第四話 竜は神を目指す。人は………
ブラフガ党党首ことグウインリー・ドルゴランは、もうずっと前からそこにいた。何時間だろうか。何十時間かもしれぬ。
本来であれば、空腹や眠気、尿意だって感じるのが普通だが、何故か感じない。
それは高揚した自分の感覚のせいか、それともこの場所のせいか。グゥインリーは自分がいる場所を見渡した。
石と表現すれば良いのだろうか。粘土を磨き上げればこんな質感になるかもしれぬ壁に四方を囲まれた、ある一つの小部屋に自分はいる。勿論、壁は粘土の様に柔らかくなく、十分な硬度を保っている。
経年劣化にも強いはずだ。何せこの場所は、何百年。もしかしたら何千年も前からこのままなのだから。
(神か………確かにここは神の座。しかし、意思無き神を神と呼ぶべきか?)
自分が居る場所。この部屋と部屋を一部分としている構造体こそ、この山にかつて住んでいたドワーフ族が、神と崇めたものだ。
外から見れば、巨大な赤い楕円形の石であった。どうやっても壊せぬという点を除けばただの石であろうが、その実、桁違いの力を秘めている。
今、自分がいる部屋は、その石の目に当たる部分だ。目であるからには、内から外が見える。外にはガラスらしき部分は無いはずなのだが、この部屋からは外の、溶岩が溜まる洞穴が見えた。
見えるだけでない。この小部屋は耳の機能さえあった。洞穴内部の音がこの部屋にも聞こえる。この部屋にいれば、まるで神と自らの感覚が同期した様な気分にもなる。
(もし神にその意思が無いのだとすれば、私がそうなるべきなのではないか?)
随分と傲慢な考えだとは思う。ただ、それくらいに自惚れなくては、次を成せぬという事情があるのだ。
この小部屋には、さらにもう一つの機能がある。それは神の力を行使できるというもの。試しに使ったそれだけで、山から高き噴煙を上げさせることができた。
最小限に抑えようとしてそれだ。本当に力を発揮できれば、どれだけの規模の噴火を引き起こせるか。
(想像すると、どうにもその力を扱えぬ。なんとまあ、私はそこまで臆病だったか………)
大陸にただ一人のドワーフと言っても、所詮は人の身。いざこの国を滅ぼすと言っても、直接的にそれを成すにはまだ性根が弱かった様である。
だからこそ、自らの精神を神の域に達せなければならぬと思う。でなければ、自分は何時まで経ってもここに立っている事になるだろう。
(ふむ………頃合いか)
何かの音と振動が洞穴を揺らす。恐らく山頂に何か起こったのだ。もしや自分の企みを阻む何かかもしれない。であれば、もう足踏みをしてはいられないだろう。今までの自分の人生は、この瞬間のためにこそあったのだ。
そうして神の力を発動しようとして、ふと、その意思が一旦止まる。洞穴に誰かが降りて来た。
いったい誰か。良く見なくともわかった。確かルッド・カラサとか言う商人だ。最近、彼から喧嘩を売られて、それを自分は買った覚えがある。
(そう言えば喧嘩は継続中だったな。ふむ。ここに来たのは向こうの意地か………)
ルッド・カラサはこちらに向かってくる。神の中にまで入られるのは少し厄介だが………そんな事を考えていると、ルッド・カラサが何かを呟いた。
『それにしても、やっぱり不思議だ。いったいこれはなんなんだ? どうやって……誰が作ったんだ?』
恐らくは独り言だろうそれだが、神の耳には確かに聞こえた。そうだ。まずは教えてやるのが一興だろう。ここにあるのが何であるかを。
「誰かが作ったものではないよ。ドワーフはこれを見出し、使い方をひたすらに調べた。それだけの事だ」
ルッドは赤き巨大石の中から聞こえる、グゥインリー・ドルゴランの声を耳にしながら、考えを巡らせていた。
(僕がここに来て狂ったってわけじゃあないとしたら………確かに僕はグゥインリー・ドルゴランと話をしている)
それが何を意味しているのか……。良く考えてみるべきだ。
『さて、まずは問おうか。君はいったい、何をしに、ここへやってきた?』
そうだ。何をしにやってきたか。決まっている。ルッドは表情を驚きのそれから、不敵な笑顔となる様に努めた。いや、努力などしなくても、自然とその表情になった。
「僕は………あなたと交渉をしに来ました」
ここだ。ここで良い。そう思った。どうやらグゥインリーは自分の見えぬ場所にいるらしい。勿論、手も届かぬ場所だ。
だからどうしたと言うのだろう。グゥインリーはこちらを見て、こちらの声を聞き、こちらへ言葉を発した。
それで十分だ。それで交渉ができるではないか。言葉を交わせることを交渉と言う。ルッドはもう一歩も動く必要はない。漸く辿り着いた。自分の道の果てを。
『交渉? 交渉と言ったかね? 今、この瞬間に、私から何を引き出そうと言うんだ。言わせて貰えるなら、君は手詰まりだよ。もうどうしようもない』
声から、グゥインリーの嘲り顔が容易に想像できる。確かに力関係は圧倒的だ。自分など、グゥインリーの気分一つで、どうとでもなってしまうだろう。
だが、その気分をなんとかする事こそ交渉と言えなくはないだろうか?
