第三話 白の熱
「商人さん! 商人さん!」
「あ……あれっ」
声を掛けられて咄嗟に目を開ける。どうやらルッドは眠っていたらしい。昼食後に人の話を聞き続けるというのは、かなり眠くなる。先日までの疲れもあるのだろう。つい、目を閉じて眠りに落ちてしまった。
「いや、商人さんの疲れも考えんで、すまんのう」
村長に先に謝られてしまう。村人達も既に村長宅からは出たらしく、今はルッドと村長だけだ。
「こちらこそすみません。途中までは起きてたんですけれど………村長の話はきっちりと覚えてますよ、確か―――
「おや?」
外から声が聞こえた。誰かが叫んでいるらしいが、吹雪の音で微かにしか聞こえない。
「何かあった様ですのう。少し様子を見てきます」
「あ、僕も行きますよ。いくら村内と言っても、この天候に老人一人は危険だ」
ルッドは村長に付き添って、外へ出ようとする。
―――事の発端は、村へ突然やってきた客人だった。
「うん?」
「どうかしましたかな?」
ルッドは現在の状況に、どことなく違和感を覚えて立ち止まる。そのことを訝しんでみる村長であるが、ルッドはそれに首を振って答えた。
「えっと……いや、なんでもありません。さっきの声の確認に出ましょう」
何かの気のせいだろうと考え直し、村長宅を出る。雪が激しく舞い、夕暮れ間近というのもあって視界が危うい。声が聞こえて来たのはどこだろうか。
「おお、あれを見てくだされ」
村長が指差す方向には人影があった。叫び声の主はその影か。人影は雪の絨毯にうつ伏せになる様に倒れていた。
「大変だ。すぐに助けないと!」
ルッドが人影に立ち寄ると、それは青年であることがわかる。顔に見覚えは無く、奇談講話で集まった村人では無さそうだ。
「むむむ。どうやら村外の人間ですな」
「そうなんですか? 気絶してるみたいで、どこかに運ばないと」
「ならばわしの家まで。手伝いますよ」
ルッド達は二人掛かりで倒れていた青年を村長宅まで運ぶ。体が冷えている様だったので、暖炉の近くに毛布を敷き、そこで横にさせた。
「息はあるみたいですね。衰弱している様ですから、暫くはこのままで良いと思います」
運び込んだ青年をルッドは見る。温かいスープでも飲ませれば、さらに状態は良くなるのだろうが、いかんせん、本人の意識が戻っていない。
「しかし、こんな吹雪の日にやってくるとは、いったい何者でしょうなあ」
青年を怪しみながら村長はルッドに尋ねて来る。
「人の事言えない立場ですから、なんとも」
ルッドとて、吹雪の日にこの村へやってきた人間だ。この青年も他人の気がしない。一歩間違えれば、この青年の様になっていたのだから。
「しかし、商人さんは商人さんでしょう。しかし、この青年はどうにも違う」
村長が違うというのは、青年の服装だった。どうにもこの国の人間が一般的に使う服装では無い。薄汚れたローブであるが、良く見ると袖や服の端に、銀色の彩色がされており、服全体が何か統一的なデザインがされている様であった。
「何か……どこかの組織の一員って感じの服装ですね」
「ですなあ………いや、まさか」
―――青年の妙な恰好。その姿はどこかで聞いた様な。必死で思い出そうとした。
(………なんだ? さっきから、なんだろう)
どうにも今の状況にズレを感じるルッド。いったい何を自分はおかしいと感じているのか。それがわからない。
一方で、村長の方も何やら考えている様だった。
「どこかで………この服装はいったいなんだったのやら」
「心当たりがあるんですか?」
「いや、ローブの端に銀の彩色。なんだったか、どこかで聞いたことがあるのです」
村長はまじましと青年の服装を見ている。ルッドには心当たりが無いため、村長が思い出すか、青年が目を覚ますかを待つしか無いだろう。
―――暫くして青年が目を覚ます。青年が何者か。自分が思い出す前に、青年が語り出す方が早かったのだ。
「多分、彼はすぐに目が覚めるでしょうから、無理に思い出す必要は無いですよ。多分」
何故だか、そんな予感がした。青年の正体は青年自身が語り始めるだろう。ルッド達はそれを待つだけで良い。
(………随分と消極的な考えじゃないか。僕らしくも無い。もっと積極的にはどうして動かない?)
