プロローグ
「やっぱりあなたの仕業だったのね! ヒキコモリン!」
やたらフリルの付いた可愛い洋服を身にまとった少女は、黒くて丸い謎の物体に対して叫ぶ。
「がーはっはっはっはー! 人なんぞみんな引きこもればいいんだー!」
どこが口でどこが目かはっきりしないその物体は、なんだか小物臭がするようなことを言っている。
「そうはさせないわ! それじゃあ私が運命の王子様に出会えないじゃない!」
「知るかそんなこと!」
「あなたなんかぶっ潰してあげるわ! くらえ! デストロイ・ラブリーハート!!!」
「その攻撃可愛い名前のくせしてやってること物理でひたすら殴ってるだけだろ!!」
「うっさい!! いい加減くたばりなさい中ボス!!」
「そのハート型ステッキちょう痛いんだぞ!! しかも中ボスとか言うな!! 傷つくだろ!!」
「このハート型ステッキは特注の鋼鉄で出来ているのよ! これで殴り続ければどんな敵だってぐちゃぐちゃに出来るわ!!」
「おい! お前仮にも魔法少女だろ!! 魔法で戦えよ! ていうか一々言葉が怖いよ!!」
「どんな業界でも物理が最強なのよ!! そんな事も知らないの! 雑魚が!!」
「元も子もねぇ!!」
そう叫びながら黒くて丸い物体(ヒキコモリンだっけ?)は爆発する。
「さて、今日も私のラブリーでキュートな魔法でこの町の平和は守られたわね!」
女の子は額の汗をぬぐいながら、満面の笑みで言うその姿はとても可愛らしかった。
……なんで私こんなアニメ見てるんだったっけ。
私は大型液晶テレビの前から立ち上がり、水を飲むためにキッチンへ移動する。
夏場は短時間でも水分を取らないと、すぐに脱水症状に陥る可能性があるものね。それに私の家系は水属性だし、夏場は特に注意しないと。
私は冷蔵庫からお茶が入ったペットボトルを取り出し、コップへ注ぐ。再び冷蔵庫の扉を開けてお茶を元の場所に置こうとしたとき、突然持っていたペットボトルが宙に浮いて、後方へ飛んでいく。少しだけびっくりしたけれど、犯人は分かっている。家で魔法を使うのは一人しかいない。
「お姉ちゃん。家の中では魔法は使わない約束でしょ」
私は後ろを振り向きながら呆れたように言い放つ。
「ちょうどあんたが飲み物持ってたからさ。つい」
お姉ちゃんはペットボトルを持った手とは反対の手を振る。すると戸棚の扉が開き、その中からコップがひとつお姉ちゃんの方へ飛んでいく。
「もう、お姉ちゃん!」
「ごめんごめん、もうしないから」
全く悪いと思っていないお姉ちゃんの言葉に、私はため息をつく。
お姉ちゃんはダイニングの中央に置かれたテーブルに腰を落とし、コップにお茶を注ぎながら、何気ない口調で訊いてくる。
「ところで妹よ。あの試験はいつになったんだい?」
その問いに、私は少しだけ俯く。
「……明後日」
小さくそう言って、私はコップに入ったお茶を一気に飲む。
「そう、頑張んなさいな。一生懸命やれば、何も心配ないから」
お姉ちゃんの優しさに、笑顔で返す。
「分かってるよ。ありがとね」
そう言い残し、私はダイニングから出て、自室へ向かう。
お母さんはかつて立派な魔法少女だった。
ありとあらゆる系統の魔法を使え、美しい容姿も相まって【熾天使】なんて言われていて、向かうところ敵なしだったと聞く。
私の家系は由緒正しい魔法少女の一族で、私のお姉ちゃんは数多いる魔法少女の中でも五本の指に入るくらいすごい魔法少女らしい。
一つ下の妹も、七歳のときに最高位魔法である召喚魔法を会得して、日本魔法少女協会から特例で魔法少女に認定され、現在十三歳という若さでほぼ全ての魔法が扱える天才。
それに比べて私は、私は……
「はぁ……」
ネオンが幻想的に輝く街並みを空から見下ろしながら、私は小さくため息をつく。
私は由緒正しい魔法少女の一族の次女。それなりに期待されて育てられたと思うし、人並み以上の愛情を注がれていたと自覚している。
それなのに私は……
「どうして私は浮遊魔法しか使えないんだろう……」
今日が終われば、魔法少女認定試験まで二十四時間を切ってしまう。
日本魔法少女協会が主催する魔法少女認定試験では、最低でも三つの魔法が使えないと合格できない。どうして三つかと言うと、どんなに魔法力や魔動力などが弱い女の子でも、三つは魔法を発動させることが出来るからだ。
でもなぜか私はこの浮遊魔法ひとつしか、未だ発動させることが出来ない。
「でも、私はどうしても魔法少女になりたい」
だって約束したんだ。立派な魔法少女になるって。
「よーし! 頑張るぞー!」
私は拳を高く振り上げ、夜空に叫ぶ。
誰も見てはいないだろうけれど、なんだか結構恥ずかしいことしたと思う。
私は上げた拳を下げて、赤くなった顔に手をあてる。少しだけ頬が熱い。
「とりあえず、あと二つ魔法が使えるようにならないとね。今日はもう寝て、明日頑張ろう」
私は真下に見える自分の家を目指して、降下する。