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北風の道  作者: きーち
第五章 白霧の村
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第四話 明かりが消える

 魔法使い、白の熱が語るところによると、彼は魔法に関わる実験を行っていたらしい。それもセイタンの近くでは無く、もっと離れた人のいない土地で。

「そもそも、魔法の実験とは外界から隔絶された環境で行うものなのだ。不確かな事象を扱う以上、余計な可能性は排除する必要がある。だから魔法使いは人目に付かず、安定した環境で魔法の実験を行う」

 とりあえずの冷静さを取り戻した白の熱は、まずルッド達へ、彼がどうして村に来たのかの説明をしていた。と言っても、話はまだ序盤で、青年が村に来てもいない段階だったが。

「人のおらんところで実験とやらをしていたというのなら、どうしてわしらの村に来たんじゃ。はっきり言うが、迷惑千万な話なのじゃが」

 村長の指摘に、白の熱は暗い顔をする。勝手に村へと侵入した。そのことに対する反省が籠った顔なのだろうが、別の感情も存在していそうだ。


―――白の熱は自らの研究について話す。その多くは理解できなかったが、これより先に大事が起こることだけは分かった。


(深刻な状況に、既になってるってことか。そうして村はそれに巻き込まれた)

 では、それがいったいどういう事件か。まだ先が思い出せない以上、青年から聞き出すしかあるまい。

「そもそも、この村に近づく気は一切無かった。地図を持って来ていただいたが、村の真ん中で倒れる少し前まで、私はここあたりにいたのだ」

 青年はルッドが持って来た地図を指し示す。セイタンからはかなりの距離があり、一日二日で辿り着ける場所では無い。

「倒れるまではって、昨日の夜まではそんな場所にいたってことですか? いや、そんな短時間で移動するなんて無理ですよ」

 常識的に考えて不可能なことを言っている。空を鳥の様に飛べたとしても、この距離を瞬時に移動するなど無理なのだから。

「だから魔法の実験なんだ。私の魔法研究とは、離れた距離を瞬時に移動するための魔法。その解明なのだよ」

「魔法って……そんなことまで可能に?」

 まるで夢の方法だ。もしそういった魔法が開発されれば、ノースシー大陸の流通機構は大きく変わるだろう。

「出来る。と言いたいが、現段階では無理なのだ」

「そうなんですか? 残念だなあ」

「他国の魔法使いなら、そういう魔法技術が伝授されていると聞くが、その技術がこの国に伝わることが少ない。魔法使いは他者にその知識を明け渡すことを嫌う」

 知識だけが魔法使いの存在意義なのだから、そうもなるだろう。他者と自分を区分けする明確な物。彼らにとっての魔法知識がそうであろうし、その知識が誰にでも伝わってしまえば、後は嫌われ者の人間が一人残るだけだ。

「でも、あなたはそれを成功させたから、今、この村にいるんですよね?」

 彼の魔法研究は実際に効果を発揮した。そうでなければ、今までの説明が何の意味も無くなる。

(自分の魔法研究を自慢したなんて言われれば、さすがに庇いきれないぞ?)

 ルッドは隣に立つ村長を見る。その目はかなりの部分で怒りに染まっている様だ。彼にしてみれば、良くわからぬ理屈で、村へと侵入したと言っている様な物なのである。魔法云々の話は、この魔法使いを弁護する言葉にはなるまい。

「成功じゃあ無い………失敗したのだ」

 頭を抱える魔法使い。どうにもこれから起きるであろう事件は、その失敗に関係している様だ。

(ああ、駄目だ。やっぱり庇いきれない。何はともあれ、全部この人の責任だもの)

 彼の口からどの様な理由が飛び出そうとも、とりあえず村長は怒りの感情を魔法使いに向けるであろうことは確実だ。


―――青年からの説明。それを聞いた私は怒りに打ち震えた。何故ならばそれは、村に混乱を呼び込むどころか、村を滅ぼしかねないことだったからだ。


(ああくそ。思い出すのは最悪な状況だけじゃあないか。何の役にも立たない)

