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北風の道  作者: きーち
第十二章 突き付けられた刃
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第六話 突きつけられた刃

 沈黙。こと、この場においては恐ろしいものに感じるそれが続いていた。

 目の前でソファーに深々と座るマーダ地方領主、グゥインリー・ドルゴランは、ルッドが口にした、この領主宅の地下に国を危険に晒すための武器庫があるという噂を聞いて、どう思っただろうか?

 ルッドがただ呟いたその言葉への返答如何によって、それは宣戦布告の言葉へと変わってしまうのだが、その答えがまだであった。

「……………ふっ」

 そうして、領主は口笛を吹くような笑いを漏らした。その笑いは、何をくだらないことをと言った蔑みから来るものか。それとも、何の後ろ盾を持たなさそうな小僧が、自分と戦おうとしていることに対する憐れみか。

「どうなんですか? まさか、真実だとでも言いませんよね?」

「………ウィソミン氏からはどこまで聞いたんだね? その噂を」

「例えば……そうですね。あなた方に一時、軟禁されていたなんて話も」

 じりじりと距離を取り合う様な会話。だが、まだお互いの間合いに両者共、足を踏み入れていないのだろう。踏み入れれば、一気に最後の段階まで向かってしまうから。

「どう思う?」

「どう………とは?」

「その噂。君は冗談か何かだと思っている? それとも何かな、真実だとでも言うつもりかな?」

 そのまま、こちらの言葉を返されてしまう。試しているのは向こうも同じか。

「この村………」

「うん?」

「この村は、綺麗な場所ですよね?」

「ああ、まあ、そうだな。ここは素晴らしい土地だ。それが何か?」

 話の方向性が分からないと言う様子の領主。

「国中が乱れているって言うのに、適正に管理されている。まるで箱庭だ。その箱庭の管理者はあなた」

「どうにも悪意を含んだ内容に聞こえるが?」

 ここに来て、漸く不機嫌な表情を浮かべる領主。とりあえずは変化だ。ここに来てのそれならば望むべくものである。

「ふと思ったんです。この管理。いったいどんな目的を持ったものかなって」

「領主が自らの領内を適正に維持しようとするのは当然のことだ。そこに目的などと言われても、自分の地位を安泰にするためとしか言えないな」

「安泰とはどういう事を言うんです?」

 今度は逆に聞いてみる。こちらから話すばかりでは、相手を飽きさせてしまう。飽きが極まれば無関心だ。どんな言葉でも、そうなってしまえば届かない。

「それは勿論、長期間、今の生活を維持することだな。先見的を自称する者は、時たま新たな風をなどとのたまうものだが、その実、周囲の安全を蔑ろにしがちだ」

「なるほど。実に明瞭な答えです」

「で? 話のはぐらかしでもするつもりかな?」

 領主の目から、興味の視線が消えようとする。いや、睨みつける様な視線がそれを上塗りしていくと表現すべきか。

「まさかです。その認識を持たれているのなら、尚更おかしいじゃないですか。この村は、あなた無しでは立ちいかない。あなたがいるからこそ、綺麗な箱庭のままなんだ。誰も彼もがあなたを心酔している。軟禁されたと口にするウィソミンさんですら、深い理由があるとあなたを弁護しようとした」

 だからこそ、彼の話を信じたのだ。被害を受けた側ですら加害者を擁護する様な状況。むしろその被害者側の話に真実味があったのである。

「信頼されていると言うことかな?」

「洗脳されているとも言えます」

「信頼と洗脳に、そう深い隔たりがある様には思えんが」

「そりゃあそうですが、言ってしまったらお終いです」

 そうだ。それだけですべてが終わる。彼が領民に見せる顔。それが単なる一地方の領主でなく、もっと別の、悪魔的な表情を見せれば、この箱庭は綺麗な村で無く、国に害を成す場所へと変わってしまうかもしれない。

