第一話 冬の訪れ
ノースシー大陸に冬がやってくる。その事実はこの大陸に住む人々にとって、生死に関わる問題だ。
秋先ですら、他大陸の人間にとっては冬の寒さを感じる物であり、その先に待つ真の冬は、容易く生命を奪ってしまう。
誰もが分厚い服を着込み、毛皮で出来たコートを羽織る。ただ、それだけでは駄目だ。この大陸の寒さは、服を着込む程度では太刀打ちできぬほどであり、家に籠り、暖炉の火を絶やさないことで、漸くその日一日を過ごせる状態になる。これは人間が弱いので無く、大陸が過酷であるということだ。人間以外の生物だって、どうにか工夫をして、次世代に命を繋いでいる。ただ生きているというだけで生き延びることができぬ大陸なのだ。
「ホロヘイの町は内陸にあるから、まだ随分とマシだけどな。雪は積もるけど、地熱がある程度を溶かしてくれるし」
ミース物流取扱社。そこでは社長のキャル・ミースが、休憩用の椅子に座りながら、この大陸で冬を初めて経験する社員のルッド・カラサに、その過酷さを説明していた。
椅子の前にある机には、ティンベント酒と言う飲み物が置かれており、時たま、社長はそれを口に含む。キャルはルッドよりも年下であるが、この国では、お酒に年齢制限など無い。冬は酒を飲み、体を温めなければやっていけないという実情があるからしい。
一応、自身の適量というものは把握しているらしく、自分を無くすほどに酔っぱらったりはしていない。
「大陸の外周へ近づくに従って、冬は街道が寸断されるっていうのは知ってるよ。そういう場所にある集落とかは大変だろうね」
「大変なんてもんじゃねえよ。もし、秋までに十分な蓄えを用意できなきゃ、人死にが簡単に出ちまうんだ」
ルッドがこの国に来て、初めて立ち寄ったベイエンド港もそうであるらしい。冬になれば、ホロヘイからベイエンドの港への街道は立ち切れてしまう。それでも、あの港は外洋に繋がるため、まだマシな方であろうが。
「ベイエンドよりも北側にある海の近くなんて、そりゃあ酷いらしいぜ。なんでも海が凍るらしいからな」
勿論、海の底までが凍りつくわけでは無いだろうが、船が出せぬ状況になる。内陸への道は閉ざされ、海へ出る船も無くなり、完全に閉ざされた集落となる。生産活動など行えるはずも無く、もし、冬を越せぬ程度の蓄えしか無ければ、ゆっくりと死を待つだけになるだろう。
「けれど、本当の意味で道が無くなるってわけじゃあ無いよね? 海は凍れば駄目になるけど、大陸は雪が積もってるだけで、その上を歩けないわけじゃあない」
「そりゃあそうだけどな。冬の寒さは消えずに存在しているんだ。環境の全部が体から熱を奪ってくるんだぜ? 素人が旅なんてできる状況じゃあない」
「だからこそ商機だと思うんだ。危険な旅だとしても、どうにか商売を試みたい」
何故、キャルが長々と冬の危険を語っているのか。その理由は、ルッドがこの冬にホロヘイの町を出て、商売を行いたいと提案したためだった。
社長の判断は勿論反対。ルッドが大陸の冬を知らないためだと考えたらしく、懇切丁寧に、自分が経験したこと無い様な知識までを語っている。
「あのなあ。わかってんのか? こっちは兄さんの命を心配してるんだよ。はっきり言って、命がけだぞ? そこまで必死になる状況かよ。前の石椀の商売は、一応、成功したんだろ? 儲けは少なからず出たはずだぜ」
「冬を何もせずに過ごせば、最終的に元金が目減りする様な儲けを、少なく無いって表現するのならそうなんだろうさ。けど、そんな調子じゃあ、商人なんてやっていけないと思ってる」
ルッドが以前、ホロヘイに持ち帰り、町の販売業者に卸した石椀は、随分と好評であった。質が良く、道具としても便利で、尚且つ安い。好評で無いわけがない代物で、石椀を卸した先の販売業者には随分と感謝された。今後、その様な商品を優先して卸してくれるなら、買い取り額に幾らか色を付けるという言葉も引きだした。
ミース物流取扱社の名は、誰も知らないという状況よりかは向上したと思う。今後、あの石椀の名声が上がればさらにだろう。
