第三話 少しずつ近づいていく
「ええっと、つまりよ? ここの領主さんを………脅したり?」
マーダ地方の領主であるグゥインリー・ドルゴラン。ルッドが口にした第三の選択肢は、ウィソミン・ホーニッツが齎した情報を元にして、彼に探りを入れるという旨のそれを、レイナラは脅しを掛けると取ったらしい。
「脅しはまだ先の話ですよ。というか、迂闊にそんなことはできません。そういうのは、最後の一手としてするか―――
「最後の悪あがきとしてするか。だろ?」
「うん。まあね」
どうにも最近はキャルに思考の先読みをされることが多くなってきた気がする。彼女も成長したと言うか、付き合いが長くなってきたと言うか。
(これは中々に、無茶が難しくなるなぁ)
どちらかと言えば無茶を止める方なキャルが、ルッドのやり口を把握し始めているというのは、騙暗かす事ができなくなってきているということだ。
「どっちにしても、やるべきじゃあない行動だとアタシは思うぜ?」
「僕もそう思う。だから次の一手は探りを入れるだけで留めておきたい」
「って、三つ目の選択肢前提で話してないかしら、二人共?」
レイナラがルッドとキャルの会話にツッコミを入れる。彼女の言う通りだ。既にマーダ地方の領主の元に向かう前提で話をしていた。
実際、そうするつもりなのだから仕方ないだろう?
「言わせて貰いますけど、ここで、さらに突っ込んだ状況に進まないで、ここに来た意味なんて無いじゃないですか」
そうだ。ルッドはマーダの村に、ブラフガ党という危険な組織の痕跡が無いかを調べに来たのだ。危険そうだから足を進ませないとなれば、当初の目的なんて達成できるはずが無い。
「領主様と接触するのが、ブラフガ党に繋がるって兄さんは思ってるのか?」
「十中八九、何らかの繋がりはあるはずだよ。この地方は既にブラフガ党の手に落ちたという前提で僕らは来たんだよ? その地方の領主が、ブラフガ党なんて知りませんなんてこと、あるわけないじゃないか」
というか、あの領主がブラフガ党の一員だったところで驚きはしないとルッドは思う。驚きなら、マーダ地方とブラフガ党の関係性に気が付いた時に、散々したのだから。
「慎重にそういう方針を取るってのなら口は出さないけどさぁ。まずはどうやって会うんだよ。まさかあんたのところの地下室を調べさせろ。とか言うつもりじゃあ無いよな?」
「当たり前だよ。というか、表向き、僕らは何とためにこの村に来たんだと思ってるんだ。むしろ、領主に会うのは自然な成り行きだと思うけどね」
この地方には、領主が現在管理している石椀についての交渉に来たということになっていた。それには勿論、領主との謁見が必要となってくるのだった。
次の日、とりあえずウィソミン・ホーニッツは彼の自宅に待たせて置いて、領主宅へと向かったルッド。
以前は自分一人だけであったが、今度はキャルとレイナラを連れての来訪だ。誰かの紹介によって来たわけでは無いため、領主に会うことはできない。などという状況をもっとも心配したのだが………。
「おう。あんた! 見覚えあるぜ。確かルッド………カラ……カラ……カラサ! そう、ルッド・カラサって商人だ!」
領主の屋敷へとやってきたルッドに、その屋敷の門番が親し気に話し掛けて来た。ルッドの方も彼の名前を覚えている。パックスという、この屋敷で数少ない衛兵のような役もしている門番だった。
「ええっと。はい。またこちらの方で商売をしに来たんで、その関係で領主様に会いに来たんですが………」
「話しかい? そうか。今なら時間もあるし、良いんじゃねえかな」
「って、そんなすぐに決めちゃえるんですか!?」
この国において地方の領主はそこの王の様なものなのであり、こうも簡単に………そういえば以前もこんな感じだったか。
「今はな、ちょっとうちのボス、暇なんだよ」
「へえ。忙しくは無いんですか」
それは妙な話ではないか。なにせこの屋敷に軟禁していたはずの人間が逃げ出しているのだから。
逃げ出した者を追うための算段をするため、相応の忙しさがあると思うのだが。
(彼らが隠しているか、僕らがウィソミンさんに謀られてるってことになるんだけど、キャルから聞くウィソミンさんの性格から考えるに、後者の可能性は薄いかな)