「それはどうでしょうか? ここに来てしまえば、いるのはあなた一人だけだ」
『私を抑えつけてみるかね? 残念ながら、私は君の手が届くより前に事を成せる』
それはそうだろう。ルッドが彼を物理的に何とかしようとするのならば、それはそのまま、グゥインリーに引き金を引かせる事に繋がる。
であれば、それはやらない。やるべきではない。あくまで自分の武器は口先だ。
「まさかです。今、僕の目的の半分はここで達成できているんだから、そんなすべて台無しになる様な事はしません」
『ほう。ならばいったい、君の目的とはなんなのだ?』
「この国をあなたに滅ぼさせない。そのための交渉です」
そうしてそのための術は力技には無いのだ。むしろ言葉による応酬の中にこそ、解決の道はあると考える。
『なるほど。確かにそのためには、一対一で話し合う場が必要だ。なるほどなるほど。そのために君は君なりの方法でここまでやって来たわけか』
そうだ。これまで積み上げた殆どの事は、この状況を作り出すためにこそあった。それを達成できた以上は、このまま成功まで進みたいものである。
「それで……どうします? ちょっと僕の話に乗ってみませんか?」
『交渉というからには、私に何か提供できるものがあるという事なのだろうが、さて………私は今、十全と言える状態なのだがね』
まあ、その通りだろうさ。グゥインリーは今、悲願を果たそうとしている。そんな相手に対して、渡せるものなど殆ど無い。満たされた相手に付け込む隙など無いのだ。
それが本当に十全ならばであるが。
「もし、あなたの願いに対して、もっと建設的な提案があるとしたら、どうです?」
『何を言っている?』
こちらの提案の意味。それが分からぬ様子のグゥインリー。だが、興味だけは引けたらしい。
「あなたの経歴を、僕は知っています。あなたがどこで生まれ、歩み、そうして絶望の中でこの国を滅ぼそうと決めるに至ったかを」
この情報こそが、ルッドの最後の手札。グゥインリーに届き得る、かすかな道標であった。
そも、交渉とは何か。それは相手の考え方を知り、言葉を通じさせる事だ。そのためにこそ、ルッドは動いた。グゥインリー・ドルゴランという存在を知らなければ、まず彼と交渉のテーブルに着くことはできない。
『存外、下卑た事をするな』
「何分、商人ですからね。情報に関しては、質はともかく種類は選ばない。手段だって問いません」
『ならば聞こう。君は私の来歴を知り、その感情を理解したのかね? その上で、私の道を阻もうとするのか?』
ルッドは首を横に振った。そうではないのだ。さっきも言ったではないか。建設的な提案があればどうするのかと。
ルッドが言葉にするのは、彼を阻むものではない。むしろ―――
「グゥインリー・ドルゴランは誰よりも孤独だった。その孤独が晴れぬことを知っている」
『こちらの動揺を誘うつもりか? ならば無意味だ』
グゥインリーの言葉は無視をする。今は攻める時だと思うからだ。
「あなたが孤独の中で、異種族についてどう思い、何を成そうとしているのかも知っています」
『会話にならぬと見えるが……単なる時間稼ぎか?』
「いいえ。むしろトドメになるかもしれない。僕はあなたを知れば知るほど、理解できなくなったんですから」
集めた情報にルッドが下した評価はそういうものだ。グゥインリーがどれほどの人生を歩んできたとしても、国とそこに住む人間を踏みにじって良い理屈にはならない。そんな風にしかルッドは思えなかった。
『………それだ』
グゥインリーの声は、例え直接的なもので無くとも、低くなった事が分かる。どうやら気分を害した様子だが。
『それだ。どう足掻いたところで理解など出来ようはずも無い。君と私は違うのだ。違うからこそ、ここに私は行き着いた。大凡、誰も辿り着けぬこの場所にな。もし、本当の意味での理解者がいれば、こんなことには―――
「だけど、あなたが甘えていることだけは分かった」
『何だと?』
