第二話 魔法使いについて
「やっぱ止めとくべきだったよなー」
隣で歩くキャルが呟く。独り言で無く、こちらに聞かせるためだろうとルッドは思っていた。
「ホロヘイを出て3日。このタイミングで言う台詞じゃあないよね」
馬車を毛長馬に引かせながら、道を進む。まだ季節は夏だというのに、道を進むにつれて涼しさが少しずつ肌寒さに変わって行くのは、不安を感じさせてくる。
「2日目に盗賊に襲われかけなきゃ、言ってねえよ」
キャルの言っていることは事実である。道中。あからさまに怪しい集団と出くわしそうになったのだ。
「あら、けれど、仕事は上手くやれたでしょう」
キャルの言葉に答えるのは護衛のレイナラだ。行商はこの3人で行うのが、ミース物流取扱社の常になっている。雇い人の一人であるダヴィラスは、留守番兼事務員なので、旅に出る機会は少ない。
「刃物チラつかせるだけでも効果ってあるもんなんですね」
「リスクと利益の問題なのよ。向こうだって怪我人はできるだけ出したくないし、出会った時から逃げられる準備があるって見せつけていたでしょう? 怪我してまんまと逃げられるよりかは、獲物にしない方を選んだってわけ。上手く襲った際の利益にしたって、小さな馬車一台分の荷物しかないもの」
盗賊らしき集団と遭遇したのは、ホロヘイを出て、中継地点の一つとして予定していた、サンリバーと呼ばれる町へ辿り着く前の事であった。
前方から不審な集団やってきているといち早く察知したレイナラは、まずルッド達に無理をしてでも、馬車の進行を早める様に指示を出した。
とは言っても、毛長馬は、力はあるが少し鈍足だ。馬車を引く速度を上げたところで、追われれば完全に逃げ切れるものではない。
そう口にするルッドに対して、レイナラは刃物を抜き、それをまるで日に反射させる様に振り回した。
勿論、ルッドを脅すためで無く、不審な集団への脅しだったらしい。既にそちらの動きは気が付いているぞという意思をかなり前から示して置くことで、あちら側にこちらが一筋縄では行かぬことを示すためだそうだ。馬車の動きを速めたのもそのためであると、後でレイナラが説明していた。
「重要なのはね、あっちも単なる人間だと思うこと。刃物持っている相手は怖がるし、人を傷つけることへの罪悪感だって多少はあるの」
だから真っ向から挑んで勝てる戦力や、完全に逃げ切れる準備をする必要もない。割に合わない相手であることを十二分に示せれば、例え遭遇したとしても、無事に逃げられる可能性は高い。
「とは言っても、横を通り過ぎる時はひやひやものでしたよ」
「相手は人数で言えば5,6人はいたものね。二人を守りながらそれだけを相手にするって、私でも難しいわよ。心臓に悪いのは確かだったわあ」
不可能だと言わないところに彼女の途轍もなさがあると思われる。実際、それくらいの人数相手に、ルッドを守りながら盗賊を撃退した実績があるのだ。
「何はともあれ、襲う相手として選ばれずに済んだことを祝うべきだわ。戦いとなれば、嫌でも消耗するから、商人としては不利益でしょう?」
「まあそうなんですが………。しっかし治安の悪さが結構顕著ですよねえ。ホロヘイとサンリバーを繋ぐ道なんて、主要街道の中でも一番のそれでしょう」
中継地点として使う予定のサンリバーという町は、ラージリヴァ国内で、ホロヘイに継ぐ規模の大きな町である。
その二つを繋ぐ街道で盗賊が出るというのは、国の治安が相当に悪くなっていることを意味する。そもそも、主要街道には衛兵なりなんなりが定期的な見回りをすべきではないだろうか。
「ホロヘイとサンリバーも、統治する領主が違うからなあ。あの盗賊みたいな奴らが現れたのって、丁度境目あたりだろ?」
「ああ、領主同士の不仲ってそういう影響もでるんだね…………流通を管理する組織だけを立て直したところで、問題はまだまだ残ってるか………」
ラージリヴァ国はホロヘイを中心に統治している総領主一族が、一応の中心権力者という形になっているが、少し地方に寄れば、途端にそこの領主の権威と権力が強くなるのだ。
