表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北風の道  作者: きーち
最終章 厳しき道を進むということ
94/97

第二話 竜の山に人が行く

「で………どうやって………村に侵入すれば良いか………だな?」

 ヴァーリの村の入り口から比較的近い岩場にて、ダヴィラスはヴァーリの村の門を見る。2、3名ほどの人員が門番として立っており、彼らがブラフガ党の連中であることは理解していた。

「動員している人数は少ないでしょうし、村に入るだけならやり様があると思うんですが、問題は登山口ですね。どっちかと言えば、そっちの見張りが厳しそうだ」

 隣でルッドが、こちらと同じ様に村を偵察している。今、ここに来ているのはこの二人だけであり、他の社員は村を奪われてしまった村人たちから情報を引き出すために、テントを歩き回っている頃だろう。

「あのナハルカンとかいう婆さん………彼女は頼れないのか?」

「無理ですね。彼女は完全に中立です。ブラフガ党に肩入れすることはありませんが、一方で僕らに手を貸してくれることはない」

 となると、村への侵入は自分達の独力でしなければならないということか。

「心許なく………無いか?」

「例えば陽動。ちょっと騒いでブラフガ党の目を向けるくらいなら、村人が手伝ってくれる可能性はあります。僕らが村の奪還に手を貸せば。という前提ですけれど」

「おいおい………村の奪還って、そんな厄介事まで背負い込むつもりか………?」

 そんな事をしている程に、自分達に余力はあっただろうか?

「いやだな。僕らがブラフガ党の党首をなんとかできるのなら、それは村も戻ってくるってことじゃないですか。やる事は変わりません」

「つまり…………詐欺みたいに騙すってことだな?」

「ついでに借りられる力なら積極的に活用するってだけです」

 村の門を見つめるルッドの横顔は涼しいものだった。きっと頭の中では熱いくらいにあれこれと考えているのだろうが。

「何か………良い案はあるか?」

「できることなら幾らでも。なにせ今、向こうは隙を見せ続けてるみたいなものなので。ただ、どれを選ぶかなんですよね………」

 隙。つまりまだ最終局面になっていない状況で、ゴルデン山の麓にやって来られた事を言っているのだろう。

「幾つもあるなら…………そのどれかを選ぶだけで………良いんじゃないか?」

「できればスマートなのを選びたいじゃないですか。以前、ダヴィラスさんにも注意された事ですし」

 苦笑いというか自嘲に近い表情をルッドは浮かべている。以前……そういえば自分は彼に何と言ったか。

「デカくなって欲しい………そういえばそんな事を………言ったな」

「なかなか厳しい言葉でしたよ。デカくなるには、それなりに見栄を張らなきゃいけない」

「なら…………是非とも頑張って欲しいところだな…………それと………」

 少し恥ずかしい言葉を発しそうになり、一旦会話を止める。

「それと、なんです?」

「なんでもない………さ」

 まさか、こんな場所で言うわけにも行かないだろう。もう随分と、デカい事を企む人間になっているぞ。などと。




 ルッド達が村の偵察に出掛けている頃、テント内で一通りの村人から話を聞いたキャル・ミースは、馬車へと戻り、その情報を整理していた。

「とりあえず、村にいるブラフガ党の連中については、30人は少なくともいるらしいな」

「なんていうか、村のかなりの部分がブラフガ党の関係者だったわけ?」

 レイナラの呟きは正しいと思う。要するにブラフガ党はきっちりと準備を行っていたということなのだ。いざという段階に至り、一切の失敗をしないという明確な意思を感じられた。

「こうなってくると、やっぱり一番心配なのは、山にどうやって登るかだよな」

 党首が山の火口にいるのだとしたら、そこへの途上には勿論、見張りの人間がいるだろう。ここに来ても、党首が狙われれば一巻の終わりとなってしまうかもしれない。だからこそ、党首の守りは厳重になっている可能性が大だ。

「確かあの話についてはどうなの? 別の登山口があるっていう」

「一応、兄さんには話すけど、あんまり役に立たないと思う。使われてないってことはそもそも利便性が悪いってことだしな………」

 村人からいろいろ話を聞いていると、国が管理している物以外にも、かつては火口への登山道があったらしい。ただし、それも国が管理を始める前までの話で、主要なもの以外は閉鎖されていると聞く。

