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北風の道  作者: きーち
第七章 ホワイトオルドの調査
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第六話 調査完了

 ホワイトオルドからホロヘイに戻ったルッド達は、少しの休息の後にまた次の仕事に移ることになる。どれほどの重大な事実を知ったところで、出来る事が現状、何も無い以上、日常に戻るしかないのだ。

 ミース物流取扱社の日常。それは、次の目的地の把握と、運搬する物資の管理、そして次の旅への準備である。ホワイトオルドに向かった時と同じ、変わらぬ日々が続いていた。何時かブラフガ党がラージリヴァ国を滅ぼすとしても、今日や明日の出来事では無いだろうと、勝手な期待をしながら。

「……ほんとに何もしないのな、兄さん」

 今回の仕事に関する事務作業の途中、唐突にそんな言葉を口にするキャル。場所は書類が並ぶ、書斎を資料置き場に変えた一室。手作業を続けたまま、どこか残念そうな感情が込められた彼女の声が部屋に響く。その響きの理由を、ルッドは良く分かっていた。

「何にもしないんじゃあなく、何にもできないのが実際だからね。僕の力なんてそんなもんさ」

 一旦事務作業を止めて、ルッドはキャルを見た。何かを期待しているような、それでいて失望しかけている様な。そんな目線が向けられている。その視線を見ると、少し心臓が痛くなった。

「………そうだよな。どうせちっちゃな会社の社員でしかないもんな………」

 気落ちした様に顔を下げるキャル。

 どうにもキャルは、ルッドに対して万能性の様な感情を抱いているらしい。ルッドなら、なんだって出来てしまうのではないかという期待だ。だが実際のルッドは、そんな存在とは程遠い単なる一個人だった。山を動かせと言われても不可能であるし、それと同様に、ブラフガ党に立ち向かえる力など無い。

「けどさ………」

 ルッドはふと呟きたくなった。何故かわからない。この瞬間まで、ルッド自身も話を切り上げようとしていたのだから。

「え?」

 ルッドの言葉に反応して、再び顔を上げるキャル。何に期待してかは知らぬが、湧きあがった唐突な感情に押されて、今、自分が言えることは一つだけだ。

「このままじゃあ終わらせないさ。きみだってそう思うでしょ? 国が滅ぶとか滅ばないとかは、極端に言えば関係無いんだ」

「舐められっぱなしじゃあつまらないって奴だな!」

 何故かとても嬉しそうな顔になるキャル。上機嫌になってくれただけ幸いか。それにしても、どうして自分はこんなことを口にしたのか。どう考えても無謀な発言だというのに。

「今は何もできないかもだけど、何かをできる様にはしたい。うん、そう考えてる。まずそのための第一歩は、今ある仕事を一通り片付けること」

 とりあえず請け負った仕事はきっちりと行わなければ、信用に関わって来る。組織の力とはそんな信用が重要であるため、将来を見据えて考えれば、粗末には扱えない物事である。別にどんな目論見があろうと、それは変わらぬ価値観のはず。

「仕事はちゃんとするっと……ほかには?」

 紙にメモを始めるキャル。別にそこまでしなくても、すぐ覚えられることだと思うのであるが………。

「こっちの方はあんまり他人に話さないで欲しいんだけど、ラージリヴァ国に少し接近してみたいんだ。本気でブラフガ党を相手をするとして、どれだけの努力を重ねても、僕達だけじゃ到底不可能だよね? それに匹敵するか、それ以上の組織力を持った相手を味方に付ける必要がある」

「国になあ………そんなに他人にバラしちゃダメなのか? それって」

 国に支援を頼むという言葉自体は、それほど人に聞かれて悪いものでもあるまい。どこの誰だって、国に助けて欲しいと思っているのだから。悪い印象があったとしても、それは他人任せにするなというものくらいでしかない。

「国側にこっちが支援を欲しがってるって、バレるのが嫌なんだよねえ。期待してるのがバレたら、足元を見られそうじゃない」

 こちらの要求が相手に分かるというのは、交渉事においてとても不利になるのだ。こちらが引けない一線を容易に理解されてしまうし、その線をネタに足元を見られる可能性が多いにある。なにせこちら側が頼む方だから。一方で、こっちの要求を伝えなければそもそも交渉にならないというジレンマも存在する。

「けどさ、力を貸してくれって頼まなきゃ、誰も貸してなんてくれないぞ? 黙って期待しているだけじゃあだめだろ」

 キャルの言う通りである。交渉とは、交渉をしたいという意思表示がまずの第一段階なのだから、その一歩目を踏み出したくないと言っている様な物だ。しかし、その問題を解決する方法が一つだけある。

「相手から、こっちに力を貸したいって言わせられれば、別に足元を見られずに済むと思うんだ………」

「そんな都合の良い話ってあるか?」

「勿論、今は無い」

 そんな便利な手段が手元にあるというのなら、とっくに利用している。まずはどんな形であれ、国との繋がりを作ることだ。今はミース物流取扱社とラージリヴァ国には、組織が国内にあるという以外に何の接点も無いのだが、それから一歩近づく形になるだろう。そのための方法なら幾らか思い付いていた。

「まずは何より、仕事を幾つか行って名声を高めることだね。その間に幾つか種を仕込んでおくから、上手く行けば、近いうちに向こうから接触してくるかもしれないよ」

 恐らく、その際に生まれる繋がりは、酷くか細い物でしか無いはずだ。しかし、それを太く強くしていく。それこそが交渉屋としての腕の見せ所であろう。この国に来て多少は成長したと思うルッドは、遂に国を相手に交渉するところまで辿り着いたのだ。そう思って置く。自信を持つなら大きく出よう。

「なんか自信満々って言い方するけど、実際は結構不安なんだろ?」

「やっぱり………わかる?」

 後ろ盾なんて何もない。ただラージリヴァ国を相手にすると決めたから相手をしてみようという状況に、面白みを感じると共に怖れも同じだけ感じていた。しかし、行動を止めようとは既にまったく思わない。こんなところで足を止めていれば、北風が吹き荒れるこの国の道を進むことはできないのだから。動くのであればだた前にだ。

「ちょっとー! なんだか話し声が聞こえるけど、そっちの方は仕事終わったのー!」

 部屋の外からレイナラの声がした。彼女はミース物流取扱社と期間契約をしているため、最近は一日の内で、結構な時間をミース物流取扱社内で過ごしている。

 その間、とても暇そうに酒を飲んでいるだけなのが彼女だった。ぶっちゃけた話、非常に目障りだったため、幾らかの書類整理を任せていたのである。十分に出来ているかは怪しい限りであるが。

「この声の調子だと、やっぱり事務仕事に飽きて来たんだろうね」

 書斎から話声が聞こえて来たため、こちらが面白い話でもしているのだろうかと、気になっているのだろう。なんなら自分も混ぜろと言ってくるかもしれない。

「だから言っただろ? 姉さんにそういう仕事は似合わないって」

 苦笑いに近い笑顔を見せるキャル。随分と大人びた表情をする様になったものだ。

 なんだか調子が仕事を続ける状態では無くなってしまう。今日の分の仕事はこれくらいにして、社内にいる人間みんなと、今後の方針を伝えて置こうかなとルッドは考える。

(今、社内にいる人間だけが本当の味方なのかもしれない。だからこそ、信頼関係を大事にしていこう)

 ブラフガ党との対決。その最初はここから始まるのだ。そう思うと、馬鹿みたいな夢想だというのに、何故だか俄然やる気が生まれてくるルッドだった。



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