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北風の道  作者: きーち
第六章 造船事変
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第五話 集めた物は有効に

 逃げ道はたった一つ。出口である事務所の扉しかない。ただしその間にはノッポと小デブが二人。

(扉の前に一人が待機せず、二人してこっちを捕まえて来ようとしている時点で、その筋の玄人ってわけじゃあないみたいだ)

 逃げ道が一つなのだから、その逃げ道を塞いでしまえば、ルッドを捕えることも容易くなるだろうに。そこまで考えが及ばない。二人して一人の侵入者を相手にすれば、確実に捕まえられると考えているのか。

(それとも、単なる考えたらずか。そうであることを祈るけど!)

 迫る二人の内、ルッドは小デブの方に走る。動きの鈍そうな相手を掻い潜れば、そこに逃げ場がある。そのはずだったが。

(後ろ手から棍棒!? 早い!)

 棍棒というより、木の棒に固そうな瘤を取り付けた鈍器だろうか。小デブは驚く程の素早さで、迫るルッドへと振り下ろそうとする。

 ルッドはなんとか体を捻り、走る軌道をズラしてそれを避けた。だがそれは逃げ道である扉から離れる行為でもある。

 走った結果の到達点は部屋の隅。状況がさらに悪くなってしまった。

(こっちの油断を誘うための隙だったってことか………)

 良く見れば、ノッポの方はいつの間にか扉の近くまで移動していた。逃げ道が開いている様に見せ掛け、そこに突っ込んできたところを捕える。最初からそれを狙っていたらしい。

「へへ、前に来た奴と似た様なことをしてきやがりましたよ」

 笑う小デブ。前に来た奴とはいったい誰だろうか。大凡、見当はつくが。

「警戒しといて正解だったな。何度も取り逃がすと、また上にどやされる」

 前回は逃がしたと言うことか。相手は玄人かもしれないが、まだ狙える隙はありそうに思える。

(だけどどうする? 追い詰められたことには変わり無いし、扉は警戒されてる)

 正面切って戦うという手はあるだろうか。いや、無い。大人二人を相手に出来るほどに、自分は戦闘技能が達者では無い。剣一本で何人もの賊を退治できる様な人間とは程遠いのだ。

(あれこれ考えてる時間も無いっていうのに!)

 そうこうしている内に、小デブが近づいて来る。ノッポは逃げ道の扉を塞いだままだ。

(なら、逃げ道を新たに作るしかないか………嫌だけどさ!)

 この事務所の出入り口は一つしか無いが、窓なら幾つもある。覗けば地面までかなりの高さがある外の風景が見えた。その窓をルッドは開ける。

「おいおい。下まで高さがあるんだぞ? 止めとけ。こっちは命まで奪いやしねえよ」

 ノッポはルッドがしようとしていることに気が付いたのだろう。ルッドはこの後のことを思って、自分が着ている一番上のローブを緩める。

 近くには重そうな事務机。そこに手を置いて一工夫。近づく小デブはゆっくりと、しかし確実に近づいて来ていた。余裕はありそうであまり無い。だからこそミスは許されないはずだ。

 思い切りは良く。後ろを振り向いて、ルッドは開いた窓に身を乗り出した。

「本気か!?」

 ノッポの叫びを背に、ルッドは3階の高さがある窓から飛び降りた。地面にはクッションになる物は何も無く、そのまま体が叩き付けられれば、命の心配をしなければならぬ高さだ。

 だから、そうならないための工夫を行っている。飛び降りる前に自分の体重よりも重そうな事務机に、自分が着こむローブの端を結び付け、それで飛び降りるスピードを軽減させるのだ。

 ルッドの体重と事務机の重さ。それにビリビリと音を立てながら引き裂かれていく自分のローブ。

(結構、気にいってたんだけどな―――)

 ローブは建物の2階くらいの高さまでは、ルッドの落下速度を軽減させてくれた。ただ、そこまで来て完全にローブが引き千切れる。自由落下となったルッドを助けるのは、もう自分の体だけしかない。

 着地のタイミングに合わせて受け身を取り、なんとか落下の衝撃を和らげようとする。

「がっ!! ぐっ、ふっ!」

 できるだけ体の中心から衝撃を散らす様な落下体勢を取ったルッドに、着地した際の衝撃が襲う。全身に響く様な痺れと揺れ。その後にはすぐに痛みも襲ってきた。

(だけど! まだ立てる!)

