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北風の道  作者: きーち
第十一章 雪降る町でのこんにちは
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第一話 気になるならば

 ホロヘイに雪が降る。石畳で舗装された道ではさすがに積もりはしないが、そうで無い場所は分厚い白で覆われていた。

 屋根では雪降ろしをしている人間もちらほら見える。放っておくと屋根ごと家が潰されかねないため、結構命がけだったりするのだ。ちなみに足を滑らせて下へ落ちれば、それはそれで一大事であろう。

 ただ、時刻は夜中。こんな時間に雪かきをするのは不用心な奴だと言わざるを得まい。

(ま、普通に歩いても転んじゃいそうだけど~)

 そんな町並みの中、レイナラ・ラグドリンはふらふらと歩いている。要するに酔っぱらっているのだ。

 雪で濡れ、半ば凍った道は酷く滑りやすく、本来であれば、レイナラのような酔っ払いはすぐにでも転んでしまうだろう道。だというのに、ふらふらとしながらも、彼女は問題なく前へと進めていた。

「体重の掛け方が重要ってね~」

 鼻歌でも歌えそうなほどの陽気な気分。であるが、物心つく前から仕込まれた身体技術は消えぬものだ。

 体重をどれだけ掛ければ、どのバランスで立っていれば、転ばない様に立てるかというのが、あやふやな記憶などでなく、体が覚えている。

 それに転んで気絶でもすれば、その場合も命に関わるという危機感もあるだろう。

(転んだって、余程打ち所が悪く無ければ死にゃあしないだろうけど、そのまま寝ちゃうのがヤバいのよね~)

 単純な話、凍死する危険性が常にあるのだ。酔っぱらって道のど真ん中で寝てしまえば、朝になる頃には死体になっているだろう。

 だと言うのに、自警団でも無い限り、この町に起こす人間はあまりいなかったりする。ホロヘイでは、雪の降る日に外で眠るなど大間抜けがする行為であり、そんな間抜けは死ななければ治らないという考え方が、住民に根付いているのかもしれない。

「もっちろん。そんな間抜けじゃないわよ~っとっとっと」

 っと、気を抜いたところで転びかけた。油断していただけならば、こんな風な危険は無いはずなのだが、どうにも左下腹部あたりに軽い衝撃があったせいだろう。おかげで微妙な体重調整を外してしまった。

 何事だろうとそちらを見ると、通り過ぎる影が見えた。視線をさらに追えば、まだ10にもならないであろう子どもの後ろ姿がある。

 恐らく男子だ。それが走り去っていくのを見て―――

「待ちなさい!!」

 レイナラはすぐにその背を追って走り出した。すぐに男子がぶつかった方のポケットに手を入れると、案の定、財布を抜き取られていた。

 スリだ。しかも気づくまで数瞬掛かってしまう腕を持っている。

(子どもとは言え、良い度胸してるじゃない! 私から財布を奪うなんてねぇ!)

 酔いを追い越して頭が回転し始める。頭だけではない。体もだ。これでも護衛業をしているのだから、そんな自分が盗人に遭うなど沽券に関わって来るのである。

 舐められない様に、きっちりと捕まえ、財布を取り返さなければ。そう考えると、戦闘時に近い状態に、体が出来上がっていくのを感じた。だというのに―――

「思いの外早い!?」

 スリ小僧は、レイナラがすぐに追い付ける速度では無い速さで走っていた。それでもレイナラならば何時かは追い付ける速さだと思ったのだが、急に進行方向を変えた。建物と建物の間。そこに滑り込む様に入って行く。

