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北風の道  作者: きーち
第五章 白霧の村
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第二話 奇談講話

 失態と言えば良いのか。明確な愚行というのは無かった気がする。例えば朝をもう少し早く起きるとか、地図を確認する回数を増やすとか、天候の予測をもっと正確に行うべきだったとか、後悔なら幾らでもあるのだが、そのどれかが致命的だったというわけでは無いだろう。

 ただ、巡り合わせが悪かったのだ。目的地への到着が遅れたのはまあ良い。だが、想像以上に体力を消耗したのがまずかった。冬の寒さを舐めていたわけでは無いが、肉体的な疲労が予想より酷く、焦りが出たのだ。

 早く目的地に到着しなければ。そんな思いがほんの少しだけ道にズレを生じさせた。積もる雪が、街道の判別を困難にしてしまったのも原因だろう。

 トドメが悪天候だ。突然に吹雪始め、寒さよりも先に視界の問題が発生した。ズレた道のりに気付かず、そのまま進んでしまったのである。

 結果、ルッドは本来、到着すべき日に目的の村には辿り着けず、しかも、悪天候の吹雪の中で、何処とも知れぬ場所を進むしか無くなっていた。

「なってこった…………」

 視界が酷く悪い。毛長馬はまだ動ける様だが、風も強く寒さも酷くなってきているため、何時までも歩いていられないだろう。というか、このままではルッドの方が先にバテてしまう。

「くそっ。道がズレたことにもうちょっと早く気付いていれば、こんな天候で移動なんて手段を選ばなかったのに!」

 少し道を外れた程度であれば、天候が良くなるまでそこで待機するという手段があったのであるが、今はそれもできぬ程に迷っている。

 こうなれば、こんな吹雪の中でもある程度休める場所を探すしかない。少しでも風が弱まる場所へ。そんな目的の元、ルッドは馬車を動かし続けた。

「諦めるもんか。こんなどことも知らない場所で野垂れ死ぬなんてまっぴらだ」

 旅と寒さによる消耗の中でも心は挫けない。自分以外誰もいないこの場所では、自分の失敗は自分で挽回するしかない。只々生き延びるため、ルッドは行動をし続けた。と言っても、体を揺すったり、逐一地図と周囲の風景を見比べるといったことくらいしかできなかったが。

 そんな努力が通じたのかどうかは知らない。ただ、そろそろ眠気を感じ始めた頃、視界に映る光景に変化が起こった。

「なんだ………光?」

 白一色の視界の中で、火色をした光が、遠くに薄らと見えた。まるで自分を誘導しているかの様な。

「幻覚……じゃあないよね?」

 目を擦り、次は体全体を動かす。そうしてみても光は消えていない。

「火の明かりか? それにしては……なんだろう」

 明かりは薄らとしているのに、それでもルッドにその光を見せつけるかの様にしっかりとそこに存在している。

「……………行ってみるか」

 暫しの思案の後、光の方向へ進んでみることにした。光がどうしても自然の物に見えなかったためだ。それ即ち、人工の光であるということ。ならば光のある場所は、きっと人が生きやすい場所である可能性が高かった。

 馬車を光の方向へ進ませると、徐々に光が大きくなる。それに合わせて、光の数も多くなっていく。そこまで来て、漸くルッドにも光の正体が分かった。

「やっぱり民家の灯りだ! 良かった、どこかの村に辿り着いたんだ!」

 最初見た光の距離と、見えてきた民家の距離には少し違和感を覚えたものの、寒さによる感覚の狂いだろう。とにかく、今日一日は無事に生きて過ごせそうだ。

「温かいスープとかがあれば良いな。この際、具の量は気にしないよ」

 一応、馬車には燃料も食料も文字通り売るほどに積み込んでいるが、こちらは質より量を重視した物のため、食事の楽しさというのはあまり感じられない物であった。そもそも、料理をする時間も最小限であったし。

「なんて村だろう。それが分かれば、どこにいるかの位置も分かる」

 馬車を近づけながら、あれやこれやと先のことを考えるルッド。こうしていると、実は村が幻で、消えてなくなるオチが待っているのではと危機意識が生まれるものの、なんとか村は消えず、そこへ馬車を運ぶことができた。