 というより、既に変わりつつあるとルッドは考える。

「石工職人の工房に仕事を回しているとか?」

「最近は不景気だからな。こちらから積極に仕事を斡旋するのも私の仕事だよ?」

「だからと言って、工房の大半の仕事があなた経由というのは変だ。そして、職人側が何を作っているのかを知らないのはもっと変だ」

 ウィソミンから聞いた話と、村の工房を周って仕入れた情報。それらを考えれば、一つの結論が予想できた。

「古来より、権力者が多数の技術者に全体像を抱かせず何かを作らせると言った場合、そこには表立って作れない何かを建造する場合が殆どです」

「私はそれをしているとでも言うのかね?」

「もう既に言いましたよね? この屋敷の地下に、武器庫なんぞがあるんじゃないかって?」

 領主がのらりくらりと話を伸ばすのなら、こちらからこの言葉を宣戦布告とさせて貰う。ブラフガ党の幹部であろうグゥインリー・ドルゴランへの宣戦布告だ。

「ここでは………数的不利は私の方……かな?」

 目を閉じ、片目だけ開いた後に、ちらりとレイナラの方を見るグゥインリー。ルッドも横目でレイナラを見ると、冷や汗を頬に流していた。

(レイナラさんでもビビる手合いか………)

 別にグゥインリーは武術の達人というわけではないだろう。だが、人間としての強靭さはぴか一という類だ。それが肉体から来るものか精神からくるものかは分からぬが、レイナラほどの人物に危機感を抱かせるレベルなのだ。

「止めてくださいよ。まるでこっちが暴力を使うみたいな言い方は。しません。断言します。こちらから彼女に剣を抜かせるなんてことはしない。そもそも、彼女の剣はこの屋敷の門番に預かって貰ったままだ」

「素手なのはお互い様だ。殴り合いは不得手でね?」

「それはこちらも同様です。ここはそういう場所じゃあない」

 何でも無い様な言い合いだが、これは一種の契約だった。その手は使わない。お互い、絶対に。そう言葉を交わすことで踏み出せる話もある。

 向こうも同じく考えているはずなのだ。グゥインリーの顔に浮かんだ、今までとは似合わぬ笑みを見れば分かる。

 敵意と、興味と、自分自身を強者へと位置付けるための笑み。決して、領民や単なる商人に見せぬ表情を彼は浮かべた。

「ならば尋ねようか。君にとって、ここは何をする場所だ?」

「この場所は、ブラフガ党と接触するための場所。その幹部と接触し、こう言うための場所です。お前達の好きにはさせないぞ………と」

「おい! 兄さん!」

 ここに来て、根を上げたのはキャルだった。まるでお互いを危険地帯に置きあう様な会話について、まだまだ経験を積んでいない彼女だ。仕方あるまい。ルッドだって、今にも心臓が爆裂しそうだった。それを表面化させない手管を持っているというだけなのだ。

「社長。保険ならある。僕らが無事に帰還しなければ、僕が予想したことが真実になるってことで、手紙を送っておいたじゃないか。前に繋がりを作っておいた、国の関係者のあの人」

「え? あ、ああ………」

 ここでブラフを使う。その事に気が付いたキャルは、ルッドの言葉に頷いた。ただし反応は満点と言えぬものであったため、グゥインリーにバレぬか心配だ。

「ふむ。一端に、準備はしてきての行動なわけか。その関係者とやらはどれだけの存在か分からないが、とりあえずは警戒しておくよ」

 とりあえずは信じてくれたらしい。温情と言うより、国の関係者に知人がいるという事自体は真実だったからこそだろうか。

「で、どうしましょうか? このまま僕らを追い返しますか?」

「できればそうしたいな。君の目線から見れば、まだまだ不確定要素だらけだ。違うかい? 今ここで追い返してしまえれば、私はまだ安全圏にいられる。そのブラフガ党とやらとの関係性だって、判明しないままだ」

 その言葉を聞いたルッドは、外面では変わらぬ表情ながらも、内面で首を傾げた。

(どういうことだ? なんで彼はそんな事を)

 別にここでルッドを追い返すという行動がおかしいわけではない。むしろ順当な方法だろう。それに対してこちらがどう動けば良いのかも考えている………が。

(だからって、受けて立つみたいな姿勢を取る必要性が無い)

