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北風の道  作者: きーち
第九章 偶然か必然か
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第十一話 手札の使い方

 固いベッドは拷問器具だ。寝ているだけで体を痛めるというのに、疲労を取るためにはそこで眠らぬわけにはいかない。

 目覚めたら目覚めたで体が痛む。この痛みから解放されるには完全に起き上がるしかないのであるが、眠気がそれに逆らって、ベッドの上の拷問を続けようとしてくるのだ。

 結果、体中がどんどん痛くなる。痣でもできそうなくらいだ。

「んん…………」

 そうして痛みとベッドの固さに耐えきれぬようになってから、ルッドは上半身を起こした。少し痺れる腕を見てみると、案の定痣が出来ていた。どうにも寝る際の姿勢が悪かったらしい。

(こんなベッドで、魔法使い達は良く寝れるよね)

 それともベッドの固さも魔法でなんとかしているのだろうか。

 とりあえずルッドはのろのろとベッドから這い出てようとした。

「あいたた………」

 ベッドの下に置いてある靴に足を通すだけの動きであるが、足がとても痛い。こっちは固いベッドのせいじゃあなく、昨日の運動によって起こった筋肉痛だ。

(正常な反応なんだけど、痛いものは痛いんだよ………)

 非常にアンニュイな気分である。殺風景で飾りっ気のない部屋がその気分を助長する。これから一仕事の時間だというのに、この気分は大丈夫ではない。

「寝惚けてもいられないから、こうだ!」

 両の手のひらで、頬を叩く。パチンという高い音が部屋に鳴り、頬は勿論、手のひらまで痺れるような痛みが走った。

「どうせ痛い思いをするのなら、やる気に変わる痛みの方がマシさ」

 頬の痛みが残るうちに、身だしなみを整えて部屋を出る。向かう先はキャル達の部屋。というわけではなく、『岩の翁』バッハブル・ウィンザーの仕事部屋であったが。




「朝食ついでに、こうやって話をするというのは、礼儀的にどうなのだろうな? 気を許せて良いと思うのか、それとも食事は食事で集中するべきなのか」

 バッハブルの部屋までやってきたルッド。隣にはレイナラとキャルもいる。部屋にやってくる前に廊下で合流したのだ。

 そうして例の文字通り重厚な石扉を開いた先に、勿論バッハブルはいた。前回と変わっているのは、彼が座るのは仕事机ではなく、また別の石机だった。ルッド達が座れる程度の大きさだ。また魔法か何かで用意したのだろう。部屋に突然現れたかの様な石机なのである。

(ま、一番違和感あるのは、この机の上に乗ってる朝食なんだけどね)

 部屋に入った時点で、既にそれらは用意されていた。山菜のサラダと焼いたパン切れ。魚の塩漬けが一匹。それが4セット机に並んでいた。

 ルッド達とバッハブルを合わせれば、奇しくも丁度。

(偶然じゃあなくって、多分、用意してくれたものなんだろうけど………この人がわざわざ料理したとか?)

 魔法で料理を生み出せるわけではない以上(生み出せないよね?)、誰かが用意したことになるわけだが、それはいったい誰なのだろうか。小間使いなどいないのだから、バッハブルが用意したと考えるのが一番納得は行くものの。

(いっちばん想像し難いよねえ………)

