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北風の道  作者: きーち
第九章 偶然か必然か
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第十二話 そこにある必然

 朝である。相も変わらず固いベッドからの起床だ。ルッドは痛む体を無理矢理起こしていく。ただし気分はそれなりに良かった

「うん。仕事を成し遂げた後っていうのは、それなりに熟睡できるもんだね」

 昨日、バッハブルと朝から行った交渉は、その日の昼過ぎまで続いた。かなりの長丁場だったが、話の方向は、最初に行ったあの会話からずっと変わらず、終始ルッドが有利のまま事を運ぶことに成功する。

(というより、街に出ることに興味がある魔法使い一人。レイスさんのところへ研修に向かわせるって事はさっさと決定したから、後はその段取りについての話し合いだんだよね)

 ルッドにとっては有意義な時間だったと思う。なにせ成功した依頼の後処理の様なものなのだ。やっている内に仕事の成功を実感することができるのだから、そこそこに楽しかったのである。

「ま、おかげで時間が足りなくて、またこの館に泊まることになったんだけどさ」

 そうして、今日は朝から館を出発することになっていた。ここでルッドがすべきことは終わっている。既に後から追って魔法使いをホロヘイの町へ向かわせる契約もしてあった。契約書も勿論懐に。後は本当に帰るくらいしかすることが無くなっていた。

 これで約束を違えれば、それこそ外部からの介入に名目を与える事になるのだから、確定した約束であると言って良い。

「やり残したことは…………無いな………うん」

 言葉にしてみるも、気になることがあるにはある。ディードの事だ。山を降り、コールウォーターへと向かった彼は無事なのだろうか。もしそうでなければ、ブラフガ党との諍いが、まだ続くことになってしまうが―――

「うん? はい。開いてますよ」

 部屋の扉がノックされた。来客だろうか。わざわざ借り受けた部屋に尋ねて来る人間というのも珍しい。

 ノックの仕方というか、扉越しでも分かる雰囲気で、キャルやレイナラでないことだけは分かるが。

「おう。入るぜ」

 扉が開き、顔を覗かせたのはディードだった。どうやら無事の様子。彼が幽霊やゴーストの類で無ければであるが。

「道中、命を落としたりしませんでしたか?」

「してねえよ………ったく、一応、こっちは無事、根回しが終わったって報告に来てやったのに」

「ということは、ブラフガ党関連のあれやこれやは、もう心配しなくても良い?」

 さすがは商人と言ったところか。モイマン山での盗賊との一件を、どの様に処理したのやら。

「ま、とにかくそっちに火の粉が飛ぶことはねえよ。俺に関しちゃあ、まだ監視してる連中に尋ねられるかもだが、それこそ望むところだ」

 交渉事になれば、盗賊業をしている連中には負けない。そう言う自信が見て取れるし、事実そうでもあるのだろう。彼は―――

「ところでだ、そっちはどうなったんだ? バッハブルの爺さんとは上手くやれたのかい?」

「そりゃあ勿論。例の作戦が通じましてね」

 例の作戦。山に登ったことで浮かんだ、山に重要な発見があるというブラフについてのそれだ。

「ほうん。ってことはだ、やっぱりあの爺さん、俺が聞かされていた以上にブラフガ党と繋がりがあったんだな」

「どっちかと言えば、ブラフガ党があなたに隠していたってだけじゃないですか?」

 ディードは自らを、ブラフガ党が用意した対価として館にやってきた商人だと名乗っていた。それは真実であったものの、館への一般人の接触をブラフガ党が抑制している事実。それをバッハブルが承知しているということは知らなかった。勿論、バッハブルとブラフガ党との交渉内容についてもだ。

 つまりディードはそれほどブラフガ党から重要視されていない存在であったということ。今回の件ではそれが一番分かったのであるが。

「くそがって叫びたいところが、実際、今の俺はそんな立場だよ。過去の失敗を組織に尻拭いされた立場ってのはそういうもんだ」

「それでディードなんて名前を変えて雲隠れってところですか? 姓だってあったでしょうに」

「うん?」

 何を言っているんだこいつという目でディードはこちらを見てくる。一方でルッドは、今回の仕事の結末。その仕上げを始めていた。

 別に無くても良い結末なのだろうが、確認せずに居られない事があったのだ。

「ここに来る前は、結構な手腕を持った商人だったんでしょう? 商人っていうのは、デカい仕事をする様になれば体裁というものが重要になってくる。姓が無いっていうのは考え難いですよね」

