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北風の道  作者: きーち
第二章 ノースシー大陸の洗礼
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第二話 人を雇おう

 違法取引所で暫く過ごした後、ルッドはその建屋を出た。結局、知り合いの商人とは出会うこと無く、やはり一人でこの大陸で過ごさなければならぬという現実を実感させられてしまった。

(いちいち、くよくよしていても仕方のないことなんだろうけどさ。気分は落ち込むよね)

 ベイエンド港にある換金所にて、ルッドは客のために用意された椅子に座りながら、そんなことを考えている。

 それほど大きくない小屋の様な場所であり、換金所として急遽用意されたものであると想像できる。

(これも、ブルーウッド国との交流開始に合わせて用意されたものなんだろう。となると、この換金所も国が用意したものであるわけか………)

 ルッドは自分が持つ宝石の幾らかを、この換金所にて金銭に交換すべくやってきていた。先ほどまで居た違法取引所でも、同じようなことをしたのだが、そこはぼったくり染みた場所であるため、手元にある金銭は少ない。

(貸し馬車屋はとりあえず見つけたから、次の町へはそれを使おう。内陸へ向かうのなら、干し魚を運べば、幾らかは利益が生まれるんだっけ。宝石の換金代がそれくらい購入できる程度なら良いんだけど)

 現在、換金所の主に宝石を預けている段階である。暫くの鑑定の後、宝石と交換の形で、この国の貨幣が手に入る予定だ。時間を掛けるだけあって、鑑定自体も正確な物だろう。違法取引所の様に、少し見ただけで額を決めたりはしない。

「お待たせしました。中々良い物をお持ちですね」

 換金所の主が小屋の奥から顔を出す。彼の片手にはルッドが渡した宝石。もう片方には幾らかの金貨が存在していた。

「もしかして、その金貨が宝石の代金?」

「え、ええ。何かご不満でも? こちらとしては、お客さんが外国から来られたということで、それなりのサービスをさせていただいたつもりなのですが」

 その点に関して、この換金所に不満があるわけで無い。あるのは違法取引所に対してだ。

(ものすごく足元を見られてたってことじゃないか。勉強代だって納得するしか無いんだろうけど、悔しいなあ)

 この換金所で渡した宝石は、違法取引所で渡した物と同じである。宝石の質自体はそれほど変わらないはずであるし、ラージリヴァ国が特別、金貨と銀貨の値段に差が無いわけでは無いだろう。

 基本的には、金の方が銀よりも高値である。硬貨に混ぜ物がされていれば、その額は変動するかもしれないが、それでも、両者の不等号が逆転することは無いはずである。

 そうして、換金所の主が持って来た金貨は、違法取引所で代金として受け取った銀貨と同じ枚数がある。

「この額って、どこで換金してもこれくらいになりますか?」

「いえいえ。これは先ほども申した通り、サービスということで、限りなくこちらが負担を背負う形で―――」

(ここでも、多少は低く見積もられてるってことだろうね。それにしても違法な場所とは大きく違っているけど)

 ただ、これだけの額があれば、商売を始めるには十分なものだろう。最初の目標は、ここで換金した額を、目減りさせずに維持することだ。

「それでその……この額での引き取りということで宜しいでしょうか?」

 渋い顔をするルッドを見て、店主がおずおずと声を掛けてきた。

「………まさかですよ。もう一声お願いします」

 ここで得る情報など無いのだし、ここは商人らしく、値段交渉を始めてみようと考えるルッドだった。




 結局、当初に提示された額より少し多い程度で値段交渉は終わった。本物の商人であれば、この国の相場情報であったり、宝石の売り込み方であったりを使って、さらに値段を釣り上げることができたのかもしれないが、ルッドの場合、所詮は付け焼刃。これくらいが限界だ。

「まあ、こういうことを繰り返していれば、何時かは様になってくるさ。問題は、次をどうするかだ」

 ルッドは換金して手に入れたこの国の貨幣を懐に仕舞い込み。次の行動をどうしようかと悩む。とりあえずは貸し馬車の予約と、この港で売られているであろう干し魚を購入することは、予定に入れておこうと思う。それを内陸の町へ売ることで、多少の利益を得られるかもしれぬし、得られなかったとしても、それはそれで良い経験だ。

