第四話 次の調べものは
「ふむ………あれだけで良かったのか?」
「ええ。すみません。わざわざ話を聞かせて貰って」
まだまだ日の高い昼。来た時と同じルナー邸の門の前に立ちながら、ルッドはオンブルトと別れの挨拶をしていた。
と言っても、単に話を聞きに来ただけの身であるため、仰々しい別れなどあるはずも無く、お互い、一言二言交わして立ち去るだけ………なのだが。
「ナハルカンさんのお話……とても面白かったです。ああいう話って、資料とかが残されてたりはするんですかね?」
ゴルデン山について調べて行く中で、まず元になる情報源、つまりルナー一族から、直接話を聞くことはできた。ただ、時間はまだまだあるのだし、さらに一歩踏み出した調査をしてみたいと思い始めたのだ。
なので、次に何を調べるかのアテが欲しかった。このまま、話を聞かせてくれてありがとうとなれば、次にどう行動したら良いかが分からないままだ。
「資料か………昔、それこそ俺が生まれるよりずっと前、この村が出来始めた頃、だいたい国の兵隊さんたちに渡したって話だ。うちには無い。今はどこにあるやら………」
「そうですか。いえ、すみません。ちょっとした興味での話でしたから、大丈夫です。この度は本当にありがとうございました」
そう伝えて、ルッドはルナー邸を後にした。
さて、これから向かう先はどこが良いだろうか。空を見上げれば、今日がまだまだ続くことがわかり、一方でやることが無くなってしまった。
(どうしたもんかな。焦るわけじゃあないけど、調子が戻り始めてる今だからこそ、さらに何かをしたいって気持ちはあるんだ)
どこに行く当ても無く、村の中を歩き回る。何かヒントは無いか。いや、ヒントで無くても良い。頭を動かせる問題があれば、今はそれに飛びつきたい気分であった。
そんな考えを続けていたからだろうか。村を良く観察しているうちに、知り合いを見つけた。キャルとレイナラだ。
「あ、おーい。何してんの?」
「え? うわっ、兄さん!? 兄さんこそ何してるんだよ、こんなところで!」
慌てて振り向き、後ろにある何かを隠そうとしているキャル。ただ、隠しているものについて、ルッドが少し視線をズラせば、簡単に分かってしまう
「ええっと? 石の展示?」
「そうよ? ここは石屋さんなの。山で取れた綺麗な石だったり、珍しい石を、こんな風に販売してたりするのよね」
キャルの様に慌てず対応するのはレイナラだった。キャルの背後に隠された展示棚を指差して答えている。
ルッドがさらに覗き込んで見ると、小さな石が等間隔で棚に並んでいた。変わった形をしていたり、鮮やかな色をした石もある。また、なんの変哲も無い石も並んでいたりしていた。
「お土産か何かですか? これ」
「そうね。観光客が記念に買って行くもの。ちょっと社長と見て周ってたのよ。仕事場に飾ったりしても面白いでしょう?」
なるほど。確かにそれほど高い買い物でも無いだろうし、良い記念にもなる。これくらい小さければ、どこかに置いて邪魔になることもあるまい。
「ううーん。高く無いのなら、別に僕がどうこう口を出すことじゃあないんですけど………昨日も二人でお土産探ししてたんですね」
「あ、ああ。そうそう。そうなんだよ。せっかく観光地に来たんだから、そういうのも大事じゃん?」
何故か慌てた様子のキャル。まだ何か隠しているな?
