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北風の道  作者: きーち
第十三章 殺人者の眼光
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第四話 さあ、この道を進もう

「これはまた………妙なことを」

 笑うファンダルグであるが、ナイフを持つ手はブレないし、何よりこちらに興味を持ったのか、殺人鬼の眼光が鋭くルッドを突き刺す。

「妙ですかね? 僕としては、今、一番手に入れなければならない情報がそれなんですが?」

「ホワイトオルドの森で、彼の大まかな過去は聞かされたはずですが………」

「あんな単純な言葉で表現したものじゃなく、もっとこう………感情の部分を知りたいんです。彼が何を感じ、何に至り、どうしてこの国を滅ぼすに至ったのか、その感情の動きを」

 それこそ、ルッドが手に入れたいと欲する情報だった。それがあれば、最後の一枚。切り札となる一枚が完成するのだ。

「………ますますおかしい。そんなものを知って、どうしようと言うのです」

 ファンダルグはおかしいと言うが、これがルッドにとっては最後の一手。それを通用させるための重要な欠片なのである。これを知ることができなければ、もうどうしようも無い。

 だからこそやらねばならぬ。自分の意地を突き通すため。

「あなた達のトップを止めます。この口先だけで」

 ルッドは自分の唇は指で示した。これまで、言葉だけで戦ってきた。腕っぷしはそれほど強く無い。体力だって並よりそれほど秀でているわけでも無いだろう。ルッドの武器は、何時だって口先だ。

「はっ……ははは。なんとまぁ…………気でも狂いましたか?」

「僕が正気じゃないって言うんなら、そんなもの、とっくの前からそうですよ。なにせ、あなた達みたいな危険な組織を本気で止めようとしてる。喧嘩を売ろうとしている。これが狂ってないとどうして言えます? そうしてあなたにも」

「私? 私が何だと言うのです」

「僕の合図次第で、手練れの兵士がここに飛び込んでくる。本当は実行犯全員とっ捕まえたいところですが、まあこの際、あなただけでも」

「…………」

 さて、どう考えてもファンダルグが戦闘態勢になったところで、挑発するのはこれくらいにしておこう。

 舌戦は得意だが、殺し合いは大の苦手だ。

「今、あなたはこう考えてる。僕を殺して、上手く逃げるにはどうすれば良いか? 僕の言葉はブラフでは無いか? 殺しさえしなければ逃げやすいか? あなたの事ですから、色々とそれ以上を考えているんでしょうね。そこに僕が一つ、違う選択肢を提示してみようと思います」

「心を覗き込もうとするのは、それ相応の敵意が向けられることを承知しての発言でしょうか?」

 ファンダルグは怖い顔をする。それを実際に見るルッドは、勿論それを怖いと思う。以前、彼と会った時のルッドであれば、その時点で腰が引けていたか、そもそもここまで踏み込めなかっただろう。

 だが、今のルッドは、恐怖を抑え込むことができた。恐怖という闇で覆われた狭き道を、なんとか見据えて前に進むことができる。怯えではこちらの足を止めるには力不足なのだ。

「話は最後まで聞いて下さいよ。僕はこう言いたいんです。もし、あなたが先ほどこちらが尋ねた質問に答えてくれるのなら、その対価にここは見逃します。余所から見れば、僕らはただ談笑しているだけだ。その手に持った光り物は僕以外には見えない。でしょう? 僕が何もしなければそれで終わり。ちょっと知り合いと話をしたって事で終わります」

「尚更不可解だ。そこまでしてうちのボスの情報を知ろうとするあなた。いったいどの様な狙いがあるのかが判断できない。わざわざ危険な状況に追い込んでいるというのに、あなたには得るものがまったく無い様に思えます」

「僕と話していたら分かるかもしれないですよ? そのためにはほら。一度、こちらの提案に乗ってみるのも手です。そうれば、この会話をもっと続けられる」

 ナイフが突きつけられているというのに、なんでも無い様に話をする事を心掛けた。命は大切だ。ただその命の価値を迂闊に晒すのはいけない。

 まるで自分の命なんて何でも無い様に扱うことも、時には命を守る結果に繋がる。事、目の前の男に関してはその方が良いと思える。

 出来る限りの興味を相手から引き出すのだ。

「ふむ。好奇心を擽って来ましたか。確かにそそる提案ですねぇ。しかし、しかしです。もし、私がその知識を知らないと言えばどうなります?」

 興味を持たれたとしても、素直に話しは進まない。だからこその会話だ。

「実を言えば、それが一番の心配でした。けれど、現れたのがあなたであるならば、そんな事は無い。少なくとも、僕が知らない彼の感情を知っているはずだ」

「何故そう思えるのです? いったい何を根拠に?」

「あなたがきっと、感情から組織に従っているからですよ」

 ファンダルグは異種族だ。そうして、どこか冷徹な思考を持つ男でもある。そんな男が、ブラフガ党の国を滅ぼすなどという目的を知り、それに従っているのは、組織の思想に共感したからに決まっている。

