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北風の道  作者: きーち
第六章 造船事変
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第二話 探る姿勢は慎重に 

 運ばれてきた食事を食べ始めてから暫く。先に食事を始めていたグラフィドの方が、食べ終わるのが早く、焦りが混じった食事になった。

「で、だ。お前にやって貰いたい事っていうのは……分かるだろ?」

 丁度良い頃合いだと思ったのか、グラフィドは食後に頼んだ熱い湯を飲み終えてから、ルッドにそう尋ねてくる。いったいそれがどういう物なのか。だいたいは察しが付く。

「ソルトライク商工会の情報を集めろってわけですか………。で、探る中でもし、ソルトライク商工会がラージリヴァ国に対して何らかの問題を起こすことが分かったら、どうするつもりなんです?」

「問題をさらにややこしくする。掬える足は掬っておくのが俺のやり方だ」

 グラフィドの発言は、何も愉快屋的に言ったものではあるまい。ラージリヴァ国側が不安定になれば、外交渉の際にブルーウッド国への依存度が上がり、交渉を有利に進めることができる。そういう目論見もあって、グラフィドはこの国に発生するかもしれない問題を、さらに掘り下げるつもりなのだ。

「………なーんか、完全に悪巧みをしてますよね、僕ら」

「嫌か?」

「まあ多少は。悪者にはなりたくないって思いません?」

 道徳というものがある。周囲の環境や人間関係から築き上げた、それなりの正義感だ。大それた物では無いものの、それに反するのは抵抗がある。

「一人間としては立派だが、外交官としてはまだ半人前だな」

「なんですかそれ。外交官として大成するのなら、道徳を捨てろと?」

 そこまで過酷な職業だったかと、ルッドは自身の仕事を振り返ってみる。確かに、こすズルいことをしてきた覚えはあるが………。

「いや、道徳は捨ててはいけない。せっかく社会に溶け込んで手に入れた価値観だぞ、簡単に捨てるのは勿体ないだろう。俺が言いたいのは、幾つもの道徳を手に入れろってことさ」

「………幾つもの道徳?」

 グラフィドとは話慣れていたはずであるが、今回の言葉の意味はさっぱりだった。

「俺達は外交官だ。その仕事上、多くの人間と交渉をする。交渉ってのはな、相手がどうとかより先に、自分がどういう価値観を持つのかが大切なんだ」

「自分の価値判断なんて、誰もが持ってる物でしょう?」

「そうだ。だが、俺達はそれを複数持たなきゃならない。上にこういう事を交渉で勝ち取れと言われれば、それを正義と信じて、それを邪魔する物を悪と断じる価値観に切り替える必要があるのさ。一つの道徳に拘泥していたら、外交官なんて務まらん」

 例えば上司が変わり、交渉の際に相手へ要求する物の方針も変わるかもしれない。これまで要求してきたものをすべて捨て、相手との信頼関係を崩しながら、まったく別の正義の元で行動する。外交官に求められているのはそれなのだ。交渉はすれども主体性は別の誰かに預ける。それが外交としての仕事なのだろう。

「なんとなくは分かりますけど………」

「受け入れがたいし、受け入れても実際にそうするのは難しいだろう? だから俺がこの国との交渉を任されて、お前が間者をしてるってわけだ。お前は情報を集めるだけで良い。道徳云々の話は、今は俺に任せておけ」

 頼りになる先輩と言った風を装うグラフィドであるが、ルッドにしてみれば、やはり自身の未熟を指摘されている様にしか思えなかった。それも納得できぬ理屈で。

「複数の価値観を持つっていうのは、まあ、しなきゃいけない事だとは感じますよ」

 この大陸にやってきて、ブルーウッド国との違いを常々感じることが多かった。だからブルーウッド国での判断基準とは別に、この国の常識や考え方を身に着ける必要は、グラフィドに指摘されなくても考えていたことだ。