 村に客人がやってきたことに村人も気が付いたのだろう。民家から顔を出す者も数人いた。

「すみませーん。誰か……いますよね?」

 既に何人かの村人と目が合っている。これで向こうから話し掛けてくれれば都合が良いのであるが。

「おー、旅人さんかね。こんな村に何のようだい?」

 村人達の中で最初に近づいて来たのは、年老いた男であった。腰も随分と曲がった老人であるが、口調だけはハキハキしている。もしかしたら村人の代表者なのかも。

(村長ってところかな? ふむ)

 さて、何と名乗ろうかと考え、ルッドはとりあえず色々と尋ねてみることにした。

「ええ、街道を外れてしまって………村があるということは、街道と繋がっているんですかね?」

「まあ、この村が終点になっている道ならのう。冬の間はそれも無くなってしまうが」

 ルッドはその返答に笑みを浮かべそうになった。ここは目的地にしていたニイヅカという村では無さそうであるが、それでも、今回の商売に適した村ではありそうだったからだ。

「そうであれば良かったです。僕はルッド・カラサという名前で、商人をしています」

「ほう。商人とな」

 ルッドが自らの立場を明かすと、目を見開いて驚く老人。恐らくそれは、喜びが混じった物だろう。他の村人の中には、手を合わせて笑う人間もいる。

 どうやらこの村では、商人は歓迎される立場であったらしい。

「冬場、街道の通行が困難になっている村々に食糧や燃料を運び込む商売をしていまして、宜しければ、この村で商品の販売をしても良いでしょうか?」

「ああ、なるほど。そりゃあお互いに幸運じゃったのう。歓迎するよ。村にゃあ宿も無いから、わしの家に来ると良い。そこで商売もな」

 まさか宿と商売場所まで用意してくれるとは思わなかった。ルッドは事が上手く運ぶことの喜びと、まだ気を抜いてはならないという緊張感を同時に感じた。

(もしかしたら、村総出でこっちの荷物を狙っている可能性も少ないだろうけどあるかもしれない。とりあえず、ちゃんと商売ができるまでは、ある程度、緊張を維持して置こう)

 ただ、その可能性は随分と少ないだろうと思う。この村は確かに、冬の間、閉ざされた場所になっている様で、そんな場所で商人を襲えば、二度と他の商人が寄り付かなくなる。そうなれば、最終的に損をするのはこの村の方だ。

(とにかく、このお爺さんの家まで向かおう。もうヘトヘトだから、休める場所だけは確認しておきたい)

 気を抜かない様にしようとは思うものの、現在の状態で危機的状況に陥れば、そこから抜け出すことはできそうにも無かった。




 家へ案内してくれた老人は、予想通り村長だったらしい。名前はアイリング・ライトナ。村は目指していたニイヅカで無く、セイタンという場所にあるそうだ。

「ええっと、地図で言えばどこらあたりなんですかね?」

「ふむ。見せてみなさい。あー、いかんなあ。地域名は書いているが、それで終わって、村があるとは書かれておらん。ほれ、ここにセイタンとあるだろう」

 村長が机に広げた地図のある地点を指さす。目的地であるニイヅカから少し南側に移動すると、セイタンという地域があると書かれている。一方で、確かにこの場所に村が存在するとは書かれていなかった。

