第五話 話の終わり
村には21軒の民家が存在しているそうだが、うち10軒以上の明かりが消えていた。燃料代の節約だとは思わない。今、村は吹雪の中でそんなことをしていれば命を失う。
(別の意味で、既に命が無くなっているかもしれないけど………)
茫然と村を見る村長に並び立って、ルッドは彼に声を掛ける。彼はこの村の長であり、この非常事態で真っ先に動かなければならない義務があるはずだからだ。
「村人を全員集めましょう。誰がどれだけ消えていないかを確かめる必要がありますし、家の中でも躊躇無く襲われるのだとしたら、家に避難しているのは意味が無い」
むしろ、個別毎に襲われる可能性が高くなり、その対処も難しくなるだろう。
「村が……事が起こってから半日も経たんというのに、どうしてこうにも………」
ルッドの声が聞こえているのかいないのか。ただ、目の前の現実を受け入れられないでいる村長。酷な様だが、再度ルッドは村長に声を掛ける。
「村長さん! こんな状況になった以上、時間が過ぎる程に村人の命が無くなっていきます! 僕らだって危険な状況だ、すぐにでも行動しなきゃあならない」
大声で、しっかりと耳へ届く様にルッドは話した。村長をさっさと現実に戻さねばならぬのだ。
「そうじゃ……そうじゃった! 早く村人達を集めて……集めて? どうすれば良いと言うんじゃ」
「村の中心で火を燃やし、それを消しにやってきたミミズを叩く。もうそれしか方法はありませんよ」
熱喰いミミズは明確に村へ敵意を示している。村中の熱源を消し去らなければ気が済まないという意思を、村内の惨状から見て取れた。
当初の予定通り、ミミズを誘き出す作戦を村人総出で行うしかあるまい。
「………そうじゃな。わしは村人達が集まる様に声を掛けて周って来よう。商人さんは、燃料の準備をしておいてくれ……どうやら、この冬は随分と燃料が余りそうじゃから」
「………わかりました」
ルッドは吹雪に包まれる村を一瞥してから、火を焚く準備を始めることにした。もしかしたら、もうこの村は駄目かもしれない。人口の半数近くが既に消え去った。今見た光景はそのことを暗示している。そして何より、また思い出したのだ。この先のことを。
―――村人はすべて消えた。そう、何もかも終わったのだ。
(これ以上先を思い出すことは無いんだろうね。僕はどうしたらこの状況を抜け出せる? それを思い付けない限り、僕の命運も尽きることになる)
命が掛かっている。自分がすべき行動はすべてを行う必要がある。まずは村長に言われた通り、火を焚く燃料を集めるべく行動するが、それは必要最低限の行動にすら届かない。この場を解決できる方法があるとしたら、それはもっと違うところにある。
思いだしはもう打ち止めであるが、ルッドにはそんな予感がしていた。
吹雪の中だというのに、薪や油などの燃料を火種とした焚き火は、村の中心で激しく燃え続けている。村人の多くが失われてしまった結果、残された者の怒りが火に乗り移ったかの様だ。
「皆の衆! 説明した通り、村を襲っているのは小さなミミズじゃ! 半透明で見つけ難いかもしれぬが、発見できれば退治するのは容易い! 消された者達の仇を取るために、わしらは戦わねばならん!」
「おお!!」
「かみさんは俺の目の前で消えちまったんだ! 絶対に仕留めてやる!」
「ミミズだかなんだか知らないが、村をこんなにしやがって!」
村長が焚き火近くで叫ぶと、それに呼応して村人達も叫ぶ。威勢は良いものの、その数は少なく、辛うじて二桁に達すると言ったところか。女子供は叫びの仲間には入っていないというのもあるが、それにしても人数は少なく、村は覆い隠せぬ程の被害を受けていた。
消え去った村人はもう戻ってこない。そんな事実を既に受け入れ、村人は復讐を胸に誓っている。
「普通ならば、これで解決するはずだ。これ以上被害を受けたとしても、熱を奪い、人を消す過程で、ミミズを他の誰かが見つけて対処できる」
「本当にそうでしょうか?」
村人達の様子を見て安心している様子の魔法使いだが、ルッドはどうにもそんな気分にはなれなかった。
「何か懸念でもあるのかね?」