ただ、今回の商売に関する儲けだけを見れば、まだまだ少ない。あくまで宣伝効果を重視した商売であったため、暫く商売をしない状況が続けば、すぐに無くなってしまう儲けなのだ。
(この冬、ただじっとしているだけじゃあ駄目なんだよ。本気で商人という立場で生きるのならば、それこそ命を賭けないと)
これほどまでルッドを覚悟させたのは、勿論、この会社をもっと大きくしたいという欲求があるからだが、また別に大きな理由があった。
「なあ、なんでそんな必死なんだ? そりゃあ、このまま冬を越せば損がでるかもしれないけど、それは仕方の無いことだって思うぜ? あたしは文句ないけどさ」
「必死になる理由? それは………まあ、商人としての意地だよ」
キャルにはそう説明しておくが、些か押しが弱い発言だろう。真の理由は、彼女には話せない。何故ならば、それはルッドの間者としての使命から来る物だったからだ。
(くそっ……絶対に見返してやる)
ルッドはブルーウッド国の間者として、ラージリヴァ国へと送り込まれた。だから、定期的にこの国で集めた情報を、自身の上司へと報告している。
以前の商売に関わって手に入れた情報についても同様で、自分が必ず役に立つだろうと考えた情報を報告していた。
そうして珍しく、報告に対する返答の手紙がルッドに届いたのである。勿論、自身を評価する旨の手紙だと考えていたルッドであるが、実際は大きく違っていた。
カラサ氏へ。ラージリヴァ国での活動には何時も感謝している。種々様々なそれらの成果は、こちらで入念な精査を続けることで、有益な物となっていると伝えて置く。ただ、最近は些か熱心を過ぎるのではないだろうか。こちらには整理できぬほどの物に溢れており、また、中には本当に役立つかしれぬ物も混じっている。この手紙は、今後、仕事を少しばかり減らし、自らの体の安寧に務めることを提案する物である。
こんな内容であった。取り扱うのがラージリヴァ国で手に入れた情報であるというのをぼかした内容であるのは、間者に宛てる手紙らしいと思ったものの、そんなことはどうでも良かった。手紙の内容は、もっと違う部分でルッドの琴線に触れたのだ。
(要するに、馬鹿みたいに情報を送るせいでこっちが大変になってるから、仕事を休めってことだ! しかも、あまり役に立たない情報もあるぞと嫌味を言われた! こんな侮辱があるか!)
これでも、ルッドは間者の仕事を万全にまっとうしようとしてきた。商人として大胆に動いたのも、裏の仕事に少しでも貢献しようという感情の現れだったのだ。
だが、今回の手紙はそれを無駄な努力であると指摘している。その事にルッドは酷い怒りを感じていたのだ。
(ああ、そうかい。そっちがこっちのやることが無駄だって言うのなら、無駄にならない情報を意地でも集めてやるよ。そうして、何時かは立場を逆転させてやる)
ルッドが情報を送り、評価を請うので無く、むしろ向こうから情報を送ってくれと頭を下げる。そんな状況を作り出してやろう。そんな思いをルッドは心に秘める。だかこそ、例え冬であろうとも、この国で積極的に行動したいと望む様になったのだ。
冬で商売をする理由というのも、そういう感情から来る物が大きい。
「冬に行う商売については、幾らか準備のための情報を集めたよ。道が寸断されている様な集落に商品を運ぶ場合は、食糧と燃料、それと幾らかの資材があれば、それだけで大きな儲けが生まれるってさ。野盗に襲われる心配も少ないから、護衛を雇う必要も無い」
「それは野盗だって冬の寒さに勝てないからだろ! ああ、もう! 本気になってくれるのは助かるけどな、なんだか意固地になってねえか!?」
キャルの指摘は正しい。ルッドは激情に駆られて無茶をしようとしているのだ。だが、それを止めるつもりは無い。
これまでルッドは、自分の仕事を軽く考えていた。ただ命令された通りに動けば良い。少し工夫すれば、他者よりも有用な行いができるだろうと。
