表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北風の道  作者: きーち
最終章 厳しき道を進むということ
95/97

第三話 人と竜

 夜の帳が降りる中、山頂付近にある火口が赤黒く輝く。ある程度の距離を置いた場所でその輝きを眺める人影が二つ。ルッドとキャルだった。

「ここまでは人がいないのは幸運。そうして、やっぱり火口には見張りがいる予想が当たったのは不運ってところかな?」

 ルッドは火口を見ながら呟く。鈍いとは言え、明かりがあることは幸運だ。夜の闇以外にも、噴煙により視界が酷く悪いのである。明かりが無ければ何も見えなくなるところであろう。

「兄さん。ブラフガ党の党首はいたか?」

 ルッドと同じく、火口近辺を見つめるキャル。二人の目ならば、まだもう少し状況を探れるだろうと思っていたが………。

「駄目だ。見つからない。いるのはあの場所じゃあ無いのか?」

 偵察を続けるものの、目的の人物は見つからない。見張りの人間が火口周辺にいるということは、その近くに党首がいる事だけは予想できるが、そこまでだった。

「個人的には、あそこがあからさまに怪しいと思うけどな」

 言われて、キャルが指差す方を見やる。火口から少し離れた場所に洞窟らしく穴があった。確かに見る限り、その周辺を良く見張りが通っている印象があった。まるで、そこを重点的に守らねばならぬかの様に。

「そうだね。とりあえずの目的はあそこへの侵入と行こう」

 もしかしたら単なる囮である可能性もあるにはある。だが、ここに来て、そんな物を用意している可能性も少ないだろう。

「けど、どうするかだよな。見張りがきっちり守ってることに違い無いし」

「隙ならあるとは思うんだけどね。こっちも偵察し難いのと同じ様に、向こうからもこっちを発見され難い」

 問題があるとすれば、そういう地の利以外に頼めるものが無い事だろうか。

「アタシが離れた場所で騒いで、見張りが様子を見ているその隙に兄さんが……ってのは無理か?」

「村の方ならともかく、さすがに見張りが持ち場を離れるって可能性は低いんじゃあないかな」

 もし低い可能性の方が当たったとしたら、ブラフガ党もその程度だったというだけなのだが、どうにもそっちに賭ける気にはなれなかった。脳裏に党首、グゥインリー・ドルゴランの顔がチラつくからだろう。

「となると、一気に突入する方が良いか?」

「それも不味い。敵に捕まらなくたって、党首との交渉に邪魔者が入るってことだから………」

 荒れ場になれば不利なのはこちらである。きっと向こうは既に最後の一手を自らの手の内に仕込んでいるはずだから。

「なんか、ここに来て打つ手無しになってるみたいだな」

「みたいじゃなくて、実際そうなんだ………」

「おいおい」

 キャルに呆れられるが、ここに来て手札が無くなる。どうしたものかと思案していたところ、厄介な事に気が付く。背後に人が立っていた。

「キャル! 離れて!」

「えっ、ちょっと―――

 咄嗟にキャルと突き飛ばし、自分は振り返って立つ人間と相対する。相手がブラフガ党員だとして、自分をまず相手にしようと試みる様に。その隙に、キャルが逃げられれば良いのだが。

「待て。ちょっと待て」

 だが、意外にもその人間は襲って来なかった。むしろ、こっちが騒ぐのを止めようとする。

「あなたは………確かオンブルトさん?」

 現れた人間は、村人のテントにいたナハルカンの息子、オンブルト・ルナーであることを理解する。壮年でがっしりとした姿の男で気圧されるものがあるものの、ブラフガ党員よりかは大分マシな相手だった。

