第四話 ルッドのやり方
人の眠りというのは案外浅い物だ。周囲で何をされても眠っているというのは、気絶以外にはほぼ有り得ない状況だ。つまり、周囲に何かが起これば、多くの人間は目を覚ます。さらに顔を何かで抑え付けられれば、目を覚まさない人間はいないと言っても良いだろう。
ルッドもそうだった。息苦しさと圧迫感を覚えた瞬間、眠りから目を覚ます。しかし、目が覚めた先がまだ夢の中であると思いたくなる状況に、ルッドは混乱した。
視界が白一色なのだ。いや、すこしだけ色がくすんでいるため、そうとは言い難いか。いったいこの視界は何だ。ルッドは考える内に、息が満足にできぬ状況に気付き、さらに驚く。
(息が! 苦し……うぐ、なんだこれ)
漸く、ベッドのシーツで顔の上を抑えられているのだと気が付く。自然にこうなるわけも無く、全身に感じる重みから、どうやら人に乗られているらしいことだけが分かる。
(ぐぐぐ、こ、このままだと大変だ……)
なんとか上に乗る人間から逃れようとするものの、向こうの方がルッドより体重があるのだろう。上手く動けない。
息もできなくなり窒息するのではないかとすら思える苦しさの中、暴漢に襲われた時の対処方はどうだったかと頭を巡らす。しかし、パニック状態では何かを思い出したところで、それほど役に立ちそうではなかった。
ただ、何もしないと言うのも納得できぬ状況である。なんとか左腕だけが比較的自由に動きそうなので、出鱈目に動かし、覆い被さる人間をひっかいた。
叩いた方が威力はありそうだが、爪を立てた方が相手に痛みを感じさせることができる。人間は痛みに敏感であるはずなので、何かしらの反応があると期待しての行為だった。
相手の体のどこかをひっかく感触があり、相手の体が少しだけ動いた。そのおかげかは知らないが、ルッドに乗っている相手は、すぐさまその場から離れ、ドタドタと足音を部屋に響かせながら、出口の扉の方へと音を向かわせる。
「待て! 誰だ!」
咄嗟に顔に被さるシーツを除けて、部屋の扉の方を見るものの、そこには開いたままの扉があるだけで、人影は既に見えない。
ベッドから立ち上がって、扉の先の廊下を覗くも、今の今まで覆い被さっていた人間の姿は見えず、誰もいない廊下が映るのみだった。
「幽霊? そんな馬鹿な話があるか。これは明らかに人間の仕業じゃあないか」
そうして、幽霊騒動の原因はあの船長だとルッドは確信する。ならば今、ルッドを襲ってきたのもあの船長本人か。
(多分そうだ。そうじゃなくても、船長に近しい人間のはずだ。問い詰めてみるか?)
いや、止めた方が良いだろう。この船の上では、あちらの方に分がある。人に襲われたと騒いでも、あの幽霊騒ぎの延長線上の話として扱われるだけかもしれぬ。
「考えろ……考えるんだ。どうしてあの船長は僕を直接襲ってきた?」
ルッドが幽霊を怯えていないからか? そして、部屋の周囲を探る素振りをしたから。
(何かあるんだ、この部屋に)
探られたくないから幽霊騒ぎを引き起こし、代わりに入ったルッドを直接襲ったのだろう。襲った後、船長はルッドをどうするつもりだったか。
(逃げ足が早いことを考えると、襲った後はすぐに逃げるつもりだったのかも………)
つまり今回の件は警告か。部屋から出ないと身に危険が及ぶという。
(どうする? その危険に屈するか? それとも船長と正面切って戦う?)