普通なら、青年が倒れていた場所を調べるなりなんなりをしていただろう。だというのに、そのやる気が起きない。まるで自分の感情が誰かに取り換えられてしまったかの様だ。
「お、おお! 本当じゃ。どうやら気が付いた様ですぞ!」
青年の体がもぞもぞと動きだし、目蓋を震えさせている。震えは体全体にも広がっており、随分と体を冷やしていたのだろう事が推測できた。
「う………あ………ここ…は」
もがく様に声を漏らす青年。村長はその青年に駆け寄り、彼の問い掛けに答えた。
「ここか? ここはセイタンの村じゃ。おぬしはこの村の真ん中で倒れ取ったのじゃぞ?」
「あ………ああ、倒れ……て?」
漏らす声は微かだ。話すだけの体力が戻っていないのだろう。
「村長。多分、まだ大分衰弱してるんだと思います。あんまり無理をさせるのも」
「そ、そうじゃな。良し、温かいスープを作ってやろう。と、その前に一つだけ。おぬし、何者じゃ? それだけは聞かせてくれんか」
閉じられた村では、やってきた外来者の立場をしっかりと知っておく必要がある。外来者に何をするにも、それを確認できなければ始まらない。ルッドの時もそうだった。
「………ま……ほ………」
「まほ?」
なんとか声を出して青年は自らの立場を口にする。
―――そう、青年は自分立場を
「ま……ほう…………つかい」
―――魔法使い。そう答えたのだった。
「魔法使い………珍しい人種…ではありますよね?」
村長の栄養スープ作りを台所で手伝いながら、ルッドは村長に話し掛ける。スープと言っても、乾燥野菜を砕いてドロドロにするだけであるが。
「ああ。モイマン山の館は知っておるかの?」
「名前だけは」
ノースシー大陸についてを知る中で、ルッドはその名前を聞いたことがあった。ノースシー大陸は、基本的に魔法使いという人種の地位が低い。奇異の目で見られるそうだ。それはルッドの故郷であるブルーウッド国でも同様だが、ブルーウッド国に関しては、国の中枢近くにいる魔法使いも居なくはない。
魔法使いとは奇跡的な現象を意図的に起こせる人種であり、奇妙だからと言って、社会から排除するのは勿体のなさ過ぎる存在なのだ。数ある国の中では、国が直接後援して、魔法使いの組織を作る場合もあるらしい。
ただ、この大陸ではそうで無い。長らく他国との交流も少なかったからか、平穏を崩しかねない魔法使いという存在は、基本的に嫌われている。なので、ラージリヴァ国には魔法使いの組織というものが一つしか無く、しかも社会から隔絶されていた。
(それが“モイマン山の館”。大陸の北端近くにあるモイマン山の麓に拠点を置いていることから、そのまま呼ばれてるんだっけ? この大陸で魔法を学ぼうとするのなら、そこに向かうしかない)
それ以外の情報はルッドも知らない。魔法云々についても、その奇跡については一度も見たことが無いのだ。
確か父親が管理する領内で、芸で金を稼がせてくれという注文をしてきて、そのまま追い払われた事があったが、その時は魔法を使って脅して来れば良いのにと思った物だ。
(怪しい人種なんだよなあ。村長も同じく、彼の動きに注意を払ってる)
スープを作りながらも、チラチラと青年を伺う村長。青年は暖炉近くで横になったままで、偶に寝返りをうっていた。
「うむ。これくらいで良いか。すまんが運ぶのを手伝ってくれんか」
「わかりました」
青年に飲ませるスープが入った皿を渡される。村長はスプーンだけを持っていた。恐らく、スプーンも持てなさそうな青年のために村長がスープを飲ませるつもりなのだろう。
「おーい。まだちゃんと意識は持っとるか? ならこれをゆっくりと飲むと良い。体が温まるぞ?」
村長はルッドが持つ皿からスープを掬い、青年の口元へと運ぶ。青年は言われた通りに口を開け、ゆっくりとそれを啜った。
「ああ………舌が……動く」