「まいったなあ……結構、高い地図を買ったつもりなのに」

 これから良く利用する物だからと、金銭をケチらずに詳しく書かれた地図を購入したのだが。

「帰ったら文句を言った方が良いぞ。わしらとしてもそれが助かる」

 そりゃあ村が地図上で存在しなくなっているという事実は中々にショックだろう。勝手に無い物として扱われた様な物なのだから。

「まあ、でも、おかげでこの村に辿り着けたということで、とりあえずは良しとし……ますよね?」

「わしに聞かれてものう。商人さんと言うことは、売り物を売りに来たということで良いのかな?」

「ええ。さっきも言いましたが、内容は燃料と食料と資材を少々ってところなんですけども………」

 さて、これらの商品が売れるかどうかが問題だ。一番の問題である命の心配が解決したため、今度は欲が出て来た。

「うむ。冬に来る商人と言えば、そういう物を運ぶのが仕事じゃからのう。良いとも、村で買い取るよ。実は備蓄分だけでは、冬を越せるかどうか心配じゃったから」

 村長の言葉は好意的だった。もしかしたらひもじい思いをしなければならぬやも。そんな心配をしていたところにルッドがやってきたため、喜ぶ村人もいたのだろう。

「ええっと。相場としてはこれくらいなんですけど………」

 ルッドは事前に調べておいた、冬の間の生活必需品の相場額を村長に提示する。その額で売れれば、元手の何倍かの額になるだろう。それくらい、この大陸の冬の輸送というのは儲けが期待できるらしいが、この村ではどうだろうか。

「うむうむ。良いぞ。随分と良心的じゃ」

「あ、そうなんですか」

 村長の表情を見て予想するに、ここからさらに額を釣り上げる商人もいるのだろう。村の財政事情と備蓄物資の状況を見て、足元を見るわけだ。

(何もそこまでするつもりも無いけれど、商人として生きるのであれば、冷酷な交渉っていうのも経験しとくべきなのかなあ)

 また別の機会で、自分の良心が痛まぬ商売の時に、そういう交渉も試みてみようと思う。何はともあれ、今の自分には経験が必要なのだから。

「こういう村ではの、わしの様な代表者がまとめて商品を買い取っておる。それを村内で分配するわけじゃから、商人さんの仕事はこれで終わりと言うことになるの」

 なるほど。ルッドが提示した額は個人が出せる限度を越えているのだが、それを一言で了承してしまえるのは、村長が取りまとめを行っているからか。恐らく、村人達からそれぞれ金銭を預かっており、こういう時のために村長が管理しているのだと思われる。

「助かる話ですけど、まさか、これで商売は終わりだからと追い出されたり……とかはしませんよね?」

「安心せい。少なくとも吹雪が止むまでは村におったら良い。この勢いじゃ、明日一日こんな天気じゃから、明日も村に滞在することになると思うぞ」

「明日も一日……ですか」

 少しぞっとする話だ。もし、この村を見つけられずにいれば、一日ずっと野宿を続けることになっただろう。そうなれば、幾ら馬車の防寒がしっかりしているとは言え、何がしかの危険が自分の身に降りかかっていたはずだ。

「まあ、その間はわしの家に居ったらええ。部屋も客人用の物があるしな」

「有り難い話です」

 ルッドは村長に礼をする。こういう村では、排他的なのが一般的だと思っていたが、どうにもそうでは無いらしい。




 村に来て一夜が過ぎた。数日振りのベッドは、昨夜までの疲れをある程度消し去ってくれる。昨日の夜は旅の疲れもあったが、何人かの村人に商人として話をすることもあったため、ベッドに辿り着いた後は、泥の様に眠りに落ちたと思われる。睡眠前より何十分かの記憶が曖昧なため定かでは無いが。

(村人達と話していて分かったことだけど、本来は閉鎖的な村らしい)

 主要街道から離れた集落というのは、そういうものだろう。変化を嫌い、日常を愛する。それが一般的な人間の感性なのだ。

(だけれども、僕に対しては随分と親切だ。というのは、恐らく、僕が既にこの村の一員だからなんだろう)

 別にこの村がルッドの故郷というわけでは無く、商人という存在を含めて村という社会が構成されているのだ。

 いくら閉鎖的な村と言っても、村内だけで何もかもを賄えるわけではあるまい。足りない部分を外部からの物で補う。その物を運ぶ役割を担うのが商人であり、商人として村に来る存在があれば、村は簡単にそれを受け入れるのだろう。

(となれば、商人は商人らしく振舞ってこそ、この村では歓迎されるってことか。天候が良くなるまでは村に滞在する予定なんだし、その間はらしく過ごそう)

 短い間とは言え、誰かと険悪にはなりたくないものだ。空気が悪くなれば、それだけで気分も悪くなり、最終的には体調だって悪くなるかもしれない。冬という季節にそんな事態になることは避けたかった。