となるとだ、実際は忙しいが、それを隠し、余裕を見せているということなのかもしれない。まさか、ルッド達の狙いに気が付いているわけでもあるまい。まだ実際に何もしていない状況なのだから、そんな状態で気付かれては、こちらに何の仕様も無いのである。
「ま、いくら暇だって初めて来た奴を通そうなんてこたあないがね。だが、あんた。実はうちのボスに気に入られてるんだぜ?」
「僕が? 前に2回くらい会っただけですよね? 確か屋敷と品評会で」
「その2回がそれなりに記憶に残ったってことだろうさ。とりあえず話を通してくるが、多分、また話をしてみたいって返答がくると思うぜ」
「そうですか。それはまあ、良かったです」
順調なのは良いことである。だが、こっちに興味を持たれているというのは遣り難い。油断しない相手だと言うことなのだから。
そうこうしているうちにパックスは屋敷へと入って行き、暫く手持ち無沙汰になるルッド。
「興味持たれるって、どんな話をしたんだ? 兄さん」
「どんな話って、前の時は単なる交渉だったんだけどなあ」
キャルに尋ねられるも、当時はただやることをやっただけとしか答えられない。それだけのことで興味を向けられたのだろうか。
「まあ、兄さんの普通は他の人間の普通じゃあないからな。なあ、姉さん………姉さん?」
「………」
キャルは言葉をレイナラにも向けるが、彼女は上の空というか、何か考えている様子。
「レイナラさん?」
「んー………っえ! な、何かしら?」
「何かしらって、こっちの台詞ですよ。どうしたんですか? ぼんやりして」
話が続いて退屈だったのだろうか。しかし今は仕事の最中であるので、気を余所にやるのは止めて欲しいところだ。
「ええ。ちょっと、さっきの門番の彼なんだけど………」
「知り合いだったとか?」
「いえ? ただ、かなりのやり手だわよ。彼。足の運びから気の向け方や体勢………そりゃあやってみなきゃわからないけど、私と同じくらいにはやれるんじゃないかしらね……もしくは………」
自分以上か。とは続けないものの、レイナラの様子がおかしい理由はわかった。上の空だったというより、意識をパックスに向けていたのだろう。となると、戦士としての本分を忘れていないということになるのか。
「まあ、一地方の領主の直下の護衛って感じの人ですし、それくらいの腕はあるんじゃないですか?」
「そうよね。うん。そうだと思う。世の中には強い人なんて幾らでもいるし………」
だが、それでもすっきりしない様子のレイナラ。まだ何かあるのだろうか。
「何かあるのなら言っちゃいましょうよ。助けにはならないかもですけど、疑問点とかは共有するべきです」
「うん。なんというかねぇ。血の匂い。オーラ? そんなのがするのよね」
「な、なるほど………」
聞かなければ良かったかなと、ついさっきまでの言葉を撤回したくなった。まずは様子見のはずだった今回。それが一気に血生臭くなってしまった様な。そんな感覚を味わった。
やっぱり会うのは駄目だった。ということも無く、領主、グゥインリー・ドルゴランと、応接室で、こうやって机を挟んで話ができる状態になった。
そこにはルッドは勿論、キャルやレイナラまで案内される。さすがにレイナラが腰に帯びた剣は、屋敷玄関にて預かりという形になったが。
「ようこそと言っておこうかな。いやしかし、どうなのか。妙な注文を付けに来たんじゃないかとハラハラでね」
グゥインリーが気さくそうにルッドへ話し掛ける。なんというか向こうが楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
(話してて楽しい部類の人間だったかな。僕って)
どちらかと言えば嫌な顔をされるタイプだった様な気がするが、歓迎されているのならそれで良いだろうさ。
「注文と言えば注文ですけれど、むしろお願いですね。あっと、その前に、こちらにいるのがキャル・ミース。わが社の社長です。それとこちらの彼女が護衛のレイナラ・ラグドリン」
「あ、は、はじめまして」
「よろしくお願いしますわね」
緊張しているキャルとまだ慣れた方のレイナラ。彼女らが会釈すると、グゥインリーも同じように頭を下げた。
立場を考えるとかなり恐れ多い行動だ。
