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北風の道  作者: きーち
第十三章 殺人者の眼光
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第三話 異変と決意と挑戦と

(ああするしか無かったのは分かってるけど………やっちゃったなって思ってしまうのは、未練がましいことだよ。うん)

 グラフィドに故郷との別れを告げてから、ルッドはホロヘイの大通りを歩いていた。心情的には、もうずっと前から心がブルーウッド国からこのラージリヴァ国へと移っている。

 その表明が今の今まで先延ばしにされていただけなのだが。

「けど、丁度良かったとも言えるさ。この決裂が、一番活きるタイミングで言葉にすることができた」

 ただ感情だけで、あの食堂の一件を起こしたわけではない。今後を考えた上でのやり方だったのだ。勿論、ブルーウッド国のやり口に嫌気が差したのは事実であるのだが。

(結局は、なんだかんで自分の身を差し出して賭けをするしか無いって………ははっ、この体を担保にできるくらいには価値が出て来たってことじゃないか。誇れよ)

 心の中ですら強がりを口にしつつ、まずはミース物流取扱社に戻ろうとした時、視界に映る景色に違和感を覚えた。

「なんだ……?」

 こう、どうしようもない焦燥感に襲われる。だが、その正体が最初は何なのか分からなかった。まずは町の風景を確認していたからだ。

 町は変わらず辛気臭い様子で、大通りだと言うのに人通りも少ない。違和感の正体など見当たらない。当然だ。見るべきはそこでは無かったのだから。

 場所はもっと遠い。町中よりももっと遠い場所で起こっていた。大通りで見晴らしが良いからこそ見られる景色があり、それが原因だったのだ。

(待て……ちょっと待てよ!?)

 漸く、その正体が分かり掛ける。だが、認めることができなかった。何かの見間違いでは無いか? そういう思いがまだあり、どこか高台が無いか探す。

 外側から屋上へ登れる民家を見つけ、無断であるが登る。住民に見つけられても後で謝れば良い。というか、この景色を見せれば納得するはずだろう。

(むしろ、何でも無くて叱られる程度で終わる方が、どれだけ良いか!)

 ルッドが見たのは煙だった。天高く昇る黒煙。ホロヘイから離れた土地から出ているであろうそれだと言うのに、しっかりと肉眼で判断できた。 

 そんな煙を、ルッドは知識でしか知らない。そういうものがあったとしても、あまり見られるものではあるまい。

「はぁ………はぁ…………嘘だろ?」

 嘘であって欲しかった。どの様な嘘であろうとも、この現実よりは随分とマシだろう。既に住民たちも気付きはじめている。それくらい大きな現象だったのだ。

「ゴルデン山が………噴火してる………」




 ゴルデン山が噴火した。それは噂や流言で聞くまでも無く、肉眼で確認できる事実であった。

 ゴルデン山はホロヘイ南東にある山だ。この山の存在がホロヘイをラージリヴァ国内では比較的温暖な地域とし、町を国の中心地とした。

 さらに言えばこの火山は噴火したところで大規模なそれは起こらない安定した山であると言われていた。だが、ここに来て、ホロヘイからもしっかり噴煙が判別できる程の噴火が起こったのだ。

「明らかに偶然じゃあない。狙ったものだよ、これは」

 ミース物流取扱社に急ぎ戻ったルッドは、キャル、レイナラ、ダヴィラスを集め、今後について、そして自分達の持つ情報についてを話し合っていった。

「狙ったって………兄さん本気か? 山の噴火なんて、天とか神様が起こすもんであって、人間ができるもんじゃあないだろ?」

「僕だってそう信じたい。信じたいところなんだけど…………」

「何か………思うところあがるんだな?」

 ダヴィラスがこちらの目を見て話す。レイナラも、こちらの言を一旦否定したキャルもそうだった。

 ルッドがここに来て妄言を吐くはずがないという信頼が、これまでの関係性で生まれていたのだ。

「人間で無く神様の手なら………これまでブラフガ党の動きが、それに符合するんだ。彼らは火の神についてを調べていた。そうして彼らの長は最後のドワーフ族だ。ゴルデン山にかつてあったというドワーフの国は、神の力を借りて、火山を武器にした何かを用意していたと伝えられている………」