「おお、商人さんも起きなさったか。残念ながら、外はまだ吹雪いておるぞ」

 寝起きのベッドで、暫しの微睡みを続けていたルッドであるが、村長はそれを目覚めだと判断したらしく、ルッドに話し掛けてきた。

 客人用の部屋だと聞いていたが、扉が無いため、部屋内の人間が何をしているかが、家に居る他の人間からはすぐに分かってしまう作りになっていた。

「そうですか………まあ、今日一日は悪天候を覚悟していましたから、仕方ありませんね」

 村人達の予想は正確だ。昨日から吹雪き始めた天候は、今日一日続き、明日になればマシになるだろうと皆は判断している。

「そうしてこれも残念な知らせじゃが、吹雪の間は、なーんにも変わったことはありゃせんぞ。一日、家の中にいるだけじゃ」

「それは……確かに残念ですね。村を見て周ることもできない。他の家も似たような?」

「ああ。そうじゃのう。みんな家の中じゃな。内職でちょっとした小物を作っている家もあるが」

 ルッドとて似たような立場だろう。村長の家で今日一日を過ごすのだ、暇で仕方ない。

「さて、どうしたもんか」

 動けるのなら何かをしたいと考える性質がルッドにはある。ただぼうっと一日を過ごすなど、何か酷く勿体の無い状況に思えるのだ。

「うん? 暇か? 今、暇だと考えたな?」

 ベッドから起き上がり、服装を整えるルッドに、村長が詰め寄ってくる。しかもどこか嬉しそうに。

「ええっと……朝食をどうしようかと考えるのと同じくらいには………」

「朝食なら、わしが用意してやろう。なんなら昼食も、晩飯もな。ただ、その代わりと言ってはなんじゃが、ちょっと頼みたいことがあってのう」

「頼みたいことですか? 3食分の用意というのは助かりますけれど………」

 さて、頼まれ事とは何事か。この様な天候であるから、家の中で行う事ではありそうだが。

「なあに。村の外について、あれこれと話してくれるだけで良いんじゃよ。こう、村人も何人か集めてな、奇談と言えば良いのか、こういう天候の時は、そんなことを話すのが暇つぶしには丁度良い。商人さんも、それに参加して貰らえればと考えておる」

「ああ、その程度のことでしたら良いですよ」

 むしろ商人としての務めだと感じた。閉鎖的な村であっても、外からの空気と言う物を必要とする。土地が土地だけで完結してしまえば、その場の空気が淀み、何時かは村自体が滅びることもあるだろう。発展性がまったく無い場所というのは、自然の掟により淘汰される。社会よりも大きな規範だ。

 たからこそ、定期的に外からの空気を呼び込むのだ。今回の場合はルッドがそれであり、彼が村内に、村外の話を持ち込む役目を仰せつかったわけである。

(奇談っていうのも面白いね。村人達にとっては聞き慣れた話かもしれないけれど、僕にとっては新鮮かもしれない。そういう話って、直接、この村の文化に繋がる可能性もあるし)

 商人としてよりも、間者としてのルッドが興味を示す。この国の文化を知ることも仕事のうちなのだ。断る理由などどこにも無い。

「そうかそうか。なら、昼ごろから始めよう。この天気じゃから、結構な人数が集まってくるぞ? 皆、家の中でじっとしとるのは嫌じゃからなあ」

 冬は特にそうだろう。そんな中で現れた外界の人間であるルッドは、格好の娯楽というわけだ。

(人が集まるのなら、話す内容もそれなりのを考えておかないとなあ。多分、主役は僕なんだろうし)

 やるとなったら手を抜かない。外界の奇談を語るのであれば、ルッドはこの大陸でも随一だ。なにせ、ノースシー大陸のさらに外からやってきたのだから。

 異文化的で面白い話というのなら、幾らでも用意できる。




 昼食を終えた昼ごろになると、村長の予告通り、村人達が村長宅へと集まり出した。村長は一人暮らしらしいのだが、それでも家は大きく、こういう時のためにあるのかと合点がいく。

