第十話 流れの行き着く先
「とんでも無いものって………何をだ?」
そんな言葉がディードから返ってきたことに対して、ルッドは意外に思った。彼ならばすぐに察しが付くと思ったのだが、どうもそうではないらしい。
「何をって………何も見つけてませんよ。僕は」
当たり前のことを聞かないで欲しい。こんなただ山に登って山頂に辿り着いたばかりの人間が、何か新しい発見などできるわけも無いだろう。
「だったらさっきの言葉はいったい―――
「だーからー、もし、とんでも無いものを発見したとしたら、どうなるかって話をしてるんですよ、僕は。僕らは商人でしょう?」
「商人だからって…………あ、いや…………そうか、なるほど。そういうことか」
漸くルッドが考えている事に気が付いたらしいディード。元は大きな商売をしていた商人だろうに。少し気が付くのが遅くないか?
「反応鈍いなあ。こんなの、常套手段でしょうに」
「………ああ、まったくだ。確かに鈍ってる。俺もあの館の空気にやられちまったか」
とても苦々しげにディードは顔を歪めた。かつてはもっと鋭い感性を持っていたのに、最近はそれが錆びついてしまった。これほどに屈辱的なことは無いだろうとルッドも思う。
「じゃあ、館に帰った後のやり方も分かりますよね、まず………まずいっ。伏せてください!」
ルッドは咄嗟に地面へと体を伏せた。ディードも同様である。すぐさま彼はルッドの視線の先、さっき登って来た登山道へと視線を向けた。
そこにはルッド達を追ってきたらしい盗賊達の姿があった。こっちが高台であったからか、向こうはまだルッド達を見つけていないらしい。こういう状況は幸運と表現すれば良いのか?
「どうします? 逃げますか?」
「逃げるにしても………その方法だな。足の状態はどうだ?」
聞かれて自分の疲労具合を確認する。多少の休息は挟んでいるものの、最初、盗賊から逃げ出した時の動きはできそうにない。後ろからまた矢を撃たれれば、今度こそ致命的な状況になりかねないということだ。
「向こうに見つけられたら終わりです。別の下山道はあるんですよね?」
「ああ。あるにはあるが…………ふん?」
ディードは伏せながらも、盗賊達の様子を見ていた。彼らはキョロキョロと山頂の様子を伺っている。ルッド達を探しているのだろう。また、大きく肩を上下させているのも分かる。
「大分疲れているみたいですね。あの人達」
「だろうな。もうちょっと山頂に来るのは遅くなると思っていたんだが、無茶をして登って来たらしい。大層な頑張りだが、かなり疲労していると見て良いはずだ。動くなら今ってことだろう」
盗賊達の疲労は、現状がもっともピークであるとディードは判断したらしい。盗賊達の隙を突ける良い機会であると。
「だから、どう動くかって話でしょう?」
「元来た道を戻る。それが一番だ。あの登山道が、一番館に近いしな」
「それって、盗賊達にあえて近づくってことじゃあないですか! 多分、暫くはあの登山道から離れませんよ、彼ら」
山頂から、ルッド達が登って来た道へ続くその入口で、盗賊達はじっと立っていた。彼ら自身の体力の問題もあるのだろうが、とりあえず山頂からルッド達が逃げたかどうかの確認をしているのかもしれない。
「だからこそ、まさか横を通って元の山道を俺達が戻るなんて考えてないってことだろ? あいつら、十分に動ける様になれば、まず山頂の周辺を探しはじめるぜ。俺達が別の山道から逃げたとしても、後ろから追ってくる可能性もある………それに………」
「それに?」
