第七話 刃はなぞる様に
「…………人間には失敗願望があるって話を聞いたことがあります」
グゥインリー・ドルゴランと対峙したルッド。既に今回の交渉に限っては、目の前の男が勝利していると考えているが、それでも、まだやる事はあると考えて、言葉を発していた。
(微かに見つけた相手の隙を、逃すわけには行かないんだ)
グゥインリーから見出した、好敵手を求めているという隙。その隙がどれほどの物かは判断が付かぬのであるが、それを見極めるための会話はまだ続けるべきだろう。
「あと一歩。何もかもが上手く行くという段階で、失敗をしたいという思いが生まれる。なんとも不便な心だが、まあ、それもありかと歓迎しているのだよ。勿論、最後には成功を掴むつもりだがね」
「その失敗を起こすかもしれないのが僕らということですか?」
「だから見逃す。もしかしたら、私が進める作戦に、何がしかの楔を打ち込んでくるやもしれんからな」
自分を阻害する相手に喜びの笑みを浮かべる。目の前の男は、相当に歪んだ相手だということだろう。その歪みが無ければ、国を滅ぼすなんて発想に至れないということなのか。
「なあ、兄さん。あたし達、めちゃくちゃ舐められてるってことか? このままで良いのかよ」
ルッドとグゥインリーの話を聞いている内に、再度、我慢できなくなったらしいキャルが口を挟んだ。今回に関しては、彼女とも同意見だ。
「むかつくよ。大分むかつく。このままで良いわけなんて無い。だけど………」
「ここでは私に勝てんだろう? 言っておくが、作戦そのものを失敗して良いなどと、私が思っているわけじゃあない。ただちょっとした邪魔が欲しいだけだ。その邪魔を潰した上での成功こそを望んでいる」
「今の僕らは、それにすら値しない。そういう評価ですか…………」
だからここで見逃すというのだろう。せめて自分の邪魔になるくらいに成長してから、再度挑め。そんな言葉をきっと向けられている。
「挑んできた事自体は評価しているよ? 良くまあこのタイミングで来たものだと思ったよ。だから、生きて返してやるというのだ。有り難く思って欲しいな? なにせ、君らに再チャンスを与えているのだから」
ルッドはグゥインリーのその言葉を聞いた後、キャルは大丈夫だろうかと目線を向けた。
彼女は右手を強く握り、唇を噛んでいた。悔しくて堪らない。だけれども、反論も反抗もできぬ。そんな怒りが彼女を包んでいるのかもしれない。
ではルッドはどうなのかと言えば、そこまでの感情は生まれていなかった。不思議と冷静な自分がいるのだ。
そうして、その冷静さはグゥインリーからの言葉を一言一句、聞き逃さないという方向に向かっている。ただし、その作業も佳境だった。彼に最後、尋ねなければならぬことがある。
「どう言われても、生きている限りは、挑むつもりですよ。ブラフガ党には」
「意思が固くて結構だが、何故、そこまでうちの組織に拘る? 我が組織が、君に何かしたかね?」
「色々と、因縁があります。その活動方針、これまでの関わり方、そしてこれからの………ああ、でも、そのどれもが今に至っては多分、違うことでしょうね。本当の感情じゃあ無い」
グゥインリーと話すうちに、色々とこちらの感情も整理できた。そして強く思う様になる。彼らと戦わなければと。
「良ければ聞かせてくれやしないか? なんなら、ここで見逃す上での対価にしても良い」
つまりは、話すことを強制しているということだ。それもまた歯痒いものの、こんな風に尋ねて来ることは想定済みだった。なにせ、この後に続く言葉を口にしたかったのだから。