「でだ、さっそく本題に移らないか? いろいろと話をしたい気分ではあるが、とりあえずはそちらを済ませてからにしよう」
仕事話の後は、世間話もするつもり。という旨の言葉を発するグゥインリー。これはなかなか、自分はかなり気に入られているらしい。
「仕事話というか、石椀のことですよ。あれは今、どうなってます? 市場には幾らか流れ始めていると見ましたが」
「ああなるほど。目聡く、一枚噛ませろと口を出しに来たわけだ。君が真っ先にホロヘイで宣伝してくれたからか、要求する声があちこちにあってね。それらと幾らか話をしながら、こちら側の供給量を決めている最中だ。ふむ、幾らかならミース物流取扱社に流しても構わんが?」
「本当ですか!?」
これはこれで嬉しい話だ。新しい商売の筋を手に入れられるのだから。
「まあ、真っ先にアレの価値に目を付けたのは君らだからね。ただ、その流す量に関して、少し取り引きというか、頼みというか。聞いてくれたのなら、幾らか便宜を図っても良いのだが………」
ああ。普通に話が終わるとは思っていなかった。向こう側には何か要求が最初からあったのだろう。最初の歓迎ムードはその要求のためか。餌を先にぶら下げてからの交渉とは恐れ入る。
(僕としては、別に受け入れなくても良い。というか、今回のこの話は、僕らにとって表向きのそれでしか無く、本来の目的に関して、何か利になるということは無いはず)
だから、領主の要求を飲まないとするか。それはまだ決めるべきではないだろう。本来の目的では無いと言っても、目の前のグゥインリーと関わりを持てるということには変わらない。
(話を続けられるうちは続ける。今はそういう時だよね)
結論と言えばそういうものになるだろう。これらの思考を相手に気付かれない合間のうちに済ませ、ルッドはグゥインリーに返答する。
「頼みですか。とりあえず聞いてみないことにはなんとも」
「出来る事と出来ない事があるだろうからな。勿論話そう」
頷いてくれるグゥインリーであるが、これでこっちが内容を尋ねなければ、きっと頼みを了承するまでそれを話さないつもりなのだ。
だというのに、実際は話すつもりだったという事にする。会話の中だけで義理や恩、信頼と言ったものを演出することができるのだ。勿論、それを見破っていれば、いちいちそんな演出に乗る必要も無いのであるが。
「頼みというのはだな。村の石工職人たちの偵察なのだよ。今回の品評会だが、第一の花形が出展しないという話は知っているかい?」
「ああ、例のウィソミンさんですね。前回は素晴らしい石像を作っていらっしゃった。確か今は………泊まり込みの仕事をしているとか?」
「ああ。屋敷の外壁が寿命というわけでは無いがボロが出始めていてね。見栄というのもあるんだが、村の腕利きに新たに作って貰おうとしているんだよ。ただ、問題は品評会の方だ」
こちらにとっては、問題はその腕利きの方なのだが、ここで詳しく聞き出そうとすれば、こちらの意図が向こうにバレてしまいかねない。
今はただ、話を素直に進めておくべきだろう。
「花形が出展しないとなると、品評会に花が欠けるってわけですか」
「事前評判だけを聞くと、他に花咲く工房もあるらしいが、それでも不安になってくるというもの。品評会はうちの村にとっては一大イベント。世の中が不景気であればこそ、こういうお祭り事は空気を入れ替える意味を持つ。となると、なんとしても成功させたい」
「ふむ。だから準備段階で、上手く行くかどうかの偵察を。ですか。もし、その偵察の結果、あまりパッとしないものになりそうだとしたら、どうします?」
単に成功か失敗かの確認だけして、それで終わりというわけではあるまい。その結果を見てから、次の行動に移るのが普通だ。
「テコ入れも考えるべきだろうなあ。まだ芽がありそうな相手なら、援助も考えよう」
「領主様の援助となると、ヤラせと見られませんか?」
「仮にヤラせに見られたとして、それはつまり見る目があったのだろうと住民に思われるくらいには、住民の信頼を得ていると自負しているよ」
笑いながら堂々とそんな事を口にするグゥインリー。嘘では無い、確かに言う通りの自信があるのだろう。ちゃんとした理由にもなる。
(そうして、こっちに気付かせずにウィソミンさんを探させようって腹だったり?)
