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北風の道  作者: きーち
第十章 休養は湯煙と共に
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第六話 盗人

 ルッドが『ホワイトナイト』へ入って暫く。宿の外にある街道で待機していたダヴィラスであるが、そろそろ暇を持て余し始めたため、きょろきょろと周囲を見渡していた。

(平穏無事そのもの…………ただ、今の時期、金持ちは多いだろうから………物盗りくらいは出る……か?)

 そういった泥棒に、ルッドは本を盗まれたのだろうか。いや、確か金銭は奪われていなかったらしいから、泥棒の目的は本であることは確かなのだろう。

(いやな予感がする……なんてことはないが………ルッドが動く以上、何かあるんだろうな………きっと)

 彼が積極的に何かする時は、彼自身が色々な問題を呼び込む核となる事が多々あった。そのくせ、中心には立たず、少し離れた場所から、自分が何を得られるのかを見定めているのだ。味方にすれば頼もしい部類ではあるが、付き合っていると心臓に悪かった。

「ひぃっ!!」

「あ………すま……行ってしまったか………」

 突如、近くにいた通行人に怯えられ、しかも走って逃げられてしまった。どうやら怖い顔を浮かべていたらしい。

 自分の顔を右手で撫でた後に、溜息を吐く。相変わらず怯えられる顔なのだ。少し胃痛を感じて、顔を歪ませた程度であったのだが………。

「何もせずに立っていたら…………俺が怪しい人間だと思われないか?」

 再び視線を村道のあちこちに向ける。すると通行人達がこちらを見た後、さっと目を外す姿が視界に入って来た。怪しいというか、怖い人間と思われているらしい。

(い、いやだな………ええい、早く出てこい………ルッド!)

 自分の様な外見の人間は、人通りのあるところで、長時間じっとしているべきではないと思う。認めがたい事実であるが、これまでの人生で学んで来たことであった。

 そうして思いが通じた。ということでも無いだろうが、そうこうするうちに、『ホワイトナイト』の正面玄関から、ルッドがこそこそと出て来た。じっと観察してみると、ローブの内側に何か持っているのが分かったため、恐らくは目当ての資料を見つけた事は判断できる。

「さて………これから距離を置いて、追えば良いのか」

 ルッドの動きはゆったりしたものだ。ダヴィラスが尾行しやすい様に動いているのだろう。そうして、居るか分からない別の尾行者に対しても同様に。

(まあ、本当にいるかどうか…………怪しい……限り………だが?)

 いた。いてしまった。ルッドの後ろをこそこそと尾行している人影がいるのだ。

(い、いや。待て待て…………。単に進行方向が同じだけかも………しれん)

 早とちりは禁物だ。じっくりと観察して…………やはり露骨なくらいにルッドを尾行している。というかルッドは気が付かないのだろうか。

(ど、どうする? 捕まえてみる………か? いや、しかし………)

 考えているうちに、等々『サラマンドラの息吹』までやってきてしまう。ルッドはそのまま宿に入ると、尾行していた人間も宿に入って行く。ダヴィラスから見れば、あからさまに不審者なのであるが、宿の従業員は変に思わないのだろうか。

 ダヴィラスも追って、宿の内部へと入って行く。途中で別の従業員とすれ違い、驚きの表情をされてしまうが、何時ものことだ。

 自分はこの宿の客人なのだし、宿内部を歩いて何が悪いというのか。

(む………やっぱり風呂か)

 昨日の通り、ルッドは温泉へと向かったらしい。勿論、怪しげな尾行者も一緒だろう。ダヴィラスも同じく温泉の脱衣所に向かうと、案の定、脱衣所でルッドが脱いだであろうローブを探る尾行者を見つけた。

 いい加減、声を掛けるべきだろう。そもそもこんなところにいる事自体がおかしい人物なのだ。

「おい………どうして女が、男の脱衣所にいるんだ………」

「え? ひぃっ、ひぃいいいいいい!!!」

 振り向いた尾行者がこちらに目を合わせるや否や、もの凄く驚かれてしまった。だが、普通なら驚くのはこっちの方なのである。女性は普通、男子が服を脱ぐ場所に侵入したりしないのだから。