どこまでも続きそうなグゥインリーの言葉。放って置けば、そのまま最後まで行き着きそうだったので、途中で言葉を挟む。
「安易な道を進もうとしている。その事を指摘しているんですよ。孤独? 理解されない? その事に対して、国を滅ぼすことで自分の存在を刻み付ける? なんて甘ったれた考え方だ! ふざけるな!」
『多くの犠牲の中でこそ成し遂げられることもある! それがどれほど滑稽であろうともな!』
「犠牲が出ることを言ってるんじゃあない!!」
『なっ………』
絶句するグゥインリー。その表情は見えぬものの、ルッドはグゥインリーがいるであろう巨大な赤石を睨み付けた。
「大事を成そうとすれば犠牲が出る事もある。目的それ自体に良し悪し、善悪なんて属性は無い。人それぞれだ。そんな事は知ってるんだ!」
だから、その事にああだこうだ言っても仕方ない。本当に相手と交渉するつもりならば、相手の方法。それに伴う結果にこそ言葉を発するべきなのだ。
『何を言いたい。君はいったい………私に何を伝えに来た!?』
「簡単だ。何もかもを成して、その後、逃げるなんて真似は許さない。国の有り様を変える人間が、厳しき道を進もうとしないなんてふざけるな」
『だから何を………』
この後に及んで、まだ気が付かないのか。それとも、それが良いことだと思っているのか。ならば、気付かせなければならない。グゥインリーの選択は愚かだと言う事を。
「あなたは、すべての事を成した後、自分も滅びようとしている。そうでしょう?」
グゥインリーの来歴、ブラフガ党の行動を知る中で分かる事だった。グゥインリーがやろうとしているのは、派手な自殺だ。
この国と心中する事で、グゥインリーは自らの存在と国の滅びを同期させようとしている。それこそが彼の望みなのだ。
「こんな山の中、護衛も側に付けずに居るのはそのためだ。死ぬならたった一人が良い。そんな風に考えてる。最後の一歩を踏み出せずにいたのも、だからでしょう? 死への決意には時間が掛かるものだ」
だが、そんな簡単な道を進むのは許されない。その事を伝えるために自分は来たのだ。
『ならば………ならばどうすれば良いと言うのだ………君は』
これまでの声とは違う、どこか弱弱しい感情がグゥインリーの声から聞こえる。やっと、やっと、彼と対等に戦える場所まで来たのだと感じた。
今の自分は、グゥインリーに言葉という剣を突きつけることが出来ているのだ。ならば後は、その剣をどう使うかである。
「生きろ。僕は生きろとあなたに提案する。生きて、さらにあなた自身の思いをこの国に刻み込むことこそ、この大陸であなたが歩むべき道だ」
『山を噴火させ、国を崩壊させても生きろと言うのか?』
「………あなたが望むならそうしたら良い。だが、死ぬなんてことは許さない。ただ、もう少しあなたが僕の話を聞く気があるのなら、また別の言葉を紡ぐ時間をくれませんか?」
さて、ここからが大博打。敗北すれば自分はこの山で死に、国も滅びる。勝利すれば、もう少し先の交渉を手に入れられる。
なんとも不平等な博打であるが、それも力関係と言うものだろう。受け入れるさ。
『…………』
グゥインリーは沈黙を続ける。また、山に変化は無い。とりあえずはこちらの話を聞く気になったのだろうと結論付け、交渉を再開することにした。
「これから話すのは、本当にここだけの話になります。一部を除き、他の人間には聞かせられない。そんな話です」
『続けてくれ…………』
「国を滅ぼす以外に、あなたの存在をこの国に刻み付ける方法が一つある」
『それは………いったい?』
聞く気になってくれているというのなら上等だ。ルッドは我知らず笑みを浮かべていた。悪魔の様な笑顔。そんな形容ができるかもしれない。そうしてルッドは、グゥインリーに悪魔が如き囁きを告げた。
「あなたは……英雄になれ」
小さな部屋の中で、グゥインリーは目の前……いや、壁を挟んだ場所にいるはずのルッド・カラサを見ていた。
(なんだ……彼は何を言った?)