「あ、ああ。そりゃあそうだな。姓ならあったよ。確か―――

「ミルスなんて姓を言わないでくださいよ。あんまりにも胆略だ」

「…………ルミスにしようかと迷ったんだがな」

 観念したように、溜息を吐いたディード。いや。

「本名、当てても良いですか?」

「言ってみろよ。多分、正解だ」

「じゃあディルド・ミースさん。あなた、ホロヘイでソルトライク商工会関連の仕事に失敗してから、こんなところで匿われていたんですねえ」

 ディードの真の名前であろう、ディルド・ミースの名前を口にする。かつてはホロヘイの町で、町と外を繋ぐ商売で稼ぎに稼いだという商人の名前であり、裏でブラフガ党と繋がりを持っていた商人の名前でもある。そうして………。

「なんだか酷くこっちを警戒していた時がありましたけど、うちの社長に会いたくなかったからなんですね」

「ああ、それが一番の謎なんだ。なんで俺の娘が社長なんて立場になっていて、しかもお前さんみたいなのが部下に納まってるんだ? おかしいだろ!」

「まあ、いろいろあったってことです。あなたがここに匿われている間」

 ディルド・ミースが仕事でのヘマに対して、誰にも手出しできない場所に匿われることになったというのは、以前、ブラフガ党の関係者から聞いていた。

 その手出しできない場所というのが、この社会から隔離されていたモイマン山の館だったのだろう。

「なんで俺がそうだって気が付いた?」

「確信はさっき、姓について聞いた時です。それまでは、なんとなくそうなんじゃあないかなって。こう……あなたの立場や、話し方ですね」

「話し方?」

「社長と良く似てます。特に僕の事を兄さんって呼ぶ時の発音とか」

 親子らしく、似た喋り方をする。キャルと良く話している身としては、否応にもディルドの話し方も気になってしまうのだ。

「なるほどねえ。話し方か。確かに身内に近い人間からしたら、バレるってのは仕方ないかもな」

 自分の口元を手で擦りながら呟くディルド。感想はそれだけなのだろうか。もう少し聞くべきことは無いのか。

「あの。娘さんの状況とかは気にならないんですか?」

 普通、何よりもキャルの事を聞いて来るのが人情というものだと思っていた。今まではその名を隠すために名を偽っていたのだろう。しかし今はディルドの名をこの場で隠す必要は無くなったのだから、好きなだけルッドに娘の近況を聞けば良いのに。

「その点に関しては、暫くは安心だろうなとは思ったんだぜ? 兄さんと接触したのは、実はそれが目的でね」

「僕と?」

「ああ。兄さんら一行で真っ先に見掛けたのは娘なんだよ。町に買い出しに出掛けたら、自分の娘がいたんだぜ? そりゃあ驚いた。そうして、娘に同行している奴らはなんなんだと気になってな」

 だからルッドにまず接触したのだろう。いったいどういう目的で動いているのかを探りに。

 ある程度は、親としての責任感はあるらしい。しかし………。

「もし、そんなに自分の娘が気になるなら、どうしてキャルを町に置いて行ったんですか。彼女、あなたがいなくなったせいで、どんな目にあってるか分かってるんですか?」

「………まあ、想像はできるわな。あれくらいの年齢で一人っていうのは、碌なことにはならんだろうさ。だが、こっちも事が事で…………いや、言い訳だろうなこれは」

 ディルドが、今まで見せなかった表情をする。眉を曲げ、目がどこか虚ろだ。もしかしたら、彼は今、親としての表情を浮かべているのかもしれない。

「こっそりやってきたところを見るに、社長に会うつもりは無いんでしょうね………」

「今さら、どの面下げてって話だな。いや、無事であることは伝えておくべきなのか?」

「彼女はまだ、父親が生きていて、何時か帰ってくるって考えてます。あなたに伝える気があるのなら、それは事実になるでしょうね」

 もしディルドが帰ってきたら、ルッドは元よりミース物流取扱社もお役御免になるだろう。今の時点でそうなるのは大変困るのであるが、それでもルッドは、キャルのためにディルドが帰ってくるべきなのではないかと思っていた。