 ほぼ放置に近い状態で長年使われなかった道など、自然状態とそう変わらない。むしろ余計な選択肢になってしまうかもしれない。

「何にせよ、一旦、村の中に入ってみなきゃわかんないわけねぇ」

「だよな。んで、兄さんがまた危険な事をするつもりなんだぜ。絶対」

 あの人はそういう人だとキャルは実感している。自分の命を容易く賭けのチップにしてしまえる人なのだ。

 本人なりに勝算あっての行動なのだろうが、見ているこっちはヒヤヒヤものだ。だからこそ、彼にすべて任せきりじゃなく、こっちもこっちで仕事の成功率を上げなければならない。

「私達は、どういう役になるかしらね?」

「姉さんは陽動か牽制ってところだろうな。あたしは……そもそも参加できるかな」

 大まかな作戦を考える役のルッドは、未だに自分を子どもだと思っている節があった。実際、キャルは子どもと言える年齢だ。最近は体だって成長して、大人びてきていると思うのだが、それでもまあ、あの人から見れば子どもっぽいのかもしれない。かなり癪であるが。

「どうかしらねー。結構、目に見えて成長してるわよ、社長は。案外、重要な役を任されたりして」

「それも嬉しさ半分、不安半分ってところだよなぁ」

 頼られるのは良いが、責任ある仕事はやはり心配だった。自分の裁量だけですべて台無しになるかもしれない。

「なーなー。俺たちは? 俺たちはなにかしろって言われるのか?」

「おしごと?」

 と、もっと子どもであるランディルとミターニャが話し合いに乱入してきた。彼らは心配だからと連れて来ただけであり、ルッドの方は、何か仕事をさせるつもりなどあまり無い様子。しかし………

(そういう心配のされ方は、心配される方は腹が立つんだよな)

 キャル自身、そうであったのだ。同じ思いを、の兄妹にさせるべきだろうか?

「よしっ。じゃあ、お前達は別働隊だ」

「別?」

「ちょっと、何させるつもりなの? 危ないことは駄目よ?」

 兄妹、特にミターニャの方の保護者を気取っているレイナラが、渋い顔しながら尋ねて来る。勿論、危険な事をさせるつもりは無いが、それでも役目を一つ担って貰おうと思うのだ。

「危なくは無いけど、兄さんには内緒にして欲しいことだ。頼めるか?」

 兄妹を見て、キャルは尋ねる。この二人なら了承してくれるだろうと見越しながら。




「ええっと。それじゃあ、今後の段取りはちゃんと伝わってますよね?」

 ルッドはヴァーリの村の入口近くにある岩場の影に潜みながら、同じ様に隠れているキャル、レイナラ、ダヴィラスに話し掛けた。ランディルとミターニャについては、危険なので他の村人とテントで待機して貰っている。

 ヴァーリの村。というかその外側にあるテント群へとやってきてから一夜が明けた。村へ潜入するための段取りと、とりあえずホロヘイから強行で来た際の疲労回復のためにこれだけ時間が掛かったのだ。恐らく、最後の休息が終わったということで、これからは働きづめになる。

「村人の何人かがテントで騒ぎを起こすから、村の中にいるブラフガ党の連中がそっちに気を取られているうち、村へなんとかして入れば良いんだよな?」

 キャルの言葉を確認してからルッドは頷いた。

「とりあえず、テントの中で喧嘩をする程度でおさめてって交渉しておいたから村の人達には害が無いと思う。そして僕らが村の中に入ることに成功すれば、村の中で、とりあえず隠れられる空き家をすぐに探さなければいけない」

「村人が沢山追い出されたわけだから、結構あるはずよね? とりあえずそこに潜伏して、今度は登山道について探る感じかしら」

「だが………そう上手く行くか? もし見つかったら…………」

 レイナラが潜入した後の段取りについてを話すが、そもそも村への潜入が成功するかどうかも不安がっているダヴィラス。

「見つかったら、素直に諦めましょう。命乞いだってしたって良いです。捕まったり騒ぎになってしまったら、もうその時点でアウトなんですよ。グゥインリー・ドルゴランに最後の一歩を進ませてしまうだけですからね」