 そうしてその共感がどこから来ているかと言えば、それはグゥインリー・ドルゴランとの繋がりからに違いない。

「どこかで会っているはずなんだ。でなければ、あなたみたいな人がブラフガ党の命令に忠実に行動するなんて信じられない。自らの目で見て、感じ、考えて、それから行動する人でしょう? あなたは。そう言う点に関しては、僕の方もあなたを評価している」

「…………」

 沈黙するファンダルグ。合わせてルッドも話を止めた。

 じりじりとお互いの距離を伺う沈黙。戦いでの間合いの取り合いというのも、こういう時に覚える感情と同じ物なのだろうか。黙っている間にそんな事を考えながら、ルッドは相手の出方を見る。

 先に焦れたのはファンダルグの方だった。つまりは、ルッドの勝ちだ。

「良いでしょう。降参です。あなたに我々のボスについて話をします。いったいそれがボスにどう影響するのかは分からないが、まあ良いでしょう。あの方は、そういう良く分からない。未知数の何かを好む性質ですから」

 この状況を楽しんでいるのはあなただって同じでしょう? そんな言葉を飲み込みながら、ルッドはとりあえず心の中で一息吐く。

 交渉の成功を勝ち取った。だが、まだそのことに嬉しさを感じない。漸く道が繋がった。まだそれだけなのだから。




 ファンダルグとの交渉が終わって後、ルッド達はさっそくミース物流取扱社へと戻り、旅の準備を整えると、ホロヘイを出発することになった。

 勿論、目指すはゴルデン山だ。既に今、馬車に乗っている最中なのである。同行者はミース物流取扱社の全員だ。ランディルとミターニャまでいる。

「良いのか? 俺達までいっしょになってさ」

「うんうん」

 二人の兄妹がルッドに尋ねて来る。彼らを社に置いていくという選択肢が無かったわけでは無い。しかし、彼らだけを留守番させるという選択肢はもっと無い様にも思えたのだ。

「向こうじゃ何があるか分からないけど、それはホロヘイでも一緒だからね。なら、目の届く場所にいてくれた方が、何かと安心って感じかな」

「そうなんだー」

 とりあえず兄妹の二人に不満は無い様子。それならば良いだろうと思うルッドであったが、不満があるのは社長のキャルの方だった。

「良いのか悪いのかって話なら、あの殺人鬼を逃がしたの……本当に良かったのかよ」

 御者役をするこちらを、馬車の奥からジト目で睨んでくるキャル。ルッドが命を賭けてまであそこに誘き出したというのに、交渉が終わってからそのまま逃がしたことを根に持っているらしい。

 そう、あの広場でのファンダルグとの交渉において、ルッドはファンダルグから情報を聞き出した後、そのまま彼を逃がしたのだ。

「そういう契約だからね。成立したんなら守らなくちゃ」

「けどさぁ」

「まあ、そっちに関しても考えがあるんだよ。それに、あそこで無茶をしたら、それこそ僕の命が無くなるかもしれない。せっかく繋いだ道だ。あんな場所で失うのは惜しい」

 これから、もっと危険かもしれない場所へ飛び込むのだ。せめて慎重に進めることができるのならそうすべきだろう。それに、考えがあるというのも嘘では無い。

「しかし………そのファンダルグとやらから手に入れた情報は………本当にブラフガ党へ通用するのか?」

 不安そうにダヴィラスが呟く。結構、問題の本質を突く質問であった。本質を突くだけで、その後、どうしようもないのであるが。

「さて、どうでしょうか?」

「どうって………」

「ここからは賭けです。こっちができることはほぼ決まっていると言って良いでしょう。それがブラフガ党の行動をなんとかできる可能性は、まったくの零じゃあない」

 しかし零からどれほど大きく可能性が上がろうとも、100には至らない。もしかしたら50にも。そういう類の作戦だ。

「ま、可能性が低くたって、こんな状況で、何か出来る事があるって言うなら上等じゃない?」

 レイナラの言う通りだった。既に国は混乱の極致、このまま状況が何事も無く進むのであれば、遅かれ早かれ国は滅ぶ。ブラフガ党はラージリヴァ国に勝利したと言って良い状況だろう。

 そんな状況に対して、ミース物流取扱社の様な小さな組織が対抗しようと言うのだ。勝てる可能性が1つあるだけでも大分マシとしか言えなかった。

「じゃあ急ごうか。あの山の噴火。ただ煙を出すだけで終わるとは思えない。次の段階が来るまでにゴルデン山へ向かわないと」

 毛長馬が馬車を引き始める。始めてこの馬車を引いた頃から、既に馬はかなり成長しており、労働馬として使うにはやや大人寄りになってきているが、今はこの巨体のおかげで、全員を運べる力があった。これならば、ミース物流取扱社の社員全員を無事にゴルデン山まで運んでくれるかもしれない。

「なあ、兄さん」

 と、キャルが動き始めた馬車の中で尋ねてくる。

「うん?」

「次、ここに帰ってくる時は、勝利の笑顔が良いよな」

「………うん。勿論だ」

 勝利できる可能性は低い。低いだろうが、希望を持つことの何がいけないのか。ルッドはそうして、最後になるかもしれない道を進み始めたのである。



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