「だって、ブラフガ党の党首がこんな目の前にいる。なら、組織にこっちの刃を届かせるまであと少しじゃないですか。ここで諦めるなんて、できない」
ブラフガ党へはいろいろな感情がある。それらの感情がここまでルッドを来させたのは事実であろう。が、ここに至り、さらに一歩を踏み出すのは、ここまで来たのだから、もう進むしかないという思いだった。
この大陸の道は立ち止まれない。進むと決めた道をただ進むのみ。そうして―――
「ふむ…………別に隠して話しているつもりも無かったが、その通りだよ。私が、ブラフガ党の党首だ」
グゥインリーの肯定により、最後の確認ができた。彼がブラフガ党の党首であり、ルッドが想定すべき、最終的な敵であるということを。
彼はこれまで、室内であろうとも被っていた、そのローブを頭部から外す。確か、酷い怪我で変形しているという話であったが、その実、その頭部は怪我らしきものが無く、欠損も見当たらない。
ただ、欠損とは正逆の、一本。大きな角が頭部から生えていた。
「ドワーフって、血が濃くて、王族に近い存在であればあるほど、頭に立派な角が生えていたらしいわよ」
グゥインリーとの話し合いが終わり、屋敷から去ろうとするその廊下の途中で、レイナラがルッドに話し掛けてくる。
「つまりは、間違いなく、彼はブラフガ党の党首ってことですか…………」
ブラフガ党の党首はドワーフという種族であり、そのドワーフはただ一人を除いて滅んだと聞く。
唯一であるはずのドワーフがグゥインリーだとするのなら、つまり、彼がブラフガ党の党首であることの証明ということ。
「そういうことね。まあ、この地方の領主がそうだったなんて、全然想像してなかったけれど………」
珍しくレイナラも深刻な表情を浮かべている。そもそもこの3人の中で、そういう表情を浮かべていない人間などいなかった。皆、さっきまでの事柄について、激しく心的衝撃を受けているのだ。
「なんていうか………今、あたし達がこうやって無事のままっていうのは幸運だって言うのはわかるんだけどさ、やっぱり悔しいよ、兄さん」
キャルの言葉に対して、ルッドは同意見であると頷く。なんとか生き残ったという感傷の後には、もう少し上手くやれたのではという欲が生まれるものだ。
だが、そんな欲は何の意味も無いものであろう。どんな過程だったとしても、あの時、あの瞬間はこれで精いっぱいだったのだ。手を抜いたつもりは欠片も無い。
「………手に入れたものはあったよ。それで満足するってわけじゃあないけど、まだ進める道ならある」
手を抜いていない以上、前を向くべきだ。道は後ろ向きには進めない、ただ前を向いて進むしか選択肢が無い。
「手に入れたものってのは………なんだ?」
「敵の正体が明確になったって言うのがまず一つ。作戦は立てやすくなったよ」
「それだけじゃあ駄目だろ。見やすくはなったかもだけど、距離は縮まってない」
良くまあ、ここまでの事が言えるとルッドは思う。キャルは今年で幾つだったか。少なくともルッドは、彼女と同じくらいの年に、ここまでいろいろと考えることはできていなかったと思う。
ただ、今の段階では、まだこちらの方が色々と視界が広いのだろう。彼女に気が付けなかった事に気が付いている。
「もう一つが、僕とあの人との距離を縮めてくれる」
「それは?」
「僕らを見逃したっていう……その事実が大切だ」
「あたし達で遊んでるだけだろ?」
表面上だけで受け止めればそうだろう。だが、である。本当にそうだろうか?
