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北風の道  作者: きーち
第二章 ノースシー大陸の洗礼
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第一話 売り買いしよう

 外交官としての先輩であり、ラージリヴァ国との正式な外交渉を進めるグラフィド・ラーサとの話は、ラージリヴァ国の内情を幾らかと、これからルッドがどの様にグラフィドと接触すれば良いのかの方法についてを話し、その後に終了した。

 グラフィドの話によれば、現在、ラージリヴァ国は混乱期にあるとのこと。なんでも、国に反感を持つ者達が力を付けてきているらしい。この情報に関してはラージリヴァ国側が隠したがっているそうで、詳しくはグラフィドの方もわからないとのこと。できればルッドの情報収集に期待したいと口にしていた。

(無茶な話だよなあ。混乱期っていうことは、国中の治安に問題があるってことだし)

 頭を掻きながら、ルッドはグラフィドと別れた後の道を歩く。問題は山積みだ。良く知らぬ大陸の治安の悪い国。そんな場所でルッドは3年間を生きなければならない。嫌になりそうな状況であるが、今は目的がとりあえず出来たことに喜ぶべきだろうか。

(さて、これからどうしようかな。情報集めのアテは……あるっちゃああるんだよね)

 もし、この国が混乱期にあると言うのなら、そういう情報に敏感なのは、混乱が起こっている現場だろう。

(この国に来るまでの船で手に入れた、違法取引が行われているらしい場所。そいう場所なら、この国がどういう状況にあるのか。ある程度は分かると思う)

 違法な取引きが行なわれているとして、そういう場所を摘発できないのは、国側の落ち度である。違法行為が行われる場所があるというのは、それ即ち、国の管理力が足らず、国全体を制御できていない証明であるからだ。

 つまり、ラージリヴァ国が混乱期にあるというのなら、違法取引が行われる場所は、その混乱現場そのものと言えるのである。何かを調べるのなら、その何かに直接出向くことが手っ取り早い。

(危険なんだろうけど、最初から行くことは決めていたし、まあ、なんとかなるでしょ)

 そう考えて、ルッドは違法取引が行われている建屋へ足を進めていた。ルッドが乗って来た船が停まる近く。茶色い茅葺でできた屋根が特徴の建屋。そこでは、現在進行形で、国が表向きに販売できない様な物品が売買されている。そういう話であったはずだ。

 先に船で同行した商人が向かったのだが、今はどうしているだろうか。

(先輩との話に幾らか時間が掛かったから、ローマンズさんはもう居ないかもね)

 ルッドは空を見上げる。曇りがかっているせいで薄暗いものの、まだ昼頃だろう。夜まではまだ時間は有る。

 船で出会った商人であるローマンズは、あの建屋でいったい何をしたのだろうか。商人として、何がしかの商売をしたのかもしれないが、彼が建屋に向かったのは朝方のことなので、既にそこを離れているかもしれぬ。

(というか、ちゃんと取引きが行なわれているかどうかが不安だなあ)

 毎日、二十四時間、何がしかの取引きが行なわれているわけでもあるまい。もしかしたら、既に店仕舞いをしている可能性もあり、ルッドの心に不安が過ぎる。

(先に宿を探して置くべきだったかな? どうせ、一泊はこの港町でするつもりだし………)

 色々と考えるものの、足が取引き現場へと向かっているので、結論を出す前に茶色い屋根の建屋に着いた。

 建屋の玄関の横には、一人の人間が建屋の壁に背を預けて立っている。薄汚れたローブの様な物を全身に纏っており、ローブは顔の周囲まで隠していた。おかげで男か女か、体格が大きいのか小さいのかまで分からない。少なくとも、ルッドよりは体格が良いだろうが。

(多分……門番代わりなんだろうね)

 ルッドは玄関に近づき、その扉のノブに手を掛けると、案の定、全身ローブ人間が声を掛けて来た。

「何をしに来た?」

 声の質からして男だったらしい。恐らく、年齢も若いはずだ。

(大方、どこかの組織の下っ端がそういう役を任されているんだろう。多分)