「絡繰りは分からない。けど、ブラフガ党が無関係なんて言える様な状況じゃあ無いってことね?」

 レイナラの言に頷く。そうして、もしブラフガ党の狙いがゴルデン山の噴火にあったのだとしたら、今回のホロヘイの件に関しても、納得できるところがあるのだ。

「やられましたよ……。ホロヘイの町の外に動く100人規模の野盗。そしてホロヘイの町の内側で起こる殺人鬼。この二つともがブラフです。いえ、実際に行動しているわけですが、行動目的はホロヘイの町をどうこうするものじゃなかったんだ。国の動きを、ホロヘイに釘付けにしておくための手だったんです」

「そうか。ゴルデン山もホロヘイの総領主一族の管轄だよな? けど、ホロヘイの件で手一杯となれば、ゴルデン山や麓のヴァーリの村の防備は薄くなる?」

 キャルも事態を把握し始める。そうだ。最初から狙いはゴルデン山だったのだ。これまでのブラフガ党の動きも、ゴルデン山で何がしかをしようとする狙いがあってのものだった。

 ブラフガ党の国を転覆させるという狙いに目が眩み、国の中心であるホロヘイこそがその狙いであると勘違いしてしまったのだ。

「もし………ブラフガ党に対処するつもりなら………ゴルデン山に今からでも向かう必要がある?」

 深刻な表情をダヴィラスが浮かべている。何時もは怖いその顔であるが、今は確かにその顔から焦りの感情が見て取れた。

「ゴルデン山には向かいます。いえ、向かわなきゃいけない。そうしなければ、ブラフガ党とやり合うと決めた意味がありません………ですが」

「まだ足りないものがあんの?」

 そう。レイナラの言う通り足りない。もっとも重要で、今、もっとも欲しいもの。

「時間が無いのはそうですが、それ以上に手札が無いんです。ゴルデン山に向かったところで、そこで事態を変えることができる手札が僕らには無い」

「…………」

 こちらの言葉に全員が黙る。皆が皆、分かっているのだ。あまりにもブラフガ党の動きが早かった。それに対する準備の時間が圧倒的に無かったせいで、彼らに対抗できる手が用意できない。

「諦めるしか…………無いってことなのか?」

 キャルはそんな事を言うが、そういう結論に至ってしまうというのは、彼女がまだまだということなのだろう。

「無いのなら作れば良い。時間は無いし、手札も無いけれど、手札を作る機会ならまだある………」

「その機会ってのは?」

「前に言った案だけど、やってみようと思う」

「前に?」

「殺人鬼を、囮になって誘き出すあれだよ」

 もうそれしか無かった。別の案でどうにかするには準備も時間も無い。

「だから、命の危険とかそれ以前の問題だろ。誰が囮になっても、もう誘き出せるなんて状況でも無さそうだしさ」

「そもそも………あんたの予想通りなら………もう……殺人事件自体が起こらなくなるんじゃあないか?」

 キャルとダヴィラス。二人から反対意見が出る。いや、反対というか無意味な行動ではないかという疑問だろう。

「いや、起こる。この僕が囮になった場合に限り、起こり得るんだ」

 そう、なんとかこれで進むべき道が繋がるのだ。この大陸では立ち止まればそのまま倒れてしまう。そんな土地においてもっとも恐れるべきは、道そのものが無くなるというもの。

 道が無くなくなれば立ち止まり、そのまま倒れるしかない。であるならば、どんなか細い道であろうとも、あるだけ歓迎するべきなのだ。

「ちょっと、私、あんまり頭が良く無いから、ちゃんと説明してくれないとわかんないわよ?」

 勿論説明する。だが、その説明の中には、ルッドの今後にとって重要な話が含まれているのだ。

「その前に…………ここにいる人間だけに話さなければいけないことがあります。誠意って意味なら、本当はもっと早くに話すべきだったと思っています……すみません」

「お、おいおい。話す前に謝るってどういうことだよ。兄さん、いったい何を話すつもりだ?」

「そうだね………言ってみれば、僕の過去と、ここにいるみんなへの裏切り行為ってところかな………僕はね、社長、みんな。ついさっきまでは、ブルーウッド国の間者だったんだ」