「冬に入って何度目だ?」

「今年の冬は天気が酷いからなあ………」

 村人達が集まり、雑談を始めている。奇談を話し合うというのは、村人達の間では良くあることであるらしい。例えルッドが訪れなくても行っていた事なのだろう。

「それにしても、冬場に奇談を話すなんて妙な行事ですね」

「うん? 冬はそうするもんじゃろう」

 ルッドの疑問に、村長は何を言っているのかと首を傾げる。

「いや、こう、奇妙な話や怖い話って、夏場で涼む時にするもんじゃありません?」

「せっかく夏が温かいというのに、涼みなどせんじゃろうに。冬にこそ人が集まって、部屋を暖めるのが奇談の良いところじゃと思うぞ」

 どうにも文化が違うらしい。この村特有の物か、それともノースシー大陸での文化なのか。帰ったら社長に聞いてみよう。

「まあ、暇つぶしになるから文句なんて無いですけどね。天候に関しては、御あつらえ向きですし」

「昼だというのに薄暗い。確かにのう」

 怖い話は暗いところでするのが望ましい。そういう文化は共通らしい。

「さて、皆の衆、良く集まってくれた。これで今季4回目となる奇談講話じゃが、今回はなんと村に立ち寄ってくれた商人さんが参加してくれる。楽しみにする様に」

 集まった村人達に向けて村長が話す。ただ、あまり持ち上げるのは止めて欲しかった。期待が膨らめば、否応にルッドへ重圧が掛かるのだ。

「楽しみにしてるぜ!」

「それじゃあ、最初は商人さんからで」

「他の人の話は聞き飽きちゃったものねえ」

 騒ぐ村人達を見て、ルッドは少し頭が痛くなった。見世物にされている芸人の気分とはこの様な物か。

「えー、わかりました。とりあえずみなさん、椅子に座りましょう。長話を立ち聞きするのは酷ですから」

 ルッドの言葉に村人達が従う。各々の家から椅子を持ち寄っているのか、椅子だらけになった部屋に、多くの村人が座っている。現状、その中心となっているのがルッドだ。

 恐らく、話し手は中央付近の椅子に座ることになっているのだろう。

「ええっと、では、幾つか変わった話をさせていただきます。みなさんは、奇跡という物を御存知でしょうか? この大陸を離れ、ホルス大陸という場所には―――」

 ルッドは自分の故郷であるブルーウッド国やホルス大陸に伝わる奇談を幾つか話した。神憑り的な奇跡の話であったり、動く巨大な人型の話だったり、普通の会話であれば、眉唾物として語られる話であったが、この場においては適当な話である。

 村人にとっては新鮮な話だったらしく、反応も上々だ。時には驚嘆の声が上がる。

(ふふ。外交官仕込みの話術は、こういう時にも役立つもんさ)

 ルッドが話を終える頃には、すっかり場が出来上がっていた。暖炉の火が焚かれようと、薄暗いままの部屋では、神妙な顔をした村人が集まる。

 彼らはルッドの話が終わると、次に話す人間は誰かとお互いの顔を見合わせていた。そうしてそれが暫く続く。

(ちょっとハードルを上げ過ぎたかな? 村人同士なら、お互い知っている話しか持ちネタが無いだろうに)

 外の人間であるルッドの後になると、期待もそれなりだ。この空気を壊してはならぬ。そんな良く分からぬプレッシャーがあるのだろう。

 その空気を感じ取ってか、村長が手を上げた。

「客人が話をしてくれたのじゃから、次はわしじゃろう。と言っても、村人なら誰でも知っとる話じゃがのう」

 村長がそう口にすると、囃し立てる様な声が村人達から上がる。

「よっ、待ってました!」

「村長の十八番!」

「話し方が上手いから、何度聞いても飽きないのよねえ」

 村人にとっては好評な話らしい。満足させる話をした、ルッドへの礼ということだろうか。少しであるが、ルッドは話の内容が楽しみになってきた。

「うむ。では話そうか。これはある村の話じゃ。丁度、わしらが住むこのセイタンの村の様に、冬には雪により道が閉ざされ、白霧に包まれる、そんな村の話じゃ………」

 やはりこの村長、話すのが上手い。だから村長という役を担っているのだろうが、ルッドは出だしから、村長の話に入り込んでしまったのだった。



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