「なんだよ………兄さんの知り合いか何かか?」

 こちらに突き飛ばされ、尻餅を突いた形になるキャルが、不服そうにルッドに尋ねて来る。知り合いかと言われれば、一応はそうだ。親しいなどとはお世辞にも言えぬが。

「この人は………ブラフガ党員じゃあないよ……多分。そうですよね?」

「………党員では無いが、お前さんらの味方でも無いよ」

 だが、とりあえずブラフガ党にルッド達を突き出すつもりは無い様子。ただこちらを見ているだけだ。

「あ、もしかして、あのナハルカンって婆さんが、別の仕事を頼んでるって言ってた人か?」

 キャルは尻餅の状態から立ち上がり、物怖じせずにオンブルトへ尋ねる。胆の据わり様なら、もしかしたら自分以上かもしれないとルッドは思う。

「お袋が何を言ったか知らないが、仕事をしていると言えば……している」

「その仕事……見張りじゃあないわけですね? 見張りなら、僕らを捕まえようとするはずだ」

 キャルばかりに頼ってもいられない。とりあえずルッドも彼と交渉に入ることにした。

 そう。交渉だ。手詰まりかと思われたこの事態に、オンブルトという変化が発生した。良いか悪いかで言えば良い事だとルッドは考える。

「いいや。見張りだよ。ただ、御党首を護衛する仕事を賜ったわけで無し。それに見張る対象はあんたらじゃあない」

「アタシ達が見張る対象じゃないって、じゃあ、誰を見張ってるんだよ」

 確かにオンブルトの物言いは疑問だ。キャルが言う通り、ルッド達の様な侵入者を見張らず、誰を見張ると言うのか。

「俺は御党首を見張っている。彼が何を成し遂げるかの監視だ」

「………一大イベントを見届ける役ってわけですか?」

「そうだ。恩党首の選択を見届けろと母に命じられた。例え、この山が完全に噴火したとしてもだ」

 オンブルトはこの山で死ぬ気だ。そういう気概を彼から見て取れる。そうしてルッド達も………。

(僕が党首を止められ無ければ、僕だけじゃなく、キャルも死ぬことになる………。国を崩壊させるほどの噴火だ。もしかしたら下の村にだってすぐに害が及ぶかも………)

 自分の命だけを賭けのテーブルに乗せたつもりだったが、ここに来て、仲間達の命までチップとしている自分に気が付く。それを理解し、重くなっていく心。

(なんてこった………僕はとんだ愚か者か?)

 自分の心の変化に内心で毒づく。手前勝手な自分に幻滅しそうになって行くルッド。そんな感情の変化を、キャルはもしかしたら感じ取ったのかもしれない。突然、彼女が口を開いた。

「なあおっさん。あたし達、その党首に会いたいんだけど、あの洞窟、どうにかならないもんか?」

「………言われて、侵入する方法を話す馬鹿はおらんと思うが」

「なるほど。つまり、侵入する方法はあるってことだな?」

「………」

 憮然とするオンブルトを見て、キャルはニヤリと笑った。あの笑顔。どこかに心当たりがある様な。

(というか、あの言葉だけで洞窟内に党首がいるってことも認めさせた事になるな。さすがと言うかなんと言うか)

 やり口が誰かに似ている。誰だっただろうと考えを巡らせた結果、自分自身である事に気が付いたため、深く考えるのを止めて置く。

「あるのなら教えてくれませんか? 今は手持ちが無いんで何にもできませんが、事が終わればお礼はします」

「御党首の邪魔を積極的にする気分でも無い」

 望み薄で尋ねた事だが、実際、あっさりと断られる。だが、今の希望は彼の言葉にこそあるので、簡単に諦めることなど出来ようか。

「…………党首の行動の結果を見届けるのがあなたの仕事って事で構わないんですよね?」

「ああ。そうだが………」

「なら、彼の心がどれだけ強固か。試したくはありません?」

「何?」

 訝しむ目線をルッドに向けるオンブルト。こちらに興味を持ったということなので良いことである。

「僕と言う存在は、党首の考えを品定めする丁度良い機会だ。そうは思いませんか? 彼はここに来て、まだこの国を滅ぼすのを躊躇っている。もしここで僕をあの洞窟に送り込むことができたのなら………」

「…………ふんっ。ものは言い様か」

 確かにルッドにとって都合の良い言い分だろう。だが、オンブルトの表情は、それもまた良いかと納得したものとなる。彼はルッド達の味方では無いが、ブラフガ党の味方でも無いのだ。