「ふうん………ちょっと僕も見ても良い?」
どうにも気になってきたため、彼女らがどの様な石を見ていたのかを確認しようとする。
「ええ、いいわよ? ほら、社長もどいて」
しまった、自分の行動は的外れだったか。あっさりと展示棚から退いてしまうキャルとレイナラ。
「へえ………これがお土産用の」
とりあえずじっくり眺めてみるものの、何かが分かりそうな石は存在しない。というか、ルッドには石に関する知識というものが無かった。
「ほら、また石選びしたいから、兄さんはあっち行っててくれよ」
「うわっ……何も押すことは無いじゃないか」
キャルがルッドの体を押して、展示棚の近くから離す。この様子を見る限り、石自体にはルッドに勘付かれたくない何かがあるらしい。それでも、ルッドは気付かないだろうという確信があって、レイナラはルッドに展示棚を見せたようだ。
(ううーん。気になるけど、多分警戒されてるよなあ………)
ここで彼女らと同行しようと提案すれば、何かと理由を付けて断られるかもしれない。とりあえず今は、ここを離れた方が良いか。
「それじゃあ、僕はまた散策を続けるけど………二人は明日もまたこうやってお土産を探すの?」
「うーん。とりあえず目当ての物を見つけたらだな………いや、なんでもない」
再度、慌てて視線を逸らすキャルであるが、やはり何かを探して回っていたらしい。それが分かっただけでも僥倖だ。
「もし予定が入れば、教えてよ。僕の方も色々別行動することになるだろうしさ」
キャル達の動向も気になるが、ゴルデン山についても継続して調査を続けなければ。こうしている間にも、興味がどんどん湧いてくるのだ。
(良い休養期間になりそうだよ。本当)
ここに来て良かった。ルッドは強くそう思う様になった。
「昔の本? うちじゃあ取り扱ってないよ」
「やっぱり、そうですよねえ」
ルッドは、村の中を歩き回るうちに、貸本屋を見つけたので、そこに立ち寄ってみた。ゴルデン山の物語について書かれているかもしれない古本を探すためだったが、店主に尋ねてみても、首を横に振るのみである。
村そのものが新しいのだから、こういう貸本屋にある本も真新しい物ばかりだろう。古くから村に存在しているはずのルナー邸も、そこにある分は国の兵隊が持って行ったらしいし。
(あれ? ちょっと待てよ? なんで一族が所有している本を、国が持って行くんだ?)
肝心の事に頭が回っていなかった。確かに国家には、一個人の所有物を押収できるだけの力はある。しかしそういう力は、国側になんらかの得があってこそ行使されるものであるはずだ。
つまり、国がそれだけの事をする価値が、ルナー邸の資料にあったということ。もしかしたらリハビリではじめたこの調査が、もっと大きな何かに変わるかもしれない。
俄然やる気が出て来るルッドであるが、それでも、次の一手が無いという状況は変わらない。
「何か………無いんですかね? なんだって良いんです。こう、昔のゴルデン山周辺の資料や文献なんかがあれば、とても助かるんですが………」
手が無い以上、できることと言えば懇願くらいだ。ある意味では最後の手段であるのだが………非常に心許ない。
「そうさなあ………そもそも、昔の文献なんてのは、大半は総領主様が所蔵してるだろうし………この村にゃあ………いや、だったらあるかもしれんな」
「本当ですか!?」
最後の望みが繋がったかもしれない。そんな喜びで、つい大声を上げてしまった。こういう風に感情を表にだすのは、商人として良くないことだ。慎まなければ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。もしかしたらって話なんだ。この村が出来始める時、真っ先に出来た物は知ってるか?」
「真っ先に………ここは元々、監視役の兵士が駐在するために出来たんですよね? 普通に考えれば、その兵士達が泊まる場所になりますが………」
「そう。今じゃあ、村でそれぞれ一、二を争う宿になってるが、元々は兵士達の詰所だ。中にはその時代の名残がまだあるらしくてな。そこでなら、村の歴史について綴った文献だって、あるかもしれない」