「それに、実は一分一秒でも早めに館には戻っておきたい。あいつらが有る事無い事、ブラフガ党へ報告しないとも限らないから、先んじて俺の行動の弁解をだな…………」
ディードの勝手な理屈を聞いて呆れそうになるものの、一方で正しい発言ではあると思える自分がいた。
「ちゃんとブラフガ党には叛意無しって返答しといてくださいよ…………僕にまで害が及ぶかもしれない」
溜息を吐きながらそう答える。今、この場面での命も大切であるが、将来の危険だって同じくらいに排除しておきたいものである。
「わかってるさ。俺だって自分の将来が掛かっているんだから必死だよ。ただ問題は………」
「問題があるんですか………まだ」
問題という言葉をもう聞きたくなくなってくる。どんな状況であろうとも、その言葉は悪い事しか呼び込まない。
「どうやって、あいつらの脇を気付かれずにすり抜ける?」
「だからその話をしていたんでしょうに…………作戦も無いのに、元の登山道を戻るとか、今が動く時だ、とか言ったんですか?」
「仕方ないだろ。作戦ってのは、動く瞬間を決めてから考えるもんだ」
頭痛が酷くなってくる。あれだろうか、これが山を登った時に起こるという高山病という奴だろうか。きっと違うが、原因はそれだと思いたかった。
「案その一、このまま匍匐前進で見つからぬ様に進む」
「無理だろうなあ。あいつらがそこまで間抜けだったら、俺達は、こんな危険に巻き込まれなかったはずだ」
頭を掻く。文句だけは鋭い事を言うじゃあないか。
「案その二。何がしかで興味を惹き、あいつらをあの登山道口から移動させて、その隙に僕らが山を降りる」
「それだな。じゃあどうやって盗賊達を移動させるかだが………」
何か良い手は無いものかと荷物を探る。あまり長考していると、盗賊達が体力や精神力を取り戻す時間になってしまうだろう。
「火打ち石と燃料………野宿になった際の道具だけど、使えるかな…………」
「ちと燃料に細工して、煙が出るのが遅くなるようにできるか? あいつらの目を逸らすことができるかもしれん。俺達はその隙に」
「燃やす燃料の上に、布を用意して、布をバランスの悪い木の棒ででも支えておけば、ここから向こうへ移動する間に、煙が出始める細工にはなると思いますけど………」
「じゃあそれだ」
浅知恵の案だというのに、実行に移すこととなる。即興で出来る行為で、それ以外に作戦を思い付かないという理由が大きいだろう。
「大丈夫なのかなあ…………」
不安は拭えぬままだ。もう別の登山道から降りた方が良いのではという考えばかりが頭を過ぎる。
「準備はできたか? なら行くぞ。ここに居る状態で煙が出るなんて状況になったら、笑えねえ」
ルッドが細工を終えるなり、ディードがまず動き出した。盗賊達の視界に入らぬよう回り込み、そこから登山口へと少しずつ向いだす。そこからは酷くゆっくりとした動きだ。相手に気付かれてはいけない。音だって立てるな。少しでも無駄な動きをすれば、盗賊達に気付かれてしまう。
一気に動き出すための合図なら存在していた。細工が崩れ、煙が出始めるそのタイミング。盗賊達が煙に気が付き、登山口を離れた時こそ、そのチャンス。
(ま、まだか? もう煙が出始めてもおかしくない頃合いだと思うんだけど………)
足が震えるのは、疲労だけのせいではないだろう。すぐそばに命の危機があり、最善の行動が何もしない事であるというのは、どうにも我慢が耐えかねぬ状況だ。
(煙は…………出た! 盗賊達は?)
ルッドは視線を登山口へ向けた。そこには煙が何であるかを確認しようと、動き出す盗賊達の姿があった。
(登山口から離れた………今だ!)