「ここをまだ離れられない以上、あいつに顔を合わせるのは、まだな………」

 親としては失格な答えと言えるだろう。せめて無事であるということを伝えなければ、ディルドはキャルにとって行方不明な父親のままだ。彼女はこれからも不安を抱えたままとなってしまう。

「手紙を送るとかも無理なんですか?」

「家族への手紙は、他の人間にも俺が無事であることを伝えちまう」

「もうソルトライク商工会は存在しませんよ。あなたの仕事について、恨みを持つ組織は無くなったってことです」

 ディルドがこの館に匿われた理由は、ソルトライク商工会と仕事上、敵対し、顔がバレてしまったからだ。

 だが、ソルトライク商工会は当時の権勢を失い、組織として瓦解した。ディルドの身を狙う組織はもう無いはずではないか。

「いや、まだブラフガ党があるだろう? 俺は党の命令でここに来たんだ。すでにここでの取り引きにおいて、俺の立場は決定しちまってる。どっちにしろ、館を離れられない身なんだよ」

 ブラフガ党が館との契約を変更しない限り、ディルドは館に縛られたままだ。そんな彼が自分の娘に会うというのは、彼自身のプライドが許さないと語る。

「まあ、娘が町に一人っきりのままなんだとしたら、娘もこっちに呼び寄せる理由にもなったんだろうが、どうにもそうじゃあないらしいし」

 ディルドがまっすぐルッドを見た。今はルッドが彼女の保護者だ。そう言いたげな視線であった。

「僕は彼女の親じゃあない。そりゃあ、同じ仕事をする上で、経験豊富な方が導き手になることはあるでしょうよ。だからって、全部の面倒を見ることなんてできないし、彼女自身に対して失礼だ」

 キャルは必死になって成長しようとしている。親のいない身として、他の子どもが親の脛をかじる年齢の中、強く生きようとしているのだ。そんな彼女に対して、ディルドの物言いは、どうにも舐めた態度であると感じてしまった。

「ああ、分かってる分かってるぜ? 本当に親としての責任を感じてるなら、リスクなんて受け入れて会えって、そう言いたいんだろう? だがな………」

 それをすれば、ブラフガ党に娘を関わらせることになる。その言葉も逃げになると思ったのだろう。ディルドは続く言葉を飲み込んで、黙ってしまった。

「わかりました、あなたの正体については彼女に伝えませんよ。ただ、僕としては不満に思っているとだけ言っておきます」

「それで良いさ。端的に言っちまえば、俺は親失格なんだからな」

 親に失格も何もあるものか。子を産み、育てる段階になった時点で、親は親として生きる他なくなるのだ。そう言いたくなるルッドだったが、他人の家族関係に口を挟めるほどの人間ではないため、この話はここで終わってしまった。




 館を出て、コールウォーターの町へと降りる道を進むルッド達。来た時と同じ面子。ルッドとレイナラとキャルであり、これまた来た時と変わらぬ表情を浮かべていた。ルッドを除いてであるが。

「兄さん、どうしたんだ? 仕事は上手く行ったんだから、もっと楽しそうな顔すりゃあ良いのに。また何か考えてんのか?」

 キャルがこちらを覗きこもうとしてくる。表情から考えを読まれそうな気がしたルッドは、咄嗟に顔を逸らす。そうして、その動作がキャルの不信感をより膨らませたらしく、彼女はさらにルッドの顔を覗き込んでくる。