 グゥインリーの態度は、まるで挑戦者を試そうとしているが如くだ。彼の立場なら、そんなことをする必要なんて無いのである。ただその権力を使い、ルッドをこの場から退散させるだけで良い。

(もしかしたらそれこそが、こっちの付け入る隙かもしれない)

 相手の狙いはまだはっきりとしないものの、好機だと判断したルッド。隙を見つければその言葉の刃物を届かせようとする。

「素直に追い返した場合、僕らはあること無いこと風潮するかもしれない」

「してどうなる? その場合、非はそちら側にあるということになるし、そうなれば、私は表立って君を潰せる」

 だからそうさせないでくれ。と続きそうな言葉。やはり違和感を覚えるものの、ルッドは次へ進む方法を模索する。

「喧伝する内容に寄るとは思いませんか?」

「ほう。一工夫すると?」

「したと言ってくださいよ。あなたの手元にある物を良く見てください」

「…………」

 領主が見るのは、ルッドが最初に渡した、マーダの村の工房を見周り記したその記録。

「まさか、こうやって話をするつもりだった僕が、大人しく品評会に出す工芸品だけを調べていたと思っているんだとしたら………随分と甘い考えです」

「何を調べた?」

「各工房に、あなたが卸した仕事。その作成物のまとめみたいな事をしてみました」

 にっこり笑うルッド。懐からはもう一つの資料。こっちは領主のためで無く、自分のための物であった。

 職人技術にそれほど知識は無いルッドであったが、各工房が作っていた良く分からない物品群というか部品群を集めてみると、一つだけ、作れるかもしれないある物が浮かび上がった。

「国を相手に戦うとなると、数が必要ですよね。例えばこの村の人間。その全員を徴兵してもまだ足りない。あなたがブラフガ党と関わりがあるのなら、それも足して、やっとってところですかね?」

「また突拍子も無い事を言い始めたものだ。村人を全員兵にするだと? そんな馬鹿なことを………」

「数がいるという話をしています。数がいるんですよ。その数を兵士にするためには訓練が必要だ。一方で、数を揃えた訓練はどうしたって目立ってしまう。それを国の関係者に見られれば、それで反逆を疑われてお終いだ」

「現状、疑われていないということは、そんな訓練をしていないと言うことではないかね?」

 グゥインリーの言葉に、ルッドは素直に頷いた。そうだ。それはしていない。まだしていないのだ。

「タイミングの問題です。もし国と戦える展望が出来たのなら、訓練を始めたって構わないわけだ。そのためには、一般人を兵士にするための訓練期間は短ければ短いほど良い」

 暗躍の準備完了からその実行までの間、それを短縮することが成功に達するための一番の鍵であろう。

「古今東西、一番訓練の期間が短く済む兵科と言えば槍兵です。敵との距離があり、ただ突撃するだけでも威力があるその武器を扱う兵士を、あなたは鍛えるつもりなんじゃあないかと考えた」

 ルッドは自分の手で持った紙を、応接間の机の上に置いた。

「この資料は、この村の各工房で、完成状態を隠されて作られていた、石槍についてのデータが書かれています。これを喧伝すれば、否応無く、ラージリヴァ国は動くはずだ。例え疑いの段階だったとしても、真実だとすれば、この国の存亡に関わることだから」

 そうして話はここまででは無い。ここまではこっちが脅しただけなのだ。ルッドの目的は、ここで決着を付ける事では無かった。実を言えば逃げ道を残しているのである。

 資料を作ったのはこの村に来てから。つまり、ルッド達以外はまだこの村で作られている石槍については知らないということ。

 グゥインリーの力なら、ルッドの身は無事のまま、この資料を消し去ることが今ならできるし、誰かへ報告するまでの時間に、各工房に作成品の隠ぺいだって頼めるだろう。

 国が領内を調べて、実は何も出て来なかったというオチだって用意できるはずだ。だから、今示している資料は決定打では無い。これもまたブラフであり、これから続かせるつもりの結果を導き出すための一手なのである。

「もし、もしですよ? この資料が出鱈目だと言うのなら、屋敷を調べさせてください。この屋敷に、工房で作られた石槍が無いとすれば、それでこの話は終了です。僕の言っていることは風評以外の何者でも無く、それ相応の罰を受けることになるでしょう」