 どうせなら、すぐさま状況を解決できる事柄でも思い出してみろと言いたい。誰に向かって言えば良いのかはわからぬが。

「失敗したじゃと? 不吉な言葉を使いおって………」

「事実、今、この村は危険な状況にあるのだ!」

 村長に掴みかからんばかりの白の熱。ただ、その力は弱い様で、村長にその手を振り払われてしまう。

「とにかく、すべてを話せ。今後を決めるのはそれからじゃ」

 事態が想像以上に厄介になった。村長は今になって、漸くそう感じているのだろう。ルッドも、おかしな思い出しさえなければ、村長と同じ感情を持ったかもしれない。

「精神性動物というのはご存知か?」

「精神性? いえ、さっぱり」

 聞いた事など一度も無い言葉だ。やはりそれも、魔法的な何かなのだろうか。

「精神性動物とは、物質的な事象に縛られぬ動物のことだ。例えば、背中に羽根が生えた馬だったり、空を流れ星の様に飛び回る蛇だったり、不可思議な生物の噂を聞いたことは?」

「まあ、噂であるならば、幾らかは。眉唾物の話だと思いますけれど」

 そういった物に関して言えば、何かの動物の見間違いか、空想好きの人間が考えた架空の生き物ではないかとルッドは推測している。

「確かに、その多くは単なる嘘である事が多い。しかし、中には真にこの世界に存在している動物もいるのだ。しかも噂通り、現実世界の事象からかけ離れた生態を持って」

「ほう。世の中には不思議な動物もいるもんじゃのう」

 村長の言葉は純粋な関心だろう。未知を知るというのは好奇心を刺激させる。ただ、その説明が今されるという事態が問題と言えば問題だ。

「不可思議な動物というのは確かに存在している。そうして、魔法と言う不可思議な現象も同様に存在している。これはつまり、魔法を使う動物が存在しているということなのだ。我々はそういう動物のことを精神性動物と呼んでいる」

 そろそろルッドには、目の前の青年が何を伝えようとしていて、いったいどういう危険があるのかが分かり掛けて来た。

「………あなたが行なっていた魔法研究というのは、もしかしてその精神性動物というものに関わる実験で? 魔法を使う生物を研究すれば、即ち魔法の研究にもなる」

「ああ。熱喰いミミズという動物がいてな? こう、口元が広がった半透明の蛇かミミズみたいな姿をしているのだが、熱を喰う」

 手のひらでその生物の口元を表現する魔法使いであるが、どうにも普通の生物の口の開き方では無い。どちらかと言えば、花がつぼみから咲く時の動きだろうか。

「熱ですか? 餌に熱を……お腹は膨れそうに無いっぽいですけれど」

「だから不思議な生物なのだ。餌が他にあるのかどうかはわからないが、周囲から熱を奪う性質があり、さらに離れた場所へ瞬時に移動する力もあるらしい」

 離れた場所へすぐに移動する力を持っている。それは、この魔法使いが研究する魔法に繋がる物があるのだろう。

「おぬしはそのなんとか言う動物の移動に巻き込まれたというわけか。うん? 待て。であるならば、何故あの様に体を冷やして倒れておった。直前までは、実験とやらを続けておったのじゃろう? いくら吹雪の中で倒れていたとは言え、意識が曖昧になるくらいに凍えるとは………」

 村長の疑問は正しい。ルッド達はてっきり、この吹雪によって魔法使いが衰弱したのだと考えていたが、実はそうで無いのかもしれない。

「順番が逆なんですよ。まず体温が奪われて、その後にこの村に移動した。そうですよね? 白の熱さん」

「そうだ。熱喰いミミズを魔法実験に用いようとしたのだが、その管理に失敗したのだよ。奴は逃げ出し、私の体温を奪った。そうして自らの力で移動しようとしたが、なんとか移動を封じる瓶の中に閉じ込めた………そう思ったのだが」

 残念ながら、瓶からも熱喰いミミズは逃げ出したというわけだ。これで魔法使いがこの村にやってきた過程の話となった。そして、これまでの話の中で、村にとって問題となるのは一つ。

「管理を間違って、体温を奪われたと言ったな? ならば、もしや、その熱喰いミミズは人を………」

 村長にも、村が晒されている危険というのが分かったらしい。熱喰いミミズは人を襲うのだ。昨日までの青年の様に、人から熱を奪って衰弱させるという方法で。

「熱を奪う性質があると説明したが、その行動はかなり積極的なのだ。自分の目の前に、周囲より高い熱量があれば、それを優先して奪おうとする。結果的に、人間の体温も標的になる」