 何の目的があるかは直ぐにわかった。

「ええい! 体格を活かそうとするとは、小賢しいわね!」

 道は狭く、ゴミやら側溝やらの障害物が多くあり、小柄な向こうの方が動くには有利な場所となっていた。だが―――

「それでまんまと逃げられるとでも思って?」

「えっ、うわああああ!!!」

 小僧がこちらを振り向き、悲鳴に似た大声を上げる。勿論、こちらが追って来たからだろう。

 体捌きだって、これでも上等な方だと思う。さらに自分は女の体だ。子どもほどでは無いとはいえ、細道を走れるくらいの体格なのだ。

 たとえ悪路とて、体の動かし方が素人な子どもに負けるものか。

「おらぁ! さっさと盗んだもん返しなさい!!」

「ひっ、ひぃいいい!!」

 脅しつつ、さらに子どもに接近していく。そうして細道を抜けて、建屋の間にある広場の様な場所へと出る頃には、子どもの首根っこを掴むことに成功した。

「ほーら。もう逃げられない。さっさと懐にある盗んだそれを返しな痛っ!!」

 頭に何かぶつかった。小石である。もう少し大きければ気が付けたのだが、小さく、こちらが油断をしていたため、あっさりぶつかってしまった。不覚。

「って、他にも誰か?」

 小石は捕まえた子どもが投げたものではあるまい。そうであったら、幾らなんでも気が付くはずだ。小石が跳んできた方を見やると、そこにはまた別のより小さな子が。

 今度は女の子である。長めの髪を後ろで纏めた、薄汚れたと表現できる容貌であった。

「お、お兄ちゃんを離せ!」

 どうやら、今捕まえている子どもを解放しろとの要望らしい。

「離したら良いのね?」

 何かしらの事情があるのだろう事は見ただけで分かった。

 しかし、財布を盗んだ上に石までぶつけられたのなら、それ相応の対処はせねばなるまい。なので、掴んだ子どもを女の子に向けて、文字通り離してやった。

「えっ、うわあああ!」

「きゃ、きゃああああ!!」

 宙に放り出された男の子と、それを受け止めようとして、できずに転ぶ女の子。二人はもつれ合いながら、地面に転がった。

「はい、成敗完了。ああ、もう、ほら。擦り傷くらいならするでしょうけど、無事な様に投げたんだから、さっさと立ちなさい」

 転んだ二人の子どもに近づき、腰に手を当てながら見下ろす。大人の怖さを特と味あわせるのは彼らのためであるはずだ。

「う、うう…………」

「ううじゃない!」

 よろよろと起き上がる二人の子どもに向かって、レイナラは怒鳴る。

「身なりを見る限り、苦労してるのもわかるし、生きるためにはそういうこともしなきゃは分かるけど、相手は選びなさい! 私よりもっと素早くて、もっとキツめの対応する人なんて、幾らでもいるのよ?」

 これは世知辛い社会を生きる先達としての言葉だ。子ども二人と言えども、守ってくれる人間は少ないはずで、生き死にに関わる問題は自分で責任を背負わなければならない。

「お、お姉ちゃん…………良い人………なの?」

 女の子の方が、ふいとレイナラの目を見つめながら話し掛けてくる。

「良い人じゃあないわ。大人なだけ。ほら、財布返して」

 男の子の方に手を差し出すと、彼は懐からレイナラの財布を取り出して、それをレイナラの手の平へと置いた。

「よしよし。今度はヘマすんじゃないわよ! あんた達!」

 財布が返って来た事を確認し、レイナラはこの場を去って行った。背中から感じる、子ども二人の視線は無視しつつ。




「へえ。そんな事が」

 ミース物流取扱社にて、商人、ルッド・カラサがちょっとした事務作業をしていると、酒に酔っぱらったレイナラがやってきて、子どもにスリをされた事を聞かされた。

「そうなのよー。物騒な世の中よねぇ。悲しい感じでもあるわ。あんな子どもがねぇ」

 完全に酔っ払いに絡まれてしまった。そんな印象を受けるルッド。レイナラが語るのは酔っ払いの愚痴のそれだった。事実そうである。

「子どもがレイナラさんから財布をスレるなんて、凄いですよね。そういう事されそうなら、すぐに警戒できる人ですし」

 とりあえずは相槌がてら、彼女の釈明を聞くことにした。もし隙だらけでまんまと引っ掛かったというなら、今後の護衛代金にも関わってくることであるからだ。

「腕が良かったわね。子どもらしく無いって言うか………今考えてみると、子どもがそういう技術持ってるって、ちょっと妙よね?」

 ふと、レイナラの顔が真面目なそれへと変わる。確かに彼女の疑問点はルッドも同様だ。やり方が手慣れているということだが、単なる子どもが、スリに熟達するまで、どうやって経験を積むのだろうか。