 朝から料理をしている老人の姿を頭に浮かべろというのは、かなり難易度が高い。これから始まる交渉よりもだ。

 難しいことはあまりすべきではない。まずは手っ取り早く、日常会話から初めてみようではないか。

「食事ついでに話し合いもできるのは、僕らみたいな商人にとっては好都合かもですね。時間は何よりも価値がある」

 それに食事中なら、精神が油断をして、相手の隙を突きやすいというのもある。今回、ルッドがするのは、バッハブルの虚を突き、唯一の武器を相手の喉元に届かせること。

「ならば遠慮なくいただいてくれないか? 腕によりを掛けてって程じゃあないが、それでも、作るのにはそれなりに手間を掛けた」

 言葉と同時に、料理を手で示すバッハブル。やはりこの老人が作ったらしい。意外と器用だ。

「朝食ねえ…………ええっと―――

「酒なんて無いだろうし、あっても朝っぱらから飲むなよ、姉さん」

「飲まないわよー。人をなんだと思ってるの?」

「そういう人だよ。人!」

 レイナラとキャルは相変わらずだ。ルッドを挟んで言い合いを始める。止めるつもりは、まだない。バッハブルとの会話で邪魔になるまではだが。

「それで…………さっそく………昨日の話の続きなんですが………」

 パンを一切れ千切り、それを口に含んで飲み込んだ後に、話を始める。食事の開始と交渉の始まりは同時にだ。

「我々と、その、なんだ。向こうの総領主一族の関係者が、わしらと関係性を持ちたいと言う話だったか………」

 難し気な顔をするバッハブル。続く言葉を濁しているのだろうが、だいたい答えはルッドにもわかっていた。

(考えたけど無理だって答えが返ってくるまでは想定通り。そこから話をどう繋げていくかだけど………)

 フォークを手にして、魚の身を解しながら考える。タイミングが重要だ。自分には手札があるものの、それほど強い物ではない。

「君らの話、というか外界と接点を作るべきだという助言は、大変興味深いものだった。しかしだ………それでも、わしらにとっては損の方が大きい提案だと言わざるを得ない」

「損が大きい………要するに、外部との接点は、魔法の研究が阻害されるし、それはなんとしても避けたいって考えですか?」

「有り体に言えばそうだな。少し人に会うくらい良いじゃあないかと言われるかもしれんが、わしらの最終目的は魔法の研究なのだよ。魔法使いの多くが、その最終目的を放り出して、別の事に精を出すことは無い」

 さて、さっそく断りが入った。ではここが手札を使うべきか。いや、まだ早い。話して置くべきことはまだある。

「魔法使いの多くがっていうことは、少数は違う?」

「…………まあ………ゼロではない…………が。研究を社会に還元したいという魔法使いがいないでも無いし………な」

「だったら―――

「そういう人種を外に流したら流したで、館内部の状況がだな…………こう………」

 表現方法が分からぬと言った様子のバッハブル。話を先に進めるには、ルッドが誘導する必要があるだろう。好都合と言えば好都合である。

「つまり館内部の風紀って話なんでしょう? 館が組織として成り立っているのは、曲りなりにも、魔法研究を第一にしている風土があるから。そんな状態で外部との繋がりのために人を放出するのは、組織そのものにガタが出る可能性もある。そんな危機感を抱いている」

 バッハブルは目を丸くしてこちらを見ている。暫くその視線を続けた後、彼はゆっくりと頷いた。

「この館はな。わしやその先達が、大陸中で自分達の居場所を得るために作り上げたものだ。大陸で魔法使いがどう思われているかくらいは知っているだろう。ここはわしらの安息所。それが揺らぐのだとしたら、他の魔法使いが望んでも、わし自身が看過できん」

「………」

 バッハブルの表情は真剣そのものだ。自らの本音を吐き出している。それも心中の奥底にあるものを。そう感じる部分は確かにあった。彼が食事をする手を止めている点を見ても。

(だからこそ……………隙が見えた)

 ここが踏み込む瞬間だ。持ち帰った手札を最大限に活かす時。まず一枚目。

「なら、どうしてブラフガ党とは取引をしたんですか?」

「うわ、ここで言うんだな………」

「………」

 どこか感心した表情でルッドを見るキャルと、沈黙を続けるバッハブル。バッハブルからは、何故そのことを知っているのか、という言葉は出て来なかった。それを口にしたら、ルッドの思う壺だろうという機転はあるらしい。だが、話はまだ続く。

「外部との取引きは、この館の安寧を崩すことになる。だからしない。分かる話ではあります。ただ、実際に取引きをしてしまっている側が言うのは………なんとも不自然だ」

「…………」

 沈黙が続く。ずっと黙られるというのは、これはこれで交渉し辛い。話をしなければ交渉とは言えないのだから。

「だんまりですか? ブラフガ党との交渉について、それがどういう意図があっての事かは僕も知りません。その交渉内容についても。ですがね、それを行ってしまっている時点で、外部とは非接触を貫くなんてことはできなくなる」