 そう予想を付けるルッドは、男に言葉を返す。

「ペディグリオさんの紹介です。ここには色々とあると聞いて」

 ペディグリオとは、ルッドがラージリヴァ国に来るまで乗っていた商船の船長の名前だ。彼の名前を出さなければ、関係者としてこの建屋に入れぬから、こうやっていちいち口にしなければならないのであるが、あの体格の良い船長の名前が、ペディグリオなどという若干可愛い語感の名前というのを確認しなければならないのが、どしようもなく辛い。親は何を考えてそんな名前を付けたのか。

「またか……もし、そのペディグリオって奴に会うことがあるなら言っておいてくれ。人にここを教え続ける度に、あんた自身の価値が下がることになるってな」

「いやあ、多分、もう会わない可能性の方が高いですから、本人に直接言ってください」

「ちっ。そうかよ」

 面倒事を自分から背負い込む趣味は無い。ローブ男の提案を断ると、ルッドはドアノブに手を掛けた。ローブ男はそれ以上、何も言ってこなかったため、そのまま建屋の中へと入った。

(へえ。外観よりも広く感じる)

 扉を開けた先には、建屋内の壁をぶち抜いたらしい大広間があり、そこには露天市の様に様々な物品が置かれている。それぞれに販売人らしき人間が近くに立っており、その光景が、この場所は普通の市場なのではないかと錯覚させてくる。

(まあ、良く観察すれば、絶対に勘違いすることは無いけどね)

 この場所は普通の市場とは絶対に違う特徴があった。それと言うのも、本来、商売行われている場所で存在するべき騒がしさが無いのだ。

 売り手は勿論、客も少なく無い人数が建屋にいるのだが、全員がぼそぼそとした口調で話していて、遠くからでは声がまったく聞こえない。普通なら、客が来ない店の人間は集客のために声を張り上げるのが常であるのだが、それをする素振もない。

(つまり、買い手側は自分の目で商品を選ぶ必要があるし、売り手側は商品について特に説明をすることはせず、ただ値段の交渉をするだけってことか)

 互いが騙し合う詐欺師の殿堂。ここはそういう場所なのだろう。つまりは、騒がしくないだけで、一般的な市場と変わらない。そこから騒がしさが抜けていると言うだけのことだ。

(それでも、普通の市場から欠けるものを見つけようとするのなら、信頼が欠けてるってところかな?)

 商売というのは、意外なことに、その多くの場面で売り手と買い手の信頼関係が物を言うそうだ。相手を騙せればそれで終わりという話では無く、自分が買う物は値段に見合った価値があるものだという信用。自分が売る物は確かに金銭を出して買われるだけの意味があるはずだという自信。それらへの信頼感が重要になってくる。これらの信頼感が薄ければ、無用な問題を引き込み、さらには商機を逃し、商売などできなくなってしまう。

(というのは商人のローマンズさんの受け売り。僕の実感としてある知識じゃあない。そうして、この場所はどう見ても信頼関係が築ける場所でもない)

 建屋内は薄暗く、売られる商品の目利きも、余程の経験が無ければ難しいだろう。そして、騒がしい程の声が無ければ、勢いで売り買いができぬ。この様な場所で、十分な交渉ができるかどうかは怪しいものだ。

(普通の市場だって、僕じゃあ十分に値段交渉なんてできないだろうから、関係無い話と言えばその通りか………)

 何がしかの商売をするつもりでは上手く行かないだろう。ルッドがここでするのは商売で無く、ここにいる人間から情報を引き出すことだ。では、そのためにはどうすれば良いか。こちらに限っては思いつかないなんてことは許されない。商人で無くとも、外交官であるのだから。まあ、今は間者などという肩書が付いているものの。

(そうだね。まずはこの中に入り込むこと。そのためには………)

 ここは違法取引の現場なのだから、そこに入り込もうとするのであれば、その取引きに参加することが必要だろう。と言っても、あからさまに悪いことをするのは気が引ける。善人か悪人かと問われれば、どちらかと言えば前者であると思いたいし、出来ればまっとうに生きたいという欲求はルッドにもある。既に手遅れかもしれないが。