「俺は………どうしてこんなところにいるんだと………聞いているんだが?」

 とりあえずは、悲鳴を上げる相手だろうと、きっちりこちらの意思を伝えるべきだろうと考えて、確認をするように、もう一度尋ねてみる。

「すみませんすみません! 答えます! 答えますから! 命だけはぁ!!!」

 泣かれてしまった。何故だ。当たり前のことを聞いているだけなのに。

「あー………そうだな。ゆっくり話せ。とりあえずはそれから―――

「犯人、見つかったみたいですね」

「うん? ああ………ルッドか…………ほら、お前の言う通り、本当にお前を尾行してる奴が………どうした?」

 温泉の方から、ルッドが出て来た。タオルを腰にしっかりと巻いている点からして、入ってすぐ、脱衣所の様子を伺うつもりだったのだろう。自分から物を盗もうとする相手がどんな姿であるかを。

 しかし、目当ての相手を見つけたというのに、何故かきょとんとしているルッド。相手が女だからというわけではないだろうに。

「あ、あなた………ファラッドさん!?」

 と、ルッドが盗人に向けて驚いた様に声を上げた。どうやら顔見知りだったらしい。




 場所はルッド達の部屋へと移る。半裸と強面と、何故か男の脱衣所にいる女性の3人が、そのまま脱衣所で話しているのはちょっとどうだろうかとルッドが判断したためだ。ダヴィラスの威圧感のおかげか、とりあえず、盗人ことリィゼインは大人しく付いてきてくれた。ただし、どうにもこちらに対しての敵愾心や反感を持っているらしく、ときどき、睨むような表情を浮かべていた。

 さて、そんな彼女であるが、どうしてルッドを尾行し、本を盗んでいったのかについては、ちゃんとした理由があるらしい。

「元兵舎に本なりなんなりを探りに来る人がいたら、注意して見張れっていうのが、先祖代々からの言い付けなんです!」

 とまあ、こんな理由らしい。部屋のベッドに座りながら、すごく気合いを入れての発言であるのだが、正直、ルッドにはその意味が良くわからなかった。

(………こう、言われちゃったら、こっちの立場が不味いから話題に出したく無いんだけどさ。普通は盗人の僕を見つけて、盗品を取り返しに来たって言うもんじゃあないのかな?)

 この盗人め! 本を返せ! と言う権利というか義務というか、そういうものが彼女にはあるはずだ。なにせ彼女は『赤宝館』の従業員なのだから。

「先祖からって………どういうことです? 僕はあなたのご先祖さまに恨みを買う様な真似した覚えは無いんですけど」

 もし、彼女が全うに盗人としてルッドを訴えてきたのなら、土下座してでも謝るつもりだったのだが、どうもそうでは無い様子なので、主に彼女から話を聞き出す方向へ、態度を変えてみることにした。

「私のお爺ちゃんも、そのまたお爺ちゃんも、ずっと村に住んでいたんです! ご先祖様も元は国の兵隊さん! そのご先祖様から、この村の元兵舎に、本とかそういうものを取りに来る人がいれば危険人物だって、ずっと聞かされて育ったんですよ!」

「独特な家訓がある一家なんですね………」

「ふふふ………舐めてもらっちゃあ困りますよ。ご先祖様は、国から直接、この村を守り抜く様にと命令された、それはそれは偉い人だったそうなんですから」

 何故か自慢げに話すリィゼイン。別の彼女自身の話では無いだろうに。ただし、興味は多少湧いてきた。

「でしたら、返します。これ」

 懐から一冊の本を取り出して、そのままリィゼインに差し出す。題にルナー家関連伝承集と書かれた本だ。これも内容を確かめてみたくなったものなのだが、今回は自分から手放してみることにしよう。

「え………い、良いんですか!?」

 きょとんとした表情をリィゼインが浮かべる。良いも悪いも無いと思うのだが。

「そりゃあまあ、返せって言われたら返さなきゃいけないものだし………いや、悪意とかは無かったんだよ。本当本当。ただ、ちょっと好奇心が湧いちゃってさ」

「わ、分かっていただけたら良いんですよ! 自警団さん達に伝えるのは、今回は勘弁してあげますけど、今度やったら、さすがに怒るんですからね!」

(よし、これでなんとかこっちがやったことについては誤魔化せた)