「必要性がわかっているのなら、それで良いさ。お前は仕事自体に手を抜く奴じゃあ無いしな。それじゃあ俺はここらで帰る」

 グラフィドは席から立ち上がる。食事を終え、頼みを伝えた以上、この場に長居する必要は無いと判断したのだろうか。

「ソルトライク商工会の情報については、何時も通り、手紙で送れば良いんですよね?」

「ああ。くれぐれも直接送らない様にな」

「直接の送り先は教えてくれてない癖に」

 だから事前の取り決め通り、報告人を介して情報を送るしかないわけである。相も変わらずルッドの立場は低い。

「お前がうちの国から送り込んだ間者だとバレるのは、お前が想像している以上にヤバいってことなのさ。だから今回の件に関しても、頼んだ側が言うのはアレなんだが、深入りはするな。ほんのさわりだけの情報を集めたら、それを報告すれば、後は俺が何とかする」

「やり手の台詞って感じですねえ。僕の仕事が無くなりそうだ」

 ルッドはやれやれと首を振ってから、食事を再開する。実はまだ食べ残しが随分とあるのだ。

「嫌味はそれくらいにしといてくれ。この店の支払いは俺がしておくから」

 ちゃんとルッドの意思は伝わっていたらしい。グラフィドは少し居心地が悪くなったのか、店の会計を済ましてから、そそくさと店を出ていた。

 後には席に座るルッドが一人残るのみだ。

「深入りするなだって?」

 グラフィドが居なくなったことを確認してから、ルッドはポツリと呟く。深入りしないわけが無い。ルッドの心は功名心に満ちている。グラフィドのやり方は分かった。それが今のルッドよりも上手だということも。

(だからこそ、追い越し甲斐があるってもんさ。今回の件に関してだって、先輩に報告する以上の情報を、僕の物にしてみせる)

 重要なのは成長することだ。今の自分を成長させるには、多少の危険や未熟があったとしても、挑まなければならない物事というのが存在している。




 ミース物流取扱社に戻ったルッドは、グラフィドとの接触については隠しながら、今後、ルッドが何をするのかについて、キャルに説明をしていた。

「今度は貸し馬車屋へ挨拶しに行く? なんて言うか、最近、兄さんは仕事のし過ぎじゃないか? 冬は家に籠ってるのが普通なんだぞ」

 ソルトライク商工会へ接触するため、まずはその傘下の貸し馬車屋と会う必要がある。ホロヘイの貸し馬車屋とは既に顔見知りのため、会う事自体は簡単だ。

「これからもお世話になるんだし、正式に組織として挨拶をしておこうと思ってね。その後は幾つか貸し馬車屋の関係組織にも周っておきたい」

 挨拶の対象が少し変わっただけで、やる事はあまり変わらないため、違和感の無い話だろうとルッドは考える。ただ、何故かキャルはルッドの話に思うところがある様だった。

「あのさ、これからはあたしも一緒に挨拶回りに同行しても良いか?」

「うん? 別の良いけど、何かあったの?」

 社長自らが動くというのは珍しい。ルッドが商人と会っている間も、冬は家籠りが普通なんだと意地でも家から出なかった彼女であるから、今回もそうだと思っていた。

「いやあ、兄さんが出てる間、部屋の整理や商売の計画が仕事だって言われてたじゃん?」

「確かにそういう風に指示してたよね」

 普通、仕事の指示を出すのは社長のキャルであるが、商人としても管理者としても素人に近い彼女であるから、これからやることについては、ルッドが大まかに指示を出していた。

「なんていうか、それもそろそろ暇になり始めてるんだよなー」

「うーん。家は確かに片付いてきているし、商売の計画って言っても、先のことを考えるのも限りがあるからねえ」

 かつては町の不良共に荒らされた家も、今ではすっかり元通りと言った雰囲気だ。それ以上に、外装はともかく、内装は商人の仕事場らしくなってきている。

 商売の計画に関しては彼女の父親が残した資料を元に、色々と考えて欲しいと頼んでいたが、彼女なりにどこの村で何を売り買いすれば良いのかといった案を作っていたが、それも数が揃い過ぎ始めた感がある。計画が幾ら多くなっても、そのすべてが実行できないのだから、用意し過ぎても無駄になる。