「僕が党首に会ったとしても、有利なのは向こうです。彼の行動の邪魔になると言うことは無い。そう思いますけど」

「そうか? 邪魔にならないと思うのなら、ここに来るはずは無いだろう? まあ、どんな考えだろうと構わんが」

 オンブルトのその言葉は、ルッドの提案を了承したと取って良いだろう。まだまだ行き止まりには辿り着いていない。

「で、あの洞窟に潜入するにはどうすれば?」

「要は、あそこから見張りを退かしたいわけだろう?」

「けど、それができないから悩んでるんじゃん」

 キャルの言葉に、目じりを釣り上げた表情を浮かべることで、返答とするオンブルト。ちなみにその意味はルッドにも分からない。

「あの洞窟とは火口を挟んで反対側に祭壇がある。良く見ろ。見えるだろう?」

 オンブルトが指差す先を見ると、確かに噴煙に紛れて石づくりの台らしきものが見えた。

「あの祭壇に……何か?」

「あれは山におわす火の神への祈りを捧げる場所だ。神に見張りの気を引いて欲しいと頼めば、或いは願いが叶うかもしれんな」

「おいおい。ちょっと待てよ。ここに来て冗談かよ!」

 怒りだすキャルを見るも、ルッドの方は怒りを感じない。むしろ、何か薄ら寒い感触が心を掴む。

「待って、社長。オンブルトさん、火の神に祈れば……それが叶うんですね?」

「………ふんっ。可能性の問題だ。今、この山はどうなってる?」

 オンブルトに言われて考える。明確な意思を持って、山が噴煙を上げている。ここからさらにもっと恐ろしい変化が起こるだろうことも予想できた。

 この力はいったいどこから来ている? それは………。

「兄さん、まさか、火の神様に祈ればなんとかなるって、本当に考えてるのかよ」

「馬鹿みたいな話なんだけどね………ブラフガ党の党首はまさしく、神様の力でこの山に影響を与えてるんだよ。それに………」

 一度……神の奇跡を実感した事がある。このゴルデン山で無く、別の山での出来事だ。

 その山にもかつて火の神が存在し、その残滓がまだあったのかもしれない。そうして、その山と同質の神がこの山にいるのだとしたら。

「気を引くくらいの出来事は起こせるかもしれない。けど、不安はまた別のところにある………」

「なんだよ、その不安って」

「何が起こるか分からないって言う不安だよ」

 ただでさえ、山がこの様な事態になっているのだ。さらにそこへ変化を呼び込めば、何がどうなるか分かったものではない。逆に言えば、何か起こるだろうことはほぼ確定していると考えられるが。

「………なあ、見張りの奴らの気は引けるってのは、兄さんも考えてるのか?」

「まず間違い無く、変化は起こるよ。変化は」

 今ここは神域と言えるのかもしれない。自然秩序に介入できる何かがあるのだ。

「わかった………じゃあ、祈る役はアタシがやる」

「キャル?」

 何を言いだすのだろうか。はっきり言って、彼女の提案は危険だ。祈る結果に対して、もとも近くにいるのが彼女という事になるのだ。さらに言えば、ここから動いて祭壇まで移動するとなれば、それだけ見張り連中に見つかる危険性が高い。

「誰かがしなきゃなんだろ。そこのおっさんがしてくれるわけでも無し」

「まあ、ここを動くつもりは毛頭ない」

 それはそうであろうが。だが、キャルが危険な目に遭う事を許容できない自分がいた。

「ああ、くそっ。その通りだよ。君が動くのがこの時点で一番だ。だけどねぇ」

「待った。兄さん。それ以上は無しだ。それ以上話すと、どうにも出来なくなるぜ」

 手のひらを目の前に突き出され、言葉を発する事を止められる。どうやら、自分は冷静で無くなっているらしい。

「あたしが行くのがここでは正解だ。だから行ってくる。もし成功したら、後は兄さん。頼むぜ?」

 それだけ言い残して、キャルは祭壇へと隠れながら向かって行った。残されたのはルッドとオンブルトの二人だけ。

「………良くは知らんが、信頼はされている様だな」

「信頼なんですかね………」

 そんな言葉で済ましたくない思いがある。ただ、キャルの言う通り、この場では深く考えすぎない方が良いと思う事にした。




 祭壇は噴煙をもうもうと上げる火口の近くにある。つまりその祭壇に近づくということは、煙の中を進まなければならないということ。

「こほっ………」

 出た咳を抑え、キャルは祭壇を目指す。噴煙と夜闇のおかげで忍ぶことができているとは思うのだが、いかんせん、視界が狭まり、不快感が上がるのはどうにかして欲しかった。

(目が痛てぇ………うわっ)

 顔を服の裾で拭うと、そこが真っ黒に汚れた。当たり前だが、体全体が噴煙で薄汚れてしまっているらしい。

(頼りになる明かりは火口からのだけってんだけど、それがこの状況を作り出してんだよなぁ)

 複雑な思いで火口を見たキャルは、ある事に気が付いて唾を飲み込んだ。そうして立ち止まる。

(これは………ちょっとヤバいんじゃないか?)