 扱いやすい相手で助かったというところだ。一番厄介な、自警団や兵隊に訴えられるということだけは無くなったのだから、僥倖だろう。

 そうして、次の話題に話を進めやすくなったのも良いことである。

「それで、そのご先祖さまですか? なんでそんな言葉を残したのか気になりますよね。普通、村には兵隊さん達がいるんですし、その人達の仕事でしょう? 村にある物を守るなんていうのは」

 リィゼインに本を受け取らせながらも、ルッドは彼女の家庭環境について尋ねてみた。わざわざ盗人を自ら尾行するような家訓のある家庭。気になるではないか。そんなにも、元兵舎にある資料を重要視する理由を是非とも知りたい。

「ふふん! 本を狙う人にとっては、やっぱり気になる様ですねぇ!」

 何故か自慢げなリィゼイン。ルッドから受け取った本を胸に当てつつ、鼻息を強くしている。

「で………どういう理由があるんだ………その家訓には………」

「ひっ……は、話しますって、話しますよぅ」

 どうやらダヴィラスの威圧感には慣れていなかったらしく、怯えながら話を進めてくれる。相変わらずダヴィラスの容貌は便利だ。交渉の場には常に居て貰いたい存在であろう。

「ええっとですねぇ。さっき、ご先祖様が兵隊さんだったって話はしたじゃないですか!」

「聞きました聞きました。けど、村の人間だっていうのなら、そういう人がいるのは普通ですよね?」

 何も彼女が特別というわけではないだろう。元々兵隊のための村だったのなら、そのまま村に帰化した兵隊だっていくらでもいるはずなのだから。そういう兵隊を先祖に持っているとしても、妙な家訓を持つ必要は無いように思う。

「そこがちょっと違うんですよねぇ。私のご先祖様は、ちゃんとした目的を持って、この村にずっと根を降ろすことにしたのですよ!」

「ちゃんとした目的?」

「はいぃ……。それというのも、さっき言った通り、村に本なんかを狙いに来た外部の人間がいれば、それを守るって言うものなんですけどぉ」

 そういうことになるのだろうが、こっちは何故、そんな家訓を残しているのかを聞きたいのである。

「兵隊としての義務感か……? だが、わざわざ子どもや孫やそのまた子供………まあ、子孫に至るまで…………そんな義務を……何故残す?」

「ううぅ………め、目つき怖いですねぇ……いえっ、すみません! ぎゃ、逆なんです。逆なんですってぇ」

 やはりダヴィラスには怯えているらしいリィゼイン。ルッドはダヴィラスに視線を向けて、ちょっとした意思表示をする。

(これからは、僕があれこれ聞いてみます)

 そんな意思が込められた視線だが、ダヴィラスへ完全に伝わるかどうかは分からない。一応は、これ以上リィゼインを怯えさせるのも、泣きだして困りそうだからという旨の配慮だ。

 ダヴィラスもその辺りは了承してくれたのだろう。一歩距離を置いてくれた。

「逆って言うのは、どういう?」

「あのぉ、兵隊さんって、そのまま務めるのなら、何時かは村を移動しちゃうのが殆どじゃないですかぁ」

「まあ……そうなのかな?」

 ラージリヴァ国の兵隊制度はそれほど知らぬが、長くその場に勤める人間よりかは、何年かで兵役を解除されるか、別の場所で別の任務に付く人間が多い様には思える。

「それじゃあ駄目だって考えたら、村に定住するつもりになったんだそうです。自分の兵隊としての使命を全うするため……ってことらしいですねぇ」

 つまり、常に村にいなければならない任務があるから、村に定住し、しかも子孫にもその任務を引き継ごうとした。ということだろうか。

 その割に、現在、その家訓を受け継ぐリィゼインがこの体たらくでは、不安が残るのでは。

(例えば僕が本当に強盗やらの類だとしたら、彼女一人じゃあ荷が重いよね)

