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北風の道  作者: きーち
第四章 芸術家の道
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第六話 芸術家の祭典

 次の日の朝、ルッドがギリーブの工房に向かってみると、そこではガーベイト一家がさっそくミルトスンの樹液を石椀の加工に使う作業を行っていた。

「早いですね」

「樹液が来るのが早かったからな」

 手足が勝手に動いているかの如く作業を続けるギリーブが、ルッドの問いに答える。話す余裕というのがあるのだろう。

 一方で、彼の息子であるバンダックは、ギリーブと同じことをしているはずだが、目の前の作業に四苦八苦している様子だ。

「答えは見つかったんですか?」

 邪魔するつもりは無いのであるが、石椀の価値について、ルッドはバンダックに尋ねてみたくなった。キャルの答えが面白い物であったので、彼もまた何かしら答えを出したのだろうかと思ってお行為だった。

「いや、悪いんだけど、目の前の作業に集中することにするよ。変に頭を悩ませて、肝心の仕事が駄目になったら意味が無い」

 それだけルッドに告げると、バンダックは黙々と作業を続ける。

「だとよ。まあ………良いんじゃねえか」

 バンダックに見せぬ様にしたギリーブの表情は、どこか嬉しそうではあった。まずは出来る事から。バンダックが出した答えはそういう物なのだろう。それは確かに職人としての生き方だった。今、ここで石椀の価値を見出せなくても、何時かは気付くことができるほどに成長するのだ。

「石椀の作り方は、バンダックさんが受け継ぐことになるんでしょうね」

「とりあえずは、俺の技術を全部教え込むつもりさ。筋は悪くねえんだよ。筋はな」

 今のバンダックを見れば、才能に溺れぬ程度に苦労も重ねている。きっと、良い石工職人になるだろう。

「そう言えば、領主のグゥインリーさんが直接来たそうですね」

「ああ。前に会った時の謝罪も兼ねてって話だが、ありゃあ石椀を自分の目で見に来たんだろうな」

 例え会い難い相手でも、大きな問題があるのなら、領主はそれに目を瞑って行動する人間だ。謝罪をしたというのは、本人はまだ納得していないだろうが、ここらへんで手打ちにして、噂の石椀を見せてくれと頼みに来たに違いない。

「なんて言ってました? 領主様」

「こいつをどう売って行くかについては、幾らか助言をさせてくれだとよ。まあ、商売事に関しちゃああっちが上だ。俺はそれに従うだけさ」

 ギリーブの工房自体、領主の管理を多く受ける場所らしい。半ば公用の工房になっているのかもしれない。

「暫くは売る相手も厳選する様に言われちまった。お前さんだけは、事前に決めた量なら売っても良いとのお墨付きだと」

 これにて交渉での取り決めは守られたということだろう。あとは石椀をホロヘイで売るだけだ。

「有り難い話です。ギリーブさんの方も問題ありませんよね」

「ああ。石椀の売買は、こいつを領主にねだる役をする代価だったからな」

 ミルトスンの樹液が溜まった器をギリーブは見ている。ミルトスンの樹液は、若干黒ずんだ半透明の液体であった。それを植物の繊維で出来ているのだろう固いブラシで石椀に塗りつけるのだ。

 結果、石椀は黒い色に着色され、石椀自体の窪みによって色に偏りが出来る。最終的には何とも言えぬ色合いとなった石椀を乾燥させて終了だ。

「仕方ないんでしょうけど、石椀毎に色合いが違う様になるんですね」

「着色は一期一会。良い物もあれば悪い物もあるが………俺に言わせれば、それが芸術ってやつさ」

 何度か見るギリーブの笑顔だったが、今回のそれは、どこか浮かれた物であった。職人気質な彼であるが、その技術のどこかに芸術家としてのそれがあるのかもしれない。

「けど、どの石椀も、なんだか綺麗ですね。色付けされたからかもしれませんが、こう、視界にすっぽりと収まる様な、独特な良さが伝わってくる」

「ふっ。わかってるじゃねえか。目利きを鍛えるつもりなら良く覚えとけ。それが機能美って奴だ」

 使い勝手やミルトスンの樹液が良く乗る様に考え抜かれた削り方。勿論、石椀としてのバランスもある。それらが合わさることで、どうしてだか見るだけで好ましく思える形状になった。

