第一話 竜が火山に降り立った
グゥインリー・ドルゴランの人生は孤独と、出会い。そうして別れから来る、さらなる孤独感の戦いだったと言える。
彼が生を受けたのは、ノースシー大陸の南にあるホワイトオルドという地域の森の中だったらしい。
彼は本当に、物心付く頃にはそこで暮らしていたそうだ。ホワイトオルドの森の中、家など勿論無い。彼の最初の記憶は、森の中にある巨大な骨。ホーンドラゴンと呼ばれるかつて大陸に存在した巨大生物の亡骸を見つめているというものであった。
その骨を見つめていた時の感情は、無性に悲しいというもの。つまり、最初に覚えた感情は悲しみだったそうだ。
その後の記憶はと言えば、ホワイトオルドの森近くに住むエルフの男性に拾われ、生活をしているというものであった。
彼は実の父親でも何でも無く、グゥインリーが森の中で拾われた子どもである事は確かだった。保護者である男性からも、余所の人間からも、その様に聞かされて育てられてきた。
なにより、グゥインリーには一本の角が頭部より生えていた。エルフの特徴は長耳であって、角の生えているエルフなどどこにもいない。
そうして理解する。彼の感情は悲しみから始まったが、その悲しみの源泉は孤独だったのだと。
角の生えた竜であった骨を見つめながら、自分と同じ角が生えた存在は既に死してしまったと頭のどこかで理解して、その事が悲しかったのである。
ホワイトオルドに住んでいた頃、彼の孤独が払われる事は無かった。既に絶滅への道が示されてしまったエルフという異種族。その中で生活するさらに異質な自分。
仲間意識無かった。ただ、同情だけがあった。お前も一人なのか。俺達だってそうだ。そんな感情からグゥインリーはエルフの男に拾われ、グゥインリーも彼らと共に暮らすことを享受した。
だが、何時からだろうか。それに耐えられなくなった。心はまだまだ子どもだったはずだ。しかし体はもうすっかり大人になっていた。だからこそ、家を出たのだろう。
子どもが家出をしたとして、それを全うできるだけの力が既に備わっているとしたら、止められる大人などいない。
そうして彼は旅をした。大陸中を周る旅であったそうだ。目的は一つ。自分とは何かを見つける旅であった。
旅は数年に及び、自らの正体。ドワーフと呼ばれる種族を知る頃には、孤独は晴れていた。仲間を見つけたのだ。
勿論、ドワーフの仲間ではない。自らの種族を知っても、自らと同じ種族を見つけることはできなかった。だが、共に旅をした仲間ができた。
彼らは人間だったが、それでも彼にとっては仲間であったり友であったり恋人であったりもした。
種族の壁など、どうと言う程でも無い。故郷にいるエルフ達に見せてやりたいものだ。自分はこんなにも仲間がいて、こんなにも満たされている。その時、彼は本気でそんな事を信じていた。幸せだった。
何時からだろうか? 幸福の先に現実を知る様になったのは。添い遂げた相手が先に老い、死んで行ってからか。それとも自分の息子がそうなった時か。
人間よりも、エルフよりも、遥かに自分の方が長命であることを知った時だろうか。そのどれもが、欠片であって起点では無い。そう思う。
そうして辿り着く一つの思い出。あれはかつての友に会いに出かけた時。
子とすらも死に別れたグゥインリーにとって、縋りつけるものと言えばそれくらいだった。酷く馬鹿であり、その上動揺していたのだ。友がとっくに死んでいるだろう事など、良く考えれば分かる事だったのに。
いや、友が死んでいたというのならまだ受け入れることができた。また、生まれた頃と同じ孤独の中に埋もれるだけで済んでいたかもしれぬ。いざとなれば、自らで死ぬことも選べた。
実際に友の家を訪ね、彼の孫夫婦と顔を合わせ、彼の死を知った時も、悲しみより納得の感情が強かったのだ。
ああ、友もこの世を去る。そういうこともあるのだろう。そこで話は終わり。本来ならそのはずだった。しかし、本当の分岐点はその後にこそあったのだ。
