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北風の道  作者: きーち
第十章 休養は湯煙と共に
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第二話 リハビリを始めよう

 ヴァーリにある宿、『サラマンドラの息吹』は、総領主一族であるレイス・ウルド・ライズから紹介された宿だ。

 他の総領主一族が利用する時もあるが、それでも比較的手ごろな値段で部屋を借りられる。さらに、レイスからの紹介ということであれば、それなりに持て成しも期待できるらしい。

 しかし、その持て成しの具体的な内容なのだが。

「サラマンドラとは、遠く離れたフォース大陸という地に棲む生物のことです。サラマンドラは背中に火を燃やす不思議なネズミだそうで、その炎の化身のような動物から名前を貰い、サラマンドラの息吹と―――

 この様に、ルッド達に対して、宿の主が延々と宿の来歴を語っている。なんでも結構な由来があるらしいが、正直なところ、どうでも宜しい。

 ホロヘイからの道中、徒歩でやってきたため、3人ともに足が疲れているのである。だから部屋に案内されたあと、ゆっくり湯に浸かる腹積もりでいた。だというのに、宿に来るなり、店主直々に出迎えて来て、この様な説明を始めるのである。

(一応は、応接間みたいなところに案内されたし、柔らかいソファーに座れてるんだから良いけどさー)

 せっかく温泉街に来たというのに、知らぬオジサンの話を聞くだけというのはなんとも退屈だ。というかなんだあの髭面は。黒い髭が真四角に唇の上についてるというのはどういうファッションなのか。こっちではそういうのが流行っているとでも?

「ちょっと良いかい? 店主さん」

「おや? 何ですかな、お客様」

 痺れを切らしたのか、まだまだ続きそうな店主の話の途中で、キャルが口を開いた。

「話の途中、すっごい悪いんだけどな。あたし達、結構疲れててさ………」

「なんと! いや、これは失礼しました」

 迫真の演技というか、本当に疲れているため、キャルの言葉は店主に通じたらしい。意味は早く部屋に案内しろだ。

「レイス様の紹介ということで、こちらも少し気が入ってしまっていた様ですな」

 さっさと真正面から言えば良かったか。しかし、それを言えぬのが人間関係と言うもの。今日初対面のこの店主とですら、そういう物がある。

「ええっと、レイスさんはこの宿に良く来られるんですか?」

 申し訳なさそうにする店主を気遣い、ルッドは世間話をしておくことにする。勿論、ずっとここで長話は嫌なので、ソファーから立ち上がり、部屋に向かいながらでの会話であるが。

「そうですな。年に一回は必ず。と言っても、来るのはもう少し冬が深まる頃合いですが」

 ルッド達の荷物を持って、店主が歩きはじめる。体格がとても良いため、全員分の荷物を事も無げに運んでいる。

「やっぱり、総領主一族御用達の宿が結構あるって、本当の事なのね」

 嬉しそうに言葉を発するのはレイナラだ。自分達の泊まる宿が、それなりの物であることが喜ばしいのだろう。

「まあ、当宿は一流を自負しておりますが、本来総領主一族の方々となれば、さらにグレードの高い………村に入った際、二つ、大きな宿が見えたでしょう?」

「…………あったな。…………赤レンガ造りの建屋と…………白い大理石で作った建屋。色が対照的だが……どちらも大きかった…………」

「え、ええ。そ、それです」

 店主は、口を開いたダヴィラスに恐怖を抱いたらしく、冷や汗を流しながら返答している。ダヴィラス本人にとっては、なんとも不憫な事なのだろうが、彼の長所がここでも有効というのは、ルッドにとっては頼もしい話だ。

「本来は、あの二つの宿に総領主一族が泊まると?」

 話の展開からして、そういうことだろうとルッドは予想する。実際、店主は頷いた。

「赤い宿の方が『赤宝亭』。白い宿が『ホワイトナイト』という名前です。どちらも見ためからして憶えやすいでしょう」

「まあ………はい」

 むしろそのままの名前の様にも思える。普通、ここの宿の様に、凝った名前を付けるものではないだろうか。それとも違う?

