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北風の道  作者: きーち
第九章 偶然か必然か
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第五話 魔法使いについて2

 塔の様な石の館。組まれた石は無理矢理岩壁から引き摺り出したかの様な武骨な物であり、どこか不気味さを感じさせてくる。

 そうしてその塔の門に当たる部分に、一人の男が立っていた。ディードかと思ったのだが、どうもそうではない。頭からローブを被り、青白い顔をした不健康そうな青年だった。

「ルッド・カラサとその御一行とお見受けすしますが…………」

 そうして青年が唐突に話し掛けてくる。挨拶も無しにとは少し驚いたものの、こちらの名前を知っており、それほど警戒されていないことには安心した。

「は、はい。その通りですが………ここは所謂、モイマン山の―――

「館。とだけ、我々は呼んでおります。ディード殿より、あなた方の来訪は聞き及んでおりますので、こちらへどうぞ」

 一礼も特になく、ただ『館』の中へ案内しようとするその男。こういうのが魔法使いかと戸惑いながら、ルッドはまず尋ねるべきことを慌てて尋ねた。

「ちょ、ちょっと。待ってください。名前、あなたの名前はいったい何で、ここではどういう立場なんですか!?」

「名前と立場…………迷い霧と名乗っております。ここでは名の通り、霧の魔法の研究をしております。では、行きましょうか」

 こちらの質問に対して、特に考えも無く答える魔法使いの『迷い霧』。そう言えば、普通、魔法使いはそういう名前を名乗るのだったか。しかし立場を聞かれて、自分の研究についての話しだけというのはどういうことだ。

「え? それだけで………だから待ってくださいって! 馬車、とりあえず馬車はどこに置けば!?」

「ああ………そう言えば馬車は館に入れませんね。あちらに馬屋がありますから、馬はそこに。馬車は………その近くに置いておけばよろしいですよ」

 答えるだけ答えて、さっさと館内に戻ろうとする『迷い霧』をなんとか引き留め、どうにかこっちのペースに戻そうとするルッド。

「なあ………大丈夫なのか? 兄さん」

 小声でキャルが心配そうに話し掛けてくる。

「ま、まあ。こういう感じの人達であることは予想通り? ではあるから」

「疑問形なのねえ…………」

 自信無さげなのをレイナラに看破される。仕方ないじゃあないか。人間を相手にしているというより、何かしらの道具を相手している様な気分になってしまうのだから。

 商人、ましてや間者が話をする様な相手ではない。

「早くしていただけませんか? 私もそう暇でありません」

「ええ! はい、そうでしょうとも!」

 『迷い霧』に急かされて、ルッドは馬屋へと馬車を移動させることにする。辿り着いてからもやっぱり不安が大きくなってくる。モイマン山の館はそんな場所であったのだ。




 『迷い霧』に案内されながら、館内部を歩いていく。と言っても、ご丁寧な解説なぞあるはずも無く、ただ彼の背中を追うだけである。

「ええっと………あの、僕らをここに案内してくれた人物……ディードさんに会わせて貰えるってことで良いんですよね?」

 実を言えば、『迷い霧』がいったい館のどこへ案内しようとしているのかすら、ルッドは聞いていなかった。

 てっきり、先にこちらへ来ているであろうディードへ会わせてくれるのかと思っていたが、怪しげな廊下を歩き続けていると、それも不安になってくる。

「いいえ? 私はただ、我々の長のところまで、あなた方を案内する様に頼まれただけですが?」

 そうして不安は的中してしまう。なんとまあ、案内される先は、いきなり魔法使い達のトップであるそうだ。

「はあ!? いきなり来た来客を、いきなり自分達の長を会わせるって、どういう了見ですか!」

「兄さん、落ち着けって」

 キャルに止められる程にルッドは混乱していた。なんなのだ魔法使いという人種は。どうしてこうまで自分の調子をおかしくして来るというのか。

「…………? あなた方は、我々の様な魔法使いと話をしに来たと聞き及んでいますが。全員と話すわけにはいかない以上、代表者と話すのは当然では?」

 言っている意味が分からないと首を傾げる『迷い霧』。

「まあ………正論よね」

 レイナラの言う通り正論ではあるが、あまりに直接的過ぎる。もっとこう、いろいろと言葉や行動のやりとりがあるのが一般的だろうに。その中にこそ交渉の余地があるのだ。この調子では自分の出る幕がどんどん無くなってしまう。