国の形成過程で、本来は別々の集団だった物を無理矢理統合したという歴史があるため、未だにそのしこりが残り続けているのだろう。
「衛兵だって、所属する土地が違えば敵同士みたいなもんよ。きっちり武装してる分、盗賊よりも厄介だって思う人もいるかもね」
レイナラの言葉を聞いて、ルッドは少し考え込む。
「………つまり統一の象徴みたいなものが無いんだ。一番発展した町の領主が中心みたいな感じになってるから、大きな町同士を繋ぐ街道にこそ、むしろ統治の不備が発生する。国全体が安定しているのなら、そこらの意思疎通も上手くやれるんだろうけど………」
今は総領主一族が強権を発動したという影響のせいで、他の地方の領主が警戒している状況だ。もしかしたら、自分の領地も強権によって奪われるのではないか。そんな警戒心が国中に広まっている。
(そこで一番得をするのは、ブラフガ党だ。ラージリヴァ国がガタガタになってきているってことなんだから………)
ラージリヴァ国を崩壊させる目的で動くブラフガ党にとって、今の状況は好都合だろう。そうして、ソルトライク商工総会とノースシー流通管理会。二つの組織を巡るルッドの動きは、彼らに喧嘩を売ったということにはならないだろうか。
(気付かれてなきゃいいけど………。それにしてもソルトライク商会の崩壊とそれに関わる顛末………ブラフガ党が無関係ってわけでも無さそうだよね)
もしかしたら、今のラージリヴァ国の状況は、ブラフガ党が動いた結果、起こり得たのかもしれない。そう思うとぞっとしてくるルッドだった。
「ほら、話している内に到着よ。サンリバー。今日はあそこで宿を取るんでしょう?」
レイナラが指を差す方向。そこには、町並みの影が現れ始めていた。
サンリバーは大陸の丁度中心地点として存在する町だ。土地の肥沃さ。地域的利便性はホロヘイにやや劣るものの、内陸部での流通が盛んなラージリヴァ国においては、様々な物資や情報が商人と共に集まる大規模都市と言えた。
「こういう町にありがちですけど、なんというか目が痛くなりそうな町並みですねえ」
ルッドが覚えた印象はそんなものだ。ホロヘイで良く目にする赤レンガ造りの家々があると思えば、白亜の大理石で出来た豪邸が存在する。異種族の自治区で見た奇妙な形の意匠を含んだ店屋まであった。
「文化のるつぼって父さんがいってたなあ。大陸中の文化が一旦ここに集まって、洗練された後に余所の地方に流れるんだと。流行の発信源だから商人なら定期的に足を運ぶべきだとも言ってたぜ」
「盗賊がでなきゃ、そういう言葉に従うんだけども………」
キャルの言葉に、とりあえずはそう返しておく。間者としての仕事があるため、ホロヘイに拠点を置きたいルッドとしては、そう何度も足を運べないのである。
「それより先に、宿を探しましょうよ。ベッドでちゃんと眠りたいわ!」
町を入ってすぐの場所で立ち話をしているルッド達に向かって、レイナラが叫ぶ。ホロヘイから野宿を挟んでの歩き詰めであり、町に来てからは門番からかなり入念に荷物のチェックをされたため、ストレスが溜まっているらしい。
「勿論、ここを中継点にする予定でしたから、そうするつもりですけど、携帯食糧と毛長馬の餌も買い入れなきゃいけないし、宿に関しては二人で探してくれれば有難いです」
輸送物資を少しでも多くするために、旅のために必要な物資は、中継点で買い入れることを前提にしている。
モイマン山へと向かう依頼があるとはいえ、ルッド達は商人であり、コールウォーターで商売の利益を得ることの方が先決であるためだ。
「わかった。とりあえず日が傾きかける頃には、またここで集合ってことで良いか?」
社長のキャルの提案に頷く。彼女もこういった段取りについては、随分と経験を積んで来ているのか、ルッドとの意思疎通を言葉以外の部分で出来る様になっていた。
「あら、じゃあ、せっかくなら私も別行動―――
「いいけど、姉さんは酒場禁止な」
キャルがレイナラの言葉に口を挟む。
「なんでよー!」
「仕事中だろ! 明日にはここ出る予定なんだぞ!」