 だからこちらの頼みを聞くべきだ。そんな傲慢な提案をするつもりはない。ただ、相手の罪悪感や負い目を刺激する。もう一枚、残された手札を有効的に使うため。

「一つ………そう、一つ。考えていることがあります。ブラフガ党との交渉にどういう意図があっての事かは知らないと口にしましたが、予想はできそうなんですよね。先ほど、外部との不干渉を貫く理由という話について、どうにも本気の様子だった。もしブラフガ党がそんなあなた方と交渉しようとするのなら、それはむしろ、外部からの干渉に対する防壁として―――

「もう良いだろう………。分かっているのなら、口にするのは止めてくれ………」

 漸く黙っていたバッハブルが口を開く。さあ、これで交渉は再開するぞ。相手からどんな言葉が出て来るのか、これから楽しみだ。

「あなたは分かっていたんだ。一昨日、僕がわざわざ口にするまでもなく、大陸が混乱期に入ろうとしていることに。そうしてそのための準備もしていた。ブラフガ党がそれだ。交渉っていうのは、どちらかが常に上位なんじゃあない。外部からの不干渉をブラフガ党にだけ捨てるなんていう、あなた方にとっての重大な決定に対して、ブラフガ党が用意するのはあのディードとか言う商人一人だけのはずもない」

 考えてみれば、あの山頂で会った盗賊達の動きも妙だった。どうしてディードとルッドが山に登ろうとしているのを知っていた? 登山をするのは、登山日の昨日に決定した事ではないか。館に余計な客人を接触させるのを防ぐ目的として存在していた盗賊達が、何時、それを知る機会があったというのだ。

 誰かが伝えたのだ。ルッド達の動きを。それを知り得る人間は限られているはず。例えば、交渉を先延ばしにすることを伝えたバッハブルなどはその一人。

「ブラフガ党は、館の防衛戦力を対価としてあなた方に渡した。違いますか? そうして、館内部で妙な動きをし始めた僕やディードさんを警戒して欲しいと頼んだんだ。おかげで、昨日は危うく命が無くなることだった」

「違う………わしはただ、監視を頼んだだけで―――

 失言も引き出せた。ルッドはそう感じる。その証明の様に、バッハブルは手の平を口元に押し当てていた。だが、その行動はもう遅い。

「ブラフガ党側も、ただあなた方に従っているわけではないということです。何かを頼めば、そのまま命令を聞いてくれる連中じゃあない。その事を理解はしている?」

「…………ああ……………彼らと接触した時、既にそれは承知していたよ」

 口元から手を離したバッハブルが答えてくる。目線というか、表情がどこか重くなっている気がする。相手の痛いところを突くことができたのだろうか。

「接触したのはあなたから? それとも向こうから?」

「あれは………どちらなのだろうな。わしはな、これでも館が閉鎖的過ぎる部分に関しても、問題を感じていた。館を魔法研究場所として最適化するために、外部との没交渉を続けようとしても、わしくらいは社会を知って置く必要はある。違うかね?」

「まったくもって正しい話です」

「そうして外部との接触を続ける内に、知ったよ。どうにもきな臭い世の中になってきているとな。館へ食材などの物品を買い入れるために、わしらは魔法によって作った特殊な品を町に卸しているというのは知っているかな?」

「今はあの、ディードさんがやっている仕事ですよね。彼がいないのなら、また別の人がやっていたであろう大切な仕事だ」

 いくら魔法が使えたって、日用品と日々の食料が無ければ生きてはいけない。

「何を隠そう、わしがそれをしていた。一般社会に対する知識を集めるためでもあった。だが、その状況が最近になって少し変わったのだ。行き付けの商店が、何時もの商品とは違うものは仕入れられないか………そう提案してきたのだ」

「それは………いったい?」

「魔法使いだ。部下や弟子の一人でもいるだろう。それを提供してくれたなら、何年かは仕入れ代金を受け取らずに商品を渡す。運び込むのだってしてやろうとな。そこでわしは、魔法使いを商品と表現するな、そう怒りに震えるよりも、むしろ不思議に思ったのだ。何故、いきなりそんな提案をしてきたのだろう」

