第十八話「幼女じゃない」
ユスリカの趣味からしてやたらファンシーな場所に住んでいるんだろうなと思っていたら、予想を大きく覆す場所に住んでいた。
そこは町の外れに位置していて、こここそ廃棄物処理場だろうと思わずにはいられないくらいには、廃材や使われなくなった電化製品、廃車などが所狭しと積み上げられていた。
なんだか格差激しくないかい? ユニルはあんなに豪華で綺麗な場所に住んでいたのに、ユスリカはこんなに薄汚れた場所に住んでいるなんて。
呆然とする私をよそに、ユーリアとユスリカの二人はてくてくと奥へと歩いていく。廃材と廃材の隙間を縫うように奥へ奥へと続くその道は、細く人ひとりがやっと通れるくらいの道だった。そこに道があると知らなければ絶対に見つけられない道なので、置いてかれないように必死で二人の後を追う。
「ねぇ、まだ着かないの?」
歩きなれない道や朝から歩き回っていた疲労もあってか、やたらと長い間この道を歩いている感覚だったけれど、時計を見ればユニルと別れてからまだ十分程度しか経っていなかった。
「もう少しだ」
「……もう少し我慢」
もう少しとかあとちょっととかいうけれど、それってひどく曖昧だよね。ちょっととか少しって人によって長さ変わるし、私のちょっとって言ったら五分以内だけれど、姉とか妹のちょっとは十分二十分平気で待たせたりするからね。それで私が何度苦労をしたことか。
「こういう時は楽しいことを考えながら歩くか……」
余計なことを考えるから長く感じるのだ。ならば楽しいことを考えていればあっという間に時間は過ぎるはず。私天才。
ということで、私は最近楽しかったことを思い出そうとしたけれど、ここ最近楽しかったこと、うれしかったことなんて何一つとしてないことに気づき、余計気分が落ちてしまった。
だから私はもう私の前でゆらゆらと揺れているもっふもふの尻尾だけを見つめて歩くことにした。
それから更に歩くこと十分程度。やっとそれらしき建物が見えてきた。
「……なんか、小っちゃくないですか?」
家というか、小屋だろ、これは。
なんとも言えないくらい小さくぼろぼろの家が一軒だけ、廃材に囲まれた小さな広場に建っているだけだった。ここに三人どころか二人も人が入ったらもう限界なのではないだろうか。
「……足元、気を付けて」
「え?」
足元? 足元ならさっきから気を付けているが? だってここ油断したら何かしらに引っかかって転んじゃいそうなんだもん。
そうこうしている間にもユスリカは小屋の扉を開けて中へと入っていく。ユーリアもそれに続いて中へと進んでいく。あとに残ったのは私だけ。
「仕方ない。行くか」
今日は多分ずっとこうやって説明をされないまま見知らぬ場所に連れていかれる運命なのだ。諦めておとなしくついていこう。
ため息をつきながら小屋へと一歩足を踏み入れると、そこには床が存在していなかった。
「ぅおっとぉ!!」
ぎりぎりでドアノブを握ってなんとか体勢を整えると、小屋の中をよくよく観察してみる。
「……いきなり階段ならそう言ってくれればいいのに」
見れば小屋の中には何もなく、扉の先から階段になっていたのだ。下に伸びた階段の脇には、ろうそくが等間隔で灯っている。
「早く降りてこい。置いていくぞ」
その奥からユーリアの声が聞こえてくる。
「ああもう、どうでもいいか」
それよりも、地下にあるお家なんてとっても興奮しませんか? なんだか秘密基地っぽいじゃない。
これは期待が高まる高まる!
どれだけ長いんだ、この階段は。
前をいくユーリアの背中で前のほうはちらりとしか見えないけれど、まだまだ下へと続くようだった。後ろを振り返ればすでに日の光は消えて、ろうそくの火だけがゆらりと揺れている。
空気が冷えてきたのか、先ほどよりも肌寒く感じる。
階段は一直線に続いていたわけではなく、一定間隔で左に九十度曲がっていて、大きな螺旋の階段になっていた。
もう何回目の曲がり角だろうか、まだ着かないのこれ? とか思っていた私の前にユスリカとユーリアの背中が見えた。何やら少しだけ開けた場所に出たようだ。
「……ユーリア、鍵」
私たちの前には一枚の小さな扉。どうやらこの先がユスリカの暮らすお部屋があるようだ。しかし当のユスリカは鍵を持っていないらしく、ユーリアへと振り返っていた。
「持ってきてないぞ。お前が持ってると思って」
「……え?」
何やってるのこの人たち。それじゃどっちも鍵を忘れているんじゃない。というか、それならこの扉空いているんじゃ? と思っていたら何やら私の後ろ、階段のほうから足音が聞こえてくる。誰かがこっちに来ている。
誰だろう。こんな場所に用がある人なんてそうそういないと思うんだけれど。それともユニルが追いかけてきたのかな?
「今日誰かくる予定あったっけ?」
「……ないはず」
「ユニルが追いかけてきたんじゃ?」
私がそう言うとユスリカはそれはあり得ないとばかりにかぶりを振る。
「……ユニルはここにはほとんど来ないし、というか必要な時にしか絶対に顔を出さない。だからこれはユニルじゃない」
「そうなんだ」
なんだろう。この子たちの関係が未だによく理解できてない。結構仲良いのかなと思ってたらこんなこと言うし、それじゃ嫌いなのかなっていうと、それもちょっと違う気がする。ビジネスライクな関係にしては意外とお互いのことを知っている。不思議な人たちだ。
とまぁ、そんなことはさておくとして。
問題は今誰がここに下りてきているのかだ。
私以外の二人は心当たりがあるらしく、ちょっとばかし嫌そうな表情を浮かべているが、私は見当すらつかないのでどっきどきである。
トントントン。
リズムよくその足音は近づいてくる。
トントントン。
徐々に大きくなる足音。
トントントン。
そしてその足音の正体が、そこに現れる。
「あらあなたたち何しているの?」
私たちが扉の前にいることに対して多少の疑問を持ちながらも、どこか余裕のある声で訊いてくるその姿は、まごうことなき私のストライクゾーンど真ん中だった。
「幼女だ!!」
小さい背に小さい胸、ツインテールがよく似合ってお目目がくりくり、セーラー服のような洋服とロングブーツのちぐはぐさが何とも言えない魅力を醸し出している。
これぞ夢にまで見た理想の幼女。世界中探してもこれほどの逸材を見つけることはできないであろう。これで私の勝ちは確定したも同然。もう何も怖くない。
「……誰が幼女だって?」
「あなたに決まっているじゃないですか!! それ以外考えられなでしょ!!」
もはや幼女界の聖女、いや絶対神と信じて疑いませんよ、私は!
「…………」
なんだろう。恐ろしいほどの殺意がどこからか溢れ出てきているようで、全身に悪寒が走り鳥肌がたつ。
これは、やってしまったのか。私は、言ってはならないことを、踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまったのか。
「……私は」
地の底の底から這い出てきたような低い声。
「……私は、幼女じゃ」
つぶやくように吐き出されたその声の後には、空間を引き裂かんばかりの叫び声が木霊する。
「私は! 幼女じゃ! なーい!!」
泣くくらい幼女だって思われたくないのか。それは悪いことをした。
でも、その表情すごく好みです。
やっぱり幼女って最高だね。