「二つは元々、ヴァーリに勤める駐在兵目当てに経営していた宿でしてな。ところがこの町が観光地として賑わうことになり、あれらの宿が急速に成長したわけです」

「ああ、先んじた者の特権ってやつですね。どんな業界も、一歩早く動いたところが圧倒的に有利だ」

「それもありますが、駐在兵用の宿として使われていた経緯から、国と比較的近い立場だったというのも大きな理由でして。総領主一族がこちらへ泊まりに来る際、その多くはどちらかの宿で。ということになっているのです」

 分かる話ではある。信用の問題なのだ。既に国家と良い距離で付き合う組織を、総領主一族が優遇するのは当たり前の話で、結果、その組織が御用達という宣伝文句を手に入れることになるのだろう。

「ですけど、レイスさんはそうでは無いってことなんですかね?」

「ええ、あの方には随分と懇意にさせていただいて。当宿の評判も、おかげで随分と高く………」

 一応は、この宿も御用達の宿になることができているというわけだろうか。しかし総領主一族というのは、やはりかなりの権威があるものらしい。一族の中心人物でなくても、ちょっとした事で影響を周囲に与える。

「なんか、そのレイスって人、やっぱり他の総領主一族に思うところでもあんのかね?」

「え?」

 キャルが突然、小声でそんなことを尋ねて来た。その言葉の意味がわからず、ルッドは疑問符を浮かべる。

「え? って、そのレイスさん、デカい二つの宿以外に泊まるっていうのは、なんかの狙いがあるってことなんだろ? 何時もの兄さんなら、そう言うと思ってたんだけど………」

 睨むというより不安気な視線。どうしてしまったんだこの人は。と言いたげな感情を、その顔から見ることができる。

「………ごめん。まったくそういう考えが頭に浮かばなかった。本格的に調子が悪いみたいだよ、僕」

 額に指の先を当てる。ここに来て、漸く自分の精神的な疲労が相当な物であるという自覚がでてきた。

「あのさ、兄さん―――

「こちらの背火の部屋と、あちらの腕火の部屋がお客様にお泊りいただく部屋です。荷物等は戸締りさえ確認していただければ、部屋に置いても構いませんので」

 キャルとの小声話が、店主が声によって中断される。

「あ、はい。ありがとうございます」

「鍵はこちらとこちら。温泉の方は入っていただいた玄関を右手側に進んだ場所にありますので、早朝以外の時間帯なら何時でもご利用できます。それでは」

 店主が一礼をしてから、ルッド達に手荷物を返し、その場を去って行った。




「うう………深刻だなあ」

「部屋に入るなり………頭からベッドに突っ伏して…………どう、したんだ………」

 案内された二つの部屋の一つ。腕火の部屋で泊まることになったルッドとダヴィラス。ダヴィラスは部屋に入って一心地吐いた後、何か荷物を探っている。ルッドはと言えば、ずっとベッドの上でだらだらとしていた。

「ダヴィラスさんも分かるでしょう? 僕、なんか本調子じゃないみたいで………」

 しかも、いったいどうすれば良いのかが分からない。自分が危機的状況だというのに、その解決方法が見つからないというは、とても不健全な状態だ。精神状態がどんどん悪くなっていく感覚である。

「…………ほら」

 ダヴィラスが手荷物から何か取り出し、ルッドに向かって投げる。それはルッドの後頭部に当たるも、別に痛くはなく、むしろ柔らかく薄い感触だった。

「うん? これ……」

 それは布だ。長い布。というかタオルだ。

「温泉に行くなら………入った後に…………体を拭く物が必要だろ………いくぞ」

 ベッドから起き上がって、さっさと着いて来いとジェスチャーで示すダヴィラス。まだベッドにごろごろとしていたい気分であったが、ルッドはダヴィラスの指示に従うことにした。




 宿「サラマンドラの息吹」にある温泉は、大理石で組まれた大浴場である。タイルの張られた床以外は白一色のそれであるものの、温泉の湯気の効果なのか、若干、黄色く変色している。これもまた風情だろう。