 左腕が痺れたままで、痛みもそこが一番酷い。もしかしたら骨が折れたのかもしれないが、両足は無事だった。右腕で体を起き上がらせて、意地でも立ち上がる。

「ええっと……なんか………すみません」

 下にいた人間からすれば、上から覆面男が落ちて来たのである。人の往来が多いこの場所で、ルッドは衆人観衆の注目の的となっていた。

 ただ、それはとりあえず無視して、その場から走り出した。体中の痛みでちゃんとした姿勢が取れず、ノロノロとしたものだったが、少しでも早くこの場から離れなければならなかった。

 自分の体にもそれが伝わったのか知らぬが、一時的に痛みが遠のいた気がして、ルッドはさらに走る速度を上げた。ここでまた、あのノッポと小デブに捕まるわけには行かない。

 とりあえず一番の窮地は脱したのだ。後は手に入れた情報を纏め、答えを導き出すだけであり、一番面白い部分を残したまま、中途半端に終わらせたくなかった。




「ただいま………」

「おかえりー! って、兄さん、上着どうしたんだよ!?」

 ルッドはなんとか捕まらずにミース物流取扱社へと戻ることができた。破れた上着は目立つので、適当なところで捨てて来ている。なのでキャルの目には、冬の町を上着も着ずに出ていた様に見えるのだろう。

「ちょっと色々あってさ。あ、走り回ってたから体は熱くて大丈夫だよ………ただ、町医者ってどこを尋ねれば会えるか知ってる?」

「医者って……怪我でもしたのか?」

 キャルはルッドの体をまじまじと見てくる。あちこちに土汚れが目立つため、何かあったことはすぐにわかってしまう。

「物凄い勢いで転んだんだよ。それで上着が駄目になって、体中も痛いから、お医者さんに一度見て貰う必要があるかなと」

「そりゃあ、施薬院くらいは知ってるけどよ………どんな状況でこけたんだよ」

「こう……窓を突き抜けて?」

 窓から飛び降りてまでは言わない。大事になりそうだからだ。キャルへの言い訳も面倒であることだし。

「………何か危ないことをしたんだろ」

 中々に勘が鋭い。自分が置いて行かれたことも気になっているのだろう。ルッドが行なった仕事が危険な物であることにすぐ気が付いたらしい。

「まあねえ。代わりに得るものがあったけど、一歩間違えればどうなってたことか」

 今更になって体が震えてくるし、痛みがぶり返してきた。我慢しなければ泣きそうである。

「………やっぱり、そういうのはアタシを連れて行けないのか?」

 不満そうな顔をするキャル。悲しそうなとも表現できるそれを見て、ルッドはどう返答すれば良いのかどうか戸惑った。

「………そうだね、なんて言えば良いのか…………君のお父さんがさ、ディドル・ミースさんだよね?」

「え? あ、うん」

「そのディドルさんが危険なことをしていたとして、付き合いたいと思う?」

 質問の意図が分からぬ様子のキャル。少しだけ悩んだ後、とりあえず答えだけは考え出したらしい。

「とりあえずは……止めると思うな。父さんが危ないことをしてたら、そうするのが家族ってもんだろ?」

「だねえ。でも、僕は多分、積極的に付き合うと思うんだ。そういう人種なんだよ、僕はさ。そう、何時かきみがお父さんの仕事を認められる様になったとしたら、その時は遠慮なくきみを危ない仕事に連れて行くよ」

「なんだよそれ………意味わかんねーよ」

 拳を握りしめて震えているキャル。いったい心の中で何を思っているのか。伺い知ることができぬものの、その悩みは彼女にとって重要なことであるはずだ。

(自分の父親が、いったい何をしていたのか。それを何時かは知ることになるんだと思う。その時、彼女はどんな答えを出すんだろう)

 父親が非合法な仕事に手を付けていたという事実。それは認めがたいことであるが、キャルの家族である以上、向き合わなければならない現実である。

 今はルッドが知った物事を明かさないが、何時かは話す時が来るかもしれない。その時は、ルッドも覚悟をする必要があるだろう。キャルを傷つけるかもしれないという覚悟を。

 ただその前に―――

(医者がどこにいるかを先に話して欲しいんだよなあ………ああ、左腕の痛みが酷くなってきた………)