「すみません。ここで宝石を買い取ってくれる人とか居ますか?」

 ルッドは近くの露店商に話し掛けてみる。無愛想で大凡、人を接客している風の人間には見えぬ禿げ頭の男で、事実、ジロリとこちらを睨み付けてくる。もうちょっと笑顔と言う物を覚えた方が良いと思う。

「宝石や細工物なら向こうの爺さんが扱ってる」

 人差し指をその老人に向けて、ただそれだけを呟く禿げ頭の男。ルッドはそれ以上、何も話さず、老人が座る場所へと向かった。色々と多言を口にすれば、ここでは空気を悪くするだけだろうから。

 少し歩いて老人の露店までやってくる。床に敷物を広げて、そこに幾らかの光り物が置かれているだけの店で。老人はルッドが近づいたと言うのに、それらの商売品を見て頭を下げている。

「すみません。宝石類を買い取ってくれると聞いたんですが………」

 ルッドが話し掛けるものの、老人は顔を下げたままだ。だが、話自体は聞いていた様で、ぼそぼそとした声で返してくる。

「………か」

「はい?」

「……わけありか?」

 妙なことを聞いて来る老人である。こんな場所で宝石を売る人間に、わけがないはずがない。

「まあ……そんなところです。売りたいのはこういう物なんですが」

 ルッドは懐から、活動資金として用意された宝石を三つほど取り出す。青く透き通った色の宝石で、上等な物では無いが、それでも一つで2,3ヶ月は喰うに困らないだけの価値がある物だ。あくまでブルーウッド国内での相場の話でだが。

「ふん………あんた外国者か?」

「ええ。こっちじゃあ珍しい石なんですか? それ?」

 売る宝石を見て、そう思われたのだろうか。

「いや、これ自体はこの国でも幾らか取れる。どっちかと言えば、あんたの話し方が少し拙いから聞いてみただけだよ」

 老人はそれだけ言うと、宝石をルッドから受け取って鑑定を始める。薄暗い建屋内だからか、宝石を目に入らんばかりに近づけていた。

(話し方か……こっちじゃあ、少し古風なのかもしれない)

 ルッドがこの国の言葉を習ったのは、古い資料からであり、今はもう少し話し方が違っている可能性もある。この国にいる間、話し方の矯正が必要になってくるかもしれぬ。

 そんな事をルッドが考えているうちに、鑑定が終わったらしく、老人が再び口を開いた。

「………そうだな。これくらいで引き取ろうか」

 老人は初めて顔上げて、手だけで買い取り額を示してくる。この国の貨幣や通貨については把握しているし、だいたいその相場は先輩外交官のグラフィドから聞き及んでいる。そういう観点から、ルッドは老人が提示した額を考えてみた。

(この国の平均的な食事。一食分がラーサ先輩の言う通りだとしたら、だいたい30食分か。売る宝石の相場がブルーウッド国よりも低くて、さらにここが非合法な取引所だと考慮しても、大分、足元を見られてるな………)

 ここで普通の商人なら値段交渉に入るのだろうが、ルッドは違う。これから手に入れるべき物は金銭で無く情報だ。日々を過ごすための資金にはまだ余裕があるため、ここであえて値段の交渉をせずに、相手の提示した額を受け入れようと思う。

(本来の価値との差額は、相手も分かっていることだろう。つまり僕に対して不正を働いたということ。それはきっと負い目になるはずだ。普通なら、その後の値段交渉でその負い目を消しさるのが常だけれど………)

 その過程をあえて踏まぬことで、相手の心にわだかまりを生じさせる。そうして、それを解消する方法を前に出せば、相手は案外、それを受け入れてくれるものだ。

(つまり、金の代わりに情報を寄越せと暗に伝えれば、向こうが素直に話してくれるかもしれない)