 職人芸の、芸術の神秘という奴だろうか。

「案外、品評会でも評価されるかもしれませんね。これ」

 言葉にできぬ面白さを石椀から感じる。それこそ、芸術という物なのかもしれない。




 ルッドがギリーブの工房に向かっていた頃、ミース物流取扱社の社長、キャルは、別の工房へと足を向けていた。たが、その足取りは重い。

「………もしかして、嫌な仕事を任されただけじゃねえか?」

 キャルは遂にその工房を視界に収める。無茶苦茶な形をした石像達。そのどれもがキャルを脅かしてきそうで怖かった。

 人の感情を逆撫でするのも芸術だとしたら、たしかにこのウィソミン・ホーニッツの工房は芸術的なのかもしれない。

「やあ、良く来てくれたね、お嬢さん。例の感想を聞かせてくれるのかな?」

「………なんで待ってるんだよ」

 今日、何時来るとは伝えていなかったはずだが、どうしてだか工房の入口には、ウィソミンが立っていた。

 おかげで工房近くで怖気づいて逃げ出すこともできない。

「待っていたなどと………単に品評会用の石像がとっくに出来ているから、暇で家の周りを徘徊しているだけさ!」

 自身の工房をぐるぐる周る姿は、近所の人間にとって、さぞかし近寄り難い存在に見えることだろう。彼の様な人間がキャルの近所に住んでいなくて良かった。

「で、石椀の感想を伝えに来たんだけど、このまま帰って良いか?」

「可笑しなことを言う。まだ何も伝えて貰っていないんだが」

 だから話し合うこと自体が嫌なのである。まあ、これも仕事だから仕方ない。自分だって、彼に石椀の感想を伝える約束で、彼が品評会に出す予定の石像を見たのだ。今さら悔やんでも遅い。

(もうちょっと、あれこれ考えてから行動しろってことか。うう……兄さんも似た様な忠告をしてたなあ)

 物事は勢いに任せて進ませれば良いというのがキャルの考えだったが、自分の保護者みたいな存在になっているルッドは、その考えを良く注意してくる。

 例え勢い任せに行動するとしても、先のことを考えようとする努力を怠ってはならない。それが商人として生きることだと、何度も説明された。

「んじゃあ、あの石椀を見た感じの印象を話すけど、どんなだって文句は言うなよ。あたしだって、良くわかってないんだ。あれは」

「へえ? やはり単なる石椀じゃあないということか」

 なにやらウィソミンは面白そうに笑っている。ただ、キャルが話すのはそれほど面白い話では無いはずだ。昨日、ルッドに伝えた通りの言葉をウィソミンに話す。ルッドがそう話せば良いと言っていたのだから、そうするだけだ。

 結果、面白そうにキャルの話を聞いていたウィソミンが、急に渋い顔をする様になった。何か不機嫌になる様なことを言っただろうか。もしそうであるならば、きっとルッドの責任だ。そういうことにしておこう。

「……何故だ」

「何故って……何が?」

 ウィソミンが呟くその一言が良く分からぬキャル。もしかしたら、ウィソミンはこちらの言葉が理解できなかったのかもしれない。なんだか一般人とは思考方法自体が違うみたいだし、言葉が通じない可能性が万一にでもある。

「おかしいだろう。どうして、僕でなく彼なんだ。確かに彼は僕より年長者だ。だが、僕はこの道に心血を注いでいる。その思いは誰よりも強いんだよ! 事実、行動もしている! なのに―――」