店主の言葉にルッドは頷く。そうだ。もしこの村で古い書物を見つけようとするのなら、同じくらいに古い場所を尋ねるべきだったのだ。第一に古いのはルナー邸だろうが、そこには無かった。では、その次に古い場所へ向かうというのが常套手段であろう。つまり………
(『赤宝亭』と『ホワイトナイト』。今じゃあ村の代表する宿になっているこの二つに、僕が求める資料があるかもしれない)
次の目的が決まった。ルッドは貸本屋の店主に礼を言うと、足早に店を出て行った。ここから近いのは『赤宝亭』。そこへ向かうのが、ルッドがまずやるべきことであった。
『赤宝亭』は名前の通り、赤レンガ造りで、建物の全体の色が赤いという印象を受ける。勿論、目が痛くならない程度に色は抑えられているのだが、派手であることには違いない。
実際、落ち着いた雰囲気の場所では無いらしく、この宿に泊まっている観光客を見ると、どこか華やかな服装を着込んでいる者が多かった。きっと宿の中では煌びやかな催しなども行われているのだろう。
さて、そんな『赤宝亭』であるが、その歴史はほぼ村の歴史そのままと言える。村と山の位置関係を見るに、『赤宝亭』はゴルデン山の入山口近くに存在していた。つまり、山への立入を禁止する兵士達のための建物であったのだ。
今では別に兵士の詰所というものが存在しているが、かつては『赤宝亭』がその役割を担っていた。改装されて、見栄え良くはなっているものの、元々この赤レンガ造りの建物も、頑丈さを追求して建てられた物らしい。
名前の由来は、宝であるゴルデン山を守る赤い館であるという事から。はじめての宿泊客は総領主一族の―――
「いや、そこまで見なくても良いか」
ルッドは『赤宝亭』の玄関近くにある石看板を見ていた。宿の成り立ちが仰々しく書かれており、とりあえずの情報を得るのには使える。いや、何に使えるかはまったくわからないが。
「何にせよ、どうやって『赤宝亭』内を探るかだな」
来客でもないルッドが、いきなり尋ねて、宿内部で気になる場所があるかもだから、調べさせて欲しいと頼んだところで、はいそうですかと了承を貰えるとは思えない。
(ふむ………なら、了承して貰える状況を作りだせば良いわけだ)
そのためには、狙い目の人間を探さなければならない。さてどこにいるかと周囲を見渡すと、慌ただしく働いている宿の従業員を見掛けた。若い女性で、仕事の邪魔にならない様にするためだろう、茶色混じりの髪の毛を後ろで纏めている。しかし、どうにも動きがぎこちないため、まだ新人か経験の浅い人間であることがわかる。まあ要するに御あつらえ向けの相手だということ。
「あー。すみませんすみません。そこの人、ちょっと良いですかー?」
「はいー? な、なんでしょうかっ!?」
どうにも宿に籠に入れた洗濯物を取り込んでいる最中であるらしく、それを抱えた状態でルッドの方を振り向く。洗濯物は大量にあるため、顔が隠れてしまっているのだが、話しが通じるならそれで良い。向こうを少しでも焦らせるのにも役に立つかもだし。
「失礼します。僕はルッド・カラサと申す者で、ホロヘイの方で商人をしておりまして………大丈夫ですか?」
「はぁ……はぁ……。はいっ! だ、大丈夫です! 商人さんですねっ!」
元気が良いことであるが、とりあえず洗濯物を入れた籠を置いて話せば良いのでは。いや、焦れば焦るほど交渉はやりやすくなるのだが、罪悪感が少し湧いてしまう。だからと言って、手加減するつもりなど毛頭ないものの。
「はい。商人です。商人としての仕事でもあるんですが、ここら一体の宿についての評価もしておりまして」
「ひょ、評価!?」
勿論、嘘である。商品を扱う傍ら、観光地の情報を集め宣伝する商人というのも実際存在しており、儲けを出している商人だっていたりはする。だが、それには口が達者であったり、独特のセンスが必要になってくる。一種の才能業であるため、ルッドがそれを取り扱うことは無かった。
だが、あえてここはそういう商人であることを演じてみることにした。この『赤宝館』内部を調査するために。