前者を選ぶのは癪に障る。襲われてはいそうですかと諦めるのは性に合わない。では後者はどうだ。一見、気分の良い選択肢に思えるが、問い詰めて、さらに追い詰めてしまえば、この船でのルッドの居心地が悪くなってしまうという問題点が存在している。
(まだこの船で過ごさなければいけない以上、ここで船長が幽霊騒動の犯人だと告げたらどうなる? むしろこっちが問題を起こしてしまうことになる)
ああいう人間でも一応は船長だ。この船に乗る人間すべての命を預かっている身だろう。そんな相手を追い詰めれば、船自体の空気が悪くなってしまう。航海自体に支障が出る可能性すらあった。
(僕がやるべきなのは、航海の邪魔をせず、尚且つ船長の企みにこっちの溜飲が下がる形で決着を付けること。そのためには………)
ここで廊下を出て船長を追うのは愚手である。それよりも、向こうからこの部屋に重要な何かがあると示してくれたのだ。それを見つけることこそが先決だ。
(そもそも、どうして僕や他の乗客を追い出したいんだろう。この船の乗客と言えば商人だ。一応、僕も対外的にはそうなっている………商人だと不味いのか?)
そうかもしれない。例えば幽霊騒動の時、本来、あの船長はその騒動をどう納めるつもりだったのだろうか。
ルッドが部屋の交換を申し出たため、幽霊騒動は一旦の決着がついたものの、確か船員は空いている部屋が無いと言っていた。つまり、誰かがこの部屋に泊まらなければ、どうしようも無いのである。
(となると、本来は船員の誰かがこの部屋に泊まっていたはずだ。部屋に空きが無い状況で、代わりの部屋を用意しろと騒ぐ乗客に対して行えるのは、船員の部屋との交換くらいしか方法が無いからね)
もしかしたら船長自身が自分の部屋をと申し出るつもりだったのかもしれないが、他の船員が自分の部屋と交換すると言い出す可能性もあった。その度に部屋を追い出していればキリが無いため、恐らくはこの部屋に船員が泊まるのであればそれで良かったのだろう。
(だけど僕がその邪魔をしてしまった。真っ先に部屋の交換を提案してしまったんだ。そうして、僕が商人だから、あの船長は警戒している? 部屋の周囲を調べている時に話し掛けて来たのも警戒感からかも)
この部屋には、商人に居て貰っては困ることがあるのだろう。では、商人が居て困る状況とは何だろうか。
(商人としての知識………それが問題になってくるわけだよね。まさか!)
眠る前は思考が働かなかったが、今はどうしてだか冴えている。無理矢理起こされ、危機的状況になったせいか、頭の回転が何時もより早くなっているのかもしれない。
そうして、船長の企みがいったい何であり、ルッドはその企みに対して何ができるのかの予測ができる。
(あくまで予測だから、確証が欲しいんだけどね………そのためには商人の知識が必要だ。この船で手を借りられる相手と言えば、ローマンズさんくらいか。どうやって引き摺り出すかだな)
利益にならぬ危険に挑むのは蛮勇だと言っていた人間だ。何か明確な餌が必要になるだろうとルッドは考えるが、そこはむしろ外交官の腕が物を言うところだ。材料を揃えて、ルッドの目的に合致した結果を作り出してみせようではないか。
船に乗ってから二日目。朝を過ぎて昼になった頃、ルッドは船長を探して船の中を歩いていた。
(ったく。普段なら絶対に会いたくない人間なのに、見つけようと思ったら見つかんないんだものなあ)
一度、船員に船長室の場所を聞いて向かったのだが、残念ながら留守であった。船員曰く、部屋に籠っているよりも船の中を動き回っている時の方が多いらしい。
船内の廊下を探しても居なかったため、恐らくは甲板のどこかなのだろうが、そこでも見つけることができないでいる。
「どこなんだよ……。とりあえず会ってみなきゃ、次の段階に進めないんだよ………」
少し苛立ち始めたルッドの背後に、何かが落ちる音がした。何事かと振り向くルッドの背後には、顎に右手を近づけて、何やら決めポーズを取る船長の姿がった。
「少年よ! 何かをお探しかね?」