「そもそも、何故、ミミズはこうも積極的に熱を奪い続けるんでしょう。移動する際に熱がそこまで邪魔ってことは無いはずです。今の村の惨状を見れば、ミミズの障害になるはずの熱は随分と減ったことがわかりますから」
ほんの少しの熱でも邪魔になるというのなら、その移動は欠陥だ。動物が一体でも周囲にいるだけで移動の障害が生まれて、自らの行動が阻害されてしまう。そんな欠点を自然の生物が許容するのだろうか。
「確かに実験中も、こうまで周到に熱を奪うということは無かった様な………そう、目の前にある熱を奪う。積極的に熱を奪うと言っても、それだけの存在だった」
「ということは、今、村が襲われているのは、単にミミズの習性というだけで無く、なんらかの敵意が混じっているのかも?」
「熱喰いミミズにそこまでの知能は無い。そのはずだ。ならば、やはりこれも習性なのだろうか………」
ルッドと話している内に、何か熱喰いミミズに関する新しい発想が生まれたのだろうか、魔法使いは腕を組み、頭を悩ませていた。
「一般的な生物が普段の習性を変更するのは、例えばどういう時だろうか」
魔法使いがルッドへ問い掛けてくる。
「産卵や交尾……虫みたいな生き物だとしたら、脱皮するとか変態するとか、そういう可能性もありますね」
「熱喰いミミズの成体というのは見つかっていない。それ即ち、ミミズの姿が成体だと考えていたが、そうで無く、今、村で行われているのが、そうなる過程の前段階だとしたらどうだろう」
まるでルッドに自ら気付かせるかの様に、重要な点を話し、だが核心には触れない魔法使い。研究者的な喋り方なのかもしれぬが、今は刻一刻を争うため要点だけをさっさと話して欲しい。
「わからないか? 熱喰いミミズは、この村で変化しようとしているのだ。そうして、その変化とは、熱喰いミミズ自身がこの世界から消え去ることではないだろうか? だから成体が見つからない」
「失礼ですけど、僕はそういう話にまったく興味がありません。ただ、その変化とやらが村にとって致命的な物にならないかを聞きたんですよ」
別にミミズが世界から消え去ろうと、新たな世界に旅立とうと、ルッドには関係の無い話だ。問題は、ミミズの行動で村中がどうにかなるのではという懸念だ。
「致命的なダメージと言うのなら、既に受けている。もう何人もの村人が犠牲になっているし、そのことに責任を感じなくはない」
「そこはきちんと反省しましょうよ」
まあ、この場で頭を下げて謝っても、許してくれる人間などいないだろう。火あぶりにされても仕方の無い様なことを、この魔法使いはしでかしたのである。今はまだ村人の意識がミミズに向いているから良いものの、ミミズ退治が無事に終わったとしたら、次に敵意を向けられるのは彼だ。
(でも、無事には終わらないんだろう。なにせ、オチはこの場にいる全員が消えることになってるんだし)
どうにも最後の思いだしのせいで、モチベーションが上がらない。どうせ最後は全部が終わる。そう思うとやる気が起きないのかもしれなかった。
(いや、そうじゃあない。このまま素直にミミズ退治をすること自体に意義を感じていないんだ。当たり前のことを当たり前にしていれば、予想通りにしか事は運ばない)
熱喰いミミズをどうにかするのが、最後の思いだしから助かる術だと考えていたが、本音ではそうで無いことに気が付いているのだろうか。
だから、この魔法使いとなんでも無い様な世間話を続けている。本来であるならば、ルッドだってミミズ探しに精を出すべきだというのに。
「今、この場において、まったく関係の無い話をするんですけど、良いですか?」
「熱喰いミミズ以外の話題ということか? であるならば、今はそれ以外のことを考え難い状況だ」
魔法使いの表情を見るに、どうにもこの状況をすら研究対象に見ている様な、冷徹なものを感じる。こういう性格で無ければ、魔法などという良くわからないものを、積極的に学ぼうとはしないのであろう。
「ちょっとした質問です。まあ、答えなくたって良いですけれど、予知っていうのは、本当にあると思います?」
魔法があれば予知という超能力もありそうな物だ。もしかしたら、今までの思いだしはそういう種類の物ではないか。そう考えて、ルッドは魔法使いに尋ねた。
「………」
(答える気は無いってことかな?)