「そうなんだって。ちょっと別の事もしてみたいなと思ったんだよ。そこに兄さんの挨拶回りがまた始まるわけじゃん?」

「社長自ら顔を出すっていうのは良いことだと思うよ。ただ問題がまったく無いわけじゃあないよね?」

「あたしの外見だと? 子どもだっていうのは分かってるけどさ、仕方無いじゃん」

「事実、君が社長だからねえ。話し方を選べば、むしろ相手の興味も惹けるかな」

 女の子を連れた商売人。一見、奇異の目でも見られる組み合わせだが、興味は興味であるため、ルッドが上手く立ち回れば、相手の印象に強く残る挨拶ができそうではある。

「なーんか癪に障る言い方だけど、あたしもそういう挨拶って言うの? 経験を積んでおくべきだと思うってんだよ。やっぱ、社長って会社の顔じゃん」

「それに関しては同意見だね。きみがあちこちに顔出ししてくれるって言うのなら、それだけで少しはミース物流取扱社の名が知れ渡る」

 キャルの様な外見の人間が、社長をしている会社をどう見られるか。その様な心配はあるものの、現段階では悪評でも知名度が上がることにこそ意味があった。

「んじゃあさ、明日は連れて行ってくれるってことで良いんだよな?」

「うん。良いと思うよ。但し、挨拶は貸し馬車屋だけで終わるつもりは無いから、足と頬の疲れは覚悟すること」

「足は兎も角、頬も疲れるのか?」

「良く喋るし、終始笑顔を浮かべる必要があるからね。慣れてないと、次の日は口を開けるのも億劫になるよ」

 ルッドの言葉を聞いて、うんざりとした表情を浮かべるキャル。今さらそんな顔をしても遅い。一度発した言葉は、しっかりと責任を取ってもらう。何故なら彼女は、既に責任を背負う立場にあるのだから。




 次の日の朝から、貸し馬車屋へと足を運ぶルッドとキャル。既にルッドは慣れた物であるのだが、キャルは寒そうにしながらホロヘイの町を歩く。

「っていうか、君の方こそ、この町の寒さに慣れているべきなんじゃあないの? 町がこうも寒いのは、何時もどおりじゃあないか」

 体をぶるぶると震わせて、歩く速度も遅いキャルを見ながら、ルッドは溜息を吐いた。

「朝はべつだっての。それに寒い国の人間が、みんな寒さに強いと思ったら大間違いだからな」

「偉そうに言うことじゃあないと思うけど………」

 話ながら歩いていると、漸く貸し馬車屋へと辿り着く。ミース物流取扱社から貸し馬車屋までは結構な距離があるため、既に足はそれなりに疲れていた。この後も歩き詰めになりそうだから、ルッドもうんざりしてくる。

「いらっしゃい。お、あんたか。なんだ? また商売に出るつもりなのか?」

 貸し馬車屋の店主は、どうやらルッドの顔を覚えてくれていたらしい。店の前でルッドの顔を見ると、向こうから話し掛けてくる。そうで無くても、客と知れば話し掛けてくるだろうが。

「冬の商売なんて季節に一回限りで十分ですよ。今日は今更ながら、我が社の正式な挨拶ってことで来ました」

 そう話すとルッドはキャルの背中を押した。社としての挨拶である以上、社長の彼女がまず話をするべきなのだ。

「ええっと……ミース物流取扱社の社長、キャル・ミースです………よろしく」

 変に畏まったせいで、固い挨拶になってしまうキャル。最初はこんなものだろう。

「お嬢ちゃんが社長? あ、ああ。まあ、よろしくな」

 店主もキャルの姿に戸惑っているらしい。こういう場面ならば、普通はからかっているのかと怒ったり、冗談か何かだと笑うものであるが、いかんせん同行しているルッドが、先日、冬の商売を成功させたばかりのため、単純に馬鹿にすることもできないのだろう。

「驚きました? けど社屋も運営資金も、彼女が提供してくれてるんですよね。だから彼女が社長で間違いが無い」

「そういうことか。なら、納得できなくもないな」

 大方、キャルがどこかのお嬢様で、有り余る金銭をさらに増やそうと、何らかの事業を始めたとでも勘違いしているのだろう。分かりやすい構造であるし、そう思わせておいても不都合はあるまい。

