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第十七話「おもちゃ」



 なすがまま付いていくと、そこにはお菓子の家がありました。

「なんですのこれ……」

 とりあえず簡素なテントが並ぶ市に、突然お菓子(だよね?)で出来た家屋が現れるんだから、そりゃ誰だって驚きますわ。

 でも、私以外の人が驚いている様子はなく、まるでこれが当たり前かのように普段と変わりなく過ごしている。

 どういうことよ、これ。

「ちゃっちゃと済まそうぜ」

 なにを。

「……準備はできてる」

 だからなんの。

「やっぱりいつ来ても緊張しますね」

 どうしてさ。

 このままなんの説明もないまま中に入るのは私の精神衛生上よろしくないと思ったので、ここいらで質問をしておかなければ。

「ここって、なんのお店なんですか?」

 控えめに、ちょっと遠慮気味に言った私の声はぎりぎり三人に届いたらしく、みな一様にこちらへと顔を向けた。

「ん? 話してなかったのか?」

「……あれの担当は私じゃない」

「そういえば言ってなかったですね」

 うっかりさんかな? なんの説明もされずにここまで連れてこられてしまった私に対してこのうっかりはちょっときついのですが。

 てかマジでなんのお店よ。見た目から想像できるのはお菓子屋さんだけれど、この三人の反応を見るに絶対中身は外観と違うんだよなぁ。

「……まぁ黙って付いてくるがよい」

「それがいいな。初めての世界ってことで」

「反応が楽しみではありますね」

 おい。そこは説明を挟むところだろうが。それともあれなの? 三人とも私で遊んでいるの? いや分かってはいたけれどさ。この人たちが私を面白半分でこの市を練り歩いてたなんて。

 私の見た目がよほど珍しいのか、すれ違う人は必ず二度見するし、子どもなんか「あのお姉ちゃん変だよ」とか言ってお母さんを困らせたりしてるし。まるで見世物になった気分。

「……それでは、行きますぞ」

 私が内心で諦めつつも、軽く覚悟を決めたのを見透かしてか、ユスリカはお菓子の家の扉を開いた。

 そこに広がっていたのは、なんと……。

「ただのお菓子屋さんやんけ!!」

 緊張して損したわ! まるっきり外観からの印象と変わらぬ内装とお店ですね! 返して! 私の覚悟を返して!!

「その反応が見たかった」

 うっさいわぼけ!

「……その表情が見たかった」

 ケンカ売っとんのかロリコン!

「ごめんなさいね。でもちょっと面白かったです」

 そ、そんな優しい笑顔を見せられても許さないかんね!

「とは言いつつも、ここだって別に普通の菓子屋ってわけじゃないんだぞ」

「へっ、そうなのけ?」

 どう見てもどう見返してもどこにでもありそうなお菓子屋さんですけれど。

 うん? ちょい待った。

 お菓子屋さんなのはぱっと見わかった。色とりどりのケーキや焼き菓子が並べられてるし、奥にはキャンディや駄菓子っぽい細々としたものが置かれている。いろんな国のいろんなスイーツを取り揃えてますって感じのお店だ。

 でも待ってほしい。

 どうしてそのお菓子が全部檻に入っているんですかね。

「……ここのお菓子は全部、まだ生きてる」

 いやいやいや、元を辿ればそりゃ生き物から取ってきた原材料とかあるだろうけれど、出来上がったものに関して言えば生きてる生きてないとかないと思うの。

「びっくりだよな。ここまで活きがいいお菓子、ここいらじゃ獲れないからな」

 活きがいいとかお魚のこと以外で聞いたと来ない単語なんですが。しかも獲るってなにさ。

「そうね。ここら辺はもう枯れ地だし、珍しいわよね」

 珍しいとか以前ですよユニル姉さま。

「……ほら、これとかかわいい」

 いつの間に手にしていたのか、ユスリカは小さいサイズのショートケーキがホールで入った檻を手にして、なんとそれを私の眼前に持ってきていた。

「……ささ、手懐けてみなさいな」

「もう何言ってるのか分からないし何が起こってるのか理解不能ですけれど、さ、触ればいいんでしょ。触れば」

「そうだな。それで相性がわかる」

 ここからが本番というわけか……なるほど、内装で私を一度安心させてから本命をぶつけてくる。やりおるな、この三人。

「よし! こうなったら行くっきゃない!」

 再び解散していた私の中の覚悟を集結させ、檻の中のケーキへと手を伸ばす。

 ゆっくりとしていてはせっかく集めた覚悟がぶにぶにになって砕け散り、恐怖が私を支配しそうだったので、一気に勢いよく余計なことを考える前に決着をつけにいった。

 ケーキに手が触れた瞬間、またしても私は驚愕する。

「ふっつぅのケーキじゃねぇかぁ!!!」

 勢いつけすぎてスポンジ貫通して皿に指先激突したわ! 突き指になったらどう責任とってくれるんですかね!!

「あっはっはっはっは!! もう最高!!」

「そこ、笑いすぎ!」

 引っかかった私も私だが、演技力が素晴らしいですね三人ともって感じ!! こんなん誰でも引っかかるわ!

「……もう最高。おなか痛い」

「あとで嫌っていうほどもっふもふしてやるからな! 覚悟しろよ!」

 そのしっぽがもふもふできるのであれば安いもんですからね! なんだったら生クリームべっとべつに付いたこの手で触ってやろうかこのロリコン!