「………すぐに捕まえないと。誰かが餌食になれば、大変だ」

 ルッドは村長を見る。村長はすぐさま頷く。精神性か何かは知らぬが、危険な動物が村の真ん中に放たれたのだ。早く確保しなければ、村人に被害が出てしまう。

「待ってくれ。恐らく、見つけ出すのは相当に困難だ。なにせ半透明で、尚且つ小さな瓶に入る程度の大きさなのだから」

「持ち込んだあんたが何を偉そうに!」

 白の熱の酷な説明に、遂には村長が掴みかかろうとする。ルッドはなんとかそれを押し留めた。

「ま、待ってください。村長が怒る気持ちは十分に分かります。でも、実際に見つけ難い動物であるのは確からしい。けど、どうにか見つける方法があるかもしれない。だから呼び止めた。そうですよね?」

 確か、そう確か、次に青年は熱喰いミミズの捕え方を教えてくるはずだ。だからルッドは魔法使いに苛立たずにいられた。


―――魔法使い、白の熱は、熱喰いミミズの危険性と共に、対処方法も説明した。


(うん、確かにそういう展開になるはずだ。もっと先が分かれば尚良いんだけどさ)

 ルッドは魔法使いの口から、事態の解決方法が出て来るのを待った。それは先の展開が分かっているからこその余裕なのかもしれない。

「熱喰いミミズはより高い熱量の物を標的にするはずだ。であるならば、町の中心近くで火を焚けば、それに連れられて熱喰いミミズが姿を現す可能性があるだろう」

「火を焚く? この吹雪の中でか」

 村長は魔法使いの提案に戸惑う。この吹雪の中で十分な量の火を焚こうとすれば、それに比例した量の燃料が必要になる。閉ざされた村において、燃料は貴重品だ。必要以上に消費してしまえば、この場の危機が去ったとしても、村に別の危険が及ぶ可能性もある。

「………決断は早くしましょう。別の手を考えるにしても、ミミズが民家を襲ってからじゃあ遅いです」

 村の将来についてルッドは口を出せぬため、ただ村長の考えを後押しする。今はどんな選択であろうとも、素早く選ばなければならぬ状況だった。

「わかった。言う通り火を焚こう。村人はどうすれば良い? 家に避難させるのが良いかの?」

「魔法での移動で無い限り、移動速度はミミズ並みだ。瓶が割れた場所から、素早く移動できるとは思えない」

 だからまだ中心地近くにミミズがいるのではという魔法使いの推測だったが、ルッドはそれに反論する。

「瓶が割れてから既に一晩経っている。いくら移動速度が遅いと言っても、既にどこか別の場所に移動していても、おかしくは―――

「ぎゃああああああああ!!!」

 また悲鳴が聞こえた。魔法使いの青年が村の中心で上げたものと似た悲鳴だ。

「しまった! もう襲われたか!」

 真っ先に村長宅を飛び出したのは村長自身だった。小さな村だ。彼は叫び声の主が誰であるのかが分かるのであろう。ルッドもその後を追う。

 村長が向かった先は、村長宅から2軒ほど離れた家の裏だった。聞こえて来た叫び声は男の物であったが、そこで腰を抜かして倒れているのは白髪が混じる女性だ。吹雪の中で雪に尻もちを突いて茫然としている。

「お、おお。メニリス! 大丈夫じゃったか! 今さっき、ガラクの叫び声が聞こえたが………」

 村長は女性へ心配そうに話し掛ける。やはり叫び声の主はこの女性では無いらしい。

「あああ……村長さん! ガラクが! 夫が! どこいったんだい! あんた……あんた!」

 女性は叫び声の主の妻らしいが、何故だか誰もいない雪の絨毯を探っている。

「どうしたメニリス。ガラクの奴はどうなったんじゃ」

「あの人が消えたんです! あたしの目の前で、薄くなって! まるで幻みたいに!」

「なんてことじゃ……!」

 熱喰いミミズの被害者がさっそく出た。しかも、熱を奪われるだけで無く、魔法使いと同様に、どこかへと移動してしまったのである。





―――村に被害が出た。それは、とても心痛を伴う事実であったが、やらなければならぬことが増えたということでもある。魔法使いをさらに問い詰める必要があった。これ以上の被害を食い止めるために。


