第十二話「新人研修・5」
監視塔の真下で行われているその戦闘を、リスティルは静かに見守っていた。
ここまではほとんどリスティルの予定通りに全員動いている。
この研修にはいくつかの検証実験が行われている。
まずは香乃宮古の森林操作、森林支配がどの範囲まで可能かという検証。
次に、今まで何十年と発現することがなかった先見の検証。
友仲智菜の指定飛躍の有効範囲の検証。
そして何よりも優先すべき検証は、天分亜莉栖が真の選択保持者なのかという検証だ。
「やっぱりあの姉妹は、いや彼女の子供達は面白い」
結局彼女は選択保持者ではなかったが、その彼女から生まれたあの三姉妹の誰かが選択保持者ならばと目を付けていた。けれど上の二人は優秀な魔法少女ではあるが、肝心の選択保持者としての能力を有していなかった。
そして残ったのは末子である亜莉栖ただ一人。
この子がそれでなかったとしたら、後二世代は待たなければならない。
「しかし、私が現役のうちに、全てを見届けたいですから、頼みますよ」
リスティルは暗く狭い部屋の中で一人薄く笑い顔を浮かべる。
「あらあら、ご自慢の炎は出さないのかしら」
周りの木々を自由自在に操り、縦ロールへと攻撃を仕掛ける。が、縦ロールはそれをことごとく回避する。
「この程度でしたら、まだぜんぜん余裕ですよ」
的確に、いや的確すぎるほどに攻撃の届かない箇所へと移動する。紙一重と言っても過言ではないその回避は、恐らく何か細工をしているはずだ。
私は静かに縦ロールの相方を探す。この場に出てきていないということは、恐らく一里丘陶器が何かしている可能性が高い。
「いや、私は何もしていない」
何時の間にそばまで来ていたのか、私の横には腕組をする女の子が立っていた。
「失礼、自己紹介が先だったな。私は一里丘陶器だ」
おお、天然ものの巨乳だ。じゃなくて。
「どういう原理ですか」
こちらも名乗らなくてはいけないのだろうが、今はそれよりもこの攻防の仕掛けを解くのが先だろう。というか気になって仕方ない。
「ああ、あれは簡単なこと。能力の限定使用をしているだけ」
「能力の一部だけを使用して、体力の消費を抑えていると?」
「少し違う。あれは限定使用をしなければ寿命をも削る能力だから、限定的な使用しかできないんだ」
「それって……」
聞いたことがある。
一定以上の強さに達した能力は体力だけでなく、使用者自身の寿命を削ってしまうと。
そうしたら縦ロールが持つ能力、恐らくは先見は最上位クラスの能力じゃない。
「あれがどうして先見なんて言われているか知っているか?」
「……詳しくは知らない」
はじめて聞いた能力だったし、情報がなさすぎる。
「あれがはじめて発見されたときは、”敵視”と呼ばれていた」
悪意ある敵視、という感じだろうか。しかしどうしてその呼び方なのだろう。
「あれは確かに限定使用すると先見、つまりは先読みができるだけだが、本来の使い方はもっと最悪でえげつない。あれは一度使用すればその者が持つ能力だけでなく、放たれた全ての魔法、事象、有機物無機物関係なく敵視される」
「……」
それは、容赦がない。
能力は本来魔法の補助が目的のものがほとんどだ。けれど最上位能力の全てが魔法に匹敵するものばかりだと聞く。この先見、いや敵視はその中でも群を抜いて強力だと思う。
太陽、停止、氷結、私が知っているのはそのくらいだが、そのどれと比べても明らかに突出している。
「そんな恐ろしい能力ゆえ、発見されて以降、敵視という能力はその本領を発揮することなく、先見というまったく別の能力名で呼ばれてきました」
しかしこの子、どうしてそんなに詳しいのだろう。
縦ロールが持つ能力が恐ろしいのは理解した。どういった事があってそれが別の名前になったのかもわかった。しかし、勤勉で魔法少女の事情には同年代の誰よりも精通していると言っても過言ではないみゃーこちゃんですら、その能力のことは知りもしなかったというのに。
私は目を離していた戦闘に向き直る。
相も変わらずみゃーこちゃんが攻撃を仕掛け、縦ロールがそれをかわし続けている。その光景はもう滑稽であった。茶番というか三文芝居というか、やりたくもないことをひたすらやり続けて、相手の腹を探り合っている。
みゃーこちゃんがその時を待っているのは分かるが、縦ロールが何を企んでいるのか。それが不安要素となって私の頭から離れない。
「あと、言い忘れていましたが」
冷静に、まるでもう勝敗がついているかのような口調で私に言う。
「先見、あれの限定使用は先読みと、模倣です」
「えっ!」
まずい、それは想定外だった。
ことちゃんとともちゃんから聞かされていた能力の効果は一時的な消滅だったはず。模倣なんてされたら計画が台無しになってしまいかねない。