 ただ、それでも任務とやらをずっと残したかったということだろうか。

「いったい、その任務の本質っていうのは何でしょうね。この村についての資料には、それほどの価値があるんでしょうか?」

「う、ううーん………その……その由来については、詳しく知らなくて………」

「知らない? 家訓の由来を詳しく知らないって……そういうことですか?」

「まーあ? そういうことになりますけどぉ………」

 少し拗ねた様に話すリィゼイン。相手からこれ以上の情報を得られないということになってしまった訳だが、まだ遣り様はある。

「………気になりませんか? 自分の家の、そのルーツについて」

「気になると言えば気になりますけどぉ………」

 心の中でほくそ笑む。これはなかなかにチャンスだ。

「今、あなたが持っているその本。そこに答えがあるかもしれませんよ」

 ルッドはリィゼインが胸に抱いた本を指差す。

「こ、この本は、あなたが『ホワイトナイト』から盗って来たものじゃないですかー!」

「そうですね。けど、今はファラッドさんの手の中にあります。勿論、宿に返すこともできますよね。そうだ、その方が良いですよ。中身なんか確かめずに、さっさと本を返すべきだ」

 盗んだ側の責任も無視して、こんなことを口にしてみる。彼女はどう返してくるだろうか。

「う、うう…………そ、そうですよねえ。返しちゃうべきですよねえ……こ、この本」

 目に見えて動揺している。分かりやすい相手だ。これならもう一押しと言ったところだろうか。

「大分悩んでる様子ですね。とりあえず一日、持って置いてみたらどうですか? 頭が冷静になって、ちゃんとした結論に至れるかも」

「そ、それは………確かに! べ、別にあなたに従うわけじゃあありませんからっ」

「ええ、そうですね。選択肢を提示しただけで、選ぶはそちら」

「くっ、失礼します!」

 そう言い残して、リィゼインは部屋を勢い良く去って行った。それを止めるつもりは無い。あの調子であるならば、恐らくはこちらの目論見通りになるだろうから。

「本当に………良いのか?」

 どうやらルッドがリィゼインをそのまま帰したことに、疑問を持っているらしいダヴィラス。

「良いんですよ。明日、多分また来ますよ、彼女」

 人の好奇心とは恐ろしいものなのだ。この場だけで終わる様な物じゃあない。それこそ、日が経つに連れ強くなる、毒のようなもの。

「彼女の心の中に、ちょっとした言葉の毒を仕込みました。あとはそれが浸透するのを待つだけってことですね」

 それまではじっくり待とうではないか。明日でこの休養も4日目。7日目までは滞在予定であるため、まあ、まだ、色々と探るには時間があるほうだとルッドは思うことにした。




「へえ、じゃあ、明日もお土産探しをするつもりなんだ?」

 夕食時になり、塩っ辛い食事をしながら、ルッドはキャル達と話をしていた。と言っても、内容は明日の予定についてくらいだろう。

 そろそろ、違う行動に出るのかとも思ったのだが、やはり土産物探しを続けるつもりらしいキャルとレイナラ。

「目当ての物がまだ見つからないんだよ………」

 どうにも疲れている様子のキャル。恐らくは今日一日、土産物屋周りをしていたことが良く分かった。

「石なんて、適当な物で良いと思うんだけど」

「それじゃあ駄目なんだよ!」

「わっ!」

 テーブルに両手をバンッと当てて、キャルが叫ぶ。どうにも迂闊な事を言ってしまったらしい。

「はいはい。落ち着きなさいな。ごめんなさいね。ちょっと目当てのものが中々見つからないから、ちょっと苛立ってるのよ。彼女」

 なるほど。2日目からずっと続けている作業であろうから、それでも見つけられないというのは、確かに嫌な事であろう。

「どうしようか。明日、僕も一緒に探す?」

 ルッドも予定というか、やる事はあるのだが、もしキャルが悩んでいるというのなら手伝いたかった。

「いいよそれは。あたし達だけで探すからさ」

 素っ気なく返されてしまう。なんだろう、こういう対応をされるのは、こっちだって腹が立ってくる。

「ふうん。じゃあ明日はこっちもこっちで自由にさせてもらうけど、良いよね?」

「………あ、ああ。良いぜ?」

 少しキツめに返した結果、向こうも一言二言、口にするだけで、会話が終わってしまった。気まずい空気を作ってしまったのは悪いと思うのだが、それでも謝るつもりは無かった。こっちだって、親切心を無碍にされたら、怒りを隠す気も無くなってしまうのだから。