 暫くして、キャルの悩みが一日で終わらぬ様子だと判断したルッドは、自分で町医者を探すことにした。




 左腕は折れておらず、ヒビが入っているくらいだろうと医者の御墨付きを貰ったルッドは、今日も今日とて、めげずにホロヘイの町を歩いていた。

 酷い傷は無いものの、体のあちこちが痛むのは事実のため、ゆっくりと目的の場所へ歩く。今日もキャルは連れていない。やはり今回も危険なことになるかもしれないからだ。

(まだ色々と悩んでる途中ってのもあるけどねえ。ただ、彼女の父親は思いの外、問題の多い人物だったから、彼女もその問題に巻き込まれる可能性は高いんだよなあ)

 今は危険から遠ざけているが、何時かは危険の方から彼女に近づいて来ることもあるだろう。

「そうなった時はそうなった時さ。僕がなんとか出来ることもあれば、彼女自身がなんとかしなきゃならないこともある」

 現在心配しなければならないのは、目の前にある問題だけだろう。将来のことをいくら心配したってきりが無い。

(そう、まずしなきゃならないのは用心棒を雇っておくこと)

 ルッドはそのために酒場『ホットドリンク』までやってきたのだ。さっそく酒場の扉をくぐり中へと入る。

「おいおい、ぼっちゃんがこんな酒場に………って、あんたか」

 酒場の入口近くで何時も飲んでいる男が何時もの挨拶を行いかけて、ルッドの顔を確認して中止する。すぐ後にはまた酒を飲み直し始めた。

「いい加減、そういう挨拶はどうかと思いますよ」

「うるせえ。こういうのは作法なんだよ」

 ルッドから目線を逸らす男。言い合っても仕方の無い問題であるため、彼の横を通り、酒場の店主の元へ向かう。

「すみません、とりあえず体が治りそうなのを一つ」

「難しい注文だな。痛みを忘れそうなのならあるぞ」

 こういう酒場では何をするにも、その前にとりあえず店主に商品を注文しなければならない。向こうも商売であるからだ。

「ほらよ」

 透き通った水の様な酒がコップに入れられて出て来た。匂いからして強そうな酒だ。

「痛みを忘れそうって、すぐ酔っぱらう物ってことですか………」

「そうだ。そういうのは苦手かい?」

「いえ、酔っぱらえるのならもってこいです」

 これからする事は度胸がいる事だった。そうして酔いは度胸を後押ししてくれものである。

「ん……ぐほっ!」

「おいおい大丈夫か」

 コップの中の酒を一気に飲み込んだため、危うく吐きそうになった。酔いはすぐに回り始め、頭がくらくらとしてくる。

「これくらいなら……まあ、なんとか。それよりダヴィラスさんは居ますか? 今日一日雇いたいんですけど」

「お前さんがここに来るのは、レイナラかダヴィラスを雇う時くらいだからな。ダヴィラスの方ってことは、荒事関係じゃあないのか?」

 護衛としては問題のある二人をルッドは良く雇っているので、店主に憶えられているのだろう。

「可能性は無いわけでは無いですけど………そうですね。ただの脅しが欲しいんであって、腕っぷしを必要としているわけではありません」

「ほう。まあ、俺は仲介をするだけだからな。ダヴィラスなら何時もの部屋だ。最近はお前さんからの仕事が良く入るから、喜んでるみたいだぞ」

 あの強面が喜んでいる状況というのは想像できないが、喜ぶことのある内面を持つのは理解している。

 あの外見だけの用心棒が雇えたのなら、後は最後の仕上げが残るだけだ。




「今日一日………雇ってくれたのは有り難いんだが、いったい……何をすれば良いんだ?」

 目的地へと向かう途中。ルッドはダヴィラスに今回の仕事内容を尋ねられる。というか、それを話しもせずに付き合ってくれることに、彼の人の好さを感じた。

「何時もと同じですよ。ほら、じっと後ろで立ってるだけで良いんです」

「まあ………あんたが俺を雇う場合っていうのは…………そういうのだよな。こっちは楽で良いんだが………そっちは酔っていて大丈夫なのか?」

 ルッドは視界がフラフラとしたままで、頭の中も少し興奮している。ダヴィラスを雇ったのはこの後に待つ交渉事のためなのだが、こうも酔っぱらってそんなことができるのかとダヴィラスは心配しているのだろう。