 この言葉を口にするためが、これまでのやり方だった。屋敷を、地下室を調べさせろという言葉を、グゥインリーに通用させるために、一つ一つ言葉を積み上げた。

「…………」

 さあ。これからどう来るか。ルッドの目的は、あくまで屋敷の地下にあるかもしれない武器庫を調べることだ。それ以外の事は、どれだけの結果が残せそうでも、あえて捨てる。いや、捨てずに選べば、それはこちらにとっての隙になる。

 今のルッドが全力を出して、届かせることができるのは、地下室を調べるというそれっきりなのだから。

「…………良いだろう。ならば調べてみるが良い。差し当たって、君が指定するのは、屋敷の地下……かな?」

「ええ、それでは遠慮なく」

 ルッドがそう言ってその場から立ち上がる。キャルとレイナラ。そうしてグゥインリーも同様だった。皆、着いて来るらしい。

(それにしても………案外あっさり認めたな)

 もう一つか二つ、舌戦を行ってから、こういう状況になると覚悟していただけに拍子抜けだ。

 ただし、ここであっさり通すと言うことは、後にまだ逃れる手があることではとルッドは考え直した。

(油断のならない相手なんだ。もしかしたら、地下室の入口が見つからないなんてことも有り得る)

 気を引き締め直し、屋敷を観察する目を休めぬルッド。そのまま足は屋敷の階段へ向かい、地下部分へと向かう階段があったのでそこを降り、目当ての地下室が無いかどうかを探す。

 ウィソミンが話している通りの方向を探せば、痕跡程度は見つかると思っていたのだが―――

(普通に………扉が!? 隠しもせず!?)

 恐らくそこにあるであろう場所に、地下室への扉は当然の様に存在していた。隠してなど一切していない。ただ、かなり大き目の扉だった。

「どうしたのかね? 君の目当てはここだろう?」

 余裕の表情を崩さぬグゥインリー。その姿を見ると、ルッドはどうにも不利なのは自分の方なのではと思えてしまう。

(なんだ? 何を隠し玉にしている? 何も無いってことは絶対に無いはずだ)

 もしや、この地下室はブラフか? 扉を開いた先にはただ何も無いか、単なる倉庫があるだけで、武器らしきものは見つからない。そんな状況だって有り得るかもしれない。

(武器はとっくに移動されていて、それを前提に交渉を続けさせられていた? そうか、そういう可能性だってある)

 グゥインリーに一杯喰わされた形になるだろうが、それでも挽回は可能だ。領主宅を調べる許可は貰ったのだ。ならば、それを探る中で、新たな攻め口を見つけてみせよう。

(まずはこの地下室の中からだ)

 例え、この中に何も無くたって、まだやり様はあるだろうという気概の中で、ルッドは地下室の扉を開いた。そうしてその中にあった物に目を奪われた。

「えっ………」

 それだけの言葉が漏れる。そこにあった光景は、予想外のそれ。いや、ある意味では予想通りだった。

 そこには武器が並んでいた。石槍だけではない。剣に弓矢、クロスボウ。盾に鎧、攻城兵器らしきものの部品まであった。

 それらは部屋中、ところ狭しと存在しており、相当の量だということは見ただけで理解できる。危険な場所だということも。

「どうしたのかね? ここにこれらがあることを期待していたのではないかね?」

 グゥインリーは笑みを絶やさない。喜びの笑いだ。だが親愛のそれではなく、只々、挑戦者を見る者の笑い。

「これは…………あなたはっ、これを見せるってことを分かって………!」

「ああ、分かる。分かっているよ。だからこう言ってみようか。ようこそ、ブラフガ党の武器庫へ。ここには国を滅ぼすための道具の一部が納められている。つまりは戦端の一つに位置する場所というわけだ」

「僕はっ、ラージリヴァ国にこの光景を報告する義務がある!」

 例えルッドがラージリヴァ国の国民で無かったとしても、この光景は見過ごせない。最初からこういう場所なのではと思ってこの屋敷へやってきたわけだが、ここまで堂々と見せられては、もう駆け引きなどと悠長な事を言っている場合では無くなるのだ。