 換気用の窓が一つ開いており、そこから入る冬の冷たい風と温泉の温かさが、浴場内を適度な温度にしてくれている。

 浴槽も広く、湯船は10~15人は浸かれそうな大きさだ。そんな場所であるが、他の人間の入る入浴時間からずれていたのだろうか、二人だけが湯に浸かっていた。

 ルッドとダヴィラスだ。

「………」

「…………あの」

「………なんだ?」

 並び、湯に浸かっている二人。ダヴィラスがずっと黙ったままなので、ルッドは、何故こんな時間帯から温泉に誘って来たのか聞いてみることにした。

「何か用があって、温泉へ来たんですよ……ね?」

 ずっとダヴィラスが仏頂面なので、彼がそれほど怖い人間ではないと知っていても、少し緊張してしまうルッド。

「…………湯に浸かって………それなりに落ち着いたか?」

「えっと………いや、良い湯だとは思いますけど…………」

 気分的なそれで言えば、今の状況への疑問の方が大きくはある。ただ、温泉という場所は、どうにも気分が良くなる事だけは確からしい。どこか心が解される。

「どんな……悩みがあるかは知らないが……………考えたって……仕方の無い事はあると………思うぞ」

「そうなんですかね。今まで、頭さえ働かせれば、解決できるものばかりだったから………」

 不安で仕方がない。精神を如何に立て直せば良いかというのは、これまでの人生で学んでこなかったのだ。

「いったい………何に悩んでいるんだ? 話しても良いことなら………口に出してみるのも……良いんじゃあないか?」

 ルッドは湯船の中で姿勢をさらに低くし、口元までを湯につける。ダヴィラス相手なら、別に話したって構わない。構わないのだが、やはり気恥ずかしさがある。

 ただ、恐らく、ダヴィラスがルッドを温泉に誘ったのは、こちらの悩みを聞き出すつもりがあったのだろうから、何時までも黙ってはいられなかった。息継ぎの限界もあるのだし。

「ぷはっ………ダヴィラスさんは、どこの町出身なんでしたっけ?」

「生まれも育ちもホロヘイだ…………といっても、郊外の農家出身だが…………」

「偶に、懐かしくなったりはしませんか?」

「そりゃあ……なあ。だが……会いに行ける距離だから……………そうか、あんたの悩みはそういった類のものか………」

「まあ…はい………………………」

 自分はホームシックであると、遂に伝えてしまった。かなり気恥ずかしく、一旦、頭まで湯船に浸かるルッド。何時までも浸かってはいられないため、暫くした後に顔を出す。

「はぁ…………ダヴィラスさんの言う通り、あれこれ考えたって仕方ないことなんでしょうけど」

「だが………口に出してみて……少しは楽になった……………違うか?」

「え? そりゃあ、まあ」

 内心を外に吐き出すだけでも、多少は重苦しさが無くなる。もしやダヴィラスは、それをさせるためにルッドをここに連れて来たのか。

「その悩み……手っ取り早い解決方法を考えるなら………故郷に帰ることであるのは…………わかっているな?」

 ルッドは頷く。ホームシックに掛かったのなら、一度故郷に戻ってゆっくりするのが一番だろう。勿論、郷愁の念がさらに強くなる可能性もあるが、だいたいはそれで治る。

「けど……それは無理ですよ。僕はこの大陸を離れるつもりなんて、これっぽっちも無いんですから」

 それが仕事だから。というのもあるのだろうが、それ以上に、ルッドはこの大陸を離れたくないという強い気持ちがあった。

 こういう気持ちがホームシックと両立するのは驚きである。この大陸で、商人としての立場を強くしたいという出世欲と言えば良いのか。そんな感情が、故郷へ帰りたいという思いを上回るのである。

「難しいなあ……………こうやって湯に浸かって………ぼうっとしているだけで、気は少し楽になるんだろうが…………」

「それだけじゃあ、何か足りないのかも。ああ、くそっ。このままでどうするんだ、僕………」

 焦りだけが先行して湯自体も楽しめない。なんのための休養期間なのか。

「あんたの悩みについては…………どこまで理解できるかは……わからないが。リハビリというのも………有りかもしれないな」

「リハビリですか?」

 どういうことを提案するつもりなのだろうか。まったくわからないルッド。何時もの調子なら、気付くことができたのか?