「酔いは頭の判断を鈍らせますから、大丈夫ではないですねえ。けど、これから進んで命を賭けに行くとなると、酔いでもしなけりゃやってられないってのがあります」

「なるほどな…………って、おい。命を賭けに? つまりは荒事ということでは…………」

 自分はそういう仕事には呼ばれないと思っていたのか、狼狽えているダヴィラス。

「交渉が失敗したらって話ですよ。話し合いだけで終わらせるのが正しい交渉の有り方なんですから、失敗した時のことを考えれば、どうしたって命を賭けるって表現になっちゃいます」

 ただ、失敗した時に生じうる危険がかなりあるため、緊張は何時もより酷いものだった。いざとなれば逃げれば良い。そんな選択肢を奪われている状態と言えば良いのか。

「例によって………俺は交渉相手への脅しか」

「そうなれば良いなあと思ってますけど、あんまり有効そうじゃあない相手なんですよねえ。あ、着きましたよ」

 着いた場所は、一見、誰もいない路地裏であった。ルッドはここで目当ての人物と待ち合わせの様なことをしていたのだが………。

「………誰もいないみたいなんだが」

 ダヴィラスは路地裏を見渡して呟く。確かにここには誰もおらず、相手がいなければ交渉の始めようも無い。

「あっれ。確かここだったと記憶してるんだけどなあ………まあ、いないならいないで交渉は終わりなんだからそれで―――

「おっと。帰るにはまだ早いですよ。丁度、私もあなたを待っていたところですからねえ」

 背後から聞こえる声に体が震えた。思いの外近い位置からの声掛けであったためだ。声の主はあまり近づきたく無い人物であった。

「正確に待ち合わせ時間は指定してませんでしたから、会えないのも仕方ないかなと思ってたんですよ。ファンダルグさん」

 ブラフガ党のファンダルグとは、ここでディドル・ミースとブラフガ党の関係性についてが判明すれば、また会おうという口約束をしていた。

 結果、ルッドは大凡の背景が分かってしまったため、ここに来たのだ。

「ここで会うという約束をした以上、ここに来れば会えますよ。わたくしどもはおいそれと嘘を口にしません」

 怪しい話であるが、実際、何時来るかも伝えずやってきたルッドとファンダルグが、ここで出会えたのは事実である。

 どの様な種があるかはわからぬものの、ブラフガ党は不気味な存在であることは理解できた。

「後ろの方は、何かの保険ですか? 別に私は荒っぽいことをする気は無いのですが」

「口だけじゃあなんとも言えますからね。こっちとしても、それ相応に自分の身を守る術を………なんですか? ダヴィラスさん」

 ファンダルグが現れてから、ずっとルッドの服をひっぱっているダヴィラス。

「………ちょっと良いか?」

 ダヴィラスは何故かファンダルグから少し離れた場所までルッドを移動させる。その後、ファンダルグをチラリと見た後に、小声でルッドに話し掛けて来た。

「どう見ても筋者じゃあないか………」

「ええ、ブラフガ党のファンダルグさんです。今回は彼との交渉にやってきたわけですね」

「………ブラフガ党だと?」

 ルッドは引き締まったダヴィラスの表情を見て、これは恐怖の感情が混じっているのだなと理解する。

「危ない組織です。勿論、彼らに関わるこの交渉も、相応に危険性がある」

「ブラフガ党が………この上も無く危険なのは知ってる。どうして先に言ってくれなかった………」

 頬から冷や汗が流れているダヴィラス。できれば交渉中はそれを隠して欲しい。

「先に言ったら、依頼を請けてくれないかもしれないじゃないですか。詳しく依頼内容を聞いて来なかったんで、これ幸いと引き返せないところまで連れて来たんですよね」

「酔うと……内心が漏れるタイプか…………」

 ダヴィラスは観念した様子で肩を落とした。話が早くて助かる。ルッドはファンダルグへ近づき、交渉を再開する。

「お待たせしました。護衛に雇った方が、話を聞いても良いのかと尋ねて来たので。近くに居て貰わなくちゃ困ると回答したんですが、別に良いですよね?」

「口が固い方であればご自由に。ただ、もし不必要にそれを漏らす様であれば………」

 ファンダルグが右手をだらりと力を抜いた様にさせる。恐らく、袖の内側に刃物が仕込んであり、それをすぐに振り抜ける体勢なのだろう。