「………それにしても、なんていうか、部屋は多くあるんですねえ。どこかへ通じる扉を多く見かけるというか」

 とりあえずは世間話からだ。このまま何も話さず目的の場所に到着というのは、何だか癪に障る。

 廊下を進むうちに扉を多く見かけたので、それについてを聞いてみよう。

「実際、幾つあるか我々にもわかりません」

 率直な答えが返ってくる。しかし話を終わらせるつもりはまだまだ無いぞ?

「把握できてないってことですか? ここに普段から住んでいるのに?」

「勝手に増えたり、減ったりすることがありますから………」

 恐ろしい事をなんでも無い様に言う奴である。どういうことだ。

「ええっと………それも魔法という奴で?」

「ですね。これからあなた方が会う予定である、我々の長。『岩の翁』は岩の魔法を研究しております。どうして彼がその様な役をしているかも、その事に関係している」

 いまいち言ってることがわからぬと首を傾げたくなる。もっとも、ここで分からないと話を放り投げては、魔法使いと交渉なんてできぬため、さらに踏み込むことにした。

「岩の魔法………興味があります。その魔法と魔法使い達の中心人物になっていることは、大きく関係しているんですよね?」

「というより、この館と……です。魔法使いというのは、個人毎に学び、研究するものが大きく違う。だからこそ、自らの空間を持ちたがる。端的に言えば、自分だけの研究室ですね」

「なるほど。じゃあ、部屋が妙に多いのも、その空間のためと」

 どこかへ通じる扉が多い理由はこれで納得できた。なんだ、ちゃんと段階を踏めば、ある程度の理解は可能じゃあないか。

「その通り。そうして、その空間を作り出していく方こそ、『岩の翁』なのです。彼の岩の魔法は一級品だ。岩を岩盤よりくり抜き、さらにそれを固定する術に長けている。また、岩への細工も」

 となると、岩で出来ているこの館内部の構造についても、彼の力大きく影響しているということか。

(なるほどなるほど。分かりかけてきたぞ)

 恐らくは館そのものを作ったのも、その『岩の翁』という魔法使いなのだ。魔法使い一人一人に部屋を与えるということは、どこでどの魔法使いが、どの様な研究をしているかを把握できる唯一の人間だということ。

「例えば研究をされている部屋が、何かしらの事情で空いた時も、その後の処理はその『岩の翁』さんがするという解釈で良いんですよね?」

「はい、仰る通りですが、それが何か?」

 それが大事なのだ。誰かの研究室であれば、その資料の多くが部屋に残っているということだぞ? 部屋の処理ができるというのは、それらを独占できる立場にもあるということ。

 魔法使いの集団という輪郭があやふやな組織の中で、曲がりなりにも中心人物となっているのには、そういう理由もあるのだろう。

「いえ、言ってみればこの館そのものを、魔法で良いんですかね? それで作り上げた人物だと思うと、かなりすごい人だなと」

「そうでしょうとも。彼の知識は一般的な魔法使いのそれを大きく上回っている。世界の神秘。この館の中ではその真実にもっとも近づいている人物と言える。まあ、少々変わった人物ではありますが………」

 『迷い霧』は相当に『岩の翁』という人物を評価しているらしい。ほんの少しだけ饒舌になっている。

(それにしたって、変わり者の魔法使いに、変わり者なんて評価されるなんて、いったいどんな人物なんだろうか)

 その点がもっとも気になってしまうルッド。目の前の『迷い霧』以上に厄介な人間だとしたら、かなり厳しい戦いになりそうだなと、冷や汗が出てきてしまう。

「兄さん、良くそんな仲良く話す気になれるよな」

 ローブの袖を掴んでくるキャルが、ルッドにだけ聞こえる小声でつぶやく。どうにも少し怯えた表情をしている様な。

(ああ、そうか。僕が魔法使いに苦手意識を持っているのと同じ様に、彼女は魔法使いに恐れを抱いてるんだ………お化けが出る屋敷にでも迷い込んだ気分ってところかな?)