「これからも……宜しくお願いします………って感じで良いのか?」

 不安になったのか、キャルがルッドの方を振り向いて尋ねてくる。慣れていないとは言え、その反応はいけない。

「まだ挨拶する相手が目の前にいるんだから、不安とかそういう感情は見せないこと。相手に舐められるし、そうでなくても不快にさせちゃうでしょ」

「わ、わかった」

 心細くても、頭に何の策が無くなって、外面だけは涼しい笑顔を浮かべられるのが理想だ。感情はともかく、表情の訓練はあまり難しい物では無いため、冬の間に教えておくのも良いかもしれない。

「なんだなんだ。要するに挨拶の練習に俺が選ばれたってことか」

「あはは。既に顔見知りではありますし、許してくださいよ。それに用は他にもあります」

「挨拶なんて碌にしない客もいるから、不満なんてのは無いがね。んで、他の用って?」

 それほど不快には思って無さそうな店主の態度にホッとする。これからしようとする事の、最初の時点でつまづくという事態にならなくて良かった。

「だから挨拶の件でして、ここに挨拶をする以上、上部組織にも顔出しをしておくべきかなと」

「ああ、商工会の方にも挨拶周りをしておきたいってわけか。良いぜ。話を通しておいてやる。多分、向こうの事務員か誰かが相手をしてくれるはずだ」

 次の一歩として、ソルトライク商工会に接触する手筈は整えた。後はどうやって商工会の情報を出来るだけ引き出すかだが。

「今日すぐってわけには行きませんか?」

「いや、さすがにそれは無理だろ。向こうにだって予定があるわけだしな。俺が向こうに連絡して、向こうが何時なら会えるって返答が来てからさ」

「ですよねえ」

「なんだ、急ぐのか?」

 行動は早い方が良いとは思うが、べつにそこまで急いでいるわけでは無い。ただ、自分が焦っている風を装うつもりだった。

「できるだけ早く顔を出しておきたいって思いはあります」

「あれ、兄さんだって暫く暇なんだろ?」

 ルッドの予定に関してはキャルも勿論知っている。つまり冬の間は暇だということ。だからルッドが焦る様子に、一番疑問を覚えるのは彼女だった。

「僕は暇だけれど、ソルトライク商工会の方が、暫く会ってくれなくなりそうだからさ」

「商工会が? なんでだよ」

 キャルの疑問は、ルッドの期待していた通りの物である。これで自然な形で店主の興味を惹ける話題に繋げられるだろう。

「いや、他の商人から噂で聞いたんだけど、何か造船に関わる事業で大きな動きがあるから、ソルトライク商工会関連は忙しくなりそうって話でさ」

「なんだ、あんた知ってるのか」

 キャルとの会話に店主が入って来た。目論見が成功したと言ったところだろう。

「あくまで噂としてですよ。なんでも造船の需要が増えて来たから、その支援をソルトライク商工会がするって話じゃないですか」

「ああ、その通りだよ。造船関連の事業に乗り出そうとする個人や組織には、商工会が幾らか金銭面での支援をする予定でな。それが大規模になるから、まあ、忙しくはなるだろうさ。だが、来客に会えないって程じゃあ無いと思うぜ」

 ルッドが求める話題になってきたと内心でほくそ笑む。できるだけ話を長引かせ、とりあえずはこの店主が知る情報を聞きださなければなるまい。

「ふうん。じゃあ、それほど焦る必要は無いのか………それにしても、貸し馬車屋の取りまとめ組織が、なんでまた造船事業なんかに」

「需要が伸びてる船っていうのは、別の国に乗り出すための船だろ? 商工会側としても、気が気で無いんじゃあないか? 新しい販路ができるってことだからな」

「なるほど」

 ソルトライク商工会が持つ権益の多くは、ラージリヴァ国内の陸路を貸し馬車屋制度を元に管理することで得ている。

 しかし、そこで新たに船での販路が生まれたということで、その権益にヒビが入ることになる。独占に近い状態だった販路のバランスが崩れるからだ。

(普通、圧倒的な独占権を持った組織がそれを崩された場合、再び独占状態に戻そうとする。その際の選択肢は二つ………)

 新たに生まれた物を潰すか、取り込むかだ。今回の場合、ソルトライク商工会は後者を選んだのだろう。新たに生まれた外国への販路。それに必要となる船の建造に手を貸すことで、自らの存在を誇示しようとしているのだ。

(金の貸し与えは、そのまま人間関係の貸し借りに繋がる。外海への販路が開拓されるその初期において、関係者の多くに貸しを与えるのは、ソルトライク商工会が船での販路をも独占するための布石か?)