(人との交渉を何度も繰り返せば、それだけでこの国の情報や情勢がわかるってもんだしね。そう考えると、商人を騙るっていうのも悪く無い)

 出来る限り思考は前向きに。そう努めながら、ルッドはベイエンド港を歩く。目下のところの悩みは、今日の宿を見つけることだ。

 日は傾き始めており、昼間でさえ酷い寒さのこの町で、家に入らず一夜を過ごすというのは死を意味しているのだ。

「宿を探すついでに、道中の護衛なんかも雇えたら良いんだけどなあ。別の町へ向かうには日数が掛かりそうだから、人が良さそうな相棒が欲しいところ」

 現在、この町では、そういう人種の需要が高まっているため、探すこと自体は苦では無いだろう。しかし、それは人の質までを保証はしてくれない。

 例えば護衛と偽って、町を出た途端に盗賊へと変身する可能性は十分にあり得る。

「とりあえずは顔を合わせて話してみないことには、そういう悩みも意味が無いんだろうけど………そうだ、せっかくだから、目に留まったところから始めてみるか」

 ルッドは道の半ばにある酒場の様な建物を見つめる。玄関には釣らされた看板があり、中から騒がしい声が聞こえるため、恐らくは酒場か何かなのだろうが、肝心の看板に描かれた絵がすり減っているため、何の店なのかが一見してわからない。

「すみませーん」

 意を決して酒場らしき店へとルッドは入る。そうして予想通り、そこには酒場らしい光景が広がっていた。

 カウンターの向こうに立つ中年の男。彼はグラスを磨いているし、何席が用意された客席には、柄の悪そうな男たちが酒瓶を握っている。石造りの床や壁は、経年と日々の酷使によって薄汚れており、それがそのまま店の雰囲気となっていた。

(らしい場所と言えばまさしくそうだよね)

 問題があるとすれば、ルッドが入ってきた途端、店内の喧騒が消えて、皆がこちらを振り向いているという点か。

 そんな静寂を打ち消すのは、客の一人だ。

「ははっ! 小僧がこんな店に何の様だ?」

 髭面の酔いで顔を真っ赤にした男が、口うるさく聞いてくる。明らかに挑発の意思が混じっていた。

「おいおいマスター。この店は、とうとうこんな子どもを相手にすることにしたのか?」

 また別の男が店主を野次り始めた。そんな言葉に、店主は皮肉交じりの苦笑いを返し、次にルッドへ声を向ける。

「坊主。ここはお前さんの様な奴が来るところじゃねえぞ」

 一種の様式美だと思う。なんというか教科書通りだ。ここで店にやってきた人間がミルクでも頼み、さらに笑われて喧嘩になり、ミルクを頼んだ方が周囲の人間を倒す。そうであれば恰好が良いのだろうが、残念ながらルッドは腕っぷしが良く無い。この酒場にいる人間誰一人として勝てる自信は無かった。

(でも、この雰囲気を変える方法ならあるんだよね)

 ルッドは酒場にいる人間すべてがこちらを見られる位置にまで移動し、笑顔を浮かべる。出来る限り愛想良くと訓練した、外交官用の笑顔だ。人に不快さを与えない様に何度も繰り返し練習したこの表情には自信がある。

 そうして、空気を換える言葉を口にした。

「みなさんの言う通り、こういう場所が似合わない坊主ですが、だからこそ、別の町に向かうための護衛を雇いたいと思ってます。道中の旅費や護衛代は十分に払うつもりですから、どなたか頼めませんか?」

 ルッドの言葉に案の定、酒場中が静かになる。だがそれも一瞬だろう。次に来る状況というのが、ルッドには薄々分かってしまう。

「いやあ! すみませんね、お坊ちゃん。そうとは気付かず失礼を!」

 真っ先に口を開いたのは、酒場に入ってから最初にルッドへ話し掛けてきた髭面の酔っ払いだ。席から立ち上がり、ルッドに笑顔を近づけて来て、揉み手までしている。この変わり身の早さはなんとも逞しい。

 しかし、彼は急に体を横にどかされ、次にルッドの目の前に現れたのは、また別の客だった。

「護衛なら腕の立つ奴が良い。つまりは俺だ」

 何やら恰好付けて話す男であるが、酒場に入った時、部屋の片隅でみっともなく吐瀉物を撒き散らしていたところをルッドは見ていた。

「腕だけじゃあ無く、値段だって考えるべきでさあ」

「俺の値段はすっごく安いぞ!」

「自慢になるかよ!」

「ふっ。剣の腕の見せ所という奴か」

「お前、剣を握ったこと無いだろ」

 酒場内の客すべてがルッドに押し寄せてきた様な印象を受ける。実際、彼らの殆どが、護衛の需要が増えると聞いて、この町に来ていた人間なのだろう。そうして、彼らにとっての客が自分だ。愛想が良くなるはずである。

(と言っても、ここまでとは予想外かな?)