 そこから先の話はなんとなく分かってしまう。商店の裏には、恐らくこの地方の領主か、もしくはそれに類する人間がいたのだ。魔法使いを、大陸に起こるかもしれない混乱に対する戦力として利用しようとした。そんなルッドの予想通りの事を、バッハブルは口にした。

「迷ったよ………勿論、仲間達を売れるものか。だが、断れば何をしてくるか分かったものではない。そもそも、この場を乗り切ったところで、似た様な輩は後を絶つまい。そんな時、彼らは現れた」

 見計らっていた様にだとバッハブルは表現する。ブラフガ党の出現を。彼らの提示した話は、バッハブルが望むものだった。モイマン山に関する知識。それさえ渡してくれるのなら、党員の幾らかを館への防備にやっても良いし、外部との交渉が必ず必要な日用品の買い入れについても、商人を一人寄越そうと。

「ああ、そうだよ。わしは信念を売った。館が魔法使い達の研究場所として、少しその本意から外れてしまったことは認めよう。だからこそ、君らの提案は認められん。これ以上、館を外の人間に荒らされてたまるものか」

 バッハブルはまるでルッドを睨み付ける様だった。強い視線だ。怖気づいて逃げてしまいたくなる。隣のレイナラなどは、護衛だというのに少し腰が引けている。刃物を向けられるより怖いということか。一方でキャルは何故かルッドを見ていた。これからルッドが何をするか。それを学ぼうとしているかの様に。

「……………ウィンザーさんの意思はわかりました。それを曲げることは難しいということも」

「なら―――

「駄目ですね。僕らの様な人種を追い出すには、まだ一歩足りない。こういう交渉の場に置いては、まず警戒すべきです。相手がどういう奥の手を持っているかについて」

「何?」

 怪訝な表情をするバッハブル。まだ話は続く事に対しての疲れも見て取れた。その疲れこそがルッドにとってのチャンスなのだ。モイマン山の山頂で手に入れたブラフ。それを使うチャンス。

「山の上でね。ある発見をしました。とても重要な発見だと思うんですよ。あなた方魔法使いにとって、魔法研究って言うんですか? それに役立ちそうな………」

「何を馬鹿な。そんなこと……………………」

 バッハブルは言葉を詰まらせた。こっちの意図を良く理解してくれたらしい。そんな馬鹿な事は無い。そう答えることがどういう意味を持つかについて。

「モイマン山の不可思議について。こちらの二人に説明した時、こういう風に表現したそうですね?」

 ルッドはキャルに目線を向ける。事前に取り決めもなかった言葉なのだが、キャルはルッドの意図をすぐに察してくれた。

「考えられる予想としては、山そのものの物質がそうなのかも…………それとも、また別の要因が存在して………だっけ?」

 声真似までする必要は無いのであるが、まあ、良くやってくれたと思う。こういうのはシチュエーションも大事なのだ。

「この言葉を吐いた人間なら、さっきの僕の言葉にはこう答えるべきです。いったいそれは何なんだ。とね? だって、山はあなた方にも分からないことだらけだって事でしょう? でもそうじゃあ無かった。むしろ、山を知り尽くした人間が口にするべき言葉なんだ」

「……………」

「黙る理由は分かります。さっきまでみたいに、どう答えるべきかを悩んでいるんじゃあない。何を答えても、既に詰んでいるから言葉が出ない。そうでしょう? 勿論、僕はそれを狙いました」

 もし、彼が自然な受け答え。つまりルッドの言葉に興味を持って、さらに調査を始めようとした場合でも、バッハブルにとって不都合が生じるのである。

「僕の言葉。山頂で重大な発見をしたというそれを、実際に調べる場合、あなた一人の調査にはならないはず。この館の魔法使いは、多かれ少なかれモイマン山に興味を持って集まった人種なんですから。自分達も調査をするという人間が必ず出て来る。そうしてあなたや、周囲の人間に対してこう尋ねるんだ。山はもう調べ尽くしたはずなのに、どうしてまた調べることになったんだ。とね?」