「んー。ちょっとね、山の……山頂であったことがまだ気になって」

 話を誤魔化す時は、まるっきりの嘘を吐くのではなく、話を別の方向へ進ませる方が上手く行く。

 実際、山頂での一件についても気になることではあるのだ。ただ、キャルの父親に関することの方が、もっと気になっているだけで。

「確か、山で想定してなかった音がして、そのおかげで助かったって話かしら? 本当に単なる偶然じゃあないの?」

 レイナラがばっさりとそう断言する。確かに、自分の考え過ぎであればそれで良いのであるが、館では色々な事が有り過ぎて、いったいどこまでが偶然で、どこまでが必然的なことであったのかがわからなくなっていた。

「簡単な結論に飛びついて、良く考えずにいると、駄目な方向に進みそうで、嫌なんですよね」

「わるかったわねえ、簡単な方に飛びついて!」

 睨むレイナラをあえて無視して、ルッドは考え続ける。キャルに彼女の父親の事を話さないでおくべきかそうでないかを。

(何時かは話すべきだけど、それは今じゃあない。だから黙っている。そういう簡単な結論に辿り着くのは、いけないことなのかな?)

 偶然か必然かの話であれば、ここでディルド・ミースと会ったのは偶然なのか。

(館に彼がいたのは、偶然かもしれない。だけど何時かは彼にあって、キャルとの関係に悩むっていうのは必然………なんじゃあないかな。彼が生きていて、こちらのキャルがいるんだとしたら……さ)

 ならばだ。ここでこの話題から目を背けるのは、問題を先延ばしにすることでしかない。ただ、問題を直視する度胸もルッドには無かった。他人の家庭環境というのはそういうものだ。だから………

「ねえ、社長」

「あん? 何だよ」

「こうやって旅をしているうちにさ、同じ様に商売してるかもしれない君の父親と会ったら、どう思う?」

「はあ? いきなり何言ってんだよ」

 まあ、そういう反応されるのは分かっている。前提となるディルド・ミースの存在を知らないのであれば、突然、可笑しなことを口にしだした人間にしか見えないだろう。

「コールウォーターの町で、かなりやり手の商人と出会ったんだ。もしかしたら、君のお父さんかもしれない」

「あのな、商人ならみんなあたしの父親ってわけじゃあないんだぞ?」

「うん。多分、違う人間だと思う。ただ、もし本物だったのなら、どうしてたのかなってさ」

 父親本人が娘と会いたいと思っていない以上、それは本物の父親としては扱えない。だから単なる世間話として、キャルに聞いてみることにしたのだ。彼女はどうしたいかと言うことを。もし、彼女が会って話がしたいと口にするのであれば―――

「………本人が頭を下げて戻ってくるまでは、無視する」

「え? なんで?」

 てっきり、父親と会いたいという旨の言葉を口にすると思っていた。だが、キャルにとってはそうでも無いらしい。

「あたしはさ、今、兄さんや姉さん。それにダヴィラスのおっさんを預かる身だろ? なんたって、ミース物流取扱社の社長だ。そんな状況で、親父が恋しくって飛びつくような人間にゃあ戻れねえよ」

 父親に関することで出来るのは、ただホロヘイの自宅で待つことだけだとキャルは答えた。それが今の自分の姿勢。

「なんというか………立派ねえ………ほんとにまだ12,3なのかしら?」

 茶化す様に話すレイナラを見て、少し苛ついたのだろうが、それでも怒り出さずに言葉を続けるキャル。

「13だよ。ったく、この年齢で社長をするんだから、嫌でも立派になるっての。だいたいだな………

 話を続けるキャルを見て、ルッドは彼女がとても眩しく見えてしまった。そうして、自分の考えを恥じる。

 彼女は彼女で、しっかりと成長している。それは仕事以外の面でもだ。そんな事を知らず、彼女抜きでディルドのことを悩むなど、馬鹿らしい話であったか。

「社長がそういう風でいれば、何時かは本当にひょっこりと、お父さんが帰ってくるかもね」

「だったら良いんだけどな。ま、親父に関して悩む時期じゃあ無いってだけだよ。あたしにとってはな」

 胸を張りながら話すキャル。強がりにも見える彼女の言動を見て、ルッドは喜びに近い感情で、自然と笑みを浮かべるのであった。


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