例えばこちらが精を出して、村の隅々まで石工職人の工房を周れば、もしかしたらウィソミン・ホーニッツに辿り着けるかもしれない。
表向きの頼みである品評会用の偵察だって、彼にとってはやるべきことなのだから、別にウィソミンが見つからなくたって構わない。そういう狙いなのかも。
「……………わかりました。受けましょう。報酬の件はよろしくお願いしますよ」
「兄さん?」
キャルがそれだけをルッドに尋ねる。単純に聞けば、本当に受けても良いのかという疑問であるが、恐らく彼女は別の意味も込めている。
話をここで終わらせても良いのか。そんな疑問だ。領主側の事情をもう少し探りたいという気持ちはルッドにもあるため、ルッドはとりあえず頷きで返してから領主に一つ尋ねた。
「受けはするんですが、目利きに関してはあまり自信が無い部分が………あと、偵察しろって言ったって、一介の商人に工房をはいそうですかと見せてくれるかが不安で」
「ふむ。目利き云々は、君らに任せるしかあるまい。感性を信じるよ。良いものか悪いものか。それくらいは判断して貰わないと困るが」
「善処しますとだけ。出来る限りの労力は割きます。それで………」
「ああ、工房への立ち入りに関しては、こっちで領主側の視察だなんだのの許可書を作るよ。要するに手形だな。まあ、それさえあれば、工房の立ち入りを拒否する者はいないさ。あくまで私の領内での話だが」
「いえ。助かります。許可書を貰えれば、すぐにでも調べを始めますよ」
「あっと、くれぐれも職人たちの仕事の邪魔にならない程度で頼むよ。向こうが気にし過ぎて、石工細工を作れないとなると本末転倒だ」
「ええ勿論です」
とりあえずは、今できることは全部したと考えて、ルッドはこの場を去る準備を始める。
「宿は亀の休憩所で良いのかな? 許可書はそこへ届けよう」
「はい。そちらに。それではよろしく」
お互い、ビジネスとしての別れの挨拶を行う。まずはこれくらいだ。領主の内情はまだまだ知れぬが、得られたものは幾らかあった。
「なんつーか。普通に仕事の話をしただけに思えるけどなあ」
宿に戻り、領主との接触の件について話をする。キャルの感想は、あまりこちらにとって必要なものでは無かったというものらしい。
「一気に踏み込むためには手数が少なかった。仕方ないよ。代わりに、手数を揃えるための方法なら貰っただろう?」
ルッドは手に持った紙を一枚キャルへ示す。宿に戻るや否や、領主の使いと言う人間がさっそく持って来た、工房を視察する許可書である。領主の直筆のサインが書かれているため、これさえあれば、あちこちの工房に顔を出せる。
「工房を周ることが、手数を増やすのに使えるの?」
レイナラの問い掛けに対して、ルッドはその通りだと頷いた。
「単純に情報収集できるじゃないですか。あちこちの工房に立ち入って、あれこれ聞き出したって不自然じゃあない。その許可を他ならぬ領主さまから貰ったんですから」
ブラフガ党という名前さえ出さなければ、かなり込み入った事まで聞けそうだ。この村の主役は石工であるし、その石工達からの話を聞けば、もしかしたら村の裏側が見えてくるかもしれぬ。
「あとは………まあ、僕らにこんな許可を与えるくらいですから、領主側に相応の理由があるってこともわかりましたし、得たものはある程度ありますよ」
「相応の理由………確かに、大盤振る舞いだとは思うよな、その許可書」