盗賊達が煙の方へ向かう。その事実を確認した時点で、動き出す瞬間は今、この時だとルッドは考えた。
しかしそれは勘違いだったのである。もっと気を付けるべきだった。煙の確認に向かったのは3人だったということに。
ルッド達を追って来た盗賊達は4人だ。1人、念のためだろう登山口で足を止めていた。
(しまっ―――
まだだ。まだ気付かれてはいない。ルッドとディードは登山口近くの岩陰から登山口を覗く。今、ほんの少しだけ、油断した結果だろう。足を動かしてしまった。
そして足元の小石を跳ねてしまったのだ。勿論音がした。自然環境内では不自然な音だ。登山口に立つ盗賊は、その音をちゃんと耳に入れているはず。
ただし、音の原因が自分達を追っている人間だとは思ってはいまい。音が聞こえて、いったい何だろうと気になっているだけなのだ。
(だけど………こっちを確認しに来ることには変わらない………)
岩陰で口を抑えながら、じっと隠れる。ディードも同様の恰好をしている。これ以上動いては行けない。音を立ててもいけない。しかしそれは逃げるという行為すらできぬということ。
盗賊は少しずつこっちへ近づいて来るだろう。そうしてルッド達が隠れている岩陰を覗くはずだ。出会ってしまえば、後は襲われるだけ。
盗賊一人なら相手をできるか? いや、向こうは手練れかもしれない。それに、争っている間に仲間が戻って来たらどうする。数の優位などすぐに消えてしまう。
冷や汗が頬を濡らす。それが地面に落ちて音が鳴ってしまったらどうしようなどという、杞憂に近い妄想まで頭を過ぎっていた。
(どうする!? どうする! 何か危機を脱する方法はないのか? この際、偶然だって構わない。奇跡に頼って…………ええい! 僕は何を弱気なことを―――
思考が神に祈るような、弱気な考えへ移りそうになったその瞬間、山頂にパンッっという破裂音が響いた。
(なんだ!? いったい!)
ルッド達がいる場所じゃあない。もっと違う。そう、さっき燃料と火打石で細工した場所。そこからの音だった。
「おい! 何があった! 何の音だ!」
登山口近く立っていたはずの盗賊の大声が聞こえる。ルッド達がいる岩陰のすぐ傍でだ。その後、興味はさきほどの破裂音に向かったらしく、火口の方へと走る足音が聞こえた。
(た、助かった!? さっきのはいったい何の音で―――
「おい、今だ。いくぞ」
小声でディードがルッドに囁く。彼の行動は素早く、ルッドに声を掛けて後は、岩陰から顔だけ出して盗賊達の動きを確認し、大丈夫だと分かると、さっさと登山口から下山道へと向かっていった。
ルッドも彼の後を追う。あくまで盗賊達に動きがバレぬよう、慎重にであるが。
「…………あの音! ディードさんだったんですね!」
盗賊達に足音が聞こえぬ距離まで移動した後、下山への道を歩きながら、ルッドはディードへ尋ねてみた。
自分達を助けてくれた破裂音。ディードが動き出したタイミングからして、何らかの別の仕掛けをディードはしていたのだろう。そう思っていた。そのはずが―――
「いや? お前の仕業じゃあ無かったのか? 何がしか時限式の仕掛けを用意していたんだと思ったんだが………」
「そんな………僕は何もしてませんよ? ただ遅れて煙が出る様に細工しただけで………」
「だからさっきの破裂音は、細工するために使った木の棒が、熱か何かで割れる音だろう? てっきり、二段構えの細工だったのかと思ったんだが………」
そんな器用な事ができる技術はない。二人、顔を合わせて怪訝な表情を浮かべる。では、いったいあの破裂音は何だったのか。だれも細工をしていないというのなら、本当に、偶然、まるでルッドの願いを叶える様にして―――
(なんだって? 僕の願いを叶える?)
辿り着いたその考えに、自分で驚愕する。だれかの意図があっての現象だという方が、まだ納得ができるはずなのだ。だというのに、ルッドはこれがある種の奇跡によるものだと考えてしまう。
(というか、そうであった方が恐ろしいって話なんだけど………)
さっきの破裂音が、人の仕業であればまだ良い。それは単に人為的な現象であって、何ら不思議な事では無く、起こった結果にしても人の力が起こしたものである。恐ろしい事は何もない。
しかし、今さっきの現象が、ルッドの祈りが通じたものなのだとしたら? あの瞬間、ルッドは盗賊の気がルッド達とは別の方へ向かって欲しいと祈った。そうして、ディードから聞いた、山に潜む火の神についての話。この二つからは奇妙な符合を感じさせられる。
(例えば、そう、例えば、この山に願いを聞き入れる神様が本当にいたとして、僕の願いに答えて、燃料と火打石の細工が破裂音を響かせるような奇跡を起こした…………そうだたら、どうなる?)