「確かに、面白いから生かしておいてやるって、もっともらしい悪役の意見だけど、なんか典型的過ぎて、逆に不自然よね?」
直感派であろうレイナラはここで気が付いたらしい。グゥインリーの行動は、どこか変なのだ。
どれだけ狂った行いをしているとは言え、彼の本質は冷静な策略家だ。そんな彼が、ただルッド達が自分を楽しませてくれるからそのまま無事で返す。などという選択を取るだろうか。
「あの人は、快楽主義者じゃあない。国を崩壊させるのだって、楽しみからじゃなく、自分達の種族の悲哀というか、ええっと―――
「意地よ。楽しいからじゃあなく、きっと、このまま朽ちて行くよりかはっていう、意地」
「そうです。そういう言い方が、きっと相応しい。そんな情動の元で動く人なんだ」
だからルッド達を生き延びさせたのは、障害をあえて作り、それを潰すことで達成感を味わうと言った、そういう方向性では無いと考える。
「いったい彼が僕らに何を望んでいるのか………その真意を正確に測る事ができたのなら………まだ、彼を追い詰めるための手は残されている」
多分、それこそが、ブラフガ党を止めるための唯一の方法なのだ。既に事は始まっており、それを止めるには、ブラフガ党党首である彼の信念そのものを断ち切らなければならない。そうルッドは考えた。
「真意ねぇ。他人の考えの奥底なんて、本当に覗けるもんかな?」
「普通じゃあ無理だろうね。けど、無理なことだからこそ、強力な武器になるんだと………思う」
今、言える事と言えばこれくらいだった。この後は暫しの沈黙の後、再度、屋敷の廊下を歩き出す3人。
変化が訪れたのは、屋敷の玄関付近。そこには、屋敷の門番であるパックスが立っていた。
「よお。どうだった?」
彼は、そんな軽口をルッド達に向ける。これまでの事情を知らないのであろう。ただ、ルッド達が仕事の報告を終えただけだと、そう思っている。
「そこそこってところです。やっぱり手厳しいですよ、この屋敷の主は」
「そうか。上手く行かなかったわけかい。まあ、仕方ねえわな」
笑うパックスに、どうやって答えたものかと悩むルッドだが、パックスが告げる二の句により、状況がさらに変わる。
「うちの組織に挑もうってんだ。そう簡単にはいかんだろうさ」
「………! 話を聞いてたんですか?」
ここに来て、またしても驚かされる。考えてみれば当たり前だろう。領主がブラフガ党のトップだということは、彼の直属の部下らしきパックスも、ブラフガ党の関係者、というか党員であるのだ。
「ああ。本当にボスが丸腰のままで交渉に応じてたとでも思っているのかい? 万一にも襲われる可能性はあったんだ。そうなれば全部ご破算。だからこそ、実は俺が控えてたってわけだ。結局は盗み聞きに終わったがね」
そうしてルッド達より早く、玄関まで回り込んできたということだろうか。隠し通路なりなんなりあるのだろうが、それにしたって想像すれば間抜けな姿だ。
「で、わざわざ笑いに来たってわけですが。ええ、そうですよ。今回はコテンパンにやられました」
「そりゃあそうでなけりゃあ困る。そうそう負けてもらっちゃ困るお人なんだよ。あの人は。おっと、お嬢さん。これ、忘れるなよ」
ルッドと話をしつつ、パックスはレイナラに、預かっていた剣を投げ渡す。そのままレイナラは受け取り、パックスを睨んだ。
「あなたも、自分の立場に我慢できなくなった性質?」
「そうじゃなけりゃあ、あの人の下で働いてないさ。これでも、この種族としての血のせいで、いろいろあったんだ。その苛立ちを抱えたまま、そのまま滅んでいけなんて事はできない。むしろ、あんたの方はどうなんだ」
レイナラとパックス。両者は異種族同士ということらしい。そうして、彼らにしか分からない何かを感じ、話をしているのだろう。
「辛酸だって舐めたし、苛立ちだってある。けどそれも、私の中にあるもんよ。誰かにそれをぶつけるなんて、そんな安売りできないわ」
「なんでだろうねえ。あんたは、そんな風に答えるって思ってたよ」
パックスはそれだけ言葉を発すると、ルッド達の進行の邪魔にならぬ様に体を傾けて横にどく。ルッドがそれに合わせて前に進もうとしたその時、彼がルッド達から隠す様に短槍を握っている事に気が付く。その槍をルッドの動きに合わせて持ち上げ、流れのままにルッドに向けて突き刺そうと―――
「えっ………」
槍は………ルッドには刺さらなかった。その槍が自分の体に突き刺さる前に、赤い火花が上がり、その進行を妨げられたのだ。
槍を防いだのはレイナラの剣だった。彼女はすぐさまルッドと、短槍を防がれた結果、一旦はルッドから距離を置いたパックスの間へと入る。
「そうやって! 他人にぶつけるのが嫌なのよ! 私はぁっ!!」
「ははっ。良いねえ。実に最高だ! あんたを一目見た時から、こうしてみたいって思ってたんだ!」
叫び合う二人の戦士。危険な状況に急遽発展する。その事実をルッドは受け止めるのに必死だった。
(なんだ!? 何が起こった!? 命を狙われて………助けられた!?)