私たちはなんとしても縦ロールに火炎系の能力を使用してもらわないといけない。
「なるほど、それはそういう使い方をするのですね」
縦ロールはそう呟くと、動きを止めてみゃーこちゃんをじっと見据える。
みゃ-こちゃんも動きの止まった縦ロールを見過ごすなんてことはなく、そうするならこうすると言わんばかりに攻撃を浴びせる。
「どんなことをしても、どんな策を弄しても、どれだけ圧倒しようとも、どれだけ入念に下準備をしようとも、銅名という家には決して勝てないのよ」
痛みわけか、負けるだけ。
そんなこと、とっくの昔に分かっている。
だから、勝つのではなく、負けなければいい。
縦ロールはみゃーこちゃんの攻撃が当たる直前で、みゃーこちゃんの能力、森林操作を模倣してそれらをひとつ残らず迎撃する。
いっきに形勢逆転。
勢いをつけみゃーこちゃんへと駆け寄る縦ロール。
その右手にははっきりと炎の剣を握っていた。
ここだ。
私は念のため一里丘さんから離れ、射撃の体勢をとる。
あとはタイミングを間違えないようにするだけだ。
みゃーこちゃんへと迫っていく縦ロール。それに合わせて炎も激しさを増していく。
まだ。
あと少し。
みゃーこちゃんの懐に潜り込み、限界まで膨張した炎の剣で、薙ぎ斬る。
その前に。
その剣が、炎が、攻撃が当たるその直前に。
私はそれを放つ。
予定調和。
ここまでは、全てが予定通り。
銅名が中央監視塔にいることも、一里丘が戦闘に参加しないことも、銅名がどんなに強力な能力を持っていたとしても、最後は火炎系統の能力に頼るということも、何もかもが予定通り。
そして、私が放ったそれが、縦ロールの炎に触れた瞬間、爆発を起こすことも。
「なっ!?」
突如として自らの炎が爆発したのだ。戸惑わないわけがない。
水蒸気爆発。
あの程度の水では範囲は小さいだろうが、あれだけ間近で爆発したのだ、それなりのダメージは食らっているはず。
けれど縦ロールこと銅名の行動は迅速だった。
何が起こったのか分からないまま、どうしてこうなったのか分からないまま、しかしそこにいたら確実に危険だということを瞬時に理解してその場から退避する。どれだけの判断力があればそれだけ的確な行動ができるのか私には分かりかねるが、そのおかげで随分と分かりやすい場所に出てくれた。
銅名が立つそこには目印があるから。
「…………ぉぉぉおお遅いんですよー!!!」
遥か上空から飛んでくるともちゃんこと友仲智菜。
振りかぶったその拳を、思い切り銅名へと叩き込む。
私たちを襲ったときと、いや私たちを襲ったときよりも、いっそうの殺意を孕んで、それを叩き込む。
地面がめくれ上がり、大地が振動する。いや勢いつけすぎだろ。これほんとに殺す気の威力だし。
「それでも、銅名は負けることはない」
また音もなく隣に立つ一里丘。そんなことを言っていても心配が表情に出ているんだけどな、説得力がなくなってきたぞ。
「いんや、これでいいんだよ」
ぞくっと、背後から気持ち悪い気配が漂ってくる。私が今一番怖気を感じる相手と言えば、あれしかいない。
「!!」
突然横っ腹を殴られ、吹っ飛ばされた一里丘はその瞬間だけ意識を分散させてしまった。
「あーちゃんの隣に立っていいのは、私だけです」
「どんなことがあろうともあんただけには隣に立たれたくないわ」
そんなことよりも、ひとまず確認しなければいけないことがある。
「で、どう? 壁はなくなった?」
隣に立って腕を絡ませようとしてくることちゃんを見る。
「うん、まぁまだ半分は残っているけれど、上々ってところじゃない。はい、褒めて。私をいい子いい子して」
「うるさい黙れ」
デレデレとくっ付いてくることちゃんを半ば無視しながら、煙幕がまだ晴れず姿の見えないみゃーこちゃんやともちゃんに合図を送り出す。
「まぁ合図といっても水をばら撒くだけだけれどね」
不毛地帯に恵みの雨を降らせる女神こと私ってか。なかなかいいじゃないですかぁ。
「さぁ撤退しますよ。もうすぐここには獰猛な生物たちが押し寄せてきますから」
「そうだった。早くしないと」
私は恵みの雨もほどほどに、あらかじめ決めていた退避地点へと向かう。
これで勝負には勝てなかったが、負けもしなかった、点数的には私たちの戦略分が上乗せされて勝っていると思っていいのだろう。
半ばすべてが終わったような雰囲気で歩いていると、後ろから焼けるような風が吹いてきた。
これは、まずい。
「よくもやってくれましたわね」
全身から噴き出す青白い炎、近づくもの何もかもを燃やし尽くすその姿は、鎧炎姫の名にふさわしいものだった。
「うわぁ、あれやばいやつや」