だが、この国にいる間は、常に自分の立場は揺れ動いているのだ。自分以外の意思によって、容易く自分の立場は崩れ落ちる。そんな状況は許して置けない。少なくとも、自分の意地くらいは通してやりたいと強く願う様になる。もしかしたら、石椀の一件で、自分より立場も交渉の腕も上手な人間を見たことも影響しているのかもしれない。
「僕は商人だ。それも他国からやってきた。この国で一旗揚げるっていうのは、生半可な行動じゃあ駄目だと思うんだよ。そのためには、命を危険に晒してもやるべきこが多くある」
これ以上は問答もできないと考えるルッドは、自分は真剣に提案しているのだと、キャルにだけは伝えたかった。彼女はルッドが自ら望んで担ぎ上げた上司なのだから。
「じゃあさ、あたしも一緒に―――
「駄目だ。君は小さい」
「そんなの、兄さんだってそうじゃん!」
まあ、平均よりも小さいかもしれない。ただ、話はそういう問題じゃあ無い。
「体が出来上がっていないって表現した方が良いのかな? 寒さに関係する生死っていうのは、体温が関わって来るんだ。まだちゃんと成長していないのなら、そういう旅はするべきじゃあない」
ルッドに関しても、まだ体が完全に成長しきっていないと思いたいところであるが、それでも、大人か子供かで言えば、大人よりの体つきになっているだろう。
「じゃあ勝手にしろ!」
キャルはとても怒りながら、最終的にルッドの提案を受け入れてくれた。彼女にしてみれば、部下が自分の両親の様に、帰ってこなくなるかもしれないという恐ろしさがあるのだろう。
「大丈夫、絶対に帰ってくるから。さっきは命を賭けるなんて言ったけど、命を無駄にするなんてことは一言も言ってないからね」
この言葉は真実である。どの様な功名心があったとしても、それは生きてこそ手に入れられる物なのだ。
侮辱された怒りとそれを見返してやろうという強い思いは、そのまま、生き延びようとする力にも変わるはずだった。
ミース物流取扱社には社有の馬車という物が無いため、ホロヘイにある貸し馬車屋で馬車を借りる必要がある。冬に旅をするうえで、防寒用の装備がされた馬車は必須であるため、貸し馬車屋が馬車を貸す際に決めたルートでしか旅ができないということになる。
(と言っても、国の中心都市であるホロヘイからなら、進めない街道の方が珍しいけどね)
ラージリヴァ国では、貸し馬車屋制度が小さな集落にまで浸透している。一つの集落からどこまでも行けるわけでは無いが、ホロヘイほどの町であれば、繋がる道も多数あった。
「馬車が必要ってことは、この季節に旅へ出るつもりかい? なら、良い馬がある」
ホロヘイの町郊外にある貸し馬車屋にて、商売用の馬車を借りるべくやってきたルッド。馬車は今回の旅でもっとも重要になってくる物だろうから、その準備もしっかり行いたいと考えているのであるが、それをするまでも無く、貸し馬車屋の店主側が、あれこれと面倒を見てくれていた。
「普通の旅なら若い馬だが、冬の旅なら少し成長した奴が良いんだ。多少、飯は多く食うが、寒さに強い。雪の上でも十分に歩いてくれるしな」
店主は馬車屋の隣にある牧場から、大きな毛長馬を連れて来た。何時も馬車を引いてくれる毛長馬は、普通の馬よりかは背が低いのであるが、今回、店主が連れて来たのは普通の馬の背丈を越えるだろう。ただでさえ骨太な印象がある毛長馬だが、それがもっと大きくなっている姿は圧巻であった。
「これはまた……力持ちそうですねえ………」
「ああ。それと、馬車はこれを使え。車輪を取り換えやすくなっているタイプだ」
次に店主が用意したのは、防寒用の装備がされた馬車であるが、他にも色々な機能があるらしい。
「車輪の代わりに付けるのが、それですか」
馬車の中には、車輪の代わりに取り付けられるソリが入っていた。雪の上では車輪が滑ってしまうため、こういう装備が必要になってくるらしい。
「一人でも取り付けられる様に、方法を教えて置いてやる。立ち往生なんてことになれば、本当に往生しちまうからな」