単純に解釈するならそういうことだろう。ただし、まだ事は終わっていない。ルッドを狙おうとしたパックスは健在であり、戦う意思を収めていない。そしてそれを迎撃するべく、レイナラも動いた。
「兄さん!」
次にキャルが叫ぶ。彼女の場合は、漸く起こった事態に対して、声を発するという行動が出来た状態だ。
「ほらほら。どうした? 次が来るぞ!」
そうして、どうやら落ち着くまで状況は待ってくれないらしい。パックスより放たれた幾度かの槍撃(何度振るわれたか分からぬ程に素早いそれ)を、レイナラは剣にていなす。そのどれもが、レイナラの背後にいるルッド自身を狙っていた。
「舐めてるんじゃっ、無いわよ!」
威勢良く声を発するレイナラだが、防戦一方であった。ルッドを守りながら戦っているというのもあるだろうが、そもそもの技量が、どうやらパックスの方が上に見える。素人目での判断でしかないが。
(どうする!? どうするんだ、僕!? ここで、足手まといになって、しかも命を落とすのか!?)
見ている限りでは、最終的にそんな結果になるのではないかと、まるで他人事の様に考える自分がいた。
戦闘の役目はレイナラだ。そんな彼女に、この状況を打開できる何かの策があるかと期待したいが、彼女の表情にはそんな余裕が無い様に見える。
(考えろよっ。どう見たって、僕自身の危機だ。そして、逃れるためには自分自身で何かを行動するしかない)
まだ戦況は膠着している。まだレイナラはパックスの攻撃を防げている。まだルッドは頭を働かせることができる。
「兄さん! 早く!」
逃げよう! と、キャルが声を掛けてくるものの、それはできない。今なお、レイナラが敵の攻撃に耐えているのは、ルッドが微動だにせず、彼女の集中力を途切れさせていないからだ。
余計な動きをして、パックスの攻撃が変化すれば、この膠着は解けてしまうし、その結果、悪い方に転ぶ可能性の方が高い。
(戦い方について、僕が何か考えるなんて事は無理だ。なら、違う方面からこの状態をなんとかしないと………!)
敵の分野で戦ったところで負けるだけだ。勝利とは、自分の得意な状況を作り出すことから始まる。
では、ルッドに得意な事とはなんだ。それは交渉だ。この直接的な戦いの最中、それでもルッドは襲い来るパックスと交渉しなければならない。
(観察しろ。記憶を探れ。この男は、何をどうやって襲ってきた!?)
頬に冷や汗が流れながらも、思考は冷静に研ぎ澄ます。グゥインリーはルッド達を見逃すと言った。つまりこれはパックスの独断か。ではその独断とはどういう意思の元か。
(僕を是非とも殺したかった。違う。そうじゃあない)
確実に狙うなら、もっと適した状況があったはずだ。そう。レイナラに剣を返す前に行動しておけば、彼女は槍を防ぐことなどできず、今頃、ルッドの命は無かった。
(ならなんで、このタイミングで襲ってきた? 僕を殺すことが直接の目的じゃあ無いのに、それでも僕を襲う………それは………)
こちらを試している。そういうことではないか。先ほどまでのグゥインリーと同じだ。こちらの器量を試すために行動している。パックスの場合は、もしその器量に届かなければこちらの命を奪おうという程に苛烈であるということ。
(ああ、そうかい! 自分のところのボスが命の無事を保証したって、自分達は別ってことか!)
見出した結論に怒りを覚える。パックスもまた、自分の試練を乗り越えたら、命だけは助けてやろう。みたいに考えているのだ。
(くそっ、だったら、こんな場所で損害を受けるなんてことしてられない! なんとしても意趣返ししてやる!)