奇跡………魔法に近いその現象だが、そういった物がこの山で起こり得ることは、魔法使い達の存在が証明しているのだろう。彼らは、この山に惹かれて、ここにいるのだ。人の意思だけで世界に何がしかの変化を起こせるそんな力がこの山に。
「おい、いきなり黙ってどうしたんだ、兄さん」
ディードの言葉に、多少なりともじれったさや、違和感を覚えた。
(この人は………この人は気が付いているのか? もしかしたら、この山や魔法使い………ブラフガ党が関わる物事についても、僕達の想像以上の何かが起こっているということに…………)
もし、この山の神が実在するとしたら………そうして、その奇跡的な力をブラフガ党が手に入れようとしているのだとしたら。
(ブラフガ党の組織力と、奇跡の様な力………合わされば、本当に一国くらいなら滅ぼせる様になるかもしれない)
まだ山に潜む力についてはまったく分からない。その点に関しては魔法使い達に良く聞いて置く必要があるだろう。そうして、確かめなければならない。ブラフガ党に、魔法使い達はいったい何を渡してしまったのかを。
下山に関して言えば、盗賊に襲われずに、館へと戻れたと言う結果が残る。館に戻るなり、同行していたディードは、盗賊達とは別のブラフガ党員に接触するべくコールウォーターの町へと向かっていた。
(行動力が凄まじいというか何というか、休憩も碌に取らず、良くやるよね………)
ルッドとしては、さっさと盗賊達に関する問題にけりをつけてくれるのならば、それは有り難い話なのである。一方でディードの動きそのものに関しては、どうにも不安を覚えてしまう。
「なんだろうね? この不安感はいったい?」
「いきなり聞かれたって、あたしの方が困るんだけど………」
キャルが困り顔をこちらに向けてきた。
今、ルッドがいるのは、館内部に借り受けた部屋である。キャルとレイナラに宛がわれた部屋であるため、わざわざルッドがやってきた形になる。
「だいたい、あたしはさ、結局そのディードっておっさんと一度も会ってないんだけど、どういうことだよ。いったい」
「そっちは僕に聞かれても困るなあ。巡りあわせの問題じゃあない?」
ルッド、キャル。そしてレイナラの3人の中で、ディードと会ったのはルッドだけだ。これでディードが突然失踪してしまえば、幻か何かだったんじゃないかというオチが付くだろう。
(まあ、あの生き汚なそうな人が、そう簡単に消えたりなんかしないだろうけどね)
だから、まあ、ディードに関しての話は、今のところ深く考えないことにしている。問題は明日に行われるはずのバッハブルとの会談だ。
「ちょっと聞いても良いかしら?」
キャルと話していると、部屋のベッドに腰を降ろしていたレイナラが、左手を上げながら口を開く。
「なんですか?」
「結局、今日の会談を延期してまであなたは山に登ったわけじゃない? しかも、その場で危険な目にあった。これについては、護衛の私を連れて行かなかったからだって苦言を言わせて貰うわけだけど…………」
「耳が痛い話ですよ……本当に」
レイナラは剣の達人だ。山を登る際に出会った盗賊4人。彼女がその場にいれば、倒せていた可能性も十分にある。
(まあ、そうなったらそうなったで別の問題が発生していたわけだ)
盗賊達はブラフガ党の一員であるため、レイナラが盗賊達を倒してしまうと、ブラフガ党に喧嘩を売る真似をしてしまうことになる。これまた今とは別の厄介事に発展していただろうことは分かる。
「結果的に、無事な状態で戻って来たのだから、その件に関してはこれ以上、私からは何も言わないわ。社長は言いたい事が山ほどあるだろうけどね」
ルッドはレイナラに言われて、キャルの表情を見る。やはりというか当たり前というか、睨むような目つきをしている。さっきまでの困り顔で居て欲しかった。
「ただ、あえて言わせてもらうのなら、今回の登山で何を手に入れたの? 危険を冒してまでするようなものだったのかしら?」
これまた耳の痛い話である。ルッドとしては、山に登った結果、バッハブルとの交渉に関して一筋の光明が見えたと思っているのだが、ではその光明が命に代わる価値があるのかと尋ねられれば、頷くことはできない。
「流れって言うのが、どんなところでもあると思うんですよね………」
ルッドとて、今回の件に限って言えば、それほどの危険を承知して事に挑んだわけではない。
山に登る程度で、魔法使い達との交渉を有利に進められるのであれば、それは得る物の方が大きいだろうという現実的な打算の上での行動だったはず。
まさかそこで盗賊たちに襲われることなど、考えもしていなかった。
「それじゃあ、その流れはどこに行き着くかとか、兄さんは考えてたりすんのかよ?」
キャルが面白いことを聞いてきた。流れの行き着く先だと?