「そういうのを教える連中がいるんだよ」

 会話に入ってくるのは、ルッドと事務作業をしていた社長、キャル・ミースだ。

「教える連中って?」

 すこし興味をそそられたので、聞いてみることにした。

「裏の職業訓練ってやつだ。そりゃあ子どもだから育てるのには飯の面倒とかも必要だけど、物覚えは良いからな。そういう輩の世話になってる連中なんていくらでもいるんだぜ?」

 そういえば、キャルも一時はホームレスをしていたらしいし、恵まれない子どもというのが、どういう扱いを受けているかについて詳しいのだろう。

「つまり、スリの師匠みたいなのがいて、その人からあの子どもが技術を教わったってことかしら?」

「そんな仁義のありそうな話じゃないんだって。こう、薄暗い連中が集まって、将来有望そうな子どもに、上手い話があるぜって誘うんだ。そうして集めた子どもを訓練して、育ったころには立派な構成員って形で働かせる。“商売”で稼いだ金の何割かを上納させながらな」

「なるほど。組織立ってるわけだ」

 嫌な社会の裏側という奴である。犯罪組織がさらに規模を拡大させるため、子どもを利用する。

「そういうのって、昔からあったの?」

「さあ? アタシがこの家追い出された頃にはあったけど、それより前は聞いたこと無かったかもなあ」

「最近になって出来たんだとしたら、危険な兆候かもね」

 それだけ感想を述べると、ルッドは仕事を再開しようとした。世間話程度ならばここで会話は終了だからだ。だが、レイナラが話を続けてきた。

「危険な兆候って、どういうこと?」

「ん? あ、いや、単にそういう組織って、治安が悪くなるからこそ権益を広げられるって部分がありますから、ここ最近になって急速に悪くなったのが原因だったのなら、厄介な事態になりそうだなと思いまして」

 犯罪組織の拡大は、国家の統治が行き渡らない証左である。ルッドが相手取るつもりのブラフガ党にしたって、国家の隙を突いてその力を増大させているのだ。

 そんな組織があるということ自体も問題であるし、その組織が拡大しているというのは、国家の衰退を意味していた。

 ラージリヴァ国の崩壊を防ぐつもりのルッドにしてみれば、看過できぬ問題ではあったのだ。

(まあ、こっちはブラフガ党を相手にするだけでも大それたことなんだから、それ以外となると手が回らないんだけどさ)

 だから世間話で置いておこうとした。理想ではなんとかしたいと思う部分はあるものの、自分の力量ではまだ不可能なことをすれば、こっちが危うい。

「けど、やってることは小悪党よ? そこまで危険なことなの?」

「んー。むしろ小悪党の方が厄介って言うか、そういう犯罪組織に属してる人達って、自分に価値を感じていない人が多いと思うんですよ」

「価値?」

「精神的に持っているものって表現した方が良いのかな。人間、家族だったり仕事だったり、私生活だったり? そう言った物を大事にしますし、それを自分の価値だって思うじゃないですか。けど、そう言った物が無い人もいる」

 そういう人間は、だいたいが生活に困窮しているし、生きるためならば何だってするという考え方の者も多い。

「そういう人達は、自分を顧みない。これをしたら自分にデメリットだからしない。なんて選択肢が頭の中に無いんですよ。それよりも自分の欲求を満たすべく動こうとします。悪い様に言いますが、ある意味では人間の素の姿かもですね」

 そういう素の姿を隠し、まっとうにしようとした結果が社会性だったり国家だったりするのだ。転じて、素の姿のままの人間が多くなれば、そのまま国がその体を成さなくなる。

「もしよ? そう言う人間が大多数になれば、この国は滅んじゃったり?」

「滅ぶというより、寿命ですよ寿命。国そのものが形骸化して、トドメに反乱や他国からの攻め入り、政変なんかもそうなるのかな? とにかく、そういうことが起こって、無くなっちゃう」