 意地の悪い選択肢という奴だ。交渉相手に幾つもの可能性があるように見せかけて、その実、辿り着く答えを誘導している。きっと自分は今、悪い顔をしているに違いない。

「弱みを握った………ということかね?」

 バッハブルの顔は厳しい顔なのであるが、そこには怯えが混じっている様に思える。少し頬が光るのが見えた。薄らと冷や汗を流しているのだ。

「さて、これって弱みですかね? あなたに機転というものがあれば、まだ逃れられる状況かもしれない」

「そう言いつつ、逃げた先にはまだ罠が仕掛けてある。そう言うつもりなのかね?」

「………」

 笑みだけを浮かべて、ルッドは答えない。口を開き、バッハブルの問いに対して正直に答えるのであれば、逃げられればもうどうしようもないですという言葉が出るだけだからだ。

 このブラフはまさしくブラフ。本気で相手が抵抗しようとするのであれば、簡単に抜けてしまえる穴だらけの網なのだ。それを頑丈でしっかりとした網に見せかけるため、ルッドは今までの交渉を続けてきた。

「君らは………いや、きみはいったい何をしたいのだ。わしを追い詰めて、何を狙っている」

「追い詰めるだなんて、そんな………僕はただ、ちょっと話を聞いてほしかっただけなんですけど………」

「いけしゃーしゃーと」

 キャルが小声で呟く。おいおい。バッハブルに聞こえるではないか。まあ、聞こえても構わないが。

「いったい、何が目的だ…………」

「前から言ってるじゃないですか。僕らをここに寄越した人物と、この館との繋がりを作って欲しい。僕らの要求はそれですよ」

「だが………しかし………」

 答えを渋るバッハブル。さて、こうなれば一つ手を使う必要がある。今、ルッドは交渉において有利な立場にあるわけで、こういう場面で有効な方法が存在している。

「まあ、どれだけ追い詰められたって、了承できない心情は変わりませんよね。だからってわけじゃあないですけど、面白い話があるんです。聞いてみませんか?」

 譲歩だ。相手の喉元に刃物を突き付けてから、それをあえて離す。そうすることで、相手に一定の信頼を与えることができるのである。

 受け入れがたい提案の後に、それよりもまだマシな提案を示せば、あっさりそれを受け入れるのが人間という奴だ。

「聞いては………みよう………」

「さっき、外部と接触したい魔法使いもいるという話をしてくれましたよね?」

「あ、ああ。確かに、少ないながらも居るには居るが………」

「なら、その人を、僕らをここへ寄越した人の元へ、研修に出してはみませんか?」

「研……修………?」

 ルッドの提案。その意味がわからぬ様子のバッハブル。さてこの調子で行けば、説明をするだけで、この交渉は終わりだろう。

「今、どうして僕があなたとの話の中で、こうも有利に事を運べているか………わかりますか?」

「わしがこういう物事に疎いからだろう………それくらいは実感しているよ」

 まったくもってその通り。ルッドは頷くことでその返答とする。

「その社会への隔たりが、今回の問題を呼び込んだとも言えます。言ってみればあなた方の弱みだ。有事の際は、その弱みに付け込む人間がいくらでもいる」

「君らとかかね?」

 嫌味だ嫌味。それくらい言えるくらいには冷静さを取り戻したか。

「ブラフガ党にしても、あなたに危機感を覚えさせた商人についてもです。そういった輩への対策は色々あるんでしょうが、根本的な解決となると、一つしかない」

「それが………研修か」

 つまり魔法使いそのものが、こういう交渉事に慣れれば良いのだ。

「権力者との直接的な繋がりを拒否されるのなら、まあ社会を学ばせるという名目で、魔法使いを誰か一人、町へ勉強に出してくださいよ。こっちとしても、一応は魔法使いと、依頼人に繋がりを持たせる事ができる。結構、お互いにとって良い譲歩案だと思うんですがね?」

 出来る限り誠意を込めた笑顔を浮かべるルッド。恐らくバッハブルには、悪魔の笑みに見えていることだろうが。



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