 彼らとて明日のための金銭は大事だ。だからこそ必死にルッドへ売り込みをしているのだろうが、こうなってしまっては誰か一人を選び難い。どうしたものかと店主を見ると、やはり苦笑いを浮かべていた。

「ミルクで良いか?」

 つまりは何か飲み物を頼めば、この場はなんとかしてやるとのことらしい。彼もまた商売人だ。

「お酒飲めます。何か体の温まるのを」

「わかった。おら! これでその坊ちゃんはうちの客だ! さっさと席に戻って管を巻いてろ! 誰を護衛に選ぶかなんてのは、後から嫌でもわかるだろうが!」

 店主の一声で、酒場の客たちは席に戻って行った。まあ、その間にも、護衛は自分に任せろというアピールが行われていたが。

「助かりました。もうちょっとじっくり人を見れると思ったんですが」

 ルッドはカウンター前の席へ座った。他の席に座ると、また売り込みが始まりそうだったからだ。

「悪かったな。そういう類の客なら、こっちも紹介の方法があったんだが………若いね。その年齢で旅ってのは珍しい」

「そうなんですか? こっちじゃあ、見習い商人としてあちこち旅歩くなんてのは、この年齢じゃああんまり珍しくも無いと思いますけど」

 実際、ルッドとて働いている身だ。若いから珍しいと言われるほどでは無い。

「こっちの大陸で外国人として来るってのなら珍しいさ。だから単なる観光客と思って、最初はあいつらも馬鹿にしていたんだろう。まあ、雇い主となれば話は別だがね」

 店主はグラスに白い色の液体を瓶から注ぐと、ルッドの前に置いた。

「ミルクは別に良いんですけど」

「酒だよ。別の国から来たのなら知らないだろうが、こっちじゃあどんな店でも売ってる。とりあえず飲んでみな」

 店主に言われて、ルッドはグラスに口をつけた。その瞬間、ほんの少しの酸味と、酷い甘ったるさが口に広がった。

「甘っ! なんですかこれ?」

 ルッドはグラスに入っている液体を見た。白色のそれであるが、酒らしい苦味がまったく感じられない。

「ティンベントっていう植物があってな。寒いこの土地でも良く育って、茎からは甘い樹液が出る。それを発酵させたのがこれだ。乾燥させて粉末状にすれば、調味料にもなる。そうして、それを使ったのがこの料理だ」

 酒に合わせて、つまみも出てきた。魚のすり身らしき物が5切れほど皿に乗っており、そこにカラメル色をしたソースが掛かっている。フォークも一緒に差し出されたため、それを使って一切れ口に運んだ。

「甘っ……辛い? うん。これは美味しいかもしれない」

 先ほど飲んだ酒ほどの甘さを覚悟していたが、そこはちゃんとした店らしく、甘さが食の邪魔にならない程度に、味付けが調整されていた。

「だろ? この国で暫く過ごすつもりなら、その味を覚えておけよ。所謂、故郷の味って奴だからな」

 もしかしたら、この国の料理の殆どはこういう味の物なのかもしれない。大陸を隔てれば採れる食物も大きく違う。そうして、その気候に見合った料理文化が花開くのだ。

「へえ。気のせいかもしれませんけど、この甘さのおかげで、体が温かくなって来た様な」

「気のせいじゃあないさ。ティンベントの樹液は体を温める効能がある。その酒なんかは特にそうだ」

 普通の酒でも、酔えば寒さを忘れられるだろうし、元になった材料のおかげで、その効果はさらに上がるのかもしれない。

 そう考えれば、この酒の甘さも、この国にいる限りは頼もしい。

「うん。最初は甘すぎると思ったけれど、慣れれば飲めなくも無いや」

「お客さんは酒好きかい? なら、何本か買って行ったらどうだ? 寒いこの国だ。この酒があるのと無いのじゃあ、旅の難度が違う」

「商売上手ですねえ。考えておきます。商売話ついでなんですが………」

 ルッドは話の途中で小声になる。店主も合わせてルッドの口元に耳を近づけて来てくれた。

「ぶっちゃけ、誰を雇ったら良いと思います?」

 カウンターから振り向いて選んでいれば、皆もルッドに自分をアピールしようとするだろう。それでは個人の能力がわからぬだろうから、良く知っているかもしれない店主に聞いてみることにした。