 その恐れをもし利用できれば? 確かにこの大陸においては、有効な力と成り得るだろう。実際、こんな歪な構造物を作る力を持っているのだし。

 ルッドとて恐ろしく思えてくるが、今はキャルの恐怖を払ってやるべきだろう。

「大丈夫だよ。話が通じる相手ではあるんだ。だったら幾らでもやり様がある」

 キャルを勇気付ける言葉。それは自分に向けての言葉でもあった。これより先には、もっとやり辛い相手が待っている。怯えていたり、気弱になっているわけには行かないのだ。

「到着しました。それでは私はこれで」

 大きな扉の前まで案内される。それもルッドの背丈の3倍はあるだろうかという巨大な岩扉だ。恐らく相応に分厚いのだろう。呆気に取られて見上げるルッド達の横をすり抜け、『迷い霧』がこの場を去ろうとする。

 それを咄嗟に止めたのはレイナラだった。

「ちょ、ちょっと待ちなさいな。こんな扉の前まで連れてきて、どうしろって言うのよ! どう考えたって、数人がかりでも開けられないわよ、こんな扉」

 まったくだ。ルッド、レイナラ、キャル。3人同時に押したところで、ビクともし無さそうな重厚さを目の前の扉から感じる。

「そこにノックがあるでしょう。それを鳴らせば、開きます。それでは私は自分の研究がありますので」

 そう言って、今度こそ『迷い霧』はこの場を去って行った。残されたルッドを含む3人は、『迷い霧』が指差した、手を掛けるタイプになっている輪っか状のノックを、ぼんやりと見ていた。

「鳴らすって、これを……だよな?」

 キャルが指差すノックは、扉の大きさに比べて随分と小さい。いや、まあ、普通の扉に付いている様なノックであるのだが………。

「言われた通りに、とりあえずしてみようか………」

 ルッドは恐る恐るノックを握り、巨大な岩扉を叩いた。カンカンと音が響く。構造上、そうなる様になっているのだろうか、耳を塞がなければならないと言った大きな音ではないのだが、予想以上に広範囲へと届きそうな音であった。

(この分厚そうな扉の向こうにも……十分聞こえるくらいの………)

 そうでなければノックの用を成せないのだから当たり前だが、それが意味するのは、やはりこの岩扉が内側から開くのだということ。

 そうしてこちらはその予想が当たる。岩扉が内側へと開き始めたのだ。いったい、誰がこれほどの重さの扉を開けているというのか。『岩の翁』という人物は、魔法使いでありながら怪力の持ち主でもあるのか。

「冗談でしょ? 誰もいないわよ………」

 レイナラの言うことは間違っている。扉を開いた先にはちゃんと人がいた。大広間とも呼べる広い部屋の奥に、大層な机が存在しており、その向こう側に老人が一人座っているのだ。

 ただ、レイナラにその老人が見えなかったわけではないのだろう。レイナラが言っているのは、扉を開いたはずの人物に関してだ。

 部屋にはその老人一人しか存在せず、他には誰もいない。つまり、巨大な扉が誰の手も必要とせず、勝手に開いたことを意味していた。

「ようこそ。ここに来る客人は珍しい。歓迎するぞ?」

 部屋の奥から老人らしき者の声が聞こえる。明らかに机の向こうに座っている人物の声だ。老人ではあるがしっかりと声が通ったそれである。

「………ルッド・カラサと申します。この度は忙しい中、この様な面会の場を用意していただき、感謝します」

 もういちいち起こる事には驚かない事にした。向こうにいる人物が『岩の翁』という人物で、尚且つ魔法使い達の長だというのなら、それに相応しい対応をするだけだ。

 これでまた『迷い霧』の様におかしな態度が返ってくるというのなら、それはまたその時である。

「うむ。とりあえず部屋に入りたまえ。こう離れて話というのも変だろう」

 老人は、所謂威厳のありそうな低く良く通る声で、ルッド達が部屋の中に入るよう促してきた。

 その声に従って、老人へルッド達が近づくと、丁度部屋の中心近くまで来た時点で、何やら老人が手を動かした。

 すると、また独りでに岩扉が動き出すのだ。今度は閉まる方向へと。

(やっぱり、魔法か何かだったのか………)

