的な恐ろしい顔になっていた。そうか、これがこの人の本当の姿か。
「先手必勝です」
俊敏だけでなく軽量化もかけてより素早く移動し威力をあげながら攻撃を仕掛けるタイミングを窺うことちゃん。
「まずは相手の出方を見る、か……それもいいが、しかしまだまだだ」
周りを高速移動していたことちゃんがお姉さんの後ろを取って全力の右フックをかまそうとしたそのとき、まるで時間が止まったかのように何もかもが停止した。
「凍土生成」
瞬間、世界が凍りつく。壁や床に面した全ての物質はことごとく氷漬けになり、空気さえも凍ってしまいそうなくらい室内の温度が急降下する。私は浮遊で空中に逃げたが、ことちゃんは凍りに捕まってしまったらしい。
「うっ……くっ、動けないっ」
首から下を凍らされてしまったことちゃんは、為す術もなくその場で戦いの様子を眺めることしか出来なくなってしまった。使えない奴め!
「さて、目障りな奴も動けなくなったし、君はどう攻撃してくる?」
私の魔法なんてもうない。転移魔法も転移させるものがなければ使えないし、浮遊魔法も浮くだけだし、もう打つ手が…………ある。あるじゃないか私には、しかもこれだけ氷、いや水がある環境、あの魔法を試すには絶好の機会じゃない。すっかり忘れてた。
「もしかしてもう降参ですか? これじゃあなたには点数がつけられませんね。要は不合格です」
迷っている暇は無さそうだ。私は祈るように手を合わせ、目を瞑り集中する。限界まで自分の中の魔法力を高め、魔動力で練り固めるようなイメージを繰り返す。
「ん? なにを…………ってまさか」
お姉さんも私が何をしようとしているのか理解したらしい。慌てて防御魔法や妨害魔法を発動させようとしている。しかし私の魔法発動のほうが少しだけ早かった。
「いっけぇぇぇぇ!! 青猫!!」
目いっぱいその名前を叫ぶと、氷の中から巨大な猫型の生物が現れる。しっかりとした形ではないが、それでも猫のようには見える。どうやら無事に成功したらしい。
「召喚魔法ですか!! どうしてそんな高等魔法を!?」
「いやー私の妹の得意魔法ですので」
と言っても、私が出来るのは四分召喚だけなのでそれほど強くないのだけど。持続時間も短いし。
青猫は召喚されると敵味方の識別を瞬時に行い、お姉さんに向かってストンプを繰り出す。そのたびに地面の氷は砕け、凍土が剥がれていく。
「けれど所詮は水で出来ているもの。凍らせてしまえば何も怖くはない!」
重量級のストンプを両手で受け止めたお姉さんは、その両手が触れた箇所から青猫を凍らせる。
「これで、この猫はもう使えない。さぁどうする――がはぁ」
「本命はこっちだよ!」
青猫のストンプで自由になったことちゃんが、相手の腹部に右アッパーをかます。けれどこれで終りではない。このお姉さんは私の手で殴らなきゃ!
「だから、やっぱり最後は物理でしょ!!」
私も空から一直線にお姉さんの綺麗な顔面へ向けてとび蹴りを食らわす。後頭部にヒットした私の蹴りでお姉さんは凍土に顔を埋めて土下座のような形になった。意外ととび蹴りの威力が高くて私びっくり!
「よし! これで第一関門クリアだね!」
「最後えげつなかったけど、まぁ大丈夫か」
満足げに笑う私とは正反対に、ことちゃんはお姉さんを気にかけていた。大丈夫だよ、この人変態だからこのくらいで死なないって。凍土だった室内もさっきまでの会場に戻っている。相手のかけた魔法が解除されているということは気絶した証だ。これでまた一人変態がこの世から消えたよ! 良かった良かった!
「うーん、やはりロリ貧乳に足蹴にされるのは気持ちいいですねぇ」
「え? あれ?」
土下座のような体勢のお姉さんからは、私たちを見上げるような姿勢のまま笑顔で言った。てかこのアングル私のパンツ見えてない? 一応隠しておこう。
「白か……順調だな」
「やっぱり見てたか変態。いいし、どうせ見られてもいいパンツだし!」
ちょうお気に入りのパンツを見られたせいか、若干声が震えてしまった。
「ふっ、どうやら君は猫さんが好きらしいな」
「プリント部分までしっかり見てんじゃねぇ!!」
かかと落としをお見舞いする。これもきっと逆効果だと思うけれど、しかしやらずにはいられなかった。このお姉さん、話してるとストレス溜まるんだもん。
「まぁそんなことはさておいて」
「ぅえ? 何か言った?」
かかと落としに夢中で聞いてなかった。お姉さんは私のかかと落としを止めると、立ち上がり真面目な表情でもう一度それを口にする。
「これから合否を判定しますので、君たちは待機室でいちゃいちゃ、じゃなかった。暇つぶししていてください」
「はい! いちゃいちゃします!」
「そこに反応するなよことちゃん」
本当に厄介な友人だ。まぁ姉や妹よりかはいくらかましだけれど。
かくして、こうして私の波乱万丈な魔法少女試験が終りを迎えた。
振り返ると変態の相手しかしていない気もするが、そこは思い出を美化していこう。そう、美化大事。
「ねぇねぇ、一人で大丈夫ですか? ちゃんと出来てますか?」
「ああもう! トイレくらい一人で行けるわ!」
美化した思い出も、こうして変態のせいでぶち壊されてしまう。私は試験の結果よりも、この先こんな変態な魔法少女に絡まれ続けるのかと思うと、憂鬱でしかなかった。
「ねぇねぇ、やっぱり……」
「もう一人にしてよ……」
本当に、不安で不安で仕方なかった。