「意味わかんないんだけどさ、ギリーブのおっさんが作った石椀が凄くて、嫉妬してんのか?」

「違う! そうじゃあ………いや、確かにそうかもしれない。だが、それは彼個人や出来た物に対してじゃあ無く、この世界に対してだと言っておこう!」

「ますます意味わかんねえ………」

 芸術家というのは、こうまで良くわからぬ生き物なのだろうか。まだ、先日に会ったギリーブの方が理解できる人間だと思う。

「神は僕を見放したか! 祝福は他者にこそ与えられるのか! だが、かならず反逆してやるぞ! そう! 僕はこれから悪魔になる!」

「熱くなってきているところ悪いけどさ、単に運の問題だと思うぜ? あたしはさ」

「運? やはり神の悪戯による結果か!」

「いや、そうじゃなくてさ。必然的な運っていうか……ああ、まとまんねえな」

 自分の語彙の無さに苛立ってしまう。それでも、今ある知識で相手に伝えるしかないのだ。自分は目の前の芸術家の様に、才能など無いのであるから。

「あんたが、まあ、一生かけて芸術の道を志したとして、せいぜい50年とか60年とかだろ? どれだけ才能があっても、腕を試せるのはそれだけの期間。けど、向こうは何代か家を遡っても石工職人で、これからもきっと続いていくんだよ。中には才能があったり無かったり、色んな奴らがいるんだぜ? そりゃあ、運だって向こうに回ってくるよ」

 単に数の問題なのだ。才能に恵まれた個人より、代々続いた家系にこそ機会が舞い込んでくるというのは、ある意味では必然であろう。

「………新参者には厳しい世界だと、そう言いたいのかい?」

「どんな世界だってそうだろ」

 キャルだって、商人の世界では新参者だ。今回の商売も、父が残した資料を元にルッドが考えて、漸く儲けを出したのだ。そうして、その儲けを出したルッドが、今回は運が良かったと言っている。

 親が残した物と、無い経験を絞って考え出した商売に、運を足して、漸く儲けを出せるのである。世の中は理不尽だし、才能と努力だけで頂点に立てるほど、生易しくも無い。

「けど、道なんてのは諦めきれないから道なのさ。あたしは自分の道を歩くことだけは後悔していないよ。だって、なんだかんだ言って面白そうだからな。自分で選んだ道だって言うのもある」

 例え先に待っているのが、他者よりも劣る結果だとしても、面白いから止められもしない。自分の道を進むというのはそういうことだ。

 そんなキャルの言葉を聞いて、今度は笑い出すウィソミン。

「はは! まったく、その通りだよ! そうだったね、僕が芸術を志したのは、自分の空想を現実にするためであって、それを誰かに評価してもらいたかったからじゃあない!」

 ウィソミンのその言葉だけは、何となく意味が分かった。ただひたすらに芸術の道を進む。そのために生きているのであって、他人の評価など二の次なのだ。

 そして、そんな彼であっても、芸術で飯を食っている。そりゃあギリーブの石椀よりかは劣るかもしれないが、世間の評価は彼の方が芸術家として優っているのだ。神様は気まぐれであるが、大半の人間には祝福を与えていたりするのである。




 遂に品評会当日となった。村の中心地にある広場では、数多くの石像や石の工芸品が展示され、色とりどりの垂れ幕や灯りで飾られている。

 人もそれらに劣らず多く集まっており、工芸品の作成者、宣伝人、それらを見学に訪れた村人や観光客で、広場、いや、村中が人でごった返していた。

(というか、村人の人口よりも多いんじゃあないか? 結構、有名なお祭りなんだ、これ)

 ルッドは広場に集まる観光客の一人となって、展示された工芸品達を見て周っていた。目当ては勿論、ギリーブの石椀であり、どの様な評価がされているかを探りに来たのだ。

「うげえ、なんだか苦しくなってきた」

 同行するキャルが、人ごみにうんざりしたらしく悪態を吐く。ルッドも人ごみというのはあまり好きでは無いのだが、今回は商売の先行きが関わって来るため、この場を離れようとは思わない。

「通りには露店が並んでるから、そっちに行ってたらどう? 向こうにも面白い物が売ってるかもしれないし」

 今、町にいる露天商の多くは、町の外から来た人間だろう。つまり、ルッド達と同業者であるというわけだ。それらを観察するのも、悪い経験にはならぬだろう。

「いや、暫くは兄さんに付いてる。そっちの方が勉強になるかもだしな」

 商売に熱心になってくれて助かる。どんな心境の変化があったのやら。良い傾向だとは思う。面白くも感じないだろうに、必死になって工芸品を観察する姿からは、彼女の努力が伝わってきた。