笑いながら話す店主であるが、どうにもその親切が妙であった。別にこの店はルッドの顔なじみでは無い。というか、ホロヘイで馬車を借りること自体、まだ回数が少ない。
「失礼ですけれど、どうしてそこまでご親切に? 冬に他集落へ商品を運ぶ場合はどうすれば良いかと他の商人に聞いた時も、あなたの様に詳しい話を聞かせてくれました。単なる気遣いというにしては、過ぎたことの様にも………」
新しく商売を始めるとなれば、障害は多くある物だろう。その商売には既に先行者がいるだろうし、新参者は真っ先に叩かれるのが常の業界だ。
だからこそ、今、誰もがルッドに親切をするということに違和感を覚えた。
「ああ、それね。ま、若い商人なら知らないのも無理ないか。俺達の間じゃあ、冬に物を運搬する仕事の人間は、出来る限りの手を貸すっていうのがルールになってるんだよ」
「それはまた……どうして?」
そういうルールがあるとしたら、ルッドも同様に守らなければなるまい。であるのだが、ルールという物には必ず理由があるもので、その理由が分からなければ、ルール自体も良く理解できなくなってしまう。
「物の流通ってのは、国にとって血液みたいなもんだって言ったらわかるかい?」
「国が豊かになるのは、色んな物が色んなところに存在することが重要ですからね。物自体が存在することも重要ですが、それを運ぶ仕事も重要でしょう」
だからルッドの様な商売をする人間がいる。それは良いのであるが、同業者が多く、利益を出せない場合があるというのが中々に問題であった。
「だが、この国では冬になるとそれが止まる。もし仕事をすれば利益は十分だってのにだ。何故かわかるか?」
「利益と命の危機を天秤にかけて、だいたいが命を選びますからね」
商売とは同業者が多ければ多い程に仕事が難しくなる。一方で、もし行う者が少ない仕事であればどうなるか。例えばの一つが現在の状況だろう。
「そうだ。困るのは街道を絶たれて物資のやりとりができない集落の連中でな。ホロヘイの町だって、冬は節制に勤めなきゃあ物資に滞りが出る始末だ。だから、冬に物を運ぶ仕事をする奴は、出来得る限りの親切をするってのが、この国のルールになった。物の運搬方法に新しい何かができるまで、このルールは続いていくのさ」
それだけ、冬の輸送仕事が過酷だということだろうか。まさか商人に無理矢理命を賭けさせるというのも無理なため、今の風習になったのかもしれない。
「単純な疑問なんですが、誰かに強制労働させるって手は無かったんでしょうか」
「誰にだ? どっかから人を攫って奴隷にでもするのか? そんな奴に物資の管理も任せるか?」
まあ無理だろう。扱うのが商品であるため、商品に関する知識を持った人間は必須だ。そして、そういう人間は強制労働をさせられない。
「事情は十分に分かりました。なら、親切ついでに聞いて置きたいことが」
「なんだ?」
「あなたから見て、僕は冬の旅を成功させられそうですか?」
経験が上の人間に対して、自分はどう見えるのだろうかと気になっての問い掛けだ。別にこれでどんな答えが返されようとも、旅を中止するつもりは無い。
「5分5分ってところだな。まあ、悪い目には見えねえよ。生きようって気概はあるみたいだしな」
旅をするには上等な部類の人間だということだろうか。先に待つのが困難であるならば、どちらとでも取れる言葉は良い方向に考えた方が良い。ルッドはそう思うことにした。
準備を終えたルッドは、さっそくホロヘイを発った。大きな毛長馬は力強く馬車を運び、ホロヘイの西へと進む。
(向かうのはホロヘイの西海岸。道が寸断される地域の中では、一番ホロヘイから近い場所って話だ。妙な言い回しになるけど、命の危険が一番少ない危険な道ってことになるんだろう)
ホロヘイから大陸の西海岸へと真っ直ぐ進めば、ニイヅカという村があるらしい。漁業を生業としているが、冬になると海が凍り、雪で街道が閉ざされる。まさにルッドが向かう必要のある場所ということだろう。
(この国の冬がどういうものか。今回の旅が成功すればそれが理解できるはずだ)