「この館での出来事に限るのなら、幾つかってところだね。一つは登山をした結果、思い付いたブラフが通じた場合」
「山で新発見をしたって話だよな。そんな凄いことなのか?」
首を傾げて尋ねるキャルに、ルッドは首を振って答える。そういう話ではないのだ。
「さっきも言ったけど、新発見なんてしてないんだよ。ただ新発見をしたかもしれないって話をするだけさ」
「ええっと………つまり嘘か。だからブラフ?」
今度は頷いておく。まだ良く分かっていない様子のキャルであるから、暫くは明確な答えを口にしないで置こう。きっと、彼女自身で気が付く答えのはずだから。
「通じれば僕の勝ち。通じなければ僕の負け。前者の結果なら仕事が上手く行って、後者なら今回の仕事は失敗ってことだね」
これがまあ、館内部で起こった出来事に対する、予想できる結果という奴だろう。そう突拍子の無いものではない。
「ふうん。その結果っていうのは2種類よね? それが幾つか?」
レイナラが耳聡く、ルッドの言葉の意味を尋ねて来る。複数結果があるという言葉は、2種類ではなく3種類以上の結果があるという意味になる。レイナラは単純にそう考えたらしい。
まあ、正解と言えば正解だ。ルッドは先ほど上げた2例以外にも、館で起こった流れとその結果について、考えていることがあった。
「ちょっとした細かい話なんですよ。その結果がどうであろうとも、別に大したことにはならないって………そう思ってるんですけど………」
「なんなんだよ。そういう言い方されると気になるだろ?」
キャルが話を促そうとしてくる。
「だから大した話じゃあないんだって。ディードさんって人の正体に関するあれこれって言うかさあ。社長はそんなこと気になったりする?」
「あん? いや、その変なおっさんに関しては、あんまり興味ないけどさ」
キャルのその返答を聞いてから、ルッドは話を止めることにした。本当に大したことではないのだ。ただ、少しだけ、ルッドが気になる結果が存在するかもと言った話。長々とすることではあるまい。
「あくまで流れの先にあるものについての話だから、本当にそうなるかも分からない。結局は無為な話なのかもしれないんだよね。ただ………」
ルッドは話を別の方へ向かわせた。ある意味では、こっちの話題の方が重要なのだ。ルッドにとっては。
「ただ、何?」
レイナラがこちらの目を見ている。ルッドの言葉に真剣さを感じ取ったのかもしれない。頭を動かすことには慣れていそうにない彼女であるが、人の感情については、中々に鋭い部分がある。
「山に登ったことそれ自体は、後悔していないんですよね。そう、危険云々の話なら、それに気が付けて良かった」
「山で起こった、奇跡って奴についてか?」
山頂でルッドを盗賊から助けてくれた奇跡。そのことについては、キャルにもルッドがどう感じたかを伝えていた。
「うん。本当に、ただの偶然かもしれない。だけど、その偶然を意図的に起こせるとしたら、こんなに怖いことはない」
「考えすぎじゃあないの?」
レイナラの言う通り、考え過ぎならそれで良い。しかし予感と言うのは、悪い方が当たる物だろう。
「ブラフガ党が奇跡の力を手にしようとしている。もしくは………既に手に入れたかも………そう考えるのは、考え過ぎなんでしょうかね?」
大陸はさらなる混乱の中に入ったかもしれない。ルッドにはそんな悪い予感がするのであった。