「どう責任を取るつもりじゃ! この吹雪の中では、村の周囲を捜索することもできん! ガラクの奴が……生きている可能性はほぼ無くなるということじゃぞ………」

 村の人間であるガラク・ウィンダーという男が消えた。その事件を重く見た村長は、魔法使いに掴みかかり、恐ろしい剣幕で責任はお前にあると告げる。

 今回ばかりはルッドも庇い様が無い。この魔法使いと同様に体温を奪われて、どことも知れぬ場所に移動させられたのだとしたら、誰かがすぐに助けぬ限り、命はそう長く無いだろう。

 この吹雪の中、身動きできぬ程に衰弱した状態で放り出されるのだから。

「私だって、想定外だったんだ………あのミミズが、ここまで積極的に人を襲うなんて」

「想定外って………確か、熱量を標的にする生き物なんですよね? 人だって襲うとも言ってたじゃないですか」

「熱量がより高い物を積極的に襲うのだ! 人里に放たれて、真っ先に襲うのは明かりや暖房に使われている火の方だと思っていた………だから、町の中心で火を焚けばそれで誘き出せると」

 ガラク・ウィンダーは外にある燃料の薪を取りに家を出ていた。家の中の火で無く、直接狙われたのはそのせいかもしれない。

「迂闊に外を出たガラクが悪いとは言えん。まだ避難するべきと伝達する前の事じゃったからな。こうなった以上、危険を承知で各家を周る必要がある」

 村長は自らそれをするつもりなのだろう。ルッドはせめて自分もと言いたかったが、村の外からやってきた人間が伝えて周っても、意味はあるまい。

 ガラク・ウィンダーの騒ぎのおかげで、多くの村人が自主的に家へ籠る様になったのがせめてもの救いである。

「もし、誰かが掻き消えたのだとしたら、熱喰いミミズも同様に移動したはず。であるならば、村からあいつは離れたと見るべきだ」

 弁解か自分の持ち込んだ物に対する責任からか、既に村に危険は無いのではと白の熱が口にする。

 そんな彼を侮蔑するかの様に村長が見ているものの、彼へ反論するのはルッドであった。

「そうだと言いきれないから、村長さんは避難をさせようとしているんです。迂闊なことは言わない方が良いですよ。そのミミズの生態だって、良く分かっていないんでしょう?」

「だが、それでも一応はアレの研究を続けていた。他人よりかは知識を持っている」

 口を開けば、どの様な内容であれ空気を悪くしてしまうぞと忠告したつもりなのだが、研究者らしいというか何というか、熱喰いミミズに関しては一家言があるらしい。

「じゃあ質問なんですけど、熱を奪う習性があるのなら、どうして奥さんの方も熱を奪われなかったんですか。目の前で自分の夫が急に倒れて、消えて行く瞬間を見たらしいですよ。つまりミミズに熱を奪われて、その後に移動させる瞬間をずっと」

 まさか満腹になったから別の獲物は襲わなかったとでも言うのだろうか。

「そ、そうだな。例えば、そもそも熱を餌と考えてはいないのかもしれない。何か、移動する際のエネルギーとするために、熱を必要としていて、それは人一人だけで十分だとか………」

「その根拠は?」

「いや、推測に過ぎないのだが………」

 溜息を吐きたくなったものの、それを飲み込む。とにかく今は、少しでもこの魔法使いから熱喰いミミズの情報を引き出さねばならぬ。

「………わしはこれから各家を周ってくる。商人さんはそこの魔法使いから、引き続き話を聞き出しておいてくれんか」

 聞くに堪えないとでも考えたのだろう。村長はルッドにそう告げると、再び家を出た。もしかしたら、次の被害者は彼になるかもしれぬと言うのに。

「じゃあ話を続けますけど、ミミズが移動した先を推測する方法というのはありますか?」

「それについては、色々とデータを取った。どうにも、移動する距離には色々と制限があるらしい」

「制限? 詳しく聞かせてくれませんか?」

 そんな物があるのだとしたら、消えてしまった被害者を発見できるかもしれない。

「移動する距離に関しては、かなりの長さを瞬く間に移動できる事は分かっているんだが、どうにも一定以上の温度がある場所に関しては移動しづらくなるらしい。だから内陸部には殆ど生息していない。春先には大陸のさらに北部へと移動する習性がある」

「つまり熱を奪うという行為は、餌やエネルギーとしてじゃなく、障害物を排除するための習性なのかもしれないわけですね」

 ルッドは魔法使いの説明から、そんな仮説を口にしてみる。勿論、目の前の魔法使いだって承知の物だと考えての言葉だが、何故か魔法使いは口を開けたまま固まった。

「確かに………そういう風に考えると、ミミズの習性に関して、幾つもの説明が……いやいや」

 どうやら、魔法使いには考え付かなかったことらしい。新しい発想だと、魔法使いは少し興奮していた。

(おいおい、素人だって思い付く様な物に、そんな驚いてどうするんだ。それでも魔法使いか?)