スープの温かさが青年に力を取り戻させたのか、少しだけ声量が大きくなった。呂律も回り始めた様だ。さらにもう一口を青年が飲み込むと、体自体も温まり始めたらしく、上半身のみをなんとか起き上がらせる。
「………私は……どうしてここに?」
青年はぼんやりと村長宅を眺めた後、ぽつりとそんなことを呟く。
「こっちの台詞ですよ。さっき村長が言った通り、村の真ん中で倒れていたんです。こんな吹雪の中で、歩いてこの村まで来たんですか?」
「……いや……違う………私は…………そうだ! 私が倒れていた場所に、何か落ちて………あぐ」
突然、大声を上げたと思うと、それに予想以上の体力を使ったのだろう。力が抜けた様に起こした上半身が床へ落ちる青年。
「まだ衰弱しとる様じゃのう。どうやら落し物があるらしいが、どれ、商人さん、探してきてくれんか? 落し物があったら、おぬしに渡せば良いんじゃな?」
とりあえずは青年を休ませるのが先決だと村長は考えたらしい。ルッドに青年が懸念している物を探させようとする。
「早く……そうしてください。空の瓶の様な……物があれば………絶対に開けない様に……して………だ………い」
遂には再び気絶する青年。体力を振り絞って話したらしい。それにしても気になる言葉であった。空の瓶があれば絶対に開けるななどと。
(気になる。なんなんだ? いったい)
開けるなと言われれば開けたくなるというのが人情であるが、どこか危険も感じてしまうので、とりあえずは青年の言に従うとしよう。
「この人が倒れていた場所を探ってきます。村長は看病をお願いしますね」
「ああ。とにかく、十分に話せる状態にしなければ、何も始まりませんからな」
閉鎖的な村であり、商人以外の外来者はさっさと邪険にしたいという本音が村長から見え隠れする。しかし、倒れたままの病人であれば、それもできず悩ましいのであろう。
ルッドはそんな村長を背に村長宅を出た。
外に出ると、吹雪の勢いがさらに強まった様な風景が広がっていた。既に日は落ちており、視界が悪くなっている。
(光源が無いと、村内だって迷いそうだよ。これは)
村長宅からランプを持って来ていたので、それを灯し、青年が倒れていた場所を探る。
(吹雪のせいで、倒れた痕跡自体が無くなりかけてる。やっぱり早めに行動しておくべきだった。この状態で探し物は結構な労力だ)
雪はすぐに地面に落ちた物を、その白さで隠してしまう。もしかしたら雪を掘り返す必要があるかもしれない。
(いや……でも………)
―――探し物はすぐに見つかった。空の瓶。割れた状態であったが。
ルッドは目星を付けて雪の表面をどかすと、青年の物らしく瓶が見つかった。やはりと言うか、開ける開けない以前に衝撃で割れてしまった様だが。
(どうしてだろう。ここにこれがあって、こういう状態であったことが、前から分かっていた様な)
既視感だろうか。さっきから妙な気分がずっと続いている。もしかしたらあまりの寒さに、感覚がおかしくなっているのかもしれない。
―――瓶の中身。それがいったいなんであるか。瓶を持った瞬間に感じ始めた、何かの視線と関係があるのか。
「とりあえず目的の物は見つけたんだ。さっさと家に戻ろう」
割れた瓶を持って、ルッドは村長宅へと駆け戻った。少しでもこの外気に触れていたくない。そう思ったのだ。寒さのせいだろう。体が震えているのは、怖さが原因というわけではあるまいし。
ルッドが村長宅に戻ると、村長が出迎えてくれた。青年の看病は良いのだろうか。
「また眠ってしまったわい。話を聞くのなら、目が覚めてからじゃろう」
ルッドの青年に色々と尋ねたいことがあるという心情を、村長は読み取ったのだろう。そうしてそれが、今は不可能であることを伝えてくる。
「目が覚めるまでは、どれくらい掛かりそうですかね?」
「さあのう。体力が回復次第としか………」
気絶した人間が目を覚ますまでの時間など、分かる人間は医者くらいだろう。勿論、そんな技能はルッドに無い。