 勿論、直接的には聞かない。こちらの意図を相手が理解すれば、再びそこから商売が始まってしまう。そうして商売になれば、経験に劣るルッドに勝ち目は無いのである。

「………おい。聞いていたか。この額で良いのかと聞いているんだ」

 出来る限り思考は早くと努めているのだが、相手側は焦れてしまっているらしい。どうにも外交官としても経験不足が否めない。

「そうですね。わかりました。その額でお願いします」

「…………そうか。ちょっと待っていろ」

 相手の目線が少し下がったのをルッドは見逃さない。あっさりと自分の言葉が通ったことに、少しばかりの戸惑いを感じたのだろう。話をするならここがチャンスだ。

「さっき、あなたが言った通り、僕、この国に来たのは初めてなんです」

「ああ。それがどうかしたのか」

 老人はどこからか金庫らしき物を取り出すと、そこから何枚かの銀貨を探っていた。それが宝石の対価ということだろうか。

「少し商売をしたいと考えてまして、何かしらの手だてとかありませんかね?」

「そんなもんは自分で考えな」

 老人は素っ気ない。戸惑いはあるが、親切心は無いということだろうか。ならば、こっちから一歩踏み込んでみよう。

「なんでも無い様な事で良いんですよ。小銭を稼げる程度だって構いません。一応、この国の中をあちこち見て回るのが本来の目的なんですよね。その為の旅費だけでも良いんです………」

 困っている風の人間を装って、老人の罪悪感を少しでもくすぐろうとする。もしこれでも動じなければ、また別の策を考えなければなるまい。

「……なら、干し魚でも買って、内陸の町でも目指しな。ここで買う相場よりも高く売れるだろ」

「なるほど。干し魚ですか。わかりました。それでやってみます」

 今度も老人の言葉をあっさり受け入れるフリをする。老人は投げやりな言葉を口にした程度だったのだろうが、それすらも素直に受け止める相手に、どう反応するのか。

「本当にそうするつもりなら、護衛は雇えよ」

 食い付いた。ルッドは老人の言葉に対してそう感じる。その言葉は間違いなく、老人の親切心から出た物だからだ。

「護衛ですか? 道中に野党が出るとかでしょうか? 確かに治安が悪いとは聞いてますけど………」

「こういう場所に顔を出すなら、“ブラウガ党”の名前だけでも憶えておきな。最近になって、国中を荒らしている一党だ。野党染みた行為もするし、一つの町をそのまま支配してるって噂もある。それと―――」

「それと?」

 ブラウガ党という名前をしっかり記憶に刻み込みながら、さらなる情報を引き出そうとする。ルッドにとっては、今、この瞬間の会話こそが第一であった。

「ここの取引場にも一枚噛んでいる。敵に回すな。道中に遭えば不運だと思って、出来る限り逃げることだけを考えろ。護衛はそういう奴らと戦うためじゃあ無く、盗賊として襲えば割に合わない相手だと教えるために雇うんだ」

 ブラウガ党とやらは、また随分と大きな組織力持った連中の様だ。興味が湧いたため、一度接触してみたくなったものの、迂闊に接近すれば命の危険があるだろうから、慎重に事を運ぶ必要があるだろう。この国について理解の足りない今の状況では、まだ時機早々である。

「護衛を雇う場合はどこですれば良いとかってわかりますか?」

「それくらい自分で考えろ。と言っても、そこらの宿や酒場で幾らでも見つけられるがな。この港は最近、そういう需要が増えた」

 ブルーウッド国との交流が出来たからだろう。この港にやってきた外国人は、そのままこの場所に留まることはせず、他の町へ移動する者が多いはずだ。そういう人種は、治安の悪いこの国で護衛を雇うことを怠らない。

「もう良いだろ。さっさと代金を受け取ってくれ。いちいち客と話し続けて居たら、キリが無い」

 老人に追い払われる様にルッドは老人の露店から離れた。また他の露店でも見て回ろうかと建屋内を見渡すものの、どの店も怪しい物品しか置いていないため、その意欲が削がれる。

(手持ちの資金だってそれほど有るわけで無し、何かを買うってのもなあ……あれ?)

