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北風の道  作者: きーち
第四章 芸術家の道
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第五話 石椀の価値

「………駄目だな。さっき、自分で言っていただろう。私にはギリーブの石椀を管理する義務があるとな。それをさっそく破るわけには行かない」

 領主の言葉は、ルッドにとって当然と思われる物であった。

(あの石椀の価値は、僕自身が良く知ってる。生み出される利益もかなりのものだ。そんな商売に、ただの小僧が参加させてくれと頼んだところで、断られるのが常なんだろうさ)

 幾ら話を持ち込んだのがルッドとは言え、部外者であることには変わり無い。そんな怪しげな人物に、重要な物事を任せるものか。

「というか、きみはあれだろ、この国の人間じゃあ無いだろう」

「……やっぱり、分かる物ですか?」

「ああ。矯正している風ではあるが、時代遅れの言葉や片言に近い物言いが偶にあるな。言葉の言い回しも、どうにもこの国を他人目線で見ている。正直に言わせて貰えれば、信用できん」

 そりゃあそうであろう。自身がこの国の人間で無いというのは、それだけで信用を低くしてしまうのだ。

 これまではその信用に関わる仕事はあまりしてこなかったが、これから、目の前の領主の様な人物と交渉をする場合、かなり不利な特徴となってしまうだろう。

(出来得る限り、この国の言葉を違和感なく話せる様にならないと……ただ、今、この場においては、その欠点も飲み込んで交渉をしなきゃあならない)

 万全の態勢で挑める勝負など殆ど無い。今ある物だけで利益をもたらせなくて、何が商人だ。

「確かに、僕はこの国の人間で無く、ブルーウッド国という国から船により海を越えてやってきました」

「最近、国交を結んだ国だね。航海技術に力を入れ始めたらしく、この大陸へ渡航するための安定した海路を発見したとか。まったく、頭が下がる行いだよ。この国は他大陸とは没交渉であることの方が多いのだから」

 大凡、こちらの国の状況は把握しているらしい。直接、外国と接する機会が少ない地方だろうに。情報が届くのが早いのか、それとも集めるのが上手いのか。

「僕のこの国での目的は商売です。祖国では見習いの商人でしたが、この国で一旗を上げたいと考えています」

「さもありなん。若い人間は未知の場所へ赴いた時、大胆さと夢を手に入れる物だ。だが、その多くは幻想だよ。未知というのは、その本人だけの物で、その土地に住む人間からすれば、君らは余所者で、土地のルールを良く破る」

 ルッドとてそうでないかと領主は尋ねている。確かに、この国の風習について、ルッドはそれほど詳しいわけでは無い。ブルーウッド国で事前に幾らかは学習したものの、現地に赴いて見なければ、国の決まりごとなどは理解できないのが本来であろう。

「この国で、自分を雇ってくれる組織を見つけました。それがミース物流取扱社です。僕は是非にもこの会社に貢献したい。まだ小さい組織ですが、だからこそ、自分の力を発揮できる」

「涙ぐましい努力だ。だが、それらはすべて君自身の利益だな。自分の事情だけを話して、他人に物を頼むというのは、些か傲慢に思われるが」

 領主の言葉には敵意が混じり、それを隠そうともしない。先ほどまでの気さくな態度と比べれば大きな変化であるが、終始一貫した姿勢があることをルッドは見抜く。

(常に僕と言う人間を推し量ろうとしている。気軽に話を始めたのも、急に辛辣な言葉を口にし始めたのも、そのためか?)

 ならば、ルッドは自身の価値を領主に示さなければならない。そのために領主の言葉を引き出したのだ。頼みごとをするには、何か利益を提供しろという言葉を。

「確かに、あなたの管理に口出しをするというのは不遜な行為でしたね。分かりました。石椀に関する今後の商売については手を引きます」

「ああ。そうしてくれると助かるね。ある程度、市場が安定してくれば、一般の商人でも扱える様になると思うが………で、どうするつもりだい?」

 これで終わりというわけでは無いだろうと領主が笑う。これまでの柔らかい微笑みでは無く、性根に幾つもの厭らしさを持った人間が浮かべる、口蓋を薄く釣り上げた笑いだった。

「実は今回、あなたからミルトスンの樹液を譲り受けた場合、ギリーブ氏の工房にある例の石椀を、幾らか売って貰う契約をしています」

「ふん? それくらいならば……いや、何も無しに売り買いを許可すれば、それだけで管理の枠から外れてしまうことになるな………」

 領主が少し考える仕草をする。これは相手の隙か、それともわざとであるのか。ただ、ルッドが次に口にする言葉は決まっていた。

「当然、この契約があなたに負担を強いることになるのは承知しています。しかし、やっているのは少量の石椀を取り引き道具とすることですから、その分の見返りと言えば良いのか、それくらいなら僕でも用意できると思いますよ」