―――魔法使いを名乗る青年が目を覚ましたのは、翌朝のことであった。
(多分、明日の朝になればあの青年は目を覚ますんだろう)
そんな予感がするルッド。ただ、そうはならずに青年が目を覚まさない可能性も、あると言えばあるだろう。
「明日の朝まで目を覚まさなかったとして、僕はそのまま村を去るかもしれませんね」
吹雪が止めば、ルッドがこの村に滞在する必要は無くなる。青年に関しては気になるものの、彼とは話さず別れることになるかもしれない。
「あー、すまんのじゃが、多分、吹雪は明日も止まんと思うぞ。予想が外れた。この勢いの吹雪は、2,3日は続く」
「え!? それは参ったなあ」
長らくこの村に滞在することになるというのは厄介な状況だ。帰るのが遅れれば、それだけ社長のキャルを心配させることにもなるのだし。
「なんなら、この青年の看病を手伝ってくれんかの。滞在中の宿代ということで」
中々に抜け目のない性格である。彼らにとっての部外者は、同じ部外者であるルッドに世話をさせれば、村での混乱は最小限に抑えられるかもという目論見があるのだろう。
「まあ、ただ飯ぐらいは商人として遠慮したい状況ですから、構いませんけれど。そうだ、あの青年が探して欲しいと言っていた瓶なんですが」
「む、見つけたのかのう」
「ええ。ただ、彼が倒れたせいかは知りませんけれど、割れちゃってるんですよね………」
ルッドは拾った瓶を村長に見せる。頑丈そうな瓶であるのだが、残念ながらその機能を発揮することは二度と無いだろう。
「むう。まあ、仕方あるまい。わしら側の瑕疵では無いのだし、説明すれば分かってくれる………と、良いのう」
青年について、ルッド達は何も知らない。彼が魔法使いであるという情報以外、まったく謎のままなのだ。
「明日の朝、彼が目覚めたらいろいろ聞いてみましょう。そうしなければ、何も始まらない」
すべての始まりは明日の朝からだ。
―――そう、すべての始まりは青年が目を覚ましてからだ。それから始まる事件は、青年が村に現れたこととは比べものにもならない大きな事件になった。
吹雪の日は、夜と朝の境界が曖昧だ。厚い雲と降る雪が、日の光の多くを遮ってしまい、目が覚めても、まだ夜では無いかと思ってしまう。
ただ、夜の暗闇だけは払われているため、辛うじて雲の向こうに太陽が昇っていることがわかる。
「やっぱり、吹雪はまだ止まないか。止むのは……何時頃になるんだろうね」
部屋の窓から外の景色を見て、ルッドは呟く。なんだか、この天気は肝心な時まで止まない様に思えてくる。そう、すべての事件が終わるまで。
(すべての? 事件? 何を考えているんだ僕は)
昨日からどうも変だ。あの青年が現れたせいか。ルッドは自分の心に明確な変異が起きていることに気が付いた。
(なんと表現すれば良いのか………既視感なんてレベルじゃあ無く、もっと先の事まで、すでに知ってる様な………)
自分は予言者にでもなったのだろうか。いや、そんなはずは無い。何かがあったのだ。だからこの様な状況になっている。
(風邪でも引いたのか? だから妙な妄想が頭に浮かぶ)
単なる妄想であれば、それで良い。自分の意思をしっかりと持ち、その妄想を消し去るだけなのだから。
ただ、そうで無い場合、ルッドはどうしたら良いのだろうか。怪異に巻き込まれて、それを解決する方法なんて、ルッドは知らない。
(とにかく、これが妄想かどうかはすぐにわかるはず。確か……朝になると魔法使いの青年が目を覚まして)
―――目を覚ました青年は叫び声を上げた。何かに怯える様に。
「あああああ!!!!!」
部屋の外から声が聞こえる。確か気絶した青年を運び込んだ部屋からだ。
(本当に、僕はこれから起こることがわかっている?)
部屋から飛び出て、先の展開がわかっている自分に驚きつつ、ルッドは青年の部屋に向かう。
(この後は何が起こる? 青年からいったいどんな説明がされるんだ!?)