 さて、自分の正体についてをここですべて話す時だった。これで皆に失望されたとしたら、もうそれで終わりだ。それは仕方ないことだと思う。裏切りの代償というものがあるのなら、それを払うくらいの責任はあるとルッドは強く思っていたから。

 そうして話し終えたルッドを待っていたのは、ただこちらを見る3つの目線のみ。

「………あのさ、兄さん」

 真っ先に口を開いたのは社長のキャルだった。

「何かな、社長」

「あんまり舐めんなよ?」

 笑うキャルであるが、そこにはやはり威圧感があった。これまで、彼女にふと感じる程度だったそれであるが、今では明確にルッドへ向けられていた。

 その正体が何なのか今まで分からなかったルッドであるが、今なら分かる。これはカリスマという奴だ。まだ幼く、まだ酷く弱いそれであったが、これは組織を率いる上で強力な武器となる。そんな才能を彼女は持っているのだ。

「兄さんがどんな立場だろうと、アタシには関係ない。この国に来た兄さんと一緒に商売をすると決めたのはアタシなんだ。兄さんは間者かどうかなんて知ったこっちゃあ無いんだよ」

 彼女の言は、ルッドに強く突き刺さる。言われれば彼女の言う通りだった。彼女は別にルッドがどの様な立場だって構わなかったのである。彼女が必要としたのはルッドの立場で無く、ルッド個人だったのだから。

「俺も……社長と同意見だ。あんたの裏の顔がどうだろうと…………表の顔がここの商人なら…………あんたの仕事を手伝ってやる。勿論、表の仕事に関しては……だ」

「まあ、もう間者止めちゃったって言うんなら、それこそ関係の無い話だわね。これが会ってすぐに言われたって言うんなら信用問題だけれど、もう別にどうでも良いもの。今さらよ」

 ここにいる全員が、ルッドを個人として見ていた。ブルーウッド国の間者ルッドで無く、ミース物流取扱社付商人のルッド・カラサであると。

(ああ………駄目だな。なんか泣きそうになってきた)

 嬉しさでも涙が出るものなのだなと思うものの、実際に涙するのは我慢する。まだやるべき事は残っているのだ。

「それじゃあ、僕がさっき、その間者を止めてきたことが、この次の展開にどう繋がるか話そうか」

 今、目の前にいる3人は自分にとって掛け替えのない存在だ。だからルッドが考える作戦をすべて話そう。そうしてそれぞれにどう思うかを考えて貰おう。そうすることで、きっと、この不安だらけの道を進むことができるはずだ。




 ゴルデン山の噴火により、ホロヘイの町はこの世の終わりと言った様相を示し始めていた。

 国崩壊は目の前だ。ラージリヴァ国の末世こそ今だ。住民たちは自らの身を守るために家を籠る者や町から逃げ出そうとする者が現れ始めた。

 いや、そういう人種はまだ良い方で、火事場泥棒火事場強盗が多発しているそうだ。国の兵士達は兵士達でまだ町の外で動いているらしい野盗集団を警戒して迂闊に動けない。自警団はこれまでの相次ぐ殺人事件への対処で、上から下まで構成員の誰も彼もが疲労状態だ。十善に動けるはずも無い。

 さて、そんな状況になってくると、人々の動きは表立ってのものが殆ど無くなってしまう。

 表通りで見かける人間は殆どいなくなり、一方で裏通りの人通りは以前より多くなるという妙な矛盾。

 結果はと言えば、大通りの中心。町の東西南北へと繋がる十字路にもなっている広場に誰もいないという状況になっていた。

(いや、人はいるんだろうけど、堂々とここにいる人間は僕くらい………かな?)

 ルッドは広場を飾っている庭園の縁に座っていた。道と庭園がある程度の高さの石畳で区切られているため、座るのに丁度良い高さなのだ。

(おあつらえ向きの場所は用意してやったぞ? どうする?)