「あんたは…情報を集め……頭を動かして……その裏にある物事を予測する。それを……武器にしてもいる。今はそれが無理だから………焦っている…ということで……良いんだな?」

「言ってしまえばそうですけど………」

 また端的に表現されたものだ。これでも心の中はかなり複雑な思いが渦巻いているというのに。

「だから……リハビリだ。何だって良い………この村では宿が多いから、宿同士の確執なんかを探るのでも……良い。それを探って……何かをするわけじゃあ無く………ええっと」

 言葉に詰まるダヴィラス。だが、彼の言いたいことはわかる。

「ようは、情報を集めて頭を働かせるってだけで、別に何をするでもなく、その過程で何時もの調子を取り戻せって、そういうことですか?」

 だからリハビリということだろう。その過程で危険を冒す必要はない。というか、そこに危険があってはならない。ただ、何時も仕事上でやっていることを、今回もなんとはなしに再現してみたらどうだという話。

「ここでの滞在は一週間…………丁度良い……暇つぶしにもなるんじゃあないか?」

 特に意味の無いことであるのだが、それでも、今の状態のまま、本物の仕事を始めてしまうよりかは、ずいぶんマシかと思えた。

「そうですね………商人としてはなんでも良いから情報を集めるという行動は、当たり前のことかもしれませんし………っと、そろそろ出ます」

「……ああ」

 さすがに長湯になってきたと思う。ルッドは湯船から立ち上がり、大浴場から出ようとする。しかしその前に。

「ダヴィラスさんは、出ないんですか?」

 自分と一緒にやってきた以上、彼も結構な時間、湯船に浸かっているはずなのだが。

「んー…………ああ、もう少し………だな」

 言葉の内容と正反対に、浴槽に深く体を沈めるダヴィラス。随分と気分が良さそうだ。

(もしかして………僕を誘ったのは、自分がさっさと温泉に入りたかったからか?)

 ルッドがなんだかややこしくて長そうな話をしてくると感じ、どうせなら温泉で聞こうと思ったのかもしれぬ。

(まあ、それくらいの気分で聞いてもらった方が、こっちも気楽と言えば気楽か)

 気分が多少楽になったのは確かなのだし。ルッドは今度こそ大浴場から出ながら、そんなことを考えていた。




 さて、情報を集めるとなれば世間話からだ。これは真っ先にやらねばならぬことだと思っている。なにせどんなことについての情報を集め、どの様な裏を探るかを決めなければならないからだ。

 ダヴィラスが言っていたような、宿同士の確執についても良いのであるが、そういうのは調べた結果、こちらがちゃんと利益を得る目的が無ければ、単なる下種の勘繰りになってしまう。

(リハビリって言うくらいだから、調べてて罪悪感が無さそうなのが良いんだよな)

 商売や仕事に関わらなければ、こちらにも情報をえり好みする権利がある。どうせならば楽しんでできる事をしたいものだ。

 なのでルッドは、宿について話すのが好きそうなあの店主に、もう一度会いに来ていた。彼は丁度、温泉の脱衣所を出た先の廊下を掃除していたので、本当になんでもないように、ルッドは話しかけてみた。

「いやあ、良いお湯でしたよ」

「おや、もう入ってらっしゃったんですか? これはまた、随分と温泉がお好きなようで」

「あ、いえ。湯が好きなのはもう一人の方でして。僕はその付き添いで………けど、浸かっててリラックスはしましたよ。さすがだ」

 会話は長引かせるため、相手が望みそうな話題から始めてみる。恐らく、今のところは良く頭が回っていると思う。うん。調子が悪いと言っても、これくらいはできるじゃあないか。