「やっぱり、一番人気はウィソミンさんの石像か」

 広場内でもっとも人の目を惹き付けているのは、事前人気の通り、ウィソミン・ホーニッツの女性像だった。

 彼の石像を一目見た人間が、何時まで経ってもそこから離れず、結果的に多くの人間が周囲に集まる結果となっている。これで宣伝や客引きなどはまったく行っていないのだからさすがである。

 ちなみに石像の近くにはウィソミンが立っているのであるが、何故かその周囲には人がいない。一種の空白地帯となっていた。怪しい人間には近づかない。誰だって親から教えられる大事なことだ。

「あれは実際に凄いからな。誰かが買い取るなんて言ったら、奪い合いになるんじゃあないか?」

 キャルの感想は実に商人的な物だと思う。ルッドも似た様なことを考えていた。まっさきに買い取って、後で値段を釣り上げたりしても、それなりの額で売れるのではないだろうかと。

「ま、本人が売らないかもしれないし、売ったとしても、僕らより経験豊富で目利きのある商人が買い取ることになるだろうね」

 誰しもが予想できる儲け話であるのなら、それこそ経験が物を言う世界になってしまう。そうなれば、ルッド達に勝ち目など無いだろう。そもそも、あれだけの石像を買い取る元手が無かった。

「石椀の方はどうなんだ? やっぱり、人だかりが出来てるとか?」

 背の低いキャルは広場中を見渡せないため、同じく広場で展示されている石椀の様子が良く分からないらしい。

 その場で跳ねているが、それでも他の人だかりを飛び越すには至らない。

「あー、うん。あんまり好評じゃあ無いかも」

 ルッドはキャルの手を引いて、石椀が展示されている区画まで歩く。そこに近づく程に歩きやすくなるのは、それだけ人が少ないということであった。

「あ、やあ。君らはちゃんと来てくれたみたいだね」

 ルッドを出迎えてくれたのは、バンダック・ガーベイトであった。彼はどこかホッとした様子をルッドに見せてくる。

 ギリーブの工房はそれなりに権威があるらしく、広場で目立つ位置に石椀を展示できていたのだが、それでも人が寄り付かない。そのことにバンダックは焦りを感じていたのだろう。

 知り合いとは言え、人影が展示場所の近くにいることで安心しているのだ。

「あんまり状況は芳しくありませんか」

「そうだね。なんというか、良い案だと思ったんだけどなあ、これ」

 バンダックは石椀と、その近くに立てられた看板を見ていた。看板には幾らでも触って下さいという文章のみが書かれていた。

「壊れにくくて、しかも軽いっていう石椀なのは、触ってくれたらすぐに分かるんだけど、どうにもそこまでがね………」

 傍から見れば単なる石椀だ。ルッドはその石椀の見た目に、どことなく魅力を感じているのであるが、それもじっくり見なければ分からぬ物である。人が常に流動的なこの広場では、その良さを発揮できない。

「まいったなあ………これじゃあ、当初の予定が少し狂うかもしれない」

 この品評会にて、少しでもギリーブの石椀が評価されなければ、その後の商売にも陰りが差してしまう。勿論、それくらいの陰りでは、この石椀の価値は減じ無いだろう。それでも、石椀の価値に一般人が気付くタイミングが遅くなるはずだ。