 耳を澄まし、音を聞こうとする。火口から漏れる耳鳴りの様な音の他に、足音が聞こえた。自分以外の足音だ。

 問題はそれだけでは無い。火口からの明かりがキャルを照らし、辺りに広がる噴煙に対して、大きな影を映し出していた。見張りがしっかりとその責を果たしているとしたら、キャルの存在は既にバレている。

「ええい! こなったら!」

 意を決して、キャルは慎重に進むのを止めた。物音など気にせず、祭壇へと走り出したのだ。

「待て! このガキ!」

 やはり背後から敵が迫っていた。既に自分は発見されている。ならばやる事は走ることだ。全力で。後ろなど振り向かず、まっすぐ祭壇へ。

 足音が激しくなる。きっと追ってきているのは二人だ。どっちも成人男性だろうし、一人だけだってキャルに抵抗できるわけがない。だから走る。祭壇に登り、山にいる見張り全員の気を引けるくらいの何かが起こる様に祈るのだ。

(最後は神頼みって、すっげぇ見っとも無いよな!)

 祭壇は上へ登るための階段があるくらいには高い。だが、階段は祭壇を少し回り込まなければ存在しない。

 回り込む余裕が無いため、無理矢理祭壇をよじ登る。祭壇は大きく二つの段によって構成されている。その一段を登り、さらに二段目に足を掛けたところで、右足が掴まれた。

「おい! なんだお前! なんでここに!」

 見張りの男の一人に追い付かれた。男はこちらを祭壇から引きずりおろそうとしているが、その男の顔を、掴まれていない方の足で何度も蹴る。

「離せっ。離せったら!」

「ぶっ! 何……がっ」

 なんとか男の手から逃れ、必死に祭壇の中心へ。

「ったく。本当。逃げ場なんて無いでやんの!」

 祭壇の中心に立ったところで、他に逃げ道など無い。顔面を蹴った男は、再度立ち上がり、じりじりとキャルへ近づく。さらにもう一人、追って来ていた男も、祭壇の階段側に回って、こちらへ登って来た。

(なあ、ここから逃がせなんて言わない。せめてさ、兄さんのやる事、手伝ってくれねぇかな………神様………)

 キャルは天を仰ぎみた。噴煙立ち込める夜空は星すらも映らない。なんとも浪漫の無い光景だが、それでも構わないだろう。

 膝を祭壇に突き、ただ祈った。まるで何か巫女みたいだなと自嘲しながらも、ただひたすらに。

「おいおい。今さら許してくれってか?」

 一人の男が近づき、怒りに染まった表情でキャルへと迫る。そんな男に向かって、キャルは言葉を発した。

「許してじゃなくて頼むんだよ。神様への祈りってのは、本来そういうもんだろ」

「あん?」

 男が首を傾げた瞬間、大きな音が響いた。山中に響くのではないかと言う爆発音。その正体は火口に存在した。ただ一条の火閃が空へと伸び、空中で爆発したのである。

 その爆発は夜を照らし、音と光は山に居るすべてが注意を向けるものとなった。一人を除いて。




 皆が皆、火口周辺に木霊する音と、空の閃光に目を奪われている間、ルッドはまっすぐに火口近くの洞窟へと走った。

 音は耳鳴りが発生するほどに大きく、閃光は直視すれば数秒は視界が白から黒へと染まる。その数秒を逃してはならないのだ。

(キャルが命を賭けた。他のみんなだって、僕を行動させるために力を尽くしてくれた! この瞬間を、最大限に活かしてやる!)