 それとも、ルッドの視点がそれ程までに鋭かったのか。自分は魔法などと言う物にほぼ無縁の生活を送っていたわけであるが。

(もし、それでも真新しい知識を思い付けたのだとしたら、それはこの先に出て来るであろう展開を、先読みしただけに過ぎないんじゃあないか? 例の思い出しだ)

 異変が起きてからずっと続いている、先の事を思い出すという状況。ルッドが口にした仮説も、その一つだったのかもしれない。

 ならば、事件を解決するための近道に成り得るのでは。

「ちょっと良いですか? 僕が言った仮説を、仮に真実であるとして、ミミズは次にどうすると思います?」

「………そうだな。一定量以上の熱がミミズにとって邪魔なのだとしたら、人一人を消したのは、とりあえずその場から移動する際の障害を除けただけという認識だろう」

「けれど、近くにいた別の人間は消えていませんよね?」

「優先順位の違いなのかもしれない。まず近くの邪魔を消す。家の外に出ていた一人がそれだな」

「まあ、吹雪の中で外に出ていたのは、当時、ウィンダー夫妻だけだったらしい。ですから、まずはそのどちらか片方だけってことになります」

 魔法使いはルッドの言葉に頷く。

「そして次だ。一つ邪魔を消したミミズは、すぐに移動しようとするだろう。そうして次に移動した先に邪魔な物があるなら、それ消そうとする。その先にある邪魔が、近くの人間とは限らない」

 他者を消すのは、走ったら壁があったのでそれを退かしたという事だろう。目の前の壁を退かせれば、近くに別の壁があったとして、とりあえずは走ることを再開する。

「………この村には、さぞかし障害物が多くあるでしょうね」

「人の営みは熱を使った営みだからな。私がミミズに移動された先がこの村であることは、ある意味では必然だったのかもしれない。ミミズにとっては、この村自体が障害物だ」

 ルッドは目を閉じてから、魔法使いから語られた事を飲み込む。次に起こることは何であるか。思い出せ。いや、思い出さなくたって良い。考え出せるはずだ。

「もしかしたら消えた被害者は、どこにも移動していない可能性もあります」

 被害者が見つからないから、熱喰いミミズはどこか遠くへ移動した。本当にそうだろうか?

「熱量を障害としていて、それを排除するのが目的だとしたら、熱を奪った後に消し去るという行為は、移動させるためじゃあ無く、そのまま障害をどこかへ消し去っているだけなのかもしれないな」

 目の前の魔法使いは、消し去られる前に瓶にミミズを捕まえるという行為をしたからこそ助かっただけであり、普通は消し去られてそれで終わりと言う可能性はある。

 離れた場所に移動するという力は、元いた場所から消すという力でもあるのだから。消したのが障害物である以上、それを再びどこかへ出現させてやる義理は無い。

「というか、熱を奪う行為というのは、消し去る行為と同義なのかもしれない。熱とは生命体や物質の基本的なエネルギーなのだ。それを奪うことで消える事もできる。ミミズはそれを利用し、移動しているという可能性も………」

「今はそういう考察は関係ありません。関係あるのは、ミミズが村中の熱を障害だと考えて、消し去ろうとしているかもしれないってことです」

 ルッドは魔法使いにそれだけ言って、村長宅の玄関扉を開けた。実は先ほどから、ずっと気になっていたことがある。

 それと言うのも、やはり例の思い出しだ。


―――家を出ると、そこには驚愕の光景が広がっていた。事件は既に最終段階を迎えていたのである。


 扉を開けた先には、茫然と立つ村長の姿があった。何故そうなっているのか。理由ならすぐわかった。

吹雪のせいで薄暗くなった村。それを照らしていたはずの、民家の明かりの多くが、既に消え去っていたのだ。



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