「ところで、あなたは祖父とどの様なご関係で? いえ、祖父から彼の若い頃の話は殆ど聞かなかったもので………」
そんな言葉が友の孫から返ってきた時、何もかもが壊れてしまったのだろう。あれほど共に旅をし、共に話し、共に笑い、共に泣きあった友人が死んだ後、私には何も残らなかった。
友は子を残し、目の前の子孫に血を、歴史を繋いだ。しかしその歴史の中に、グゥインリーという一人のドワーフは存在しなかった。
もしかしたら自分の子には話したのかもしれない。だが、孫の代に至り、グゥインリーの存在は記憶として残らなかった。彼は見知らぬ存在に首を傾げるのみである。
ああ、こんなものか。どれだけ人と共に生きたとして、自分という存在はこんなものだというのか。かつてない程の孤独と苛立ちが自らを襲う。
友も、目の前の人間も悪くは無い。そんな事は分かっている。しかしだ。誰もが悪く無いとしたら、この感情を誰にぶつけろというのか。
残さなければならない。なんとしても自らという存在を何かに刻み付けなければならない。どの様な手を使っても、自らを、グゥインリー・ドルゴランの名を、この大陸の歴史に刻み付ける事ができなければ、自分や、自分という種族とはいったい何になるのだ。
人々の記憶から無くなり、消え去り、この世界に存在すらできなくなるという事など、どうしてだって耐えられない。
もし、彼が狂う瞬間があったとしたら、その時であった。彼はその瞬間。善良な一個人から化け物へと成り果てた。
大陸に、国家に仇名す化け物に。かつてホワイトオルドの森で見つめていたあのドラゴンの如く。
「とんだ愚か者じゃないか」
ホロヘイの町で聞いた、グゥインリー・ドルゴランの始まりについての物語を思い出しながら、ルッドは馬車を進めていた。
ブラフガ党の党首が、国を崩壊させるという思想の始まりがそんなものなのか。いや、そんなものなのかもしれない。国一つを壊そうとする理由が孤独感から。実に狂人らしいあり方だ。
「そんな相手に対して僕は…………」
「兄さん、大丈夫か?」
少し深刻な顔してしまったらしい。馬車の奥から心配してキャルが話し掛けて来た。ゴルデン山の麓。ヴァーリの村まであと少しというところで、意気込み過ぎていた様だ。
「大丈夫。うん。ここまで来た以上は、大丈夫じゃなくても前に進むけどさ」
まるで坂から転げ落ちる球の様なものだ。誰かに止められない限り、どの様な軌道であろうとも、坂の底まで進み続ける。
(だから僕がやるべきは、誰かに止められない様にしなきゃなんだけど………)
そろそろ警戒した方が良いだろうと、レイナラとダヴィラスに目配せをする。気付いたレイナラと、その気付いたレイナラに気付いたダヴィラス。両者共に馬車の横を歩いていた。
「そろそろね?」
「そろそろ…………とは?」
察しが良いレイナラと、そうでもないダヴィラス。まあ、すぐにレイナラが説明してくれるだろう。
「あんたねぇ。ヴァーリはブラフガ党に占領されてるかもなのよ? そんな場所に近づこうってんだから、私達がどんな立場だろうと来客は警戒されるでしょう?」
「ああ……そうか………そうなのか!?」
ダヴィラスは急に怯えた様子できょりきょろと首を振る。何がしか敵意あるものが近づいていると想像したのかもしれない。
「そうなの? せんせーい?」
レイナラの隣で歩いているミターニャが、そのレイナラに尋ねている。彼女はレイナラを自分の師と見ているらしく、何かにつけて彼女から学ぼうとしていた。
「そうよー。ちゃんとこういう状況も憶えてなさいね。あっちのおじさんみたいに鈍くなったら、命なんて幾つあったって足りないもの」
レイナラもレイナラで、色々と教えるのに積極的だ。自分の後継者でも育てるつもりなのだろうか? 彼女らの話を聞いてダヴィラスは酷く傷ついたと言った表情をしているが、まあ、こちらに関してはどうでも良い。
さて、最後の同行者であるランディルだが、彼は何故かこちらに懐いている。と言うか、どうにもこちらを手本としているらしい。