どうやら、またマストからロープで降りて来たらしい。船内のどこを探しても見つからないはずだ。
「あなたを探していたつもりなんですが………」
船長の姿を見て、その目的を改めたくなる。どんな目的があったとしても、この船長と会話しなければならないというのは、苦痛以外の何者でも無いのだ。
「ならば幸運だな! 丁度、私は時間が空いている。話があるのなら、幾らでも話を聞くぞ! 海の男は心の中まで寛大なのだ!」
体の図体がデカければ心まで大きいというのは、何の根拠も無い話だと思うのだが。
「寛大かどうかなんて知りませんけど、僕が泊まっている部屋に関しては伝えて置きたいことがありまして」
ルッドがそう口にすると、露骨に船長が反応する。体全体が大きく震えたのだ。服の袖も少しズレている。そこから見えたひっかき傷をルッドは見落とさない。あれは自分がつけたものだ。
(やっぱり船長が寝込みを襲った犯人か。となると、船長には共犯者がいないのかもね)
これまでの行動は、すべて船長が単独で動いている様に思える。ならば、この船で船長に手を貸している人間はいないのだろうと予想ができた。
「ほう。あの部屋がどうかしたかね? 何か怖い物でも見たとか? おお、そうだ! もしや君も幽霊を見たとかか! 実を言えば、他の船員はそういう幽霊を否定するかもしれないが、私はそういう物がいるかもと考えているのだよ! 広い海を見れば、そういう未知なる存在がいるかもとな!」
良く喋る男である。しかしその内容はあまり無い。要は幽霊は本当にいるかもしれないから怖いだろうという話をしているのだ。そうして、続く話の内容は聞かずともわかる。
「部屋を交換したくなっただろう? 残念ながら空いている部屋は無いが、船長室との交換ならできるぞ? 私のことなら安心したまえ! 海の男は、幽霊なんて怖くない!」
やはりそう来たか。ルッドに部屋を交換させ、あの部屋を船長自身が管理するには、これが一番の方法だ。もし、ここでルッドがその提案を断れば、再びあの部屋で寝込みを襲われるかもしれない。もしくは、また別の方法で嫌がらせをしてくるかも。
「………ええ。そうしてくれませんか? 実は僕自身、部屋を交換して欲しいと思って、船長を探していたんです」
「お、おお!? そうか、それならば良いのだ! いや、話が早くて助かるな!」
拍子抜けした様な表情を見せる船長。しかし、その顔は近い将来歪むことになるだろう。ルッドはあの部屋でやるべきことを、朝のうちにすべて終わらせていたのだ。
既に商人のエルファンを巻き込むことは成功している。そうして、船長があの部屋で何を企んでいるのかも判明した。あとは、その企みに対してルッドがどう動くかである。
部屋の交換を完了したからか、船長は内心で胸を撫で下ろしているかもしれぬが、既に問題はあの部屋だけで納まる物では無くなっているのだ。
船に乗って三日目の朝。北の大陸へと進み続ける以上、気候はどんどん寒くなり続ける。海の潮風は体に酷な程で、甲板に立つ人間は船員以外殆どいない。
そんな数少ない例外であるところのルッドは、船の進行方向が良く見える前方付近に立っていた。寒さを感じるのはルッドも同様であるのだが、その寒さこそが目的地へと近づく証明の様に思えて、刺す様な寒さにむしろ心地よさを感じていた。
「あと、寒さのおかげで船酔いを忘れられるというのも良いよね」
「船酔いというのは揺れる景色に頭が混乱した時に起こる物だそうで、極端な寒さや熱さを感じれば、頭が酔いを一時的に忘れるということがあるそうですぞ?」
相変わらず何時の間にか背後に近づく人である。背中から聞こえた声にルッドが反応して振り向いた先には、エルファン・ローマンズが立っていた。世間話をしに来たのだろう。でなければ、こんな寒空の下にわざわざ立とうとは思うまい。
「船がノースシー大陸に着いた後の話でもしに来ましたか?」
「どちらかと言えば、本当にそのタイミングで良いのかという話題ですな」