相手の狙いが分からない。こんな事は何時以来だろうか。こちらの死を許さず、どの様な結果になろうとも生きろと口にするあの商人は、次に何と言った?
「英雄だと? どういうことだ」
尋ねるということは、向こうに主導権を握られるということだ。だが、それでも今は話を聞きたいという気持ちが上回る。
『状況を整理しましょう。今、ラージリヴァ国は最悪な状況だ。中央都市のホロヘイは殺人鬼が蔓延り、不穏な輩が町の外に集まっている。他の地方はどうか? かつて各地方を繋げていた大きな流通補助組織が今は潰れ、さらに主要通路まで野盗が出没する始末。治安は落ちるところまで落ちている』
それを画策したのは、自分と、自分が率いた組織である。だからこそ良くわかっているのだ。向こうとて、それを承知で話しているのだろう。
「そうしてトドメに山の噴火だ。それだけではない。噴火を皮切りに、各地に置いた私の部下達が動き出す。名目上は略奪だがね。その真実は違う」
欠片たりとも国が復興する可能性を残さない。地に落ちた治安をさらに踏みにじることで、ラージリヴァ国の命脈を絶つことこそが望みなのだ。
だが、国が滅びようとも人は残る。その人々に自分の名は残るはずだ。最悪の狂人であると。それを見届けた後、だれぞの断罪でも受けようと考えていたが………。
『一つ尋ねます。山を噴火させることができるのだとしたら、今、山から出る噴煙を止めることはできますか?』
この問いは、どういう意味を持つのか。噴火を止めさせるという言葉では無い事が引っ掛かる。何故、噴煙を止めるという表現になったのか。
(仮に………噴煙を実際に止めればどうなるだろうか)
とりあえず、ゴルデン山に付随する混乱は収まるだろう。地に落ちた治安の一部は回復するかもしれない。
(それが狙いか? いや………待て………)
怖気が走る様な感覚を覚える。さっき、彼は英雄になれと言ったか。それはつまり………。
「噴煙は、神の力に寄るものだ。神が力の行使を止めれば、それで収まるが………」
『上等です。なら準備は整いましたよ。選ぶのはあなたです』
漸く答えに辿り着く。その辿り着いた答えに寒気がした。あの商人は、なんて事を考えるのか。
しかも笑っているのだ。嘲りでも喜びでも無い。誘いの笑いだ。悪魔の提案だ。言葉の意味は十分に理解した上で、こちらを誘っている。
「私に……ここまで国を追い詰めた私に………それを救う英雄になれと言うのか!」
それこそが、悪魔が如き商人の提案なのだ。国を滅ぼすことが出来るというのなら救うことも出来る。
何かをする必要は無い。ただ、止めれば良いだけだ。国を混乱させているのは自分の意思である。その意思を止めれば、国の混乱は時間を経るにつれ収まるだろう。
『ホロヘイで殺人を行っていた連中と交渉をしました。あなたが山を噴火させず、さらに噴煙を止めた場合は、それがあなたのおかげだと喧伝する様にと』
頬に何かの感触が伝わる。それが冷や汗であることに気が付くまで、数秒掛かった。まさに悪魔の提案だ。国を追い詰め、滅ぼすなど比べものにならぬほどの悪徳だ。
商人、ルッド・カラサは、国を追い詰めた上でそれを回復させた結果、それを行った者を、国民に英雄視させようと考えているのだ。
自作自演も甚だしい。さんざん国を混乱させ、その対価が自分自身の名声にしろと言うのか。