 ここはもう人目ある場所とはいえなかった。そもそも、庭園の縁に腰を掛けることは禁止されているのだ。それを注意にすら来ない状況ということは、ルッドの存在を気にする人間がいないということ。

 もし、この町に殺人鬼という存在がいれば、ルッドは丁度良い獲物に見えることだろう。

「天気でも見ていらっしゃる?」

 ふと、ルッドの隣に、同じように庭園の縁へ座る人影があった。初老の姿をした男だ。

「天気………そうですね。春になり、夏もこれからだって言うのに生憎の曇り空です」

 空を見上げる。まるで今の国の状況を現す様に曇天であった。これから雨でも降り出しそうな。

「雨が降る前に屋根のある場所へ向かった方が良いのでは?」

 そうは言われても用がある。この男に何と言葉を返すべきかなと考える。

「けれど、雨はまだ降っていないじゃないですか?」

「ふむ?」

 空を見上げる男。そう。雨はまだ降っていない。

「雨が降る前に、雲が引いて晴れることもあるでしょう?」

「………あなたはそれを待っている?」

「いえいえ。むしろ積極的に晴れを呼び込もうとしています」

 言動から変人に思われるだろうか。だが、話し掛けてくる男に対してはそうでもあるまい。こちらの言わんとしていることも分かってくれるだろう。

「それは困りますね。なにせ、これから大雨を降らさなければならない。すべてを洗い流し、大地に大きな傷をつける大洪水を起こすために」

 男、ファンダルグ・ベイグンが物騒な言葉を口にする。実際は、なんの比喩でも無く、ブラフガ党がラージリヴァ国を滅ぼすという意味であるのだろう。

 この初老に見える男は、ブラフガ党の党員であり、それなりの地位にある。ゴブリンと名指しされる異種族としての外観を多く残した人物でもあった。

「なるほど。確かそういうことに対する腕も良いんでしたっけ? あなたが殺人鬼の正体ってわけだ」

「私と、他数人ですね。そうして恐らくあなたが最後の犠牲者となる」

「やっぱり、そういうことでしたか」

 ルッドが殺人鬼の標的となった。そう発言するファンダルグであるが、ルッドは怯えない。いや、内心で恐怖はちゃんとある。ただそれを面に出さぬと決めており、尚且つこの事態は良いことであるのだ。

(一番怖かったのは、向こうがこちらに話し掛けもせずに襲ってくることだった。こうやって話すことが僕の目的なんだ。いきなり暴力沙汰になるのは、死ぬのと同じくらいに怖い可能性だったんだ)

 だが、ファンダルグがルッドに話し掛けて来た事で、恐怖の半分は無くなった。殺人鬼が知り合いだったというのなら、これは幸運である。

 この場所がどれだけ血生臭くなったとしても、交渉の場であるならルッドの領分なのだから。

「どうやらこうなるのは予想通りというわけですかねぇ。いやいや、我々も警戒しましてね? 顔見知りの私が接触してみようとなった次第でして」

「どう考えても囮っぽいですからね。それでも僕を殺さなきゃいけなかった。危険なのはそちらも一緒だ。分かりますよ。あなたの考え方は」

 物怖じしない態度を心掛ける。このファンダルグという男は、そういう態度をこそ良しと取るタイプであるはず。

「で、実際はどうなのです? あたなは囮で、私は嵌められた形になるのでしょうか?」

「………国の兵士を何人か借り受けることができまして、僕を見張ってもらっている状態です。勿論、あなた方を捕まえるのが目的であって、僕の命を守る存在じゃあないですが」

 例えば、ここでファンダルグがルッドを殺そうとすれば、身を守る方法がルッドには無い。ただし、ルッドを襲ったとなれば、兵士達がやってくると、そういう寸法だ。

「ああ、つまり手出しさえしなければ、私は安全ということですか」

「でも、それもできない。そうでしょう?」

「わかりますか?」

「はい。他の殺しとは違う。獲物は誰でも良いというわけでも無い。僕を殺せと依頼されている。そんなところでしょうね」

「素晴らしい。さすがですよ。まさにその通りです。こちらの考えを見事当てていらっしゃる。末恐ろしいと以前会った時は考えましたが、その領域に今に至って足を踏み入れたと考えて良いのでしょうねぇ」