エルファンが話すのは、この船の船長が企むある物事についてだ。船長は幽霊騒ぎのあった部屋を使って、何かを企んでいる。そのために騒ぎを起こしたり、ルッドの寝込みを襲ったりしているのだが、ルッドはエルファンの力を借りて、船長に対して反撃に出ようとしていた。その反撃のタイミングは、船がノースシー大陸に着いてからという取り決めを交わしている。
「もっと早い方が良かったですか?」
「まあ、ああいう人物でも船長ですからな。余計な揺さぶりをして航海に支障がでないとも限らない。目的地に着いてから行動を開始するというのは分からない話ではありませんが、船長の企みとやらを聞いてしまうと、どうにも………」
種の分かった手品の様な物だ。その種を誰かに伝えたくてうずうずしているのだろう。ルッドもそんな気分であるが、まだ迂闊なことはするべきではないという理性もある。結果、船を襲う寒さで冷静になろうとしていた。
「それについてですが、ローマンズさんの目利きは正しいということで間違いはありませんか?」
失礼かとも思えたが、重要なことなので再度確認する。ルッドがエルファンに協力を頼んだのは、彼の商人としての知識と、物品を観察する目利きの力だ。それが不確かであれば、船長の企みを看破したとは言い難い。
「これでも長年商人をしておりませんよ。それよりも、あなたがそういう知識を持たないということに驚きましたな。偉そうなことを言う様ですが、若年というのは勉強不足の言い訳にはなりませんよ」
エルファンにしてみれば、ルッドが求めた知識と能力は、一端の商人であれば大半は持っている物であるらしい。見習い商人という立場のルッドにしても、本当にそうであるならば、持っていなければならない物だということだ。真実は見習い外交官であるため、残念ながら商人としては失格の烙印を押されることになるのだろう。
「恐縮です。その知識が僕にあれば、事は僕一人で解決できたわけですから」
「ふむ。そう考えると、私にとっては好都合な状況だったわけですな。あなたが、“売買禁止物品”の知識を持たぬということは」
エルファンが話す売買禁止物品というのは、その名の通りの物だ。ブルーウッド国内で売買が禁止されている物であり、ブルーウッド国と通商協定を持つ隣国に対する輸出も禁止されている。
その多くは違法な効能を持つ薬草であったり、危険な武器類だったりするのだが、さすがにこの船の船長はそこまで大それた悪さをする人物では無いらしく、さらに特殊な売買禁止物品をあの部屋に忍ばせていた。
「知識を持たぬというのは苦言を言わざるを得ないですが、着眼点自体は悪くないですぞ? 私も、言われてみなければ気付かなかったかもしれません」
売買禁止物品は船長に追い出されたあの部屋に隠されていたわけだが、ではどこにという問題があった。
船室はそれほど大きくなく、さりとて隠し部屋などあるわけでも無い。そんな中でルッドが思い付いたのは、そもそも隠していないのではないかと言うことであった。
その事に気が付いたルッドは、船長に部屋の交換を申し出る前の朝に、エルファンに話を持ちかけ、売買禁止物品の在り処を突き止めたのだ。
「けれど、商人としての知識が十分にあれば、疑う切っ掛けはいくらでもあるという物でもありますよね?」
「ええ、その通りですな。だから幽霊騒動などを起こし、商人をあの部屋から遠ざけようとした。しかし、大胆と言えば大胆ですなあ。部屋の調度品すべてが、売買禁止物品で構成するというのは」
そう。物理的に隠せる場所の無い所に物を隠そうとすれば、心象的な死角に置いて隠すしかない。
部屋の調度品は木棚や籠、ベッドなどがあったが、そのすべてが実は隠すべき商売品であるなど、余程注意して見なければ気付かないはずだ。あの船長は、思いの外頭が回るらしい。それとも誰かの入れ知恵だろうか。
「実際、それらはどれだけの価値があるものなんですか?」
興味本位でルッドは聞いてみる。知識としても知って置いて損は無い物でもあろう。