 だからこれ以降、失敗したらなどと考えるべきではない。最善手を打つ事だけを考えなければ。

「っと、始まりましたね」

 テントの方から声が聞こえる。そうしてその声を訝しんで、ブラフガ党の見張りの何人かが様子見に向かっていく。

「それじゃあ………」

 キャル、レイナラ、ダヴィラスの3人と順に顔を合わせて、ルッド達は村の入口へと向かう。できる限り物陰に隠れ、ブラフガ党員に見つからない様に。




「案の定、村自体へは簡単に入れたわね」

 村に首尾良く侵入し、今は誰にも使われていない空き家に侵入したレイナラ。他の3人も無事であるが、皆、緊張している様子だった。

「これで敵のど真ん中。さすがに登山道は常時見張りがいるみたいですから、さっきみたいな手は使えそうにありませんね………」

 雇い主の一人であるルッドは、次の作戦を、空き家の椅子に座りながら考えている最中である。他人の家であるはずだが、なんというか使い慣れた様子で座っていた。

 彼は雇い主であるし、これまでの付き合いもある。彼が自分に囮になってくれと言えばそうするつもりだが、それにしたって彼の作戦次第だろう。

「なんなら私が荒らそうか? そりゃあ戦うなんてのは無理だけれど、逃げながら人目を惹き付けるくらいは」

 などと提案してみるが。

「あんまり騒ぎ過ぎるのも駄目ですよ。その事を党首が知れば、焦って状況を一気に進めてしまうかもしれません。少なくとも、僕らが山に入ってからじゃないと危険です」

 と、否定されてしまう。こういう事であれば、もう自分は考えるのを止めて、指示に従うことを優先するべきだろう。同じく一応の護衛役である、ダヴィラスの方も似た心境だろうか。彼の場合、この場を荒らすこともできないだろうが。

 で、もう一人の雇用主のキャルについては、そうでも無いらしい。

「あと暫くしたら、少しくらいは連中の目を惹けるかもだぜ?」

「どういうこと? 社長?」

「ああ、あれのことね」

 社長の言葉で、村に潜入する前、彼女がやっていたことを思い出した。

「なに? あれって?」

 これについてはルッドも知らない事だろう。案の定、疑問符を浮かべている。

「ランディルとミターニャの兄妹だよ。あたし達がここに潜入して暫く経ってから、村の門に近づいて泣いてくれって頼んだんだ」

「なんでそんなことを!?」

 自分以外に先の事を考えている。という事態を想定していなかったのだろう。珍しく驚いている様子のルッド。彼は優秀であり驚くべき行動力を持っているが、他の人間が自分にとって有益な事をしてくれると期待しない欠点が大いにあるのだ。

 だから何から何まで自分で行おうとする。そんな彼に対して、うちの社長は反抗したのかもしれない。

「あの二人にも仕事をさせるべきだろ。子どもだって言っても、あたしの社員だ」

 ルッドを睨んでいる社長。まったく。彼女にしたってまだまだ子どもだというのに、最近は風格が出てきているのだ。末恐ろしくある。

「今から村を出て、止めろなんて言えないだろ? なら、起こる状況を利用するべきだ。違うかよ?」

「…………わかった。それくらいなら、ブラフガ党だって手荒な真似はしないだろうし。あの兄妹が行動を起こした時の行動を今ここで決めよう」

「と言っても…………やる事と言えば………隙を見て山道を進む…………というものしか無いんじゃあないか?」

 またダヴィラスが後ろ向きな事を言っている。この男は顔の割に、どうしてこうも小心なのだろうか?

「だったらその隙を大きくするための作戦を立てるって、そういうことでしょう?」

 その方法は分からないものの、それはあなたが考える。そんな視線をルッドに向けて来た。

 ルッドはこちらの視線に気づくや否や、複雑そうな表情を浮かべた後、今度はニヤリと笑った。

「レイナラさん。ダヴィラスさん。ここでお別れになると思いますが………良いですか?」




 遠くから子どもの泣き声が聞こえる。日が暮れて、物音が少なくなったからだろうか。ある程度の距離があるはずだと言うのに、耳にしっかりと届いていた。

「さて、そろそろ行こうか」

 ゴルデン山への登山口を空き家の屋内から覗きながら、ルッドは呟いた。

「まだ、見張りはいるみたいだけどな」

 隣にいるキャルもまた登山口を見ている。今、屋内にいるのは彼女と自分の二人だけだ。レイナラとダヴィラスはまた違う場所にいる。彼女らには陽動をして貰うことにしたのだ。