 不可思議であるが、もう魔法で纏められるのならそれで良い。不思議な事を起こせる力があるというのは、もう散々に見せつけられた。

「魔法で開く機構になっているんですね。物騒じゃあありません?」

 あえて、魔法使い的な視点で話をしてみる。魔法だけで開く扉ということは、魔法使いだらけのこの館では、鍵が掛かっていないのと同じであると考えられるが。

「そう思うかね? だが、あの扉を開けるだけの岩を操る魔法に長けているのは、わしくらいでな。つまりは鍵よりもよっぽど防犯性能がある」

 まあ、確かに十数人がかりでなければ動かせ無さそうな扉だ。魔法でも無理というのなら、盗人にとっては鍵を掛けられるよりも厄介な代物だろう。

「なるほど。でも、他の魔法でならば開けられるかも?」

 話すのに丁度良いだろう距離まで近づき、そこで立ち止まってから話を再開する。だいたい、相手が座っている位置から机を挟んで2,3歩離れた距離である。

 あまり近寄り過ぎれば相手に不快感を与えるし、そうでなければ話し辛い。そういった考えを加味した上で、適正な距離での対話に注力すれば、内容に関係無く相手に良い印象を与えられる。

(こういうことをしらない人間からすれば、僕らみたいな商人の話術も、魔法に見えるのかもしれないね)

 古来、口の立つ側近が王に近づき、国を左右する立場にいつの間にか立っているという話は幾つもあるが、そういった交渉術を身に付けた人間がモチーフだったのだろう。腕の動きだけで岩を動かす魔法使いと、影響力に関しては何が違うというのか。

(だから気後れするなよ、僕。話すなら相手の目と表情を見て、対等に渡り合え)

 口先だけならば、魔法使いとだって戦えるさ。その様に考えながら、自分を奮い立たせている。

「他の魔法で開けられるくらいの手練れなら、普通の扉にしたって意味がないだろう? 普通の鍵だってどうにかできるわけだしな? つまりは、やはりその岩扉で正解ということだ。まあ、半ばわしの趣味なのだがね?」

 老人はルッド達の向こう。岩扉がある方向を指差して答える。ただしそれに釣られてもう振り返りはしない。向こうのペースでは無く、あくまでこちらのペースで話を進めさせてもらう。

「なるほど。確かに面白い趣向です。ただし、デザインのセンスについては、もう少し色々考えた方が良いのでは? 少々武骨的というか………」

「ほほう。そう思うかね? いや、なに。わしも、単に巨大な扉というだけなのは、少し殺風景かなと常日頃から考えておった。と言っても、目を楽しませる意匠なんぞ、わしなんぞは門外漢であるし………」

 意外なことに、こちらの話題に乗って来た老人。デザインなんていちいち気にしないという言葉が返ってくるとばかり思っていたのだが。

「…………もう少し外との交流をお持ちになれば、そういった悩みも解決するのではないでしょうか?」

「なるほど………そう入ってくるか」

 興味深そうに髭の生えた顎を手で擦りながら、ルッドの目、いや、口元を見る老人。そう、ルッドがここに来る理由とは、魔法使いについてもっと知ることと、外との交流を少しでもさせるためという、二つの理由が一応存在していたはずだ。

(ディードさんがどれくらい話してくれているかも重要だけど………こっちの本当の望みが、権力者とのパイプ作りだってのは伝えられてるのかな?)