「ほうほう。まあ、そうだろうなぁ。そういうことになる。だがね? 一つ言わせて貰うのなら、そういう危険があって、尚、この場所を見せた理由が、わからない君ではあるまい?」

 つまりは、ルッドに見せても良い状況であるというわけである。そういう状況とはどの様なものか。想像して思い付くのが一つ。

「僕らを、口封じするつもりですか?」

 このルッドの言葉に、真っ先に反応したのがレイナラだった。彼女はグゥインリーからルッドを庇う様に立つ。護衛役としての仕事だと考えているのだろう。しかし彼女とて丸腰である。

「はっ、はははははっ! それこそまさかだよ。私が? 君たちの口を封じる? 先日までならそうしていたかもしれないが、今はそんなことをする必要すら無くなった。そもそも、見せたくないのなら、ここに連れて来なくても良かった。そうは思わないかな?」

 本当に楽しそうに笑う相手だ。この男の何がその様に昂っているのか。それがルッドには分からない。只々、不気味さと恐怖が増していくのみ。

「こんな物を僕達に見せてどうするつもりだ。あんたはいったい何を狙っている!」

「久しく見なかった好敵手の存在に喜んでいる。それだけだよ」

「笑いの理由を聞いてるんじゃあない!」

 今は完全にグゥインリーの手のひらの上だった。彼の意図が分からず、一方で彼は好き勝手に状況を進める。

「ならこう言えば満足かね? 君がもう何を狙おうと、もう手遅れだ。今さら邪魔をされたとしても、もう止まらぬ段階に来ているのだと」

「………!」

 その答えは、一番恐れていた事態を意味している。ブラフガ党が本格的に動き始めたということだ。国を転覆させるためのその行動に。

「早すぎるとでも思っているのなら、それは当たり前だよ。どこぞの誰かにそのタイミングを知られる様ならば、国なんぞ相手にしない方が良い。自分達以外の誰にも気づかれぬ瞬間に行うからこそ、侵略というのは事を成せるのだ」

「あんた達がしようとしているのは侵略なんて生易しいもんじゃあない!」

「だからこそ慎重にだ。そうして、無事、それに気づかれずに終わったわけだよ。気になるというのなら、今すぐホロヘイに向かうべきだな。事は既に起こっており、転がり始めたそれを止める術は無いだろうがな」

 いまさら、このグゥインリーを相手にしたところで無駄だということか。ホロヘイで何かが起こっているというのはブラフではあるまい。ここで言い逃れるために嘘を口にしているのだとしたら、もっと早い段階でルッドをやり込める方が良いに決まっている。

 つまりルッドは遊ばれているのだ。その事に怒りと、どうしようも無い自分に対する無力感が………

(待て。意思を手放すな。目の前にはまだ口を開く敵がいるんだ。こんなところで諦めてどうする? これくらいの力の差。覚悟して挑んだ事じゃあないか!)

 過程の敗北すらも想定しろ。最後に微かな勝利への道が見られれば上等だ。閉じかけた自分の思考を意思でこじ開け、心の中で立ち上がる。

「待て………待ってください。それでも理由が無い。どうして僕達にそんな事を話すんですか。ここで口封じをしないって言う事は、つまり僕らを生かして帰すってことだ。いくら何をしたところで遅いと言っても、生ぬるい方法じゃないですか」

「ふむ? まるで自ら殺して欲しい様な言い方をするが………さっきも言ったろう? 好敵手が現れてくれて嬉しいと」

「好敵手………好敵手と?」

「そうそれだ。これまで何もかもが上手く行っていた。それはきっとこれからもだろう。そんな時に、敵対者が現れた。そういうのはむしろ、歓迎する性質でね。物事には障害があってこそ、それを乗り越えた時に成功がある。そうは思わないかね?」

「…………」

 完全にこちらを舐めた発言だった。怒り出したって構わないその台詞であったが、ルッドは漸く見つけた様な気がした。目の前の男の、微かな隙を。



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