「向こうも、上手くやってくれると思うか? 兄さん」

「上手くいかなきゃ、僕らが捕まるだけさ。ほら、走ろう」

 物音を極力立てずに空き家を出る。辺りはすっかり暗く忍ぶには良い具合だ。但し、登山口にはまだ見張りが立っていた。

 村の入口近くから聞こえる子どもの泣き声というか騒ぎ声に意識が向けられている風であるが、それでも自分の持ち場を離れない様子。

(とりあえず、ランディルとミターニャの兄妹は上手くやってくれてる………そうしてあと一歩だ)

 変化はすぐ起こる。というか起こさせる。そのために二手に分かれたのだ。

「おい! ちょっとこっちに来てくれ!」

 夜に声が響く。勿論、ルッド達のものでなく、村を占領しているブラフガ党の人員が発した物だ。

 どうやら登山口の見張りに、別の男が声を掛けた様子。物陰から観察していると、二人は何やら口論になり、その後、二人してその場を離れて行く。

「驚いた。本当に効果があるもんなんだな」

「ま、物は遣り様って話だよ。戻ってくる前に、早く山を登ろう」

 登山口から見張りがいなくなった隙を見て、ルッド達は走った。戻ってくるまでに山に入り、さらに火口を目指さなければならない。

 とりあえず人気の無い場所まで足を進め、山を登ったところで息が切れ始めたので、一旦止まる。

「はぁ……はぁ………良し。まずは成功」

「山の中には………他の見張りはいないもんかな?」

 キャルの問い掛けに、首を横に振って答えた。この後については、まったくの未知数と言って良かった。

「とりあえずレイナラさんとダヴィラスさんには、使われなくなって久しい別の登山口に、わざとらしい侵入跡を残して置く様に頼んでおいたから、それが人目を惹いてくれると良いんだけど………」

 別行動をした二人に頼んだのは、村人から聞いた、国が山を管理する様になって使われなくなった古い登山道の入口に、これ見よがしに足跡等を残す細工をして貰ったのだ。

「正しい登山道についてあれこれするとなれば、その道の監視が強くなるだけ。一方で、絡め手から侵入しようとする人間がいるとなれば、不思議な事に、そっちを警戒するってわけさ」

 そうしてメインの登山道への警備を薄くしてしまうなんてヘマをする。同じタイミングで子どもが騒ぐなんて事もあったのがいけなかったのだろう。人間、二つの問題に、同時に対処するのは中々できぬもの。

 今頃、登山口に誰もいないのは不味いと気付いて、再び見張りが戻ってきている頃だろうか。もう遅いのであるが。

「無事成功ってところか? で、次はもう火口に向かうだけなんだよな?」

「いや、多分、火口付近にも見張りがいるはずだよ。そこをどう乗り切るかだけど、まあ、山にさえあれば隠れる場所は沢山あるから、なんとかなると………思いたい」

「なんだよ。自信無いじゃん」

 その通りだ。手元にある手札を惜しみなく使い、グゥインリー・ドルゴランの元へと辿り着くのがルッドの方針であるが、今、その手札が殆ど無くなりかけているのである。

「なんとか、ブラフガ党の党首と、一対一で話したい。そんな状況を作りたいんだけど………」

 例えば、ここからさらに厄介な問題が発生すれば、対処する手が無いかもしれない。その事が途轍もなく不安であった。

「任せなって」

「うん?」

 少し視線を落としていたところ、その目を覗き込む様に、下からキャルがこちらを見上げる。

「あたしがさ、その兄さんの手札になってやるよ。あと一つか二つくらいの障害なら、なんとかしてやる。だから前に進もうぜ」

 笑うキャル。その姿が、年下だというのに、酷く頼もしく見えてしまう。本当に彼女に頼りたくなるくらいには。

(ああ………どうにも、彼女は一人前になっちゃったのかもしれない)