「これから冬も本番になってきて、ホロヘイでもこの村にやってくる観光客が大勢いるんですよね。そういった方々にオススメの宿を幾つかピックアップしようと思っているんですが……『赤宝館』は有名ですからね。とりあえず中をざっと見せていただければ助かるなと思い、その許可をいただきたく」
「は、はい! ちょ、ちょっとお待ちくださいね! 責任者をお呼びしますのでっ!」
慌てて宿の中へと走って行く女性従業員。
(うん。人選に間違いは無かった。いちいちこっちの立場を探らず、自分の手に余るからって、上の立場の人間を呼び出してくれるんだもの)
こういう交渉の場で一番厄介なのは、有無を言わさず門前払いされることだったのだが、それはなんとかクリアできたわけである。
今後の展開としては、再びあの従業員が戻ってきて、上役を紹介しに来るというものが予想できるが。
(あ、きたきた。早いな)
女性従業員が、パタパタと走りながらこちらにやってきた。さすがに洗濯物はどこかに置いてきたらしいが。
「と、当宿の部屋長が、一度会いたいと、言うことなのですが、よ、よろしいでしょうかっ」
「あはは。落ち着いてくださいよ。息も荒いです。とりあえず呼吸を整えて。よろしければ、お名前を教えて頂けますか?」
これ以上、目の前の従業員にとやかく言うのは気が引けてきたため、空気だけでも和やかにしておこうと思う。
「わ、私ですか! リィゼイン・ファラッドです!」
接客の仕事をする人間として、元気があって大変良いことだと思うルッド。経験を積んでいけば、今は無い慎みだって身に付けることができるだろうし。
『赤宝館』の内部へと案内されたルッド。辿り着いたのは、来客用の一室である。大きな宿にはこういう部屋もあるのか、宿に泊まりに来た客では無く、ルッドの様な別件で宿を尋ねて来た人のための部屋らしい。
中は小さな個室になっており、数人が座って話し合える様、机とそれぞれの対面に椅子が置かれていた。
「ほう、ミース物流取扱社でございますか………」
今はその椅子の一つに、部屋長という立場の男性が座っている。名前の通り、宿内部の部屋とそこに泊まる客の管理を取り仕切っている人間らしい。その隣には、ルッドを紹介してくれたリィゼイン従業員が座っていた。
「文字通り、各地域を周って商品販売をさせていただいてるのですが、それに合わせて、その地方の名所に関する情報だったりを纏めていまして」
「ふむ。確かにこの村なら、名所は温泉。となると、宿の紹介をするために尋ねるということは当然でございますね」
部屋長の言葉に頷く。向こうが勝手に納得してくれるのなら好都合である。話をそのまま進めさせて貰おう。
「幾つか宿を見て回らせていただくつもりなのですが、まずは村の代表的な宿ということで、こちらの『赤宝館』を訪ねました………大丈夫ですかね?」
あまり偉そうにはせず、と言っても下手に出ることもしない。バランス感覚が大事だ。そういう態度の方が、相手に好印象を与える。
「幾つかの部屋と、そうですね。人の少ない時間帯で、大浴場の内部を案内することはできます。時間的には、今なら丁度良いですが」
「良かった。とても助かります。ただ、宜しければ一つ調べる物に追加させて欲しい場所が………」
「と、言うと?」
ここからの話が大事である。普通に宿を案内されてしまったら困るのだ。こっちの目的は、この宿にあるかもしれない過去のゴルデン山に関わる資料なのだから。
「ヴァーリの村は、もうホロヘイじゃあ知らない人の方が少なく、村の代表的な宿である『赤宝館』の紹介についても、あちこちの商人が行っているのが実際です。こちらの立場で言うなら、普通の紹介じゃあ目も向けて貰えない」
眉を曲げ、目線を落として、大変に困っているという表情を浮かべる。勿論演技だ。
「だからこそ、調べる場所を追加して欲しいと仰られる?」
「はい。というのも、村は温泉で賑わっているわけですが、一方でそれだけでは飽きが来るというのが人情です。お湯に浸かってゆっくりするだけというのもなんでしょうし………」
「確かに、観光客の方々は、まず温泉に浸かり、一息吐いた後に、ここには他に何か無いかと尋ねてきます。村の中には、そういった客人用の店などもあるのでございますがねえ」