「そうだな。例えば、お客さんが店に入った時、一番最初に話し掛けた奴がいただろ?」

「ええ。僕の目的を話した時も、真っ先に自分を売り込みに来ましたね」

 単なる酔っ払いにしか見えぬものの、一応、護衛としての腕はあるのかもしれない。

「実は腕の方がからっきしでな」

「なんですかそれは」

 危うく椅子からずり落ちそうになる。そんな人間の説明を最初にしないで欲しい。

「まあ待て。腕は悪いが、護衛らしく振る舞うのは上手い奴なんだ。あいつが旅人の護衛に付くと、暴漢に襲われる可能性がぐんと減る………らしい」

「らしいって」

「襲われた時は護衛対象と一緒に逃げることにしているそうでな。ただ、護衛対象が無事、目的の場所に着いてることが多いのは確かなんだ。自分の売り込みが早いってのも、商売上手と言えなくはない」

 ただ喧嘩が強いだけでは護衛は務まらない。そうして、腕っぷし以外の適正は良いということだろうか。

「次にその隣に座ってる奴。ここからバレずに覗けるか?」

「え、ええ。はい、なんとか」

 ルッドは酒を飲むフリをしながら、なんとか左後方を見ようと試みる。一瞬だけその視線に映った、店主が指摘する男は、白髪の髪を整えずボサボサにしたままで、どこか不潔そうだ。椅子に猫背で座っていたせいか、体調まで悪そうに見える。