 ルッドの目に留まるのは、若く目つきの鋭い男が開いている露店だ。先ほどの老人と同じく、床に敷物を広げて、その上に商品を置いている。目に留まったのはその商品であった。短い刃物が並んでいたのだ。

「なんだ、坊主。こんなもんに興味があるのか」

 今度の露店商は、向こうから話し掛けて来た。相変わらず愛想は悪いが。

「こんなもんって、一応、商品でしょう?」

「ああ。普通じゃあ売れないから、こういう場所に置いてんだよ」

 そう言って男は自分の商品を睨み付けている。

「普通じゃあ売れない刃物って、なまくらってことですか?」

「まさか。そんなもんは場所を選ばず売れないだろ。どっちかと言えば、切れ味は良い方だと思うね」

 男にそう言われてルッドは並ぶ刃物を見る。確かにどれも刃はちゃんと付いており、刀身も頑丈そうに見えた。

「だったら、普通に売れば良いんじゃないですか? 何もこういう場所で売らなくても………」

 ルッドが尋ねると、男はニヤリと笑って答えた。

「人間ってのは不思議なもんでね。刃物には切れ味を求めるくせに、一度、それをある方法で試すと、その結果いかんに関わらず、途端に価値を下げちまうんだ。誰も欲しがらなくなるんだぜ? 酷いもんだろ」

「………つまり、この刃物は中古品?」

「そうだ。“中古”だ。ただし、鶏や野菜を切った物じゃあないってのはわかるな?」

 ルッドとて鈍く無い。目の前にあるこれらの商品は、人を斬ったことがある刃物だということだ。だから、普通の人間なら誰も買いたがらないというわけである。これがちゃんとした剣であれば箔が付くのだろうが、見る限りは人を斬る以外の用途で作られた物ばかりだ。そんな気味が悪いもの、誰が買ってまで使うというのか。

「ぶっちゃけ、買い手とか居ないでしょう?」

「まあな。これなんて、料理用のナイフだぜ? どれだけ安くても買う奴なんて現れるわけがない」

「じゃあ、なんで売ってるんですか」

「売るというより、処分するためだな」

 露天商はまた睨む様に自分の商品を見た。面倒な物品だと売り手側も考えているらしい。

「って、処分?」

「そうだ。人を斬った刃物ってのは、どうしてだか、その辺に捨て難いらしい。だから、俺みたいな奴に、なんとしても処分して欲しいと頼んでくるのさ。それを俺らは他人に販売している。一度、他人の手に渡れば、その時点で繋がりが無くなるのが物の縁ってもんだからな」

 そういうものだろうか。長く使う物には霊が宿るだととは聞くが、霊も他人に売り払ってしまえば居なくなるとでも考えてしまうのかもしれない。

「ふうん。じゃあ、売ってると言っても、お金は取ってないとか?」

「一応、取引きとして金は取ってるぜ? まあ、本来の意味での中古品より、さらに安いがね」

 そう言われて、ルッドは並ぶ刃物を見た。普通ならばルッドもそんな商品は買わない。しかし、丁度旅用に使える頑丈なナイフが欲しかったところで、尚且つ、かつて人を斬ったことがあるというのは、むしろ自分に覚悟を与える物では無いかという考えに行き着いた。

「これ、一本いくらですか?」

 ルッドは刃物を一本掴んで露天商に見せる。飾りっ気も無いそれだが、余計な機能が無い分、頑丈そうなナイフだ。それを欲しいと話すルッドを、露天商は意外そうな目で見て来た。

「おいおい。今の説明を受けて、それでも欲しがるか」

「なんですか、驚かないでくださいよ。そもそも、こうやって処分するためのものなんでしょう? 値段を言ってください。その額を払いますから」

 このナイフには力強さがある。理由はどうであれ、普通の物品では無いのだ。普通の理由でこの大陸に来たわけじゃあないルッドにとっては、仲間の様な物であろう。不穏な背景のあるこのナイフを、むしろお守りの様に扱ってやろうとすら考えている。

「まあ、欲しいって言うなら文句はねえよ。額は、そうだな、これくらいで良い」

 露天商に提示された額は、本当に安い額だ。昼食一食分にもならないその額をどう払うべきだろうか。

「お釣りありますか?」

「………そんなにねえぞ? 幾らなら持ってる?」

 とりあえず、先ほど老人の露天商から宝石の代金として受け取った銀貨を一枚見せた。露骨に嫌そうな顔をする目の前の露天商であるが、これについてはしっかりと釣りを貰わなければなるまい。本来は売り物にもならない物品を、わざわざ金を出してまで引き取ろうと言うのだ。釣りに関してはビタ一文も負けるつもりは無かった。


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