「効能は肩凝りの改善と肌荒れの予防。それと打ち身にも効果があります。要は疲労回復ですな」

 頼んでもいないのに、温泉について語り始める店主。今はこれが望むべくものであろう。問題は、どういう話題から調べる物を見つけ出すかであるが。

「温泉ですか………それもやっぱり、ゴルデン山のおかげってやつなんですかね?」

「ええ。あの山が無ければ、温泉なんてここにはありませんし、むしろここは極寒の地となってしまうでしょうなあ」

 話を進めていて、少し自分にとって興味がありそうな話題が思い浮かんできた。この店主が、その話についての情報を持っていれば良いのだが。

「ゴルデン山は、年一回の入山が認められてますが、やはりその時期になると、ここは随分と賑わうんでしょう?」

「それは勿論。掻き入れ時という奴でしてね。空き部屋のある宿など、村にまったく無くなる程で。村の空き地でテントを立てる方までいらっしゃいます」

 大陸中の人間から畏敬の念で見られる山だ。そこへ立ち入られるのが一年に一度だけだとしたら、その日にこの村に来ようとする人間は幾らでもいるだろう。

 そうしてその数は、宿に特化しているはずのこの村の収容人数すら越えているに違いない。

 そんな山だからこそ気になった。この村はゴルデン山の麓に存在するのだから、山に関する情報も他の地域より沢山あるだろう。最近、火山に関わる事で、かなり興味深いことがあったせいか、ゴルデン山について調べるのも面白そうだとルッドは思うようになったのだ。

「山頂付近には、火口なりなんなりがあって、山に登るのはそれが目当てだったりするんですかねえ」

「ふむ? どうやらゴルデン山に興味をお持ちの様ですな?」

 店主の言葉を聞き、しまったと思う。別にこちらの意図が向こうに分かったって構わない話題なのであるが、それでも、交渉のリハビリということであるならば、まずいことである。

 何時ものルッドであるならば、向こうに何の意味も無い世間話と思わせながら、情報を引き出すことができたはずなのだ。

「ええ。やっぱり、この村に来た以上、あの山のことは色々と聞きたいと思うのは人情でしょう?」

 一度バレてしまったのならば、誤魔化したって仕方あるまい。今回の失敗を反省しつつ、話を進める。意図がバレても構わない話題というのは、こういう挽回だって可能なのだ。

「確かに。宿に泊まるお客様方の中で、ゴルデン山に興味を持たれる方は少なくありません。あなたの様に、尋ねにいらっしゃるお客様も」

 清掃仕事の手を止めて、ルッドと話を続ける姿勢になる店主。わかっていた事だが、彼もまあ話し好きだ。

「そういうお客さんって、具体的にはどういう話を聞きたがるものなんですかね? そちらも興味あるなあ」

 何から聞き出そうかと考え、店主が話しやすい話題が良いだろうと、彼が何時も話しているかもしれない話を引き出してみる。

「そうですねえ。景観の良い場所………山の標高など、色々ございますが………そうだ、ゴルデン山に纏わるある物語というのはどうでしょうか?」

「物語……ですか?」

 ルッドの言葉に、店主がニヤリと笑う。まってましたと言った顔だ。

「歴史と表現しても良いかもしれませんな。ゴルデン山の歴史はノースシー大陸の歴史。山はそこに幾つもの歴史を秘めている。そこには、人智を超えた奇跡のような物語も………」

 前口上が始まったのだろう。店主は身振りを交えながら、ゴルデン山に纏わる一つの物語を口にしはじめた。

 ルッドはその物語を真剣に聞くつもりである。単純に面白そうだというのもあるが、ゴルデン山が関わる昔話、それはこの国の風俗や風習を知る上で重要な物である様にも思えたのだ。

「山の伝説ってことですかね?」

「ええ、そう考えていただいて構いません。これから話す物語は、まさに伝説のそれ。なにせこの国に舞い降りた、火の神とも大きく関わる話なのですから」

「火の神………ですか」

 ルッドはその単語に驚きの声を上げそうになるも、なんとかそれを押し殺した。火山に関係する話なのなら、それが出てきてもおかしくは無い。だからルッドは、静かに、店主に話の続きを促すことにした。



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