「もしかして、こっちは腕が立つとか?」

「いや、こっちもダメダメだ。見りゃあ分かるだろ。ああいうナヨい奴は見た目通り喧嘩も弱い」

「なんで紹介する人のことごとくが腕に不足ある人物なんですか。僕は旅の護衛を求めているんですよ?」

「その代わり、護衛代はそれなりだぜ? 商売したいってのなら、そこは大事だろ」

 余計な気を回す店主である。ルッドとしては、初めての道中である以上、金銭より身の安全を重視したいというのに。

「大事は大事ですけど、やっぱり戦いになった時、頼りに出来る人が良いです。値段はこの際、あまりに気にせず紹介してくれませんか?」

 ルッドはそう尋ねてみるが、店主は顎に手をやって考え込んでしまう。ルッドの注文のどこに答え難い内容があったのか。

「値段はともかくとして、そういう奴は、自分から売り込みをしなくても客が寄ってくるからな。紹介できる人間ってのはそうそう居ねえよ」

 そういうものなのだろうか。金さえ用意すればなんとかなると考えていた自分が浅はかだったのかもしれない。

「この店に居るのは、売れ残りとか?」

「そんなところだな。それでも中には、頼れる人間ってのがいる場合もあるが………」

「中々そういう事は少ないってことですか。例えば、あのずっと部屋の隅にいる人とかどうなんです?」

 ルッドはなんとしても良い護衛を雇いたいと考え、手当たり次第に聞いてみることにした。とりあえずは店の片隅で一人寂しく酒を飲んでいるらしき、黒い長髪の人間からだ。

「あ、ああ。あれは確かに腕が立つ。獲物が剣でな。俺はそれほど世間ってのは知らないが、これまで見た中でも、剣の腕は一、二を争うんじゃあないかってもんでな」

「それそれ! そういうのを求めてたんですよ」

 なんだ、この酒場にも腕の立つ人間がいるではないか。何故、最初にそういう人間を紹介してくれなかったのか。

「それがなあ………」

「何ですか? 何か事情が? もしかして、そもそも護衛の仕事を求めて無いとか?」

「いやいや。確かこの酒場で飲んでいれば、お客さんみたいな護衛役を求める人間が来るからってんでやってきてたはずだ。だが、事情があるのは正解なんだよ」

 困った表情をする店主。口の先に何かが詰まった様な言い草だ。

「具体的には、どういう問題があるんです?」

「………あー、いや、言うのは止めとく。確かに腕は良いからな。本当に雇いたいなら直接話して見ろ。問題もすくわかるはずだ」

「はあ……わかりました。やってみます」

 ルッドはそう店主に告げた後、右手に酒を左手につまみの入った皿を持って、酒場の隅へと移動する。

 ルッドの行動に酒場がざわつくものの、ルッドが歩く先がわかると、何故だか野次を飛ばし始めた。

「坊ちゃん! そいつに頼むのは止した方が良い」

 野次を要約するとそういう意味になる。いったいどういうことなのか。

「こりゃあ忠告だぞ! なにせそいつは―――」

 ルッドは部屋の片隅にある椅子に座った人影に近づく。そうして、野次や店主の困惑の意味が分かった。何故ならその人影は………

「女だ! 女に護衛役なんて務まるかよ!」

 酒場内の誰かが罵倒する。ルッドの目に映るその人影は、長い黒髪を伸ばし、線細い顔立ちをした女性だった。驚く程に美形であるのだが、目つきは鋭く、酒場内の騒ぎに苛立っている様がルッドにもわかった。

「………それで? 私を雇う気になったのかしら?」

 睨む様にこちらを見る女性。別にルッドが悪口を言ったわけでは無いのであるから、怒りをこちらに向けないで欲しい。

「店主から戦いの腕は良いと聞きました。本当ですか?」

「………ここで試せってことかしら」

 そう言って彼女は酒場を見渡す。それだけで、酒場中で騒いでいた客たちの野次が止まった。心なしか怯えている様子の人間も見える。彼女の剣の腕を知っているからかもしれない。

「荒っぽい事は嫌いなんですよね」

「なら、実戦で見てもらうしか無いわね」

 女性が座る椅子の脇には、鞘に入った長剣が立て掛けられていた。彼女はその柄に手を置いた後、すぐにまた手を放した。この剣こそが、目の前の女性の武器なのだろう。

「ちなみに、私が護衛に向かないなんて言われている理由はわかるかしら」

「護衛役なんですから、見た目は大事です。一見して護衛として認められなければ、暴漢や盗賊は躊躇無く襲ってくるでしょうから」

 その場合、本来の腕がどうとかは関係無い。襲われるリスク自体が減らないのであれば、護衛を雇う意味の半分は無くなってしまうのだから。

 ならば、目の前の女性にはそのリスクを補って余りある何かがあるのか。ルッドが見極めたいのはそこであった。

「そうね。あなたの言う通りよ。私があなたに付き添っても、襲撃対象から外す要因にはならないわ。私にはそういう襲撃者を撃退できる自信はあるけれど、そのことがあなたに伝わっていないのも問題よね?」

「理解していいただいているのなら話は早いんですけど、ぶっちゃけ、あなたがそれなりに護衛役として頼れるかもしれないってのは、既に感じていることなんですよね」

 女性の一声で酒場中が静かになったのだから、この酒場にいる誰よりも強いのは確かなのだろう。しかしそれがどれほどの物なのかがルッドにはわからない。

「何か、自分の強さを説明できるものってありませんか? それを見せて貰えれば、こっちも雇う気になれるんですけど」

「そんなこと言われても……困るわ。こういう売り込みって得意じゃあ無いのよ。さっき、あなたが護衛を雇いたいと酒場のみんなに言った時、私は何もできていなかったでしょう?」

「そう言えば、一人だけ動かず椅子に座ったままだった様な」

 それはそれで致命的だと思う。ただでさえ見た目は護衛に向いていないのだ。自分で売り込みができなければ、誰が彼女を雇おうとするのか。

「だから、自分の能力をアピールしろなんて無理。ただ………」

「だた、何かあるんですか?」

「思ったのだけれど、あなたに護衛は必要なのかしら?」

「どういう意味です?」

 護衛が必要だからこそ、この酒場に来ているのである。なのに本当に必要なのか聞かれるとは思ってもみなかった。

「だって、あなた、その短剣で人を斬ったことがあるのでしょう? いざとなれば、自分で自分の身くらいは守れるんじゃあないの?」

 黒髪の女性は、ルッドが腰に下げた短剣を指差して答える。その短剣とは、違法取引所にて、ルッドが格安で手に入れた物であった。




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