襲われているという恐怖を、相手の意図を知った結果の怒りで打ち消す。そうして周囲からこの状況をどうにかできる情報を集めようとする。自分の身体、屋敷の構造。パックスの動き。
レイナラがパックスに押し負け始めた時点を制限時間とし、限界まで自らの手札を集めたルッドは、そのすべてを切ってパックスへ挑むことにした。
「今さら何を試すつもりか分かりませんが、いちいちこんな無駄な真似はいったいどういう了見ですか?」
未だ剣と槍がぶつかり火花散らすこの場所で、ルッドはパックスを睨み、恐れた様子を見せずに口を開いた
勿論、刃物を目の前にして恐ろしく無いはずが無いのだが、それでもそれを表情には出さず、ただ超然とした態度で話を試みる。
「無駄ってこたぁ無いだろ? 口だけ達者で、こんな状況も潜り抜けない様ならっ…………今ここで殺してやった方があんた達のためってわけだ」
笑い、言葉を発しながらも、槍を振るうのを止めない。ガチリガチリと金属がぶつかる音がルッドの耳に届き、尚、脅してくる。言葉同士の遣り取りとはまた違った激しさを感じてしまう。直接戦うレイナラはもっとだろう。
「僕が無駄って言ったのは、あんたの狙いどうこうじゃない。行動そのものに意味が無いって言ったんだ」
「ほう、挑発のつもりかい? 俺がそれに引っ掛かるとでも?」
ルッドの言葉に、些かもその戦う姿勢を崩さぬパックス。
「悔しいけれど、あっちの男の言う通りよ。援護嬉しいけれど、向こうの言葉を借りぬなら、これくらいの挑発で隙を見せる程度の男なら、ここまで生き残ってない」
レイナラにも、ルッドの言葉は無意味だと言われてしまう。だが、果たしてそうだろうか?
彼らは戦いの達人であるが、交渉の名人では無い。事、言葉のやりとりならば、まだルッドの方が経験は上のはず。
「挑発じゃありませんよ。純然足る事実です。疑うなら、試しに槍を突き刺そうとしてみれば良い。僕のこの、心の臓に」
自分の胸に手を当てる。視線はパックスを鋭く見つめて。そうして一歩、パックスの側へ足を進ませた。
「ちょっと!」
さて、この声はキャルかレイナラ、どっちの声だったろうか。女の声であったことは分かったが、それ以上の質、そしてどの方向から発せられたものか判断できなかった。
それほどまでに、ルッドは内心を動揺させていたのだ。これは命がけの行為であり、さらに自らでそれを行う自殺紛いの行動だ。そのことに心が揺さぶられぬほどに、ルッドは豪胆で無かった。
だが、それでも今はこれが最善だと判断する。生き残るためと相手に一杯喰わせるための手が両立するのはこれのみだ。他にもっと建設的な案があろうとも、今のルッドには思い付かないのだから仕方ない。
「おいおい…………マジか?」
一番驚いているのはパックスかもしれない。まさか守られる側だった人間が、襲う側の人間に近づこうとするのだから、彼も混乱しているのだろう。
ルッドは胸に当てた手を仰々しく離し、意思表示としてさらに一歩前へ。さて、唯一の作戦ではあるが、成功確率はどれほどだろうか。実を言えば、パックスの槍の腕と、今の彼の感情に大いに寄るところであった。
「示して見せると言いました。あなた達ブラフガ党は限りなく強大で、僕みたいな人間はその力を通用させることすらできないかもしれない。けれど、その実、案外できてしまうかもしれない。その証明として、この場を乗り切ってみせると言っているんです」
冷や汗はもう流れない。動揺は心の中より外へは出てこない。緊張し、混乱し、動揺する姿を外面にさえ出さなければ、人間はどこまでも偉そうに見える。単なる格好つけかもしれないが、周囲に格好つけた姿だけを見せられるのなら、それは格好良いということなのだ。
そうして………。
「さあ、是非ともその槍でっ―――
言葉を終える前に、ルッドの体に大きな衝撃が走る。それはパックスが突き放った槍によるものであり、それがルッドの胸に当たる衝撃だった。