 そうして沈黙は食事が終わるまで続いた。夕食が終わって温泉に入り、そのまま就寝すれば、朝である。




 ヴァーリの村に来て4日目の朝。朝食も昨日の空気を引き摺っていたため、あまり話すことも無く終わり、ルッドは自分の部屋で来訪者を待った。

 来るとしたら朝から昼に差し掛かる頃だろうと当たりを付けていたルッドは、予想通りの時間に部屋をノックする音を聞いて、返事をする。

「入ってください。待ってましたよ」

 来るのは当然の事だという態度を心掛けた状態で、ノックをしてきた相手、リィゼインを部屋に向かえた。

 こういう場合、待ちに待ったという態度は良く無いのだ。相手にこちらの弱みを見せることになるのだから。まあ内心では、そういう気分であるが。

(ここで話が繋がらないと、次に何を調べて良いか分からなくなるからね)

 だから、リィゼインが肩で息をしながらやってきてくれたことは、とても嬉しい事である。彼女が、ある決意をしてやってきてくれたということなのだから。

「………わ、私だけで分からないことがあったんですっ。どういう結論を出せば良いか、ぜんっぜん分からなくてっ」

 そうだろうとも。彼女が何を言いだすのかについても、ルッドには見当が付いていた。いま、その答えを口にすれば、彼女にとってはこちらが魔法使いか何かに映るかもしれない。だからこそ効果的であり、交渉のし甲斐があるのだ。

「本……読んだんですね?」

 リィゼインは、片手に手提げ袋の様な物を持って行った。恐らく中身は、昨日返したはずの資料だ。

 彼女はそれを『ホワイトナイト』へは返さず、まだ所有しているのだ。しかも、自身の好奇心を抑えきれずに、内容を確認してしまった。

「よ、読みましたっ。読みましたよぅ………」

 そうだろうとも。そうして、その内容が自分だけで判断できるものでは無かったため、ルッドへ泣き付きに来たのだ。何がしかの答えがこちらにあると考えて。

「僕はあなたが持っている資料については、まだ中身を確認したわけじゃあありません。だからその内容については何とも言えませんが………一つ」

 右手の人差し指を一本立たせて、相手の視覚においても、大切なことであることを強調させておく。

「ひ、一つ?」

「はい。あなたが自分の一族と大いに関わっていると考えている資料の中身について、あなただけでは、恐らく結論を出せません。何故なら、もし個人でなんとかできる問題なら、そんなに慌てたりしないからです」

 誰かを頼るためにここへ来たのだから、当たり前の話なのだが、推測により導き出し、こちらはそちらのすべてを知っているぞ。という演出のために、妙な言い回しを心掛ける。リィゼインは素直そうな性格であるため、大げさな演出の方が効果はあると踏んだ。

「手助けが必要です。けれど、その資料は不正な手段で手に入れたもの。手を貸せる人間は限られている。なら、僕がその手を貸しましょう。どうですか?」

 自分でも詐欺師紛いの事を言っていると思う。いや、紛いでなくそのまま詐欺師か。相手の思考を誘導し、まるで自分で選択したかの様に思わせる。そうして相手に、こちらが望む行動を取らせるのだ。これを詐欺と呼ばずに何を詐欺というのか。

(だからせめて、彼女に損が無い様にはしないとね)

 あくまで情報を得る事と、彼女が求める何かを提供すること。この二つだけが彼女に対して、ルッドが行なって良いラインであるとルッドは定義する。

(そこだけは間違えちゃあいけないんだ。ルッド・カラサという人間にとってはね)

 確かな矜持を胸に、ルッドはリィゼインと相対することにした。


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