 これはルッドがブルーウッド国にいる時に学んだ話である。一応の貴族の末端であったルッドには、そんな帝王学染みた勉学もさせられていた。

 事実として、滅んだ国家を例に出されながら。

「そこに関しては、対処するべきはやっぱり国の人間なんでしょうね。裏に明確に国を滅ぼそうなんて意図が無いんであれば、一商人の僕らが何がしかするのは筋違いかと………どうかしました?」

 レイナラが視線を曲げた様な気がして、話の途中であるが、彼女に尋ねてみた。

「なんでも無いのよ。なんでも。それより、さっきから何してるの? あなた達」

 露骨に話を逸らされた。絶対に何か思うところでもあったのだろうが、とりあえず尋ねられた物について視線を向けた。今、仕事をしている書類について。

 そのことについての説明を口にするのはキャルだった。

「手紙だよ手紙」

「手紙なんて書いて、誰に出すのよ」

「いろんな人だ。通数が多いから、大変なんだよ、あたし達」

 キャルが睨む様にレイナラを見たせいで、レイナラとの話は終わってしまった。まあ、今の仕事も重要ではあったのだ。

 この手紙は、今後のルッドやミース物流取扱社にとって、大きく関わって来る物だったから。




 ミース物流取扱社にて一夜を過ごした後、レイナラはまた町へと繰り出した。金銭的余裕は、ミース物流取扱社が常時雇ってくれている状況のため、幾らかあるのだ。また酒場に行くのも悪く無い。そう思っていたのだが。

「今日は、まあ散歩でもしようかしらね」

 起床自体は朝が来て少し経ってからであるが、とてもとても寒い季節だ。厚着をしてはいるが、それでも寒風は自分の体を苛んでくる。

 少し体を動かして温めてからでは無いと、何かをしようとする気では無くなりそうだ。

 なので、どこへ行くという目的意識が無いまま、町の中をふらふらとうろつくことになった。

(人通りが多いはずの中央街道だってのに、あんまり活気が無いわねぇ)

 すれ違う人間がいないわけではないのだが、そう多くも無いし、みな不景気そうな顔をしている。

(ある意味じゃあ何時もの冬の光景なんだけど、どうにも暗く感じてしまのはどうしてかしら?)

 もしかしたらここ暫くは、ミース物流取扱社で働き続けているからかもしれない。

(あそこは季節問わず、活気はあるからねぇ)

 いろいろとこの季節だと言うのにやっている事もあると聞く。結構無謀なことをしているのだと思うが、挑戦して現実化しようとしている姿を見ると、もしやと思ってしまうのは、身内の贔屓目と言う奴なのだろうか。

(あとは…………実際に活気が無いっていうのも理由の一つかも……ね)

 町中に不景気面をしている人間が増えた。冬という季節だけが要因ではないだろう。もっとこう、別の部分で機嫌良くとは行かないのかもしれない。

 最近、ラージリヴァ国内で良い話というのが無いのだ。権力が強権を振るった。大きな組織が潰れた。治安が悪くなった。などなど、この国は本格的に駄目なのではないだろうか。そんな認識が広まりつつあるのだと思う。

(だからってわけじゃあないんだけど…………うん。そのまま看過できない事態ではあるのよね。なんとなくだけど)

 いろいろと対策をしているのはミース物流取扱社のルッド・カラサであるが、自分だって、何かできるのではないかと、ふと思ってしまう部分があった。

「そんな風に思っていたら、自然とここに来ちゃったと、そういうわけかしら」

 レイナラはいつの間にか中央通りを外れ、小道へと入り、狭い道を潜り抜けた後、建屋と建屋の間にある広間に出た。

 昨日、スリの少年を捕まえたこの広場へ。

(さてと………どうしようかしらね)