 そこまでの事ではない。かなりの部分でズルをしたのだ。なにせ、彼らがこちらの命を狙う様に仕向けたのはルッド自身なのだから。

(こうやって囮になるだけじゃあない。僕がブルーウッド国を抜けたのだって、まいた種の一つさ)

 恐らく、真にルッドの命を狙っているのはブルーウッド国だ。昨日のルッドの裏切りから、さっそくルッドの存在を消そうとしているのだ。裏でブラフガ党を支援しているという繋がりから、ついでに殺人鬼が殺してくれないかと頼んだと言うところだろう。

(ここまで劇的に効果あるなんて思って無かったけどさ………ああ、そうかい。そこまで恨まれたか。仕方ないよね。受け入れるさ)

 これはこれで祖国との決別だろう。愛する祖国とは殺したいほどに思われる関係になってしまったということ。

「で、僕をどうします? 無理をしてでも殺しますか? そうなったら、僕はもう手の打ち様が無くなるわけなんですが………」

「参りましたねぇ。いや、何。我々にとっては無視するのが一番です。あなたを殺せと命じた相手に義理はあれども、事はもう既に終わった段階なんですよ。私が無理をする必要なんてない」

 そうだろうとも。ブラフガ党はその願いをほぼ成就させたと言って良い。このまま放置していればラージリヴァ国は確実に滅ぶ。ゴルデン山で何が起こっているかは知らぬが、あの噴煙は準備が整ったという合図と見て良い。殺人鬼が関わった事件はこれにて終結なのだ。ルッドのどうするかはファンダルグが言う通り義理での動きでしかない。

「ただし、気になることが」

「それは?」

「あなた自身ですよ。こういう危険を承知しているのなら、暫く身を隠せば良かったでしょう? そうすれば少なくとも、我々があなたを追うということは無いですよ。念願が成就するわけですからねぇ。だが、無理をしてでもあなたは我々と接触しようとした。それは何故か?」

 ファンダルグの言葉を聞いて、ルッドは笑みを浮かべたくなった。向こうが気になっているということは、ここから交渉が始まる。漸く、戦いの場に立てたのである。

「情報を引き出すためです」

「というと?」

「僕はまだ、あなた方との戦いを諦めたわけじゃあない」

 宣戦布告ならもうしている。今さら隠すつもりなどない。この一言で相手がこちらを殺しに掛かってくるのであれば、既にルッドの手に勝利が無いということだ。

「…………ふむ。幾つか聞かせてくださいませんか? あなたにとっての勝利とは何です?」

「この国を滅ぼさせない」

「何故そこまで肩入れします?」

「借りがあります。自分を成長させてくれたという借りが」

「それだけで?」

「一生に関わることです。ここで今の僕が産まれたんだ。漫然と生きていた僕の何かが変わってしまった。借りじゃなければ、洗脳かな。どっちにしたところで、もう考えは変わらない。そんなもんです」

 この国でこれからも暮らしたい。成長したいと強く思ってしまう自分は、なんとしてもこの国を守りたいとも思う様になる。

 いや、国などと大きな表現は必要ないのだ。キャルにレイナラに、ダヴィラスに、あの二人の子どもも入れたって良い。他にも、この国に来て出会ったすべての人間との関係が、今のルッドを形作った。これを壊されてなるものか。

「ではこれで最後………あなたは私と、何を交渉しようとしている?」

 彼は、ルッドだけに見える形で、ナイフを一本、ルッドの体に向けた。このナイフで、何人の人間が殺されたのだろうか。町で起こった殺人事件だけではあるまい。彼はブラフガ党に属する中で、その手を汚して来たのだ。ただひたすらに、組織の目的のために。

 この後の一言は、やはりルッドの命を決める。もし彼の興味を惹けなければ、相手のナイフによってルッドは殺されてしまうだろう。

 何にせよ、この場面で口にする言葉は決まっている。

「あなた方の組織の長。グゥインリー・ドルゴランの詳しい来歴を聞かせてください」


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