「ご、ごめんなさいね。ほんの、ちょ、ちょっとした出来心で」

「抑えなくていいですよもう!」

 とんだバカ一人と、それをおもちゃにして遊ぶ三人。どちらが悪いって、まぁどっちも悪い気がするけれど、七:三くらいで遊ぶほうが悪いと思います。

 そんなこんなで。

 くそロリコンことユスリカたその趣味というのは、ケーキ屋めぐりとお菓子作りと、なんら変わったものではなくて。むしろそんな趣味を「理解できない」だの言っていたユーリアのほうが理解できないという結論に至りました。そして何よりこんな仕打ちを受けても、私はユニルお姉さまのことをちっとも嫌いになっていないのが不思議だった。

 というかなにこの知識と経験、今後役に立つ気がまったくしない…………。



 一段落ついてあたりを見渡すと、確かに一風変わった店内だったけれど、見た目とは反して普通に普通のケーキなどを売るお店だった。

 檻に入れられているのも別にそれが生きているとかではなく、インテリアの一種みたいなものらしい。それに檻に入っているケーキは売り物ではないらしく、少し失敗した売り物にならないものだとユスリカが言っていた。

「……どう? これなんか」

「いいですね」

「なんだそのカラフルな食べ物」

 こういうお店は見ているだけも結構面白い。食べても美味しい。見た目もきれい。やはり甘味は最強。

 このお店はほかの市とは違ってお菓子を模ったテントを使用していて、

「このお店、隔週でこの曜日しかお店出さないんですよ」

「へぇ」

 だからあのロリコンが行きたがっていたのか。納得。

「ここでしか買えないものとかありますし、やっぱり綺麗なものは見てて楽しいですからね」

 うんうんそうだね。

「目で楽しんでから味わうとまた一段と美味しく感じるのに、ユスリカはねぇ……」

 なに。それ以外に何か楽しみ方があるの、これ。

 そう思ってユスリカのほうを見ると、無差別に様々な種類のお菓子を買っているようだ。

「あの子、お菓子に特殊な加工を施してフィギュアにしてるのよ」

 なにしとんねんあの子……。

 でもまぁ最近はそういう楽しみ方もあるらしいし、理解できなくもない。

 あれか、ロリコンは可愛いもの、綺麗なものが好きなのか。だったら私もそこに含まれる気がするのは気のせいですか。

「実用的でないものを買うって思考がもう理解できない」

 ああ、あなたってそんな感じです。簡素で必要以上にものが置かれてない部屋とかに住んでそう。

「実用的でないものなら、ユーリアも買ってるじゃない」

「ん? 私がか?」

「うん。模造刀とか」

 あー、そっちかー。

 想像するにこの人の部屋たぶん武器でいっぱいなんだろうな。模造刀とか銃とか。でも確かにそういうもの好きそうな感じする。

「真剣も本物の銃火器も持ってるのによく集めるわね」

「ま、まぁ真剣は使うからな、綺麗に保存しておくには模造刀が一番良かったんだよ。あと銃は普通に使用する機会が少ないし、その」

 珍しく戸惑った様子のユーリアさんはとても可愛らしかったです。

 でもわかるなその気持ち。なんていうのか、ああいうのって別に観賞用に作られたものじゃないのにどうしてか人の心を惹きつけて離さない、不思議な魅力を持っているよね。

「……終わったが」

 そんな話をしていると、どうやら買い物が終わって両手いっぱいに荷物を持ったユスリカが声をかけてきた。

「やっと終わったか」

 そんなユスリカの荷物を黙って持つユーリアさんマジお姉さん。さっきの戸惑いはどこ行っちゃったんですかね。

「……頑張った」

「そうみたいだな。今日は珍しくすごい悩んでたみたいだし。量も少ないし」

 うっそそれで少ないの? 普通にカートが必要なくらいの量で少ないの? 普段はどんな買い物してるんだよこの人。

「そろそろ市も終わる頃か……ほかに何か買っていくのか?」

 時計を見るとすでに朝という時間ではなく、お昼近い時間になっていた。というかこの市って朝しかやってないの?

「そうだね……お昼前には閉めちゃうお店もあるし、ちょっとだけ見ておきたいお店もあるから、私はまだ見て回るわ」

 それって私も連れまわされるんですかね。もう勘弁してもらいたいんですけれど。

「あーちゃんはどうする? 私と行く? それとも二人に付いていく?」

「……えー、これを私の家に入れるの?」

「べつにいいじゃないか。それくらい」

「……まぁ、ぎりぎり許容範囲だから、いいけれど」

 え、私ロリコンのストライクゾーンに入ってたの? この前はばばぁとか言われた気がしたんだけれど。

「……胸だけ見れば、まぁぎりぎり」

「喧嘩なら堂々と売ってくださいよ。言い値で買いますから」

 どうしてこうみんな回りくどい言い方をするのですかね。

「で、どうするんだ?」

「うーん。まぁ、もう歩くのは飽きたので、お部屋お邪魔しまっす!」

 そして二人きりになった途端あの尻尾をもふもふし尽くしてやる! これ以上肉体疲労に効くものを私は知らない。

「……それじゃ」

 そうですよね。やっぱり私も荷物を持たないといけないですよね。分かってました。

 仕方ない。市中練り歩きよりかはいくらか楽だし、これは甘んじて引き受けようではないか。

 すべてはもふもふのため!

「……あと、変なことしたら叩き潰すから」

 はーい。気を付けまーす。



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