『あなたの望みは、異種族という存在を人々の記憶に刻み込むことだ。なら、こういう方法だってあるでしょう? 噴煙を止め、山を降り、マーダ地方の領主は異種族。ドワーフであったことを喧伝するんだ。ゴルデン山の噴火を察知し、手勢を率いて山へ入る。そうしてドワーフとしての知識の元、山の噴火を止めたと言えば、混乱が続くこの国の中ではすぐに広まる。唯一の救いだと!』
「ふざけるな! ふざけるなよ! どれだけ手を汚して来たと思っている! どれだけの人間を踏みにじって来たと思っているのだ! それを今さら翻して、私だけが光の元を歩けと言うのか!」
許されない。それこそ許されることではあるまい。異種族の名がそれでこの国に残ったところで、自分がしてきた悪が消え去る事は無いはずだ。
『人倫を踏みにじって来たからこそ、僕はあなたにもっとも辛い道を選べと言っているんだ! 悪を悪のままに事を終わらすなんて認めない。あなたは苦しみ続けろ。悪をもって善の結果をもたらすことで、自らの悪に心を苛まれ続けろ! あなたが選んだ道の終焉はそこにこそある!』
ああ、そうだとも。善の……国を救う英雄になってしまえば、延々と苦しみ続ける事になるだろう。異種族の名をこの国に残すなら、自分は英雄を演じ続けなければならない。
悪を成して来た事を誰よりも理解しながら、それを誰に明かすことなく、英雄として生き続けなければならない。
だがしかし………それが成れば、国を滅ぼす事なく、異種族の名を歴史に刻む事ができるのだ。
『北風と太陽という昔話を聞いた事はありますか?』
「………」
『旅人は北風と太陽に衣服を奪われようとする。しかし北風の中では奪われまいと必死だった旅人も、太陽の暖かさに負け、衣服を脱いでしまう。それもまた安易な選択です』
「…………」
『旅人は、北風の道こそ歩むべきだったんだ。衣服を奪われまいと必死になる中にこそ、成長はある! 歩く価値のある道となるんだ! さあ、グゥインリー・ドルゴラン。選べ! 何もかも滅ぼし、自分も滅びるなんていう安易な太陽の道を選ぶのか! それとも、英雄として、自らの道徳に苛まれ続ける北風の道を選ぶのか! 今、選択権はあなたの手の中にある!』
ルッド・カラサが吠える。神の中にいる自分に向かい、圧倒的なまでに力の、立場の差があるというのに、彼は吠えたのだ。
そこには一切の迷いが無い。躊躇も、気後れすらも無い。溶岩溢れるこの洞穴の中、巨大な赤き石の形をした神と向き合い、それでも人間としての意地を突き通そうとしている様だった。
神の前に人として立つ。その姿が、自分にはどうしようも無く気高く見えた。見えてしまった。
ならば、自分はどうすれば良い? あの商人の姿と意思を見せつけられた自分は、どうするべきか。
(ああ………何故だろう。赤く染まるこの洞穴が、どうしてだか眩しく感じる………)
目が焼けつきそうだった。視界が狭まるが、変わりに思考だけははっきりとしてくる。
自分の選択肢。この土壇場に来て提案された二つの道。どちらを選ぶかについて、グゥインリー・ドルゴランは、はっきりと、自分の意思で選ぶ事ができるだろう。
そうして彼は、一つの選択をした。
ラージリヴァ国の、その命運が左右された次の日。噴煙立ち込めるゴルデン山が変化したその日。太陽の日差しが夏の兆しを見せ始める。
当たり前の話だが、ラージリヴァ国は滅びず、変わらぬ朝を迎えていた。