 洞窟の入り口には未だ見張りが立っている。だが、キャルが作ってくれたこの瞬間だけは、ただの木偶の坊であった。

 見張りのすぐ横を潜り抜け、そのまま洞窟の暗闇の中へ一気に走り抜ける。

(どこだ。どこに続いて、どこにいる!?)

 洞窟の闇の中をひたすらに走り、グゥインリー・ドルゴランの居場所を探す。幸運な事に洞窟は一本道であり、迷うことだけは無い。ただひたすらに地下へと続いているらしく、まるで山の腹の中を彷徨っている様な気さえしてきた。

(………熱い)

 熱気が、洞窟の奥から噴き出してくる。耐えられぬほどでは無いが、このまま熱量を増して行けば危険なのではないか。そんな危機感が生まれ始めた。

 これもまた幸運な事なのだろうか。熱がそれ程に上がる前に、広い空間に出る事が出来た。明かりもある。赤黒く輝くマグマの光。

「なんだ……ここ」

 明らかに人の領域ではない。地にはドロドロの溶岩が満ちており、洞窟内を煌々と照らしている。真っ赤な光の中だというのに、汗を掻く程度にしか熱く無いのはどういうことか。

「道は………あるのか………」

 溶岩に満たされたこの広間であるが、一本の道の様に溶岩が割けている場所があった。視線は自然とその道を辿る。

(あれが………火の……神様!?)

 そこには何か巨大なものがあった。赤いが溶岩のそれではない。石作りなのだろうか? 質感については見る限り石に似ている気がする。良く磨いた巨大な赤い石。広場の奥はその石の場所なのだろうか。洞窟の天井付近まで高く、奥の横幅をほぼ埋める形で石はあった。

 驚愕すべきは、その石に継ぎ跡が無い事だろう。まるで一つの大岩を削り、磨き作り上げた様な。

(あんな大きなものを削り出せる岩なんてどこにあるんだ? 岩盤だってあそこまで大きなものなんて無いはずだ………)

 まるで惹かれる様に、巨大石へと足が進んでいく。ただ、道となっている場所以外は溶岩なので慎重にだ。

(ここは人智を超えた場所………。そんな場所であの男はこの国を滅ぼそうとしているのか?)

 確かに、こんな場所にいれば、そんな気がしてくる。自分は人から外れ、神の力を授かり、ただ思うままに事を成せる様に思えてしまう。

(だけど、そんなものは幻想だ。僕やお前はどこまでも神じゃあ無く、一個人だ。できる事とできない事があって、望む事は自分の手でなんとかしなきゃあいけない。そうじゃあないのか?)

 だからここで力を行使するのを戸惑っている。未だに最後の一歩を踏み出せないでいる。

(それで良いんだ。グゥインリー・ドルゴラン。お前は最後の一歩を踏み出してしまえば、本当に神にでもなってしまう。この国を何もかも破壊して、それで溜飲を下げる様な破壊神に。あんたの思いはその程度のものなのか? この大陸にたった一人のドワーフが抱いた思いは、何もかもを破壊して、それで満足するようなものだったのか?)

 何時の間にか、足取りがしっかりとしてくる。神秘的に見えたこの場所も、やはり人が存在し得る場所だと言う思いが強くなる。

「それにしても、やっぱり不思議だ。いったいこれはなんなんだ? どうやって……誰が作ったんだ?」

 かつてゴルデン山に住んでいたというドワーフ達が、これを作ったのだろうか? それとも、彼らもまたこれを神だと崇めていたのか。

『誰かが作ったものではないよ。ドワーフはこれを見出し、使い方をひたすらに調べた。それだけの事だ』

 広場に声が響いた。いったいどこから。近くに人がいるのか? 辺りを見渡すも、声を発する者はいない。

「いったい誰だ!?」

『私だよ。声の調子が違うのかな? グゥインリー・ドルゴランだ。上で何が起こっているかと思えば、なるほど君か。ここに来て、そうなるか』

「そこか! あんたはその中にいるのか!」

 赤き巨大な石を向き、ルッドは叫んだ。響く声は確かにそこから聞こえたから。目にはグゥインリーは映らない。だが………

『そうだ。私はここにいる。ブラフガ党党首にして、今はこの国を滅ぼす存在となったグゥインリー・ドルゴランは、確かにここにいる』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