宿の中で完結する形ではない。そこが考え物だという表情をしている。村全体で観光振興をしようとする意思の纏まりはあるものの、自分のところで稼げるのなら稼いでおきたい。そんな意図があるのかもしれない。
「その件で一つ、考えていることがありまして、この『赤宝館』。歴史はそれなりにあるとか?」
「歴史というか、この宿は元々、兵士の方々がお休みなさる場所でございましたから」
「そこを改修して現在の形にしたという話でしたよね? でしたら、もしかして、改修前の部分が残っていたり?」
「はあ……確かに、そういう場所もございますが、お客様をお通しするような場所では―――
「いえ、それが大事」
そう。兵士たちの詰所であった場所が、まだ残っているという事実が大事だ。かつてルナー邸にあった資料がそこにあるかもしれないのだから。
「呼び覚まされる古き時代。まだ村がその形を十分に成していなかった時からある部屋となれば、こちらの宿に来られる客人の何割かは、興味を持つと思うんです」
それを宣伝させてくれないかとルッドは部屋長に尋ねた。もちろん、今さっき考えた方便だ。
「まあ確かに、外の人間であればそういったことに興奮するというのは分からなくもありませんが………」
「何か問題でも?」
「単純に、古い箇所もございまして、立ち入りを禁止させていただいている場所もございますれば………」
一からの立て直しではなく、外付けの改修ばかりしていると、そういう場所が出てくるのだろう。わざわざ建て替えるほどの必要性が無ければ、危険立ち入り禁止の札を貼るだけで済む。
「ふむ……確かにそれは……紹介する側としても心許ない」
「でしょう? 面白い話だと思いますが、その件に関しては、正直お勧めできませんな」
「いや……でも……しかし………諦めきれないというか……。一度、調べさせて貰いたいなあ」
少しゴネてみる。これで無理なら別の作戦を考えなければなるまい。
「わざわざ来ていただいて恐縮ですが、何時床が抜けてもおかしくない場所に、商人の方を案内するわけには………」
「うん! この際、温泉や部屋の案内も必要ありません! なんとか、この目で他とは違ったところがあるということを確認しておきたいんです。それでもダメですか?」
「案内を……ですか?」
むしろ人の付添いは無い方が良いというのがルッドの実際であるが、あえて譲歩という形を演出してみる。そうして譲歩された側は、こういう場合、覚えなくても良い罪悪感を抱えることになるのだ。向こうが意見を妥協しているのだから、自分もしなくてはと。
「………わかりました。しかし、幾らなんでもあの様なところに、一人で行かせる訳にはいきません。ファラッドさん」
「は、はい!?」
ルッドと部屋長の会話が続く中、眠気を感じたのだろう。うつらうつらと船を漕いでいたリィゼインが、顔を上げて勢いよく返事をした。
「この方を、旧館の方まで案内してください。あなた自身も、くれぐれも注意してくださいね。頼みましたよ?」
「あ……はい! わかりました! 精一杯やらせていただきますっ」
元気一杯と言った様子のリィゼイン従業員であるが、ルッドにとっては、実際はいない方が良かった。
(うーん、どうしたもんかな? 資料を探す時は、なんとか誤魔化す方法を考えないと………)
とても自分勝手な事を考えているルッド。自分でも、悪い奴だなあと思ってしまう。だがしかし、火のついた好奇心というのは、中々消えないものだ。
「しかし旧館ですか? 実際は明確に場所が分かれて?」
「いえいえ。新館……つまりこの部屋を含むお客様がお泊りになられる場所ですが、さらに奥の空間というものがありまして、そういう空間を纏めて旧館と。一応、立ち入り禁止の立札を置かせてもらっているのですが、勝手を知った従業員などは、利用するときが偶にございます」
まるで隠し通路か何かだなとルッドは思う。これはこれで、自分の好奇心を疼かせる。方便等は抜きにして、『赤宝館』の面白みがそこにあるのではないかと、ルッドは考えていた。