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北風の道  作者: きーち
第十一章 雪降る町でのこんにちは
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第六話 次のそれへ

 さっき登った階段を、今度は急ぎ降りて行くレイナラ。殴り込みに来た相手が、咄嗟に逃げへ転じた場合、人はどう思うだろうか。

 きっと呆気にとられ、その次に追って来ようとするはずだ。

「さあさあ! ご立派な四天王さんとやらは、この場合、どうするのかしら!」

 背後に挑発的な言葉を投げかけながら、一足早く、レイナラは階段を降りた。そうしてそのまま廃墟の入口に向かう様に見せかけて、階段を降りた場所にある壁の影に隠れる。そして………。

「待ちやがれ! この―――ぶっ!!」

 真っ先に降りて来た筋肉質の男。影に隠れるこちらに気が付かなかった様なので、足を引っ掛けて転ばせる。

「そそり立つ壁の名が泣くわよ?」

「お、俺は怪力の―――はがっ!」

 何か言おうとした男の顔を蹴り上げる。

「あんまり興味無いの。そういうのって」

「き、貴様ぁ………」

 同じく降りて来た残り二人。さすがにこちらの存在に気が付いたらしく、確か………壁と異次元だったか。彼らがレイナラを取り囲もうとする。

 勿論、二人で取り囲めるほどに、レイナラの動きは鈍く無い。咄嗟に距離を開き、二人が一つの視界に収められるような位置を取る。

「さてと、あなた達二人をなんとかしちゃえば、あのギルド長とか名乗ってた奴に手が届くわけど………わかってる?」

「我らを倒せたら……の話だろう?」

「私達二人のコンビネーション、打ち破れるなら打ち破ってみろ!」

「お断りよ」

「は?」

 レイナラは笑う。まあ、これだけ派手にやれば十分だろう。一番腹が立つ相手は、真っ先に殴れたのだ。後は与えられた役割として暴れたに過ぎない。そしてその役割は、ほぼ果たしたと言えた。

「一つ忠告しておいてあげる。敵なんてのは、こうやって分かりやすく襲ってくる奴ばっかりじゃあないし、あなた達、実は結構、敵が多いそうよ?」

「何を言っている!」

 まあ、良くは分からないだろう。レイナラとて、十分に理解できたとは言えぬのだ。ただ、ルッド・カラサから頼まれたことは一つだけ。できるだけ暴れて、その痕跡がしっかり残るようにしろというもの。それこそが、この様な組織に、レイナラより厄介な敵を呼び込めることになるのだとか。

「私が最後まで相手をしなくても良いってことみたい。じゃあね?」

 レイナラは背後。一階部分の窓を見た。自分が通り抜けるには十分な大きさ。残る二人の四天王とやらは相手にせず、レイナラはそこから身を乗り出した。

 外にあるのは廃墟と、騒ぎを聞きつけたらしい何人かの人影。これで良いのだろうかと、自分でも疑問に思いながら、レイナラは廃墟から少しでも離れるために走りはじめた。この後に起こるだろう事から無事逃げ延びるために。




「まったく………いったい何だったんだ」

 殴り込みをされた組織の長、エイベンスト・ラーグリードは、忌々しそうに顔を歪めている。

 自分は動かず、ソファーに座ったままだが、目の前にはボロボロにやられた数名の部下達。

 彼らはエイベンストと目を合わそうとしないが、それでも目の前から移動しようとしない。勿論、エイベンストがそこで動くなと命じたからだ。

「お前達が、女一人なんともできない奴らだとは思いも寄らなかったよ」

「い、いや……しかし、撃退はできたわけですし………」

 部下の一人。最近は四天王などという箔付のための名前を付けた奴の一人が口を開いた。確か名前は………まあ良い。どうせ四天王の一人だ。

「まんまと逃げられたというんだ! あの女がこれから、俺達を弱小の集団だと喧伝し始めたらどうするつもりだ? 確かにどいつもこいつも青痣を作ってやがるなあ。ああ、うちは女一人に落とし前付けられない奴らなんだと余所から思われたら、どういうことになる? なあ?」

 この業界では、舐められるというのが一番問題だった。自分達が金稼ぎをできているのは、脅しがあるからなのだ。自分達は怖い集団だ。そういう認知があってこそ、儲けと言うものをぶんどることができるのだし、もし弱小集団だと周囲に思われたら、今度は自分達が搾取される側に回ることになる。