魔法使いがだんまりを続けるため、質問の答えは返ってこないものとルッドは結論付けたが、そのすぐ後、魔法使いは口を開いた。
「あるか無しかであれば、無い」
「へえ。魔法があれば、予知というのもありそうに思えたんですけど」
「高確率の予想というのならあるだろうが、確定した未来を知るというのは、理屈的に有り得ない現象なのだ」
また難しい話になってきたとルッドは少し頭が痛くなる。だが、この会話の中に現状を打破する何かがあるのではと、か細い希望をやる気に変えて、なんとか話を聞き続ける。
「例えば、二本の分かれ道があるとして、自分はこれから右の道を進むと予知したとしよう。予知できた以上、その予知を曲げることは簡単だな? 左の道を自分の意思で進めば良い。それで予知は外れるし、外れた予知は予知とは言わない」
予知とは確定した未来を知ることであり、確定した未来などというものは理屈上存在しない以上、予知も存在しないという事だろうか。
「じゃあ、もし、未来を予知する様な現象が起こったとして、それは単なる勘違いだったり?」
「だろうな」
これで話は終わりということなのか。それ以上会話は続かない。
(まいったな。この話題は外れか?)
現状を打破するための一案として、ずっと続いている思いだしに活路は無いものかと、ルッドは魔法使いの知識に期待したのだが、あまり意味は無かったのかもしれない。
「いや、だが待て。勘違い以外にそういうことが起こったとして、注意しなければならない事はあるな」
ふと魔法使いは顔を上げると、ルッドを見てそんなことを言い出した。
「それは……どういう?」
「物事が決まりきった通りに動かないというのなら、一番注意すべきは、誰かの意図通りに動いていないかということだ。確定した未来は存在しないが、未来を決まった通りに進めることなら、強い力があれば不可能では無い。誰かの手のひらの上で踊る。その状況で、先のことがわかってしまうというのはあるだろう」
誰かが書いた脚本があるのであれば、その脚本の先を予測することはできる。そういうことだろう。
「………なんだろう。少しだけ絡繰りが分かり掛けて来た様な……じゃあ、それを操ってるのは………えっ」
あと少しで答えに辿り着ける。ルッドがそう感じた瞬間、辺りが暗くなった。村の中心で燃えていた焚き火が掻き消えたのだ。
「ミミズが出た!」
「おい、どこだ、出てこい!」
まだ日は落ちていない時間帯だ。吹雪の中とは言え視界は無くならない。焚き火がミミズに消されるかもしれないという想定も当然あり、村人の皆は松明を自分の手で握っている。
そのおかげで、村内の視界はまだ良好だ。しかし―――
「ベラガウが消えたぞ! どうなってる!? ミミズなんてどこにもいないじゃあないか!」
「ひっ、右手が! 右手の感覚が無くなって! ああああああ!!!」
村中が阿鼻叫喚に包まれる。次々と村人達が消えて行ったからだ。その減少はまだ続いている。
「やはりミミズはこの村に巣を作るつもりか! 村ごと熱を消して、自分にとって過ごしやすい土地を作るつもりなのやも!」
魔法使いが消えて行く村人たちを見て興奮していた。その姿に嫌悪感を覚えるルッドであるが、今はそんな状況ではない。
(時間切れまであと少し! なんとかして見つけないと!)