言い合いを始めるキャルとレイナラ。何時もの事であるため、ルッドは無視をしてその場を去ることにした。さっさと買い入れを終わらせなければ、その分、休む時間が少なくなるのだ。
流通の中心地だけあって、旅のための準備物資も簡単に用意できた。幾らか値切りなども試してみたところ、そこそこ値段を抑えることができたため、満足できる結果だと思われる。
「うんうん。こういうのが商人らしいやり方なんだよ。何時も何時も、危険と隣り合わせってわけでなく、口での交渉が常だよね」
最近はそういう事を忘れかけていると自分で考えるルッドは、頷きながら道中を歩く。物資については明日の朝、町の出口で搬入予定であるため、手持ちの荷物は少ない。
「この町で休息を取った後は、一気にコールウォーターまでか………中々に強行日程だけども、後にモイマン山へ向かうっていう仕事が控えている以上、仕方ないんだよねえ」
ということは、やはり危険な仕事が続くことになるのか。そう思うと、自分は単なる商人としては生きられぬのだろうなあと考えてしまう。
(そもそもが間者だからね………いや、それもどうなんだろう)
ルッドはふと空を見上げた後に、方角を確認して、ブルーウッド国があるはずの方を見た。単にサンリバーの町並みが映るのみであるが、ルッドの想像は故郷のそれへと向かう。
あそこで生活を営んでいたのが、もう随分と昔に思えてしまう。たった。そうたった一年、こちらに居ただけなのに。そうして、長くても後二年、こちらの国で過ごせば、ここを去ることになる。
(僕は今、どっちの国の人間なんだろうね?)
生まれも育ちもブルーウッド国だ。だが、今、ここにいるルッド・カラサという人間は、ラージリヴァ国の影響を多く受けた存在だ。
向こうの国にいた見習い外交官のルッド・カラサとは大きく変貌してしまった。ならば、今のルッド・カラサはラージリヴァ国の人間か?
(それも違う気がするね。なんだろう。僕はいったい………何なんだ?)
ふと、そんな思いが頭を過ぎる。どうでも良い事かもしれないが、自分にとって大切な疑問。そんな風に思えた。
(今すぐ答えを出す必要は無いんだろうけど、何時かは答えを見つける必要がある。そういう類の疑問なんだろうか………)
思い浮かんだ疑問を胸に秘め、ルッドは町並みの中を歩き出した。まずは目の前にある、やるべきことを遂行するために。
サンリバーを出て北方へさらに4日。季節などまだまだ変わらぬというのに、どんどん寒くなってくる気温に辟易としてくる。
草木も背の高い物が見えなくなり、低く、刺々しい植物が目に付くようになってきた。
繰り返す野宿と野盗への警戒に対しての疲れも溜まって来ていた。本来であれば、もう一つほど中継地点の町や村などを置くべき行程を、抜かして行っているというのが疲労の大きな原因だろう。
「地図に従えば………もう少しでコールウォーターだ。頑張ろう」
ルッドは今日何度目かの地図確認を行う。今回は雪深い道のりでなく、視界も良好であるため、迷うことはないのだが、目的地まであと少しという状況になると、どうにも残りの道のりが気になってしまう。
「一日の内にそう何度も言われると、気がめいるけどなー」
社長のキャルの声が馬車の中からする。彼女の体はまだ子どものそれであるため、あまり長時間歩かせるのには向かない。体重が軽いのもあって、定期的に馬車の中で休ませていた。
「道が10としたら9を半分に思え。そんな言葉があったかしらねえ。まあ、さすがに確認し過ぎだけど………何か心配でもあるの?」
「この前、道を間違って目的地とは違う村に辿り着いたことがあるんですよねえ」
命の危険と不思議な体験をした。自分が吹雪の中で辿り着き、行商をした村が、後から確認したらどこにも無かったのである。
「ああ、兄さんが白霧の村に行っちゃった奴だよな」
馬車からニヤついた笑顔だけを出すキャル。白霧の村とは、ラージリヴァ国の昔話や伝説みたいなものだ。
向かった後に、その村が消えるという話で、結果が違う派生話が幾つもある。
「あらあら。じゃあうちの商人さんは、幸運を掴んだってことかしら?」