 いきなりそれを確認するというのも手であるが、とりあえずは探り探りで話を進めるしかあるまい。

「現状、この館は神秘の中に包まれています。それは事実としてそうかもしれませんが、問題は観念的なそれでも、という点ですね。ええっと………確かあなたは『岩の翁』と―――

「バッハブル・ウィンザー。魔法使いになる前の名だよ。そう呼んでくれて構わんよ。『岩の翁』という魔法使いとしての名前だと、些か言い慣れていないだろう? 外より来た人間にとっては」

 ああ、そう言えば目の前の人物も人として生を受けた以上、人としての名前があるはずだ。魔法使いが自身の研究魔法と絡めて名乗る名とは違う、ちゃんとした名前が。

(驚きなのは、そのちゃんとした名前の方を名乗るってことだ。さっきの『迷い霧』さんみたいに、それだけで済ますことはしない…………)

 これがどういう意味を持つのか。ルッドにはなんとなくわかる。『岩の翁』バッハブル・ウィンザーは、ルッド達に近い感性を持っているということ。

(なるほどね。だから“変わった人物”か。魔法使い達の考えを一般的とするのなら、僕達の方が変わった人間に映るんだろうさ。この館の空気が停滞しているって言っていたディードさんの言葉にも頷ける)

 バッハブル・ウィンザーがこの館の中心人物となっているのも、もしかしたらそういった思考方法がルッド達に近いからかもしれない。魔法だけを学び、研究するのではなく、社会や他人との擦り合わせを気にするからこそ、組織の中心に立てる。

「ではウィンザーさん……と、呼ばせていただいても?」

「ああ、構わんよ。別に役目としての名があるわけでもないしな。で、その観念的な部分が問題と指摘したい様だったが、どういう意味かね?」

 バッハブルは話ながら、左手に何やら水差しの様な物を持ち、一方の右手に持った石作りの器に入れる。なにやら水のような透明性のある飲み物で、右手に持った器を口に近づけて、それを含んだ。

「………ふう。ああ、すまんね。話を続けているとすぐに喉が渇く。歳のせいかもしれんなあ。どうかね? 君もやらんか? 酒ではないが、体は温まる」

 そう言って、机の引き出しから器をもう一つ取り出し、こちらに向けるバッハブル。なるほど、まるでこれは会談だ。

 お互いがほんの少しだけ襟を崩し、会話をする。その目的は種々あれど、第一は会話をして相手を知ることにこそ意味がある。

 ルッドはさらにバッハブルに近づいて、その器を受け取った。

「それではありがたく………と言いたいのですが、器が一つしかないと、他の二人が飲め無くなってしまいますし、なにより椅子が………」

 楽に話をするのであれば、全員が机を挟んで、座りながらというのが望ましいだろう。他3人分の椅子というのはこの部屋には見当たらないし、さらに言えば、会談するにしても、バッハブルの前にある机は仕事机だ。話をするのにはあまり向かない。

「ああ、その心配なら無用だ」

 そう言って、バッハブルは再び腕を宙に振った。すると、部屋全体が微振動を始める。

「な、なんだ!?」

「………」

 地震か何かかと警戒するキャルと、彼女の横で、動揺の表情こそ見せぬものの、腰に帯びた剣の柄に手を置いているレイナラ。

 ただルッドだけが、事の成り行きを静かに見守っていた。

(そうだ………また魔法だ。今度は何が起こる? 何が起こっても、驚きを見せるもんか)

 ルッドはただ見物することにした。そう、この館において、魔法とはその程度の事でしかないはずだ。

 ただ起こる不可思議。それにいちいち驚くのは、この館で交渉を続けるのであれば必要の無い行為。例えば部屋の一部が盛り上がり、話しやすい高さの机と椅子の形になり、さらにその机の上に、他二人のためだろう、石で作られたコップが置かれていたとしても、驚いてはいけない。

「用意、感謝します」

 ただバッハブルを見て、頭を下げる。魔法の存在が当たり前なのなら、こういう対応が正しいはず。

「ああ、遠慮なく座ってくれ。さっそく………話を始めようか?」

 バッハブルも仕事机から離れ、さきほど自らの魔法で作り出した会談用の机へと歩き出した。

 さあ、これから始まるのだ。魔法使いとの交渉が。


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