ルッドは消えてしまった焚き火の周囲を探し回る。目標を早く見つけなければ、次に消えるのはルッド自身かもしれないのだ。
(くっ、本格的にやばくなってきた)
ルッドは自分の左手を恐る恐る見る。そこには、色素が抜けたかのように半透明になっている自分の手が存在していた。
(妙に冷えると思ったら、やっぱり)
動けなくなれば終わりだ。何を探そうとしても、その意思を行動に移せなくなる。だからその前に見つけなければならない。
「………そこにいたか!」
そうして、ルッドは探し回った目標を見つけた。雪に混じり見えづらくなっているものの、半透明の体をうねらせ、腰を抜かす村長へ少しずつ近づこうとしている、熱喰いミミズの姿がそこにあった。
一般的なミミズよりかは大きかったものの、蛇よりは小さいだろう。瓶に入る程の大きさのそれは、口先だけはミミズにも蛇にも似通っていない。
四方に開く口蓋には舌らしき物は見えず、ただ周囲の熱を奪うために空気を吸い込んでいる。そんな印象を受けた。
「しょ、商人さん! 早く逃げなさい! こやつは危険じゃ!」
既に村長の片足は無くなっていた。砂に描いた絵を消すかの如く、根元付近がぼんやりとした色になり、その先は無くなっている。腰を抜かしているというより、立てずに転んでしまったのかもしれない。
ミミズには人の手足くらいならすぐさまに消せるだけの力があるのだろう。もしくは、そういう風に成長したのか。
確かに危険な生き物である。だが、ルッドはその事実に些かも動揺を見せず、目標へと走った。
もう時間が無い。左手の無感覚は肩にまで及び、直に体全体をも消し去ってしまうだろう。だからその前に行動する。
ルッドは目標まで近づくと、まだ残る右手で対象を掴んだ。
「しょ、商人さん……何を………」
「聞きたいのはこっちなんですよ、村長」
ルッドが掴んだのはミミズでは無く、村長の肩だった。ルッドの目標はこの村長であり、良くわからないミミズは無視する。
「何を言うておる。早くせんとミミズが―――
「そう、ミミズが村人をみんな消し去ってしまうでしょう。そういう筋書きなんだ。だからその前に、この事態を解決しなければならない」
ルッドは村長を睨みつける。何のことかわからぬと言った様子の村長であるが、事態の鍵となるのは彼であるとルッドは確信していた。
「じゃからミミズを―――
「熱喰いミミズはこの村の問題であって、僕の問題じゃあ無い! 僕にとっての悩みは、昨日からずっと続いている、先の事を思い出すなんていう状況だ!」
ルッドは叫ぶ。既に恥も外聞も無いのだ。早々に解決しなければ、自分も村の問題に巻き込まれて消え去ってしまう。その前に今までの思いだしの正体を、この村長から聞き出す必要がある。
「最初は自分に妙な能力が生まれたなんて思ってましたよ。でも、何かが違う。その違和感に気が付いたのは、ついさっきだ」
「あなたが何を考えているのか、さっぱりなのじゃが………こういう状況になり、頭がおかしくなったか?」
訝しげにこちらを見る村長。確かに今の自分は冷静では無い。それは自分でも分かる。
「ええ、おかしくなったのかもしれませんね。村中、妙な生き物に襲われて、僕自身もこんなで、おかしくならない理由の方が少ない。けどね、それにしたって不思議なんですよ」
「いったい何のことを言っておる。今にも近づこうとしているミミズを放って置いて話すことかの?」
村長はルッドの背後を見る。もしかしたら、もうすぐそこ。ルッドの真後ろにまでミミズは来ているのかもしれないし、振り向きたくなる衝動も勿論ある。だが、それでもルッドは村長を睨み続けた。今、ここで目を逸らしたら、すべてが終わってしまいそうだから。
「未来の事を知れたとして、それは勿論、僕の主観であるべきなんだ。未来を思い出すのは僕自身であって、他の誰かじゃあ無い。けどね、村長、僕がこの村に来てから思い出す未来の事象は、すべて僕の主観じゃあ無く、あなたの視点だったんですよ」