白霧の村の話の一つに、その村で手に入れた物は幸運を呼び込むというものがある。ルッドはローブの内ポケットに手をやって、粗末な人形に手を触れた。これこそ、白霧の村とされる場所で手に入れた、その村があったという証拠であるのだ。
ゲン担ぎに良いだろうと、基本的にずっと持っているのだが、そう言えば、あの村で見た夢に魔法使いが出て来た様な………。
「幸運かどうか知らないけど、ちょっと不安を感じている理由が今わかった」
「あら? 何かしら」
「僕、多分、魔法使いに苦手意識があるみたいだ」
コールウォーターに辿り着き、モイマン山に向かえば、その苦手な相手と話す必要がある。だから、目的地に近づけば近づく程に不安になっていたのだ。
「じゃあなんで、そんな仕事受けたんだよ………」
呆れ顔に変わるキャルの表情。まったくもってその通りだとルッドも頷く。
「ついさっきまで、気が付かなかったんだから仕方ないじゃないか。でも、考えてみればそうか。社会を外れて、魔法なんて良くわからない物に傾倒する人種なんて、商人と正反対なんだよ。苦手に思うのも当たり前か」
社会へ積極的に参加し、即物的な利益を追求する商人には理解できぬ人種であるかもしれない。となれば、今までと同じ交渉術では上手く行かぬ可能性もある。
「私は何度か会ったことあるわよ。魔法使いって名乗る人に」
「本当ですか?」
レイナラの言葉にルッドは興味を覚える。これから会う人種の貴重な情報となるものだからだ。
「こう、帽子の中から鳥を出したり、手に持った硬貨を一枚から二枚に増やしたり、逆に減らしたりしてたの」
「…………それって、本当に魔法ですか?」
疑わし気にレイナラを見る。なんだか、ルッドが想像している魔法とは違うのだ。むしろ一芸みたいな印象を受ける。
「そうねえ……そういう魔法使いからは、私と同じ匂いを感じたから、もしかしたら違うかもしれないわね」
「姉さんと同じ匂い?」
疑問符を浮かべているキャル。ルッドも同様だ。
「なんていうか、私はこの剣の技術を日々高めてるわけじゃない? それと一緒で、そういうことをする技術を高めているって印象。だから、魔法使いって言葉は似合わなそうだったわねえ」
「そうなんですか………じゃあ、これから向かうモイマン山の館に住む魔法使い達も、そんな感じなのかな」
そうであれば、まだ話しやすい相手だと思う。レイナラと話すのと同じように話せば良いのだから。
「ああ………でも、一人だけ雰囲気が違う魔法使いと会ったことがあるわ?」
「雰囲気が………ですか?」
「ええ。さっき例に挙げた魔法使いさん達って、人と積極的に関わろうとするのよ。魔法を見せて、お金を稼ぐ人もいたわ。けれど、その魔法使いに会った時は少し違った………」
深く考え込むように、顎へ手を当てるレイナラ。どうやら、印象深い事であったらしい。
「良ければ、詳しく教えてくれませんか? これからの交渉に役立てるかもしれない」
「いいわよ。そうね、あれは何時の頃だったかしら」
レイナラは何かを思い出そうとして頭に人差し指を当て、それを暫くして離すと、漸く口を開き始めた。
それはレイナラ・ラグドリンがノースシー大陸東部を中心に仕事をしていた頃だ。まだ護衛業を始めたばかりであり、いまいち仕事が入らずアンニュイな気分が続いていたレイナラは、観光地として有名なミルワという町に滞在していた。
近くにはゴーゼネリティ湖と呼ばれる湖があり、大層綺麗であるという噂があったため、仕事探しがてらやってきたのだ。
「もし護衛の仕事が無くても、観光地なら、まあ剣舞の一つでも見せれば、小銭くらいなら………稼げるわよね?」
誰に聞かせるでも無く呟くレイナラ。見知らぬ土地というのは否応なく不安になるものだ。とりあえず目下のところは、数日の間の食事を気にせねばならぬ。
「そうね。とりあえず、酒場でも見つけてお酒でも飲んでから考えましょう」
違う土地に来ると少し頭痛がする。自分の生まれながらの体質であるため、付き合い方も良く知っていた。酒を飲んで頭痛を吹き飛ばせば良いのだ。