 何かがあると思って来たわけじゃあない。いや、そういう表現は嘘になるだろうか。何か変わったことでもあるかもという期待はあったのだ。

 その変わった事が何であるかなど予想はできないだけだ。そもそもあるかどうかさえ分からない。

 気分的には、何時も向かう目的地に、何時もと違う道で向かってみるという行為に似ている。

「……………まあ、居るわけ無い………か」

 期待はしていたが、別に本気で変わったことが起こると思っていたわけではない。さっさとこの場を立ち去ろうとした時、声が聞こえた。

「お姉ちゃん………昨日の?」

 か細い女の子の声だった。声がした方へ振り向くと、やはり昨日、会ったというか遭遇した、二人の子どもの片割れである、女の子がいた。

「ん? ええ。そうよ。あなたこそ、どうしたの? こんなところで」

 多分、自分に帰ってくるであろう言葉を女の子へ向ける。

「えっとね。お兄ちゃんが仕事中は、ここで待ってることにしてるんだ」

 仕事中。つまりはスリの仕事か。痛い目に遭った昨日の今日で良くやるものだ。それだけ必死なのだろうが。

「お姉ちゃんこそ、何してるの?」

「ええっと……ねぇ…………」

 さっそく帰って来た。何と答えるべきだろうか。少し悩んだ後に、適当な答えを口にする。

「ほら。万一、大怪我されてたりしたら目覚め悪いし、ちょっと確認を?」

「わたし達の? お姉ちゃん優しい人なんだね」

 にっこりと笑う女の子。別に悪いことをした覚えは無いというのに、なんだか罪悪感を覚えてしまう。無邪気な笑顔はそれだけで武器だと思う。

「優しいって………まあ、比較的? けど、危ない仕事ばっかりしてると、危ない目に遭うんだからね? わかってる?」

「うん………お兄ちゃんもそう言って、だから私にはするなって。けど、お仕事しないと、屋根のある場所で寝れないの」

 レイナラの言葉に、落ち込んだような表情を見せながら、女の子が呟いた。

 しまった。こちらの失言だったかとレイナラは思う。物騒な場所に居たり、危ないことをする子どもに対して、それをするなと言ったところで、それをするだけの理由があることを忘れてはいけない。

 それが深刻な物なら尚更だ。生活のためにしているという言葉に対して、自分はどう返せると言うのか。

「なら、せめてここにいて暇な間は、いろいろと別の訓練なんかをすれば良いかもね」

 スリや泥棒などではなく、もう少しまともな金稼ぎができれば、彼女もまっとうに生きられるのではないかと考えた故の発言だった。

 自分でも鼻で笑ってしまう理屈である。そういうことができぬからこそ、彼女や彼女の兄の立場があるのだから。

「訓練? 訓練って、どんなの?」

 ほら、さっそく聞いてきた。明確な答えを出せないというのに、この様な問いをされて何を答えるというのか。

「……………そうね。ほら、まずは腕っぷし?」

 苦し紛れに出たのはそんなものだった。というか、自分が口に出来る選択肢なんて、自分がその人生の中で培ったそれしかないのである。

 そうして、レイナラが培ってきた生きるための術というのは、ただ剣の腕が良いというその一点。

「腕………っぷし?」

 首を傾げる少女。さて、どうしようか。まったくわからなくなってきたぞ。

「こう、棒でも何でも良いから、振ってみることよ。何度か振り続けると、自然と体が棒を振り易い形に動こうとするから、そうなってきたら、次に適当な的に向けて………って、何言ってるのかしらね。私」

 自分の日課を口にしてしまう。腕を鈍らせぬために、ほぼ毎日していることなのだが、目の前の少女にはなんら関係の無いことであった。

「…………」

 少女が真剣な表情を浮かべる。これは怒らせてしまっただろうか。真面目に生きるための訓練をしろと言い、具体的案を出せぬままの大人を見れば、不機嫌になるのもわかる事ではあるが。

「あ、その。ご、ごめ―――

「あの!」

 謝ろうとした矢先、少女が大きな声を上げた。と言っても、か細く弱いそれであったため、それほど耳には響かなかったが

「え、えっと?」

「お姉さんは、もしかしなくても、強いんですよね?」

 少女は、レイナラが腰に帯びた長剣を見つめていた。結構な期間、使い続けている相棒だ。最近は研ぎに出す度に、研ぎ師にそろそろ変えろと文句を言われるくらいには。

「まあね?」

 これだけは自信を持って言える。なにせその強さを飯の種にしているのだから。

「じゃあ、お願いします!」

「お願い?」

「私に、剣を教えて欲しいんです!」

「へ?」

 少女から出た言葉は、思いの外、レイナラの頭を混乱させるものであった。



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