先の展開は分かるものの、どうにも頭の中に霧が渦巻いているかの様に、近い先のことしか分からない。事が起こる直前になって、近未来のことを思い出すのだ。
青年の部屋はそう離れていない。既に村長が暴れようとする青年を抑え着けており、ルッドもそれに加勢した。
「離せ! 離してくれ! あれが瓶から出たんだ。ここはもう危ない!」
「ちょ、意味わかんないことを言わないでくださいよ! あれってなんですか、離したら何をするつもりなんですか」
青年は暴れ続けるものの、体力が完全に回復していないのだろう。村長と二人掛かりでなら、彼の行動を抑止できる。
「ええい! 落ち着かんか! 勝手に村へやってきて、勝手に危ないなどと言わんでくれ!」
村長の叫びは心からの声である。平穏無事をモットーとするこの村の住人に対して、目の前の青年は混乱しか呼び込んでいない。せめて、自分の立場くらいは説明をするべきだろう。
「はあ………はあ………瓶には、瓶には………アレが入っていたんだ。アレが村の人間を狙っている」
暴れる体力が無くなったのか、とりあえず騒ぐのを止めた青年。アレとは言った何か。
―――アレはこの村を狙っている。些かわけのわからぬ青年の言葉であったが、それは時期に真実であることが判明する。
(くそっ。思い出すなら、もっと建設的なことを思い出せ!)
ままならぬ自分の記憶に、心で悪態を吐く。ただ、これから先のことを明かす方法は別にある。目の前の青年に尋ねるのだ。
「あなたは、いったい、何なんですか? 魔法使いだとか名乗っていましたが、それ意外はさっぱりです」
青年の目を見ながら、ゆっくりとルッドは尋ねる。混乱する相手との交渉は、まず相手を落ち着かせることから始める。そうして、落ち着かせる過程で、自分を信頼させる様に運ぶのだ。
混乱の抑制は、安心に繋がる。そうして安心を手に入れた人間は、それを与えてくれた相手を無条件で信用するものだ。
「私は……そう、私は魔法使いだ。モイマン山の館に所属している。名は白の熱」
とりあえず青年は話をすることに集中してくれるらしい。村長の予想通り、モイマン山の館という魔法使いの集まりの参加者であることがわかった。
ただ、白の熱とはいったい何のことだろう。
「ええっと、白の………名前?」
「そう言えば、モイマン山の館の魔法使いは、普通の名前を捨て、自分が研究する魔法に関係する名を名乗ると聞いたことが………」
村長が額に人差し指を当てながら、なんとか自分の知識を思い出そうとしている。しかし、妙な制度もあった物だ。
「魔法使いは世界の真理を解き明かす。その過程で、個人的な感傷は真理を歪める可能性がある。だから名を捨て、ただ解明する魔法の名を名乗るのだ。自分はその魔法の研究者であると………」
自らの名の理由を話す青年。白の熱と呼べば良いのか。
「つまり、白の熱というのはあなたの名前であり、尚且つあなたが研究している魔法についてでもあるんですね? そんな白の熱さんが、なんでこんな村なんかに」
この村は魔法とは一切関係の無さそうな場所だ。魔法の研究者を名乗る魔法使いとは無関係に思える。
「偶然だった………一つ聞きたい、ここはどこだ。セイタンの村と言っていたが………地図があれば見せて欲しい」
「偶然? 村のど真ん中で倒れおって、偶然などと言わんで欲しいな」
混乱そのものである白の熱を、村長は嫌悪している様だった。今までは青年の救助に専念していたため、そんな素振りを見せなかったが、青年がある程度回復した状態であれば、そんな気遣いも無用だと考えているのだろう。
「まあまあ、とりあえず地図を持ってきますよ。あれこれ事情を聞きだすのも、彼が話し終ってからにしましょう」
村長が白の熱への敵意を隠さないのは好都合だった。こういう場合、隣に優しい人間がいれば、大した思慮も無く、優しい方の人間を信用する。ルッドは出来得る限り白の熱から情報を引き出すため、彼の信頼を利用しようとしていた。