「なあ、カラサさん」
「何度も言うけど、ルッドで良いよ」
「じゃあルッドさん。けいかいされるとして、この場合、どうすればいいんだ?」
「何もしないのが一番かなぁ」
ぼんやりとであるが、こちらも少年に教える様に話をする。
「何もしないって………じゃあ、わざわざ気にしなくてもいいってこと?」
「そうでも無い。だってほら、何かできてしまうじゃないか。僕らは」
「ううん?」
まだまだこちらの意図が分からぬ様子のランディル。ではキャルの方はどうかと視線を向けると、納得した様子で頷いていた。
「つまり、事態を何にも知らない風に装うって話だな?」
「そういうこと。ブラフガ党がヴァーリの村を占領しているとして、無関係の人間をいちいち襲いはしないんじゃないかな? 捕まえられて、どこかに閉じ込められるって可能性はあるけれど、それはそれで、相手の懐に入るチャンスだ」
だから、ブラフガ党の動きに気付いている。などという行動はいけない。むしろ率先して、知らないフリをするべきなのだ。
「ダヴィラスさんも落ち着いてくださいね。そうやってきょろきょろするのを止めてくださいってことです」
「あ、ああ………」
とりあえずは平静を装うダヴィラス。良く見れば冷や汗を流しているが、良く見るより前に怖い顔なので、恐らくは大丈夫だろう。
(ん………来たな)
ヴァーリの村まであと2、30分と言ったところで、村の方から何人かの男がやってきた。全員、棍棒やら短剣らしきものを腰に帯びている。
「とりあえず警戒する姿勢を見せて。武器を持った男連中が近づくんだから、逃げるなり戦うなりの姿勢を見えるのが自然だ」
全員に指示をしつつ、馬車を道に対して横に向ける。どちらの方向にも進める様に警戒しているぞ。というポーズだ。
不審者が近づいて来た時の対応としては当たり前のそれであるし、実際、近づいて来る連中が敵意ある存在だったとしても、こうやって動くのが正しい。
「ああ、待って、待って。落ち着いてください。我々はヴァーリの村の村人です!」
男連中は自らを村人だと名乗り、その口調も敵対心は見えてこない。ただし、警戒を解くかどうかは別だろう。
「そこで止まりなさい。悪いけど、武装した集団から村人ですなんて言われたって、信用できるほど甘ちゃんじゃないの」
そうだ。レイナラの言葉が正しい。普通はここで迂闊に気を抜くべきではないのだ。
「そうかぁ……いや、参ったな。どうしたら良いのか………」
男連中のリーダー格らしき男が、頭を掻いて困った素振りをする。さて、ここからはルッドの仕事で、彼らと話し、彼らの正体や目的を見極めなければ。
「以前、ここに来た時は、そんな出迎えありませんでしたけど、何かあったんですか?」
とりあえず警戒しているぞ。という態度は崩さないまま、向こうを伺う質問をしてみる。何にせよ村には向かうつもりなのだが、場合によっては一旦引き返す可能性もある。という意思も見せておく必要があるだろう。
「何かあったと言うか………あんた、知らないのか?」
「はい?」
「ああ、わかった。知らないみたいだな。実は今、ヴァーリの村は緊急事態にある。だから来客に関しても、ちょっと詳しく調べる必要があってね」
「その緊急事態ってのは何です? ぶっちゃけ、こっちはそういう名目でこっちの身ぐるみを剥ごうとしている野盗か何かなんじゃとそっちを疑ってます」
もしくはブラフガ党員か。これがブラフガ党員だったら成すがままで良いのであるが、本当に野盗であった場合は、結構困った事になってしまう。
「そりゃあ仕方ないけどなー。このまま真っ直ぐ進むと、本当に身ぐるみ剥がされる事になるから注意しているんだ」
「え?」
「悪い事言わないから、こっちに従ってくれよ。村は今、占領されているんだ」
ある意味では、予想していた一つの展開を、ヴァーリの村人だと名乗る男が答えた。
相手が野盗である可能性が消えたわけでは無いものの、村人を名乗る男の話を聞いている内に、彼らの助言を聞き入れてみることにしたルッド。