どうやら縦ロールを本気で怒らせてしまったらしい。
「今現在最大の攻撃で、あなたたちを葬ってあげますわ。光栄に思いなさい」
立て直すのが早すぎる。
作戦では私たちが離脱するまでは時間を稼げるはずだったのだが。
「まずいですわね。私の森林操作では相性が悪いし、他に盾になりそうな能力はありませんし」
「離脱しようにも目印までいかないといけないし、今から作ろうにも時間がかかるし」
合流したみゃーこちゃんたちは妙に冷静だが、もうちょっと焦ってもいいと思うの。
「逃がしませんわ」
縦ロールは数本の炎でできた剣をこちらへ投げ放ち、私たちの逃げ道を塞ぐように辺りの木々を燃やす。
これは、万事休すでありまする。
じりじりと迫ってくる炎を纏った縦ロール。
炎が縦ロールの右手に集まり、いよいよをもって止めを差そうとそれを振り上げた瞬間、その炎の塊に巨大な雷が直撃し、炎が霧散する。
「!?」
何が起こったのか、その場の誰もが理解をできていなかったと思う。
しかし次の瞬間、それの正体が現れる。
「さぁて、つまらないお仕事をちゃっちゃと終わらせましょう。それより私、今何を攻撃したの?」
空が割れ、空間の狭間から三人の麗しい少女が出てきた。このアングルからだとパンツが丸見えですよ。まぁ遠くてはっきりと見えないけれど。
「まぁそんなことはどうでもいいじゃないか。たとえ何だろうが何者だろうが、私たちの障害になるとも思えない」
「……ここもはずれだったらどうする?」
「どうするも何も、ここにいるって言われて来たんだし、いないなんて報告したら私たちまたお説教だ」
「それだけは勘弁したいところね」
何やらここに探し物をしに来たようだ。しかしこんな場所で探すものとなると、特殊な生物くらいしかないと思うが。
けれどその生物もみやーこちゃんに言わせれば原型の下位互換に過ぎず、そこまで特殊な生物はいない気がする。
というか、あれは誰?
なんだか、来ている服も魔法少女協会認定の正装とは少しばかり違うし、あの魔法も見たことがない。
それに、あの尻尾はなんだ? 可愛すぎだろ。
「ユニル、あと五分で追いつかれる。それまでには片付けるぞ」
「分かったわ、それじゃあ」
ユニルと呼ばれたひときわ小さな少女は、先ほど縦ロールの炎を霧散させた雷を何発も大地へと落とす。
「ほらほら、さっさと出てきなさい! 選択保持者。いや――」
セレクションホルダー? どこかで聞いたことがあるような。
「天分亜莉栖!!」
突然名前を呼ばれた私は、困惑で頭が混乱してきた。
あの三人組が探しているのは、セレクションホルダー? 私? それともその能力を持った、あるいは持っているはずの、私。
いや持っているはずではない。私は、それを持っている。言い訳の余地もないくらい確かに、私はそれを持ってしまっている。
まずいまずいまずい。
これは、この能力のことだけは、誰にも言ってはいけないと言い聞かされていたのに。いったいどこから。
「…………見つけた」
三人のうちの一人、やたらと髪が長く、表情がまったくと言っていいほど見えない女の子が、こちらを指差している。
「あら、可愛い子がそろっているじゃない」
「そうだな。私の好みが勢ぞろいって感じだ」
「……みんな、ばばぁ」
心なしかロリコンが多い気がするんだが気のせいだろうか。というかほんと私のまわり変態だらけじゃない。もう勘弁してほしいわ。
「ふざけてんじゃないわよーー!!」
雷の攻撃を受けてさすがに戦闘不能になったと思っていた縦ロールが、さっきとは比べるのも悪いような大出力の炎を纏って現れる。めちゃくちゃ怒ってますがな。
「お前ら全員消し炭にしてくれるわ、くそどもが!!」
怒りに任せているからだろう。もはやその体力のすべてを能力にまわしているのだろう。ありえない大きさの火柱が立っている。
そんな圧倒的な力を前にしても、余裕の体勢を崩すことのない三人。それどころか呆れた表情を浮かべている。
「箱庭で育てられたひな鳥程度の魔法少女が。大人しくしていれば見逃していたのに」
「そうね。あれは蛮勇と言わざるを得ないわね」
「……ばか丸出し」
最後の奴口悪すぎだろほんと。
「まぁいい。さっきの奴らよりはできるみたいだしな。どれ、少しだけ遊んでやるか」
三人の中で一番背が高く、お姉さん気質漂う女性が、たった一人で縦ロールの元へと降りていく。
「さぁ、かかってこいひよこ」
「跡形もなく消し去ってやる!!」
銅名の名を冠する縦ロールが負けることはないと思いつつも、私は奥底から溢れ出てくる不安を拭うことができなかった。
それはきっと、あの記憶を思い出してしまったからだろう。
忌まわしい、あの日の記憶を。