「問題はそれだな」

「うわっ……りょ、領主様? なんでここに!」

 石椀の展示台の裏から、ぬっと領主であるグゥインリー・ドルゴランが姿を現した。そのことに驚くルッド。何事かとバンダックを見ると、彼は苦笑を浮かべていた。

「なんだかね、随分とこの石椀を買ってくれているみたいで」

「ああ。私が近くにいれば、なんでも無い石椀でも、それなりに人目を惹くだろうと思ってわざわざ来たのだが………」

 どうやら領主もルッドと同様に、この石椀が評価されることを望んでいるらしい。しかし、そんな行動も上手く行っていない様子だ。

「想像以上に、ウィソミン・ホーニッツが作った石像が良い出来栄えだ。皆の関心があちらに向いている」

 領主はウィソミンの石像に視線を向ける。それは他の人だかりの視線とも同様で、丁度、石像と反対位置にある石椀は、多くの人間の死角に存在していた。

「あっちも、やっぱり一流なんだぜ、きっと。こっちとはまた違った風にさ」

 キャルは随分とウィソミンの石像を評価しているらしい。確かに、今の広場の状況を見れば、それは間違いではあるまい。

「………領主様がいるのなら、こっちにも手段がある」

 ルッドは品評会が終わるまでの間に、なんとかこの状況を打破しようと策を練る。

「私が何か? その手段を使えば、この石椀が評価されるというのなら、貸せる分の手なら貸すよ」

「なら、幾らかの石椀を、ここで使うことを了承してください。バンダックさん、僕に売るための石椀なら、幾らか出来上がっているんですよね?」

「あ、ああ。十何個って感じかな? もう少しあるか。工房で父さんが現在進行形で作ってる」

 ならば好都合だ。あとは領主の許可だけである。

「とりあえず、何をする気かを聞いても良いかな?」

「ちょっとした余興です。キャル、ごめんだけど、レイナラさんを探してきてくれないかな? どうせ露店を周ってると思う」

「酒を片手にな。わかった。ちょっと探してくる」

 すぐに走り去るキャルの背中を見てから、ルッドは領主へ振り向いた。

「じゃあ説明しますよ。上手く行くかどうかは、領主様の腕も関わってきますから、覚悟してくださいね」

「なんだなんだ。大層な話になってきたじゃあないか」

 その言葉とは裏腹に、領主は楽しそうに笑っていた。お祭り騒ぎを純粋に楽しんでいるのか、それとも、ルッドの考えに興味があるのか。笑いの意味は判別が付かないものの、ルッドがやるべきことは一つ。石椀を広場に集まる人だかりに見せつけることだった。




 レイナラを呼び寄せたルッドは、さっそく行動に移る。彼女からは露店で飲み物を扱う店の位置を聞き出した。

「ここと……ここ。あ、確かお酒は扱ってないけど、ジュースみたいなのをこの店は売っていたわよ」

 村の地図を指差してレイナラが答える。この情報を彼女から聞き出したルッドは、次に、彼女の手に石椀を渡す。

「レイナラさん。この石椀を持って、さっき示した露店をまた周って来てください。顔色からして、まだ余裕があるでしょう?」

 まだまだこの女は酒を飲めるはずだ。ルッドはそんな失礼なことを考えていた。

「え、ええ。良いけれど、飲み物はこの石椀に入れれば良いのよね?」

 その通りだ。彼女には石椀を使って、村を歩き回って貰いたいのである。次に同じことを領主にも頼む。

「領主様も、なんとは無しに品評会に顔出ししたが如く、村中を歩いて下さいね。あ、石椀の宣伝は決してしないこと。単なる道具として使っている風を演じてください」

「いろいろと難しいねえ。まあ、村の主要人物には顔出しをしておくつもりだったから、それでも良いか」

 そう言って領主は石椀を受け取り、そこに飲み物を注ぐと、石椀の展示台から去って行った。

「それじゃあ、余りの石椀は3等分すると」

「わかった。これくらいなら持ち運べるぜ」

 それぞれ、バンダック、キャル、そしてルッドが持ち歩くことになる。勿論、数があるため、それをそのまま道具として使うわけでは無い。

「君らはそれを、飲み物を扱う露店の近くで配布するということで良いのかな?」

 バンダックがルッドに尋ねて来る。

「そうですね。お祭りだから無料でってことになりますけど」

「先行投資ということか。君に売る石椀の量は少なくなってくるかもだけど、それは構わない?」

 ルッドの提案は、石椀を少しでも多くの人間に使って貰うという物だった。石椀の良さとは、即ち道具としての良さである。展示には向かない。使ってみて、または使っているところを見て、初めて石椀の魅力が伝わるのだ。そのためには、幾らか宣伝用の石椀をバラ撒く必要があった。

「この石椀が評価されなければ元も子もありませんからね。安心してくださいよ。すぐに、この展示台に石椀を取りに来る人間が増えるはずです」

 バンダックが持つ分の石椀はそのためにこそある。品評会内で石椀の利便性が広まれば、この展示台の石椀がそれであると気付く人間が増えるだろう。そうして、わざわざ展示台まで石椀を取りに来る人間が出始めたのなら、その時点でルッドの作戦は成功だ。


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