そうして事実、彼らはヴァーリの村の村人であったのだ。彼らは村の外に緊急用のテントを張り、そこでかなりの人数が生活をしていた。
「これはいったい……どういう状況なんですか?」
馬車をテントが集まる場所から少し離した場所で止め、そこでランディルとミターニャと保護者役のダヴィラスを待機させた後、ルッドとキャルとレイナラは、村人が暮らしているテントの群れの中へと入って行く。
とりあえず、彼らの代表者と話せということらしく、そこへ案内されているのだ。
「説明はじっくりされると思うが、さっき言った通り、村が良く分からん連中と良く知っている連中に占領されたんだよ」
最初、村から離れた場所で出迎えて来た男に案内されながら、会話を続ける。
「良く分かんない連中ってのはまあ、そうなんだろうけど、良く知ってる連中ってのは何なんだよ」
ルッドにも浮かんだ疑問について、先にキャルが尋ねた。聞かれた方の男はと言えば、複雑な表情をするだけだった。腑に落ちないと言った顔だ。そう言えばここにいる村人達全員が、困った顔しながらも、時たま、その様な表情を浮かべている様な。
「とりあえず、彼女から説明があると思う」
一つ。他よりやや大きめのテントの中へと案内された。そこに入ると見知った顔が。
「おやぁ? こんな時期に来客た不運な人だと思ったけれど、あんたかい」
テントの中には、どっしりとした体を持つ老婆。ナハルカン・ルナーが座っていた。以前、ヴァーリの村にて、ブラフガ党関連の交渉をした相手である。
その彼女がテントで半ば横になりながら、やってきたルッド達に目を向けている。
「ええっと………うん。これは予想外だ」
「ねえ、もしかしてこの人………?」
レイナラが直接的にでは無いが尋ねて来る。彼女は以前、ルッドがこの村で交渉をした、ブラフガ党の関係者では無いかと。
「そうです。その人です。そのはずですよね?」
「いったい何の事かは分からないけど、まあ、あんたの考えてる通りなんじゃないかい? そんなあたしがここに居ちゃあおかしいってのかい?」
おかしい。もしこちらの予想通りなら、村を占領しているのはブラフガ党のはずだ。そのブラフガ党の関係者であるナハルカンであれば、むしろこんなテントでは無く、村の中にいるはずでは無かろうか。
「まあ、おかしいんじゃないんでしょうか? というか、事情を説明してくれるんですよね?」
「ありゃ? もしかしてルーナ家の刀自さんと知り合いだったのかい?」
と、ここまで案内してくれた男が頭を掻きながら会話に入る。そこで一旦は会話が中断された。ここで会話を続けて良いものかどうか悩んだのだ。ブラフガ党関連の話は、ここでは禁句であったりはしないか。
「ああ、知り合いだよ。だからまあ、ここはあたしだけで話をするからさ、坊やは仕事に戻るか、休憩するかしときなさいな」
「うん? 良いのかい? それじゃあ遠慮なく」
案内役の男がテントから出て行き、中にはルッド達3人とナハルカン・ルナーだけとなる。彼女の息子であるオンブルト・ルナーは一緒では無い様子だが………。
「さて………聞きたいことって言うのは、ブラフガ党に関してだねぇ? 長くなるから、まあ、そこらへんに座りな」
彼女は座りながらも視線鋭く、こちらを貫く様であるが、別にそれで威圧感は覚えない。この程度で一々心を揺さぶられてなるものか。
「ブラフガ党だけでなく、この村の状況それ自体も気になってるんですけどね。てっきり、あなたは占領側の人間だと思ってたんですが………あ、ほら、社長もレイナラさんも座りなよ」
遠慮なく、ナハルカンの前に座ったのだが、他の二人が立ったままなので落ち着かなかった。こちらの言葉を聞いて、なんとか座ろうとしてくれたが。
「いきなり、そういうのはじめないでくれよ……兄さん」
「本当にそう。何? こう、口喧嘩は常時買うってタイプ?」
「何の事がさっぱりなんですけど?」