少しでもこの国を理解して行く必要がある。いったい何がこの国の情報として重要な物なのか。それらは国への理解を進めることで漸くわかることだろう。
(さて、そろそろ雪が深くなってくる頃か)
ホロヘイの近くに存在するゴルデン山が見えなくなる頃、地熱による温かさが無くなり、降る雪が解けずに積もる地域へと変わって行く。
ルッドは時たま滑り、空回りをする馬車の車輪を外し、ソリへと付け替える準備をすることにした。
これが中々に重労働であった。一人でも付け替え可能とは聞いていたが、疲れずにとは説明されていない。ソリは馬車を支えるだけの頑丈さがあるため、重量もそれなりだ。外す車輪もまたそうで、それらを移動させるだけで息が切れる。
さらに、外れぬ様に馬車へソリをきつく取り付けなければならない。重いソリを固定しながらの作業であるため、力を常に使い、尚且つ集中力がいる。取り付け作業だけで半日近く掛かり、終わった後は、一日野宿をしなければならぬほどに疲労していた。
(あー、さっそく危険がやってきたね。きっちりと防寒しないと、今日の夜にお陀仏だ)
重労働のおかげで体は温まっているものの、すぐに流れる汗が体温を奪い、寒さがルッドを凍えさせ始めるだろう。そうなれば終わりだ。十分に野宿の準備ができなくなり、そのまま凍死か衰弱死する。人工物に住まぬ人間とは、非常に脆く儚い生命なのだから。
「ああ……くそ………まだ休めないぞ、これ」
重い体を尚も動かし、馬車の中で火を焚く準備をしていく。野宿も可能な作りの馬車を借りており、中でなんと火を焚ける。燃料だって十分用意してあるため、この準備が終われば、とりあえず凍死の心配は無くなるだろう。
だが、そこで終わりでは無い。旅において、自分の命の次に大切になって来るのは移動手段である。
馬車を引く毛長馬の無事も、しっかり配慮すべき物だった。毛長馬は寒さに強いものの、だからと言って、ただそのままにしていれば、この動物とて体力を消耗する。
まずより寒さに耐えられる様、背中に厚い布を乗せてやる。動いていればすぐにずり落ちる物であるが、休んである間はこれを着せれば、それだけで並みの寒さなら耐えるだろう。
そうして飼料も用意する。毛長馬は草食であり、大半の植物なら食せる逞しさを持っていた。天然のままに大陸で生き延びた生物の強さというやつだ。
ただ雪が積もる地域では、冬に自生する植物はぐんと少ない。毛長馬の飼料が手に入り難いというのも、冬の旅が困難になる理由の一つだった。
(さて、それでも出来る限り植物が多そうな場所を探してと………)
積もる雪原の中から、見え隠れする木の枝を見つける。その近くが野宿場所だ。毛長馬は自前の牙で雪を掘り、雪の下から自分の餌となる植物を見つけるだろう。それで、多少の飼料は節約できる。
ただ、それでも成体に近い毛長馬の餌には足らぬため、馬車の中から事前に用意した餌を取り出す。
(馬車の都合上、量は用意できないから、質で勝負ってことらしいんだけど、こんなので大丈夫なのかな?)
ルッドは馬車から、箱に入った泥の様な物を取り出す。毛長馬の栄養になる様な飼料を固め、煮込み、ドロドロにした物で、少量でも毛長馬の体を維持できる餌になるのだそうだ。
(問題は、これだけじゃあ馬が嫌って食べないってことなんだよねえ)
泥を好んで食べる動物というのも少ないだろう。だから、毛長馬が掘り出した餌に混ぜて、この泥を食べさせる必要がある。
「お、さっそくやってる」
この場で今日は休むというルッドの意思がわかるのか、雪を掻き分け、細い木々を掘り出すと、それを根っこごと引き抜いて、咀嚼し始める。本当に逞しい。
「この木に、この泥を塗れば良いのかな?」
このまま木の一本を喰いきってしまいそうな勢いであるため、さっさと木の先端付近に泥を塗りたくった。早くしなければ、泥を塗る自分の手までも食べられてしまいそうだ。
こうして、今日の夜を過ごすための準備をとりあえず終えたルッド。空を見ると、常に雪が降り続けており、その勢いは、視界が真っ白になるのではと思う程であった。