これは自分にとって仕方の無いことであり、決して、そう決して自分が酒好きだからではない。
(そ、それに、酒場こそ護衛業の仕事が来る場所だもの。仕方ないことなのよ。ええ)
自分で自分に言い訳をしながら、レイナラはミルワの酒場を探す。観光地だけあって、そういう場所は多くあるものの、自分に見合った場所となると、中々に難しい。どこもかしこもお洒落な雰囲気であり、護衛の仕事探しを合わせて行えそうな場所が少ないのだ。
そもそも、金銭的な事情もあり、安酒が飲める場所が望ましい。
(ああ、もう。結局面倒くさいのよねえ。こういう場所なら、気分も晴れると思ったのだけれど)
故郷を出て数か月。色々と事情がある旅路であるが、どこか心残りがまだ残っている。故郷の外にある美しい景色でも見れば気分も変わるかと思ったものの、どうにもすっきりしない。
「ええーいもう。誰かしら護衛のお仕事くれる人いないかしら。仕事に打ち込めれば、いちいち頭悩ませたりしないのよ」
そんな事を口にしたところで、仕事があるぞと言ってくる人間はいないだろう。それは自分でも分かっている。当たり前の話だからだ。そのはずだったのだが………。
「あのう。すみませんが。もしかして、それなりに武術の心得があるとお見受けしますが………」
「きゃっ、あ、あら。何か用かしら、お婆さん?」
老婆に背後から話し掛けられた。腰が随分と曲がっており、こちらが屈まなければ顔を合わせられない皺くちゃなお婆さんだ。
「いえねえ………護衛のお仕事がどうと言ってらっしゃったから………もしかして、旅の護衛をしてくれるのかと思ってねえ」
困った様子で頬に手を当てている老婆。もしかしなくとも、彼女は客か?
「お婆さん、もしかして、腕の立つ護衛をお探し? 値段次第なら、私がその役目を担っても良いわよ?」
レイナラは自分の腰に下げた剣に触れる。できるだけ、強そうに見えるポーズを取ってみたのだが、老婆の困惑顔は消えぬままだ。
「困ったわねえ………護衛というか………一緒に散歩してくれる人を探しているのよ。護衛という形なら………お金を払えば、そういう仕事もしてくれるかしらと思って………」
「さ、散歩のお付き合い?」
おかしな仕事もあったものだ。他の護衛業をしている人間は、こういう仕事も引き受けるものなのだろうか。そして自分はこの仕事を引き受けるべきなのだろうか?
「ええ………やって欲しいのは散歩なのよ。こう一緒に歩いて、一緒の風景を見て欲しいというか………湖が近くにあるでしょう?」
「ゴーゼネリティ湖の事で………良いのよね?」
「そうそう、あの湖。観光地として有名だけれど………年に一回、青く輝くのはご存じ?」
初めて聞いた。非常に透き通った湖だから、観光地として多くの人間を集めているとだけしかレイナラは知らなかった。
とりあえず首を横に振って返答してみると、老婆は口を続きの言葉を口にする。
「あと、2,3日だと思うのよねえ………ブレがあるから、詳しい日付がわからなくって………青く輝く瞬間を、一緒に見て欲しいの。だからそれが起こるまで、お散歩に付き合ってくれないかしらあ………」
「一応、一日あたりの護衛料金はこれくらいなのだけれど………大丈夫?」
老婆の依頼には妙な物は感じたものの、とりあえず雇いたいと言ってきた以上は、それに答えなければならない立場だ。
「そうねえ………。それくらいなら大丈夫よ。これでも、お金には困っていないもの………」
羨ましい話である。レイナラなどは、明日以降の食事代だって切り詰める覚悟をしていたばかりなのに。
「失礼かもしれないけれど、観光客の方なのかしら? だから金銭的余裕が?」
本当に失礼な質問であるのだが、どうにも老婆の立場がわからず、レイナラは不安であった。この答えを聞くまでは、本当に依頼を受けるかどうかの判断ができなかったのである。
そうして、老婆から返ってきた言葉を聞いて、驚きと納得を同時に覚えた。老婆はこう答えたのである。
「わたしの職業かしら? そうねえ…………魔法使いって名乗るのが、一番近いのだけれど………」