「良いか? 絶対にあの女を見つけ出せ。そうして今回の件。きっちりと決着を付けさせるんだ。わかったな?」

「す、すいやせん。ボス。あの女なら良くしってやす!」

「おう。そりゃあ本当か?」

 部下の一人。盗み関連の仕事を任せているナナグラという男が意見を出す。確かあの女に、真っ先にやられた奴だったが、もし女の素性を知っているのだとしたら、それは有る程度の功績だ。失態を帳消しにしてやるくらいは言っても良いか。

「はい。あの女。俺が仕事を教えていた小僧に…………」

「どうした? 小僧に……なんだ?」

「いえ、あの………何か音が聞こえませんか?」

「音?」

 言われて、エイベンストは耳を澄ませる。確かに聞こえた。足音と、誰かの声。かなりの人数が集まればそうなるだろうか。

 声の方はざわざわとしたまとまりの無い物であったが、足音の方はそうで無く、統一性のある音だった。なんだろうかこれは。

「おい、誰か。様子を見てこい」

「あの………その………」

 外が見える窓の近くにいた部下が、何かを言いたげにしている。

「なんだ。何か見えるのか?」

 エイベンストはソファーから立ち上がり、自らも窓を覗こうとした。自分の目で見るのが一番手っ取り早いだろう。

「その………囲まれてます」

「なっ………」

 エイベンストが窓から見た風景。それは、町の治安隊の制服を着た男達と、それを見物している多くの民衆。

「何が………どうなって。なんだこりゃあ。今日は厄日か!?」

 叫ぶエイベンスト。女の殴り込みがなんとか納まったと思ったら、次はもっと厄介な物が飛び込んできた。

 そう考えているエイベンストにはきっと分からないはずだ。その二つが別々の厄介事などでは無く、しっかりと一つにまとめて、絵に描くようにエイベンストを陥れた者がいるということに。




「なんていうか………動きが早くて、ゾッとする」

 廃墟を取り巻く治安隊を影から確認しつつ、レイナラはポツリと言葉を零す。それは独り言ではなく、話し掛ける相手がいての物だった。

「だから言ってるでしょう? こういうのは、動きが早い方が良いんですって」

 話し相手。ルッド・カラサは、事の成り行きを最後まで見守るつもりなのだろう。町の治安隊が、小さ目とは言え、違法組織をまるまる取り押さえる様を見物していた。

「私があなたに相談したのって、確か昨日のはずよね?」

「ええ。確か昨日の午前中。ちょっと縁がある国の組織に連絡して、実は違法組織の瑕疵を見つけたから、タイミング見てツッコんだら、大捕物になりますよって助言するのには、丁度良い時間でしょう?」

 その瑕疵が出来得る時間も指定したらしい。それが今であり、ちょうどレイナラがあの廃墟に殴り込み、そうして逃げ帰って来る頃の事。

「こういう事ができるのなら、私が殴り込んだ意味ってあった?」

「むしろ一番重要ですよ。ああいう違法組織っていうのは、自分達の身を守るのが上手いんです。普通に、ああいう風に取り囲んだ場合、自分達は何もしていない。もし強制的に調べて何もでなかったらどうする? って脅すんですよ」

「実際はいろいろあくどいことしてるんでしょう?」

「だから上手い事隠すか、隠してるフリをするんですよ。勿論、治安隊側が本気で探せば、証拠が見つかる可能性は高いです。ですけど、見つからない可能性が少しでもあれば、及び腰にはなります」

 治安隊は権威ある組織だ。そんな組織の失敗は、すぐに周囲へ喧伝され、組織自体に多大なるダメージを与える。そんなデメリットが待ち受けているのなら、多少怪しくても放置するという選択肢を取る。公的組織というのはそういう側面があった。

「そこに、私の行動が絡んでくるわけね?」

「そうです。あの大捕物ですけど、実は組織の不正を正しに来たってわけじゃあないんですよ」

「どういうこと?」

「喧嘩があったから捕まえに来たんです。見てくださいよ、例の違法組織の構成員の人達。みんな怪我してますよね?」

 見なくてもわかる。レイナラが付けた傷や痣だ。それは確かに動かぬ証拠であろう。あれだけの怪我、廃墟内だってそれなりに荒らした。となれば、喧嘩など無かったとするのは難しい。