キャルもルッドと同じ感想を、領主からの許可書に覚えたらしい。ルッドへの依頼は芸術品を見て、その評価をすること。ならば、出品予定の石工細工だけを見学させるだけで済むのである。そうしてそれだけならば、ルッド達だけの力だって、やり様はあるだろう。
だと言うのに、工房への立ち入り許可まで出すというのは、ルッド達にそこまでの権利を与えるだけの理由があるということ。
「やっぱり、僕らにウィソミンさんの動向を探らせるつもりなんだ。彼が隠れるなら仲間の石工職人のところ。そんな風に予想しているのかもね。僕らが工房に立ち入ることで、ウィソミンさんがいた痕跡を手に入れられるかもって展望がある」
「まさか本人の工房にそのまま戻ってるとは思ってもみないってわけか」
「それも時間の問題ではあるけどね。彼自身の自宅も確認しておこうって考えが及ぶのは、もうちょっと後ってだけでさ」
だからまあ、村の工房を周る前に、やっておくべきことがあるのだ。
「じゃあさ、そのウィソミン。どうしようか、兄さん」
「匿うよ。宿の部屋なら幾らか時間を稼げる程度の隠れ場所になる」
まだまだ、ウィソミンの存在を領主に勘付かれるわけにはいかないのだ。ウィソミンの彼を村から逃すという頼みは、未だ保留しておくものの、彼の身の安全は保障しておかなければ。
「夜になったら、あたしがあの工房に行くよ。そっちの方が良いだろう?」
「できれば今日中の移動の方が良いからね。見知った人間が呼びに来る方が、ウィソミンさんも警戒しないだろうし。夜道は危ないかもだけど、頼める?」
「ああ。任せとけって」
何故か嬉しそうに笑うキャルを見て、どうしてだろうと首を傾げたくなるルッド。だが、今はこれからの事を考えなければなるまい。これから、どんどんハラハラする様な展開が待ち受けているだろうから。
“彼”は夜という時間が嫌いではない。勿論、“彼”にだって夜。というか暗闇が怖かった時期があった。あったはずなのだ。
だが、もうそんな過去のことはどこかへ忘れてきてしまった気がする。代わりに得たものと言えば、暗闇への憧憬と言えば良いのか。どこまでも続き、どこまでも包み込んでくれそうな、それでいて罪や罰と言ったものまで内包したそれに、安心感を覚える感性を手に入れていた。
こういう感性はおいそれと他者に話せるものではないだろう。闇が好きだと口にして、まともだと思われることなど殆どあるまい。つまり自分は、とうの昔にイカれてしまったのである。
だから頭を動かすと言えば悪巧みしか無いし、非合法な組織であるブラフガ党などというものを運営できている。
そうして、その悪巧みと非合法組織は、国を滅ぼすという段階まで来てしまった。実を言えばだ。誰かが止めると思っていた。イカれた自分の行動など、必ず真っ当な人間が阻みに来るし、馬鹿みたいな思想の元に積み上げた策略は、正道の名の元に踏みつぶされるものなのだと考えていた。
結果、このラージリヴァ国を滅ぼすまであと一歩というところまで来てしまった。存外、世の中というのは壊れやすくできているのかもしれない。たった一人。狂った人間がその人生を賭けて行動してしまえば、脆く崩れ去ってしまう。もしそれが真実だとしたら、この世の中とはどれほど恐ろしい場所なのか。
だからこそ、心のどこかでは待ち望んでいる事があった。自分の行動を全力で邪魔をしてくる人間を。
もしそういう人間がいたとしたら、恐ろしいと思える世界が、簡単に張り合いのある場所に変わってくれるだろうから。
高望みかもしれぬと思いながらも、“彼”はそんな存在を夢想している。