 キャルの成長を、ここに来て一気に実感していく。その事が寂しく、頼もしい。ルッドに背を向けて山道を歩き出すキャルを見て、ルッドも前に進む。成長する彼女に追い抜かれ、そして置いて行かれるなど真っ平だ。出来る事なら、彼女と並んで歩いていたかった。




「やっばいわね!」

「あんまり………騒ぐなっ」

 一方、村内に残り、侵入者の痕跡を残していたレイナラとダヴィラスは、村の家々の隙間に隠れながら、辺りの様子を伺っていた。

「ちょっと欲張り過ぎたかしらねぇ。怪しい跡を沢山残せば、それだけ向こうの危険が減るかもって思ったんだけど………」

「それで………見つかってたら世話は無い………けどな」

 少々行動を急き過ぎた感がある。一度は追ってくる連中と一戦やらかそうと思ったものの、連絡が火口にいると思われるブラフガ党の党首まで行くのは不味いと考えて、現在逃走中だ。

 怪しい人間が村内に居て、逃げ回っている。という段階であれば、まだ村内にいる人員だけで対処できると考えてくれているかもしれない。そうであれば有り難いのだが………。

「おい! 居たぞ! こっちだ!」

 と、追って来た党員がこちらを見て指を向けている。徐々に追い詰められているということだろう。

「だぁー! もう! 逃げるわよ!」

「ま、待て……息が………」

「捕まっても良いってんなら、休んどきなさいよ!」

 そう言って、まだ空いている逃げ道へと走る。ダヴィラスの方も息を乱してはいるが、まだなんとかついて来ている。それも時間の問題だとは思うものの。

(何にせよ、ちゃっちゃと決着を付けて欲しいところだわねっ。逃げ続けるにしても限界が―――

 と、村内を縦横無尽に走り回っていたところ、目の前に知った男が現れた。まさかこんなところで出会うとは思っていなかったが、もしやとまったく思わなかったと言えばそうでも無い。そんな相手だ。

「あらやだ。もしかして、待たせちゃってた?」

「どうだかねぇ。ま、女を待つのは悪い気分じゃあ無いさ」

 その男、パックスと言う名のブラフガ党党首の側近にして護衛役。まあ、ここに居てもおかしくは無いだろう。党首を狙う者を退治するなら、この村にいるのが一番だ。

 もっとも、本当に側近だと言うのなら、党首のすぐ側にいるべきかもしれないが。

「もしかして…………左遷でもされた?」

 本来ならすぐに逃げ出すべきだろうが、抜き身の槍を既に持ち、構えるパックスがいる。あの手練れに背を向ける、脇を通り過ぎるなどは危険だろう判断したので、立ち止まり、相対するしかなかった。

「近いな。一人で居たいなんて言われたからにゃあ、側に付くわけにもいかんさ」

「あらそう。一人なの。それはこっちにとっても好都合」

「言っておくが、側に護衛を置いて無いってだけで、さすがに火口付近には人を置いてるぜ?」

「………上手い話には裏があるって奴かしら」

「なんで………こんな状況で………世間話ができる。お前ら………」

 呆れた様に隣にいるダヴィラスが呟く。息が乱れているため、普段の強面がさらに禍々しくなっていた。

「こんな状況だからじゃないかしら? なにせこれから、命のやり取りをするのよ? お洒落に行きたいじゃないの」

 腰に帯びた剣を鞘から放ち、構える。この隙に攻めてくるかと思いきや、パックスは槍を構えたまま動いていなかった。

「国が終わる日に、こうやって決着を付けるってのも悪く無いわな」

 夜闇だろうとも、はっきりと分かる笑みをパックスは浮かべた。そんな相手に言っておきたいことがある。

「終わんないわよ」

「あん?」

「今日も明日も、きっとこの国は終わらない。だから、ここでやられたりもしない。ほら、ダヴィラス。あんたも剣を抜きなさい」

「仕方ない………か」

 これで二対一と行きたいところだが、ダヴィラスは身を守るだけで精いっぱいだろう。だから自分の独力でこの窮地を脱しなければならない。

(そう。終わんないから、私も終われない)

 ルッドが山の上の事ならばなんとかしてくれる。ならば自分は山の下について何とかしなければと強く思い、レイナラは手に持った剣を振るった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