「………仕事内容は他人に明かさない。当たり前の資質だと思うが?」

 すぐさまダヴィラスが反応する。威圧感のある口調であるが、彼の内心を考えると、自分は口の軽い男では無いと必死で弁解しているのであろうことは分かる。

「おっと、これは失礼しました。こちらとしては交渉を慎重に進めたいという意思表示だったのですが」

 どうやら無難に終わってくれたらしい。外面だけなら仕事人同士の舌戦に見えなくも無いから愉快だ。

「ではさっそく始めますが、ディドル・ミースがどの様な人物だったか。その答えを提示すれば、あなた達ブラフガ党が持つ情報を話してくれるということで良いんですか?」

「話がさらに発展する可能性があるとだけ。こっちが持つ情報をそれだけですべて話すというのは有り得ませんから」

 まあ、既に向こうが持っている情報の再確認的な物でしか無いから、ファンダルグの言う通りだろう。

 ディドル・ミースの情報と併せて、向こうが欲しがる何かを一つくらい提示できれば、こちらにとって有用な情報を引き出せるかもしれない。

「では、とりあえず話しますけれど、ディドル・ミース氏の足取りを調べるうちに、彼がホロヘイ内部の数々の事象について、その商人としての手広さを活かしながら、情報を集めていたことがわかりました」

 これに関しては、ディドル・ミースが残した資料群を見れば一目瞭然だった。必ずと言って良いほど、資料にはホロヘイ内部の情報が書き込まれており、ディドル氏の熱心さが伝わってきた。

「ここで一つ疑問が浮かびます。ディドル氏はホロヘイを離れた場所での商売が上手かった。一方でホロヘイ内部の商売については、それほど多くの功績を残したわけでは無いんです。おかしいですよね? せっかく集めた情報を、いったい何に活かしていたのか。気になりませんか?」

 ルッドはファンダルグの様子を探る。動揺したり驚いたりしていれば良かったのだが、涼しい顔で微笑んでいた。

「続きをどうぞ?」

 一旦、言葉を止めていたルッドを見て、ただそう呟くファンダルグ。交渉役としては素晴らしい態度であろう。相手をする側としてはこの上なくやり難い。

「ええっと……重要になってくるのは彼が主要な商売として行っていた、ホロヘイ外の商売についてです。ホロヘイ内部の資料が沢山残っている以上、ホロヘイ外の資料はもっと残っていて然るべきなんですが、どうにもそうじゃあない。情報はホロヘイの物を集めて、商売はホロヘイの外で行うなんて奇妙な事を行っている」

 人が奇妙な行動を取る場合、往々にして理由がある。

「実はこの奇妙な状況。ある一つの視点を付け足せば、奇妙で無くなるんですよ。なんだと思います?」

 自分だけ話し続けるのも癪であるため、ファンダルグに質問してみる。きっと彼は答えを知っているはずだ。

「情報と商売の間に、もう一つ過程を置けば、不思議では無くなりますね」

「その通りです。集めた情報をそのまま商売に活かすはずだと考えるから、その後、収集した情報を商売で扱わないことが不可思議に思える。けれど集めた情報を、誰かに渡していたとしたらどうでしょう? その情報の見返りとして、ホロヘイ外の情報を手に入れていた。その様な構造であれば不思議は無くなる」

 情報と商売の間に入るのは、情報をまた別の情報に変換する機構だ。例えば、国内の各町や集落に、自らが住んでいる場所の情報を集める人間を置く。それらの情報を取り纏め、全体の情報としてそれらを返却する人物が存在すれば、それぞれは一つの町の情報しか集めていないが、結果的に国内すべての情報を知り得ることになる。

「大それた構造です。人員もそれなりに用意しなければならない。そして、それらを組織できる存在を僕は知っている。まるで誘導されているかのように、そのヒントを与える人間がいたから………」

 ルッドはファンダルグを見た。彼の表情は変わらぬものの、どこか満足した様に頷いている。

「ディドル氏はブラフガ党がホロヘイの町を探るために用意した間諜だった。それが僕の辿り着いた結論です」


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