まだナハルカンとの会話は始まったばかりで、尚且つ、お互いまだ牽制段階だろうに。喧嘩みたいに言い合いするかどうかは、これからの会話で決まるのだ。
「さて、それじゃあ説明をはじめようかい。一応、今はその仕事を任されてるんだ」
「年長者は、それだけで責任者にさせられるもんです」
「ま、そういうことさ」
そうしてナハルカンから説明されたヴァーリの村の状況によると、やはり村を占領してきたのはブラフガ党と呼ばれる集団だったらしい。
ただし、やってきた彼らの数は少なかったとのこと。
「いったい、何人ぐらいに村が占領されてたんです?」
「ここだけの話、村の“外”からやってきた人数は5、6人ってところさ」
ナハルカンが言うのだから、その数から多く離れることはあるまい。勿論、村人の数はそれより多いわけで、ブラフガ党の面々がどれほど手練れでも、占領などと上等な事はできそうな数ではあるまい。何か、タネがあるのだ。
「ふむ。それじゃあ、今、村を占領している人間の数は何人なんです?」
「さあ、それは私にも正確に分かりゃしないけど、二桁は下らないんじゃないのかい?」
「おいおい。婆さん。何で数が増えてるんだよ」
ツッコミを入れるキャルであるが、ルッドの方はなんとなく数が変わった理由が分かった。
「外から来た人間が5、6人ってだけなんだよ。内側にもいた。そういうことでしょう?」
「そうさね。村を占領するには、内の人間を引き込むのが一番さ」
「息子さんもその一人で?」
「いや。だったら私がここで代表者なんてしてないさ。あの子にはまた別の仕事をして貰ってる。ただ、村にブラフガ党の仲間がいたことは事実さね」
有り得ることだと思う。テント側の住民が腑に落ちない顔をしていたのもそれが理由だろう。まさか同じ村に住む人間に裏切られて、村を奪われるなど、怒りよりも不可解さが上回ってしまうものだ。
「村にはゴルデン山の警備のための衛兵がいたはずですよね? 彼らにも裏切り者が?」
「さすがにそれは無かったけどねぇ。ただ、なんでか知らないけれど、随分と人が減ってたね。そこを狙われたのかもしれない」
ホロヘイでの混乱のせいだろう。あちらに人員を取られ、防衛力が薄くなっていたところにつけいる。まさにブラフガ党の狙い通りというわけだ。
(それはそれで……チャンスだけどね)
しっかりした国の衛兵と、突如村を奪った盗賊達。どちらに隙がありそうかと問われれば後者だろうと思う。
「だいたい事情は分かりましたよ。そこで一つ。大切な事を聞いておきたいんですけど………」
「なんだい?」
「外から来た人間の中に、ブラフガ党の党首はいませんでしたか?」
「………なるほど。あんた方の狙いはそこかい」
今気付いたみたいなフリは止めて欲しい。このタイミングでルッド達が来たということは、そういうことだと考えるのは自然であるし、予想してない程に間抜けでもあるまい。
「まあ、答えてくれなくても結構ですよ。予想は付いてます。ただ、村の中にいるから、それとも山にいるかで、向かう場所も変わってきますから―――
「山の方だよ。火口に向かったんだ。あの人は」
「へえ。あっさり答えて良いんですか?」
もう少し敵意を見せてくると思っていた分、拍子抜けだ。
「事はもう殆ど終わったんだよ。山から出るあの煙を見てみな。ここらへんだって灰だらけさ。あとは最後の一手。邪魔なんてしようとしたところでできやしないさ」
「ふむ? ですけれど、わざわざ正直に話すことでも無いんじゃないですか?」
「あとは最後の一手と言ったろう? じゃあ、なんでその最後にならないと思う?」
問い掛けに対して、さらなる問い掛けが重ねられる。ただ、これが交渉などとは思えなかった。これはむしろ愚痴に近い。ルッドはその愚痴を助長しているに過ぎないのだろう。
「………この後に及んで、ブラフガ党の長は躊躇しているわけですか。最後に至るのを」
「ま、そういうことさね」
そしてナハルカンのこの言葉で愚痴は終わる。彼女から聞くことはもう何も無かった。