最初の思いだしからしてもそうだった。客人がやってきたという思いだし。実際、魔法使いの白の熱がそうだったわけだが、ルッドの主観であるのなら、魔法使いは自分と同じ旅人である。外来者を客と表現するのは、村内の人間でしか有り得ない。
「その時々の感情、事が起こった際の行動、その他諸々を、僕自身じゃあ無く、あなたの視点で起きた出来事という形で思い出すんだ。僕はそれを追体験しているだけだった」
だから、ルッドの身に起こる事件を解決するには、ミミズでは無く、村長をどうにかするしかないのだ。さっきまで続いていた思いだしという現象の元凶は、村長以外に見当たらないから。
「ねえ、村長さん。今、ここで起こっている出来事は、既にあなたが体験した物なんじゃあ無いですか? それを何故だか、僕が今、自分の身に起きている様に体験している。だけれども、時たまあなたの思考が流れてくるんだ。この時は、こういう事が起こる予定だったってね。まるで、あなたの奇談を聞かされている様に!」
ルッドはそこまでを語り終えた後、ふと周囲の風景に目が行った。勿論、村の風景が映るだけだと思っていたのだが、そうでは無い。
いつの間にか周囲は真っ暗になっていた。太陽が落ちたのだろうか? それにしては早すぎる。
(いや、違う。真っ暗な背景なんだ、これは。その証拠に自分の体は良く見える)
光源も無いというのに、黒い背景の中で、自分の体だけがくっきりと見えた。突如として、自分は別の空間に移動したとでも言うのか。
もしかしたら、熱喰いミミズに体のすべてを消し去られてしまったか。ならばここはあの世か、それともまた別の空間か。
(少なくとも、まともな場所じゃあない。まだ危険を脱したわけじゃあ無いんだ。それに………)
恐るべき状況が何かと問われれば、それは、良く分からぬ物がすぐそばにいるという事であろうか。
既にルッドの視界に村長はいない。背景と同じ真っ黒な空間がそこにあるだけなのだが、村長の肩を掴んだ右手の感触は、依然としてまだ手に残り続けていた。
(なんだ……僕はいったい何を掴んでいる?)
そこには何も見えない。ただルッドの手だけがはっきりと見えて、正真正銘、空を掴んでいた。
そして、その感触が変化する。感触が突然柔らかくなり、力を込めたままの右手が、それをぐにゃりと潰す。
だが、手には潰れた何かの感触が残ったままであり、それは自分の右手を登って、ルッドの耳元までやってきた。
「ひっ」
自分の体を這いずる様な感触に、小さな悲鳴を上げてしまうルッド。それはまだ自分の耳元に存在しており、声帯があるのかどうかすら分からぬが、ルッドに向けてこう囁いてきた。
「わしの奇談は楽しめたかのう?」
その声を聞いた瞬間、足元が不安定になった。足場が突然無くなった様な感覚。ルッドは踏みとどまることもできずに落ちて行った。
どこまでも、どこまでも―――
「商人さん! 商人さん!」
「あ……あれっ」
突如、村長に声を掛けられて咄嗟に目を開ける。どうやらルッドは眠っていたらしい。酷く疲れる夢を見ていた気もするが、どうにも記憶があやふやで思い出せない。
「いや、商人さんの疲れも考えんで、すまんのう」
村長が謝ってくる。この村にやってきてから行われた奇談講話。その最中に、ルッドはつい居眠りをしてしまった。
「こちらこそすみません。途中までは起きてたんですけれど………村長の話はなんだったか、確か―――
「おや?」
―――事の発端は、村へ突然やってきた客人だった。
何故か体が震えた。頭を過るその言葉は、ルッドに酷い恐怖を与えてくる。
「誰かの悲鳴が……聞こえたりしました?」
この後に起こるのは、村を襲う惨劇だろうか。そんな予感がルッドを恐れさせるものの、返ってくるのは村長の笑い顔であった。
「ははは。奇談はもう終わりですぞ? わしが言いたいのは、ほら、見てくだされ」
村長に促されて村長宅の窓へ近づく。そこに見える風景は明るい物であった。
吹雪は勢いを無くしているらしく、ぱらつく細雪となっている。雲の切れ間からはうっすらと太陽が覗き、セイタンの村を照らしていた。