「例えば木の棚ですな。あれはブルーウッド国東方部に自生するロックツリー材という物で作られています。しかしこのロックツリーという木は、頑丈であるが成長に時間が掛かる代物でありますから、生産には向きません。一方で資材としては優秀な性質を持つ。結果、国が厳重な管理をしている資材となっているわけです」
そういう貴重な資材は、他国へ持ち出すことを禁止しているのが現状で、ロックツリーもその類の代物である。そんな貴重な資材を単なる棚として使うというのは可笑しい話だ。ちなみにその棚は簡単に分解することが可能そうな形をしていた。
「現地でバラして、資材として向こうで売るつもりだったんですようね」
「その様ですな。他にもあのベッド。サニーバードという鳥の羽を使った羽毛布団が使われていました。ブルーウッド国で一昔前に流行った物なのですが、これがまた中々に良い感触の物でして」
「ああ、実際寝てみて、凄く気分の良い物でしたね。やっぱりかなりの高級品なんですか?」
「高級品どころか……乱獲のせいで既に絶滅した鳥の羽毛ですから。今じゃあ値段が吊り上るどころか、市場で流通している物は既に無いとすら言われています」
「あれ? ちょっと待ってください。じゃあ、あの部屋にあったものは何なんです?」
流通していない物品が存在するというのはかなり不思議な状況だ。もしかしたら幽霊騒動よりも謎めいているかもしれない。
「ですから売買禁止物品ということですよ。恐らくは正規の手段で手に入れた物ではありますまい。貴重品だけあって、サニーバードの羽毛布団は、その出自が大凡把握されていますから、例えば盗品などであれば、市場に出た時点でそれが発覚します。これもまた売買禁止物品として扱われる」
盗品が正式に売り買いできる様になれば、国家が半ば泥棒を許可する様な物だ。当然、ブルーウッド国はそれを許可していない。
「あの部屋にある調度品はすべてそういう類の物だったんですね。通りで豪華に感じるはずだ」
そもそも、商船の一室が無駄に豪華であるというのが可笑しい話なのだ。そういうのは客船が用意する物であって、商船とは商売が第一で、空いた部屋をついでに客室として利用する程度の物であるはずだ。
「どれもこれもが、本来では高値が付くが、しかして売り買いができぬ物ですからなあ。普通の売買であれば、それを行うだけでリスクが発生する物です」
だが、今回はそうでない。ブルーウッド国とノースシー大陸のラージリヴァ国は通商協定を結んだばかりであり、その取り決めはまだしっかりと国内に浸透していないはずだ。
であるならば、本来禁止されているはずの商品を、比較的安全に売りさばくことができる。そういう商機がノースシー大陸には存在していた。
「だけど、通商協定が結ばれていることは事実なんですから、違法行為は違法行為ですよね?」
「勿論です。然るべき機関や人間に発見されれば、売買した者はそのまま牢屋に直行してもおかしくは無い。あなたの狙いはそこにあるのでしょう?」
「………そうですね」
違法行為を発見したということは、それを行った者の弱みを見つけたということだ。今回の場合、あの船長に対して強力なカードを手に入れたということだろうか。
問題はそのカードを何時、どの様に使うかと言うことである。何時については既に決まっている。先ほどエルファンと話した通り、この船がノースシー大陸に到着してからだ。もっとも効果的にカードが使える時期と言えばそれくらいで、早ければ船長に考える時間を与えてしまうことになるし、遅ければ船がまたブルーウッド国に戻ってしまう。
「単純にあの船長を批難するためにローマンズさんの力を借りたわけじゃあないのは、分かってくれてますよね?」
「勿論ですとも。我々商人は、商売での利益をこそ重要視する。それをあなたが提供してくれるというのなら、私は幾らでもあなたの指示に従いますよ」
そうであれば良い。交渉カードの使い方も既に決まっているのだ。それは些か道義に反する行為であるのだが、この際は仕方の無いことだとルッドは考えている。
これも仕事だ。商人が商売を重要視する様に、ルッドも自らの仕事をまっとうするために、例え正義と呼べぬ行いだとしても、やってみせる気概を持っていた。