 となると、国の施策を邪魔しようとする意図は無く、ただ自らの権益のみを考えての行動ということになる。

(さて、この際に起こる問題は、ラージリヴァ国側も同じような権益を狙っていて、二つの意図がぶつかりあってしまうってことだけど………)

 それに関しては大きな問題とはなるまい。当事者同士にとっては大事でも、傍から見れば商売の競合だ。どこでだって行われていることであり、両者共に組織として成熟しているのだから、最悪な事態にはならぬと考えられる。

「国側も同じ様に船大工への支援だったりを行う予定とも聞いてるんですが、なんだかタイミングが重なって、お互いの競争が激しくなりそうですね」

「いや? 多分、そうはならないんじゃないか?」

「え?」

 やはり違う事情が存在していたか。それが何であるかは予想出来ていなかったものの、もっと複雑な実態が裏にあるのではないかとは思っていた。

(じゃなきゃ、ラーサ先輩が僕に商工会を探れなんて言ってくるわけが無いんだよな)

 造船事業への支援タイミングが偶然にも重なったという単純な事情で終わるはずが無いと、ルッドの勘も囁いている。

「ソルトライク商工会としては、国からの支援を受けている業者に関しても、同じく支援を行うって話だからな。なら、別に国側がどうしようと関係無いだろ」

「ちょっと待てよ。それって、国と商工会二つの支援を同時に受けられるって事になるんだろ? 凄いじゃん。元手が殆ど無くても、造船業を始められるかもってことだぜ」

 確かにキャルの言う通り、二つの組織が行う支援を同時に受ければ、その資金的支援額は相当な物になるだろう。しかし大盤振る舞いをし過ぎな気もする。

「普通、似た様な支援をする組織が二つあれば、それぞれ片方の物しか受けられないっていうのが常ですよね? この二つの組織の関係が悪ければ尚更だ」

 例えばルッドが船大工だとして、それぞれの組織から支援を受けたとする。そうなった場合、どちらの組織に借りが出来たかと感じるだろうか。

(答えは、そのどちらにも借りだなんて思わないってところかな。片方だけなら金を貸して貰った恩を感じるけれど、二つ同時なら、むしろ借りてやったと強がれる)

 両方の組織に借りがあるというのなら、片方の組織に借りを返せと要求されても、もう片方の組織にも借りがあるから、そちらの顔も立てねばならぬとはぐらかすことができる。

 貸し与える側が一つであるからこそ、恩と義理という関係が生まれるのだ。

(だから支援側が複数存在する場合は、他の組織の支援を受ける相手には支援を与えない。二つの組織が競合するのは、貸しを与える側の、たった一人の支援者となるために争うからだ。それをしないって言うのなら、確かに競争は生まれないけど………)

 意味の薄い事業となってしまう。金だけを使って、効果の薄い貸し借りを作ろうとしているのだ。ソルトライク商工会はそんなことをする組織だろうか。

「変な話だとは俺も思うよ。国の方はどうするつもりなのかねえ。商工会の支援を受けた業者には、支援を与えないと宣言するのが普通だよな。狭量だって文句が出るかもしれないけどな。まあ、俺にゃあ上が考えることなんて分からないが」

 店主から聞き出せる情報はこれくらいだろう。まだまだ全体像を知るには足りぬ物が多いため、さらなる行動が必要である。

「詳しく知りたきゃ、それこそ商工会で聞くしかないだろ。会う機会は作ってやるんだから、その時尋ねてみろよ。今日すぐってのは無理だがな」

「分かりました。会える手筈が整ったら、連絡ください。一応、社の住所も教えておきますね」

「おう。手紙でも出すよ」

 ソルトライク商工会に向かうのは明日以降になりそうだ。それまでに幾らか情報を整理しておくべきだろうか。


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