「ただの喧嘩なら、あいつら、すぐに檻から出て来る可能性もあるんじゃあ?」

「ただの喧嘩だって、どうやって証明するんです? あの廃墟内を探ったり、喧嘩をしたらしき個人個人の状況を探る必要がありますよね?」

「あ、そっか。あくどい事している証拠がある可能性は高いんだから、喧嘩の証拠集めの過程で、見つけられるかもなんだ」

 というか、それが本命なのだろう。軽い罪の証拠探しから初めて、本来の目的である、もっと重要な証拠を見つける。

 もし失敗しても、軽い罪の方は確実に存在していたわけだから、それで治安隊の面目は潰れないというわけだ。

「良くもまあ…………そんな段取りを短時間で決めれたわね」

「だから迅速な行動が大事なんですって。関わる人達に、深く考える隙を与えないんです。与えられた役割を行うだけで精一杯。そんな状況を作り出せば、ある程度は望む動き方をさせることができるんですよ」

 それが出来てしまう事こそが恐ろしいのではないか。レイナラは、自分の雇用主であるルッド・カラサがほんの少しだけ怖くなった。レイナラが相談しただけでこれだけの事ができるのだとしたら、彼が本気で何事かを成そうとすれば、いったいどれだけの事をどれだけの規模で行えるというのか。

「これで分かってくれましたか?」

「え?」

 ふとルッドから尋ねられるが、その意味が分からない。

「だから、僕が従業員の手助けくらいはするってことをです。義理や人情で仕事してるわけじゃあありませんけど、それを糧に動くことってあるにはあります」

「ええっと………つまり………今回の件は、私が困ってたから助けてくれたって……こと?」

「まあ……有り体に言えば……そうですけど………」

 恥ずかしそうに答えるルッド。なんというか、凄く悔しそうである。いったいどんな思いが心中にあるのか知らないが、レイナラはそんな表情を見て―――

「はははははは!!」

「な、なんで笑ってるんですか!?」

「ははは………まったく。怖かったり可愛らしいとこもあったり。本当に飽きないわね。あなた」

「別にレイナラさんに笑われたくって日々過ごしてないんですけどね………」

 ちょっと疲れたと言った風に、腰を曲げて呟くルッド。いろいろと仕出かした様に見える彼だが、その実、結構、労力を使ってくれたのかもしれない。であるならば、レイナラは恩義を感じなければ。これは報酬ありきの事ではなく、彼から信頼を売られたのだ。

 信頼を売られると、その買い取りを拒否できないのが実情だ。それを買い取り、何時かはそれをまた売った相手に売り返す。そうすることで、はじめて利益が発生するのだろう。信頼関係という利益を。

「それで、悪徳組織の方はなんとかなった形になるわけですけど、例の少年達に関してはどうするつもりかは決めてあります?」

「まだよ。じっくり考える時間が無かったわけじゃない? 仕様が無いっちゃあ仕様が無いんだけど………」

 これからはそれがレイナラにとっての難題となるだろう。だが、そんな問題を解決しそうな一言を、ルッドが口にした。

「なら、うちで雇えませんかね? その二人」

「え? ちょっと………本気で言ってる?」

「ええ。あ、こっちは親切心とかじゃあありませんから。ただ、人手がいるんですけど、賃金がそう高い額出せない状況でして……安く雇用できる労働力があれば、雇いたいなって」

 確かに、まだ十分に働けない子どもなのだから、賃金も安く済むだろう。そうしてあの子達にとっては、ちゃんと働けて賃金が貰える仕事が見つかる。仕事を続けていれば、潰しが効く人材にもなり、将来的に、ミース物流取扱社以外でも働ける真っ当な人間にだってなるのだから、両者にとって万々歳ではあるが。

「あの子達、まがりなりにも、今、治安隊に踏み込まれた組織の一員だったのよ? もしかしたらいらぬ厄介を呼び込むかも」

「あの二人が子どもである以上、そう難しいことにはならないと思いますけどね。治安隊に文句を言われても、じゃあ子どもを放って置いたあんた方はどうなんだって言い返せますし。そういう面倒よりも、目先の労働力です」

 子ども二人がレイナラに懐いているのだとしたら、真面目に働いてくれる可能性も高いし。とさらに告げるルッド。

 要は不真面目であればレイナラに迷惑が掛かると勝手に思ってくれて、いちいち言わずとも仕事をしてくれそうだという事らしい。

「だったら、私は文句なんて無いんだけど………上手く行き過ぎて、やっぱりちょっと怖い」

 状況が良い方向に進めば進むほど、何か反動があるのではないかと不安に思うのはレイナラだけではあるまい。人間としてのサガなのかも。

「それに関しても大丈夫です」

「なんでそう言えるの?」

「悪い事。多分。そろそろ起りますから」

 だから大事な仲間に恩を売りたかったんですよと話すルッド。その言葉を聞いて、レイナラは頭を抱えたくなったのだった。



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