 これこそルッドの望む事であった。石椀の価値が分かった時、ルッド個人では扱いきれぬ物品であることも同時に判明していた。

 ならば、その管理は領主に一存するしかあるまい。ただ、工房内にある石椀くらいなら、ルッド自身の利益になる様に扱うことはできる。だからこそ、その分の石椀を正式に商売道具にできるよう、領主から許可を引き出す事が、ルッドの目的となっていた。

「見返りと? 言っておくが金銭の問題では無いよ、それは。そんなもので動く私じゃあない」

 勿論だ。権力者とは金銭の上にいる人間である。権利や権益というのは、どれだけの金銭を積んだとしても手に入り難い物であり、一方でその逆は容易いということが、その事実を証明している。

「見返りは、あの石椀の宣伝になりますね。石椀について、僕があなたに従うのであれば、管理された宣伝ということになりますが」

「……石椀を管理すると言っても、価値を周囲に知らせる必要はあるだろう。品評会だけではそれは不足かもしれない。その不足分を、君が補填してくれると?」

「僕は品評会が終われば、ホロヘイの町へ戻ります。そこで少量の石椀を卸す。宣伝文句は、軽い! 壊れにくい! 新しい時代の石椀! なんてどうでしょう」

「とりあえず、その宣伝文句については横に置いておくことにしよう」

 何故だろう。思ったより不評だったらしい。まあ良いか。

「あの石椀は確かに良い物です。使えばその価値が誰だってわかるはず。ホロヘイの町で石椀が認知されれば、それはおのずと国中に広がると思いますよ。宣伝としては十分です」

 これが領主に渡せる見返りだ。まさか領主自らが石椀を宣伝するわけにはいかないし、部下に任せるというのも可笑しな話だろう。

 大凡、無関係だと言える商人が、勝手に商品の宣伝をしてくれることが、自然な宣伝となって効果的だ。

「宣伝のための必要物品。君が手に入れる石椀をそう解釈すれば、確かに石椀の管理に不備は無くなるし、君も石椀を少量であるが扱えると……だが、君が手に入れる益はなんだ? ギリーブの石椀は大量に扱ってこそ利益の出る物だ。需要はあるだろうが、一つ一つを売る際に出る利は微々たる物だろう」

 宣伝の手伝いをして、手に入れる物はそんな物で良いのか。商売自体は管理するというのに、一方で相手の謙遜には遠慮する。なんとも遣り難い相手である。その実、ルッドのやり口を探ろうとしているのだろうが。

「僕……というより、僕が属する組織が得るのは名声ですよ。ミース物流取扱社は、残念ながら今のところ、社員以外はその名をまったく知らない状況でして」

「そうだねえ。名乗られて申し訳ないのだが、私もさっぱり知らぬ会社だ」

 設立して一週間程度しか経っていないのだから当たり前だ。むしろ知られていた方が恐ろしい。

「そんな会社が、これから流行るであろう新式の石椀を、前もって購入、出荷していた。なんて事実は、うちにとっても恰好の宣伝になるとは思いませんか?」

 商人にとっての宣伝とは、取り扱う商売が他の先を行っているという事実であろう。他者より先見の明がある。そういう噂が広まれば、自ずと仕事も集まってくる、かもしれない。

「………上手いこと話を纏めたじゃあないか。なるほどね。確かに君が提案した通りに事を運べば、私と君、両者共に中々の利益を得られる」

「では………」

 話が纏まって、それを覆す雰囲気が無い以上、ルッドの提案は現実の物として進むことになるだろう。

 その事実が、ルッドに気を抜かせた。思考を放棄はしていなかったが、考えを目の前の交渉以外に向けてしまった。その隙を領主は見逃さなかったらしい。

「君が得る利益は、それだけじゃあ無いだろう?」

「うぇっ!?」

 しまった。酷く間抜けな声を上げてしまった。ルッドの反応に領主が笑う。本当に愉快な物を見たかの如く。

「良し! 一本取れたな。若い癖にそう畏まるんじゃあ無い。しっかりし過ぎていて、逆に怪しく見えるじゃあないか。君くらいの年ごろなら、幾らでも隙を見せるべきだ」

 どうやら、ルッドが動揺する姿を領主は見たかった様だ。それ以外の意図は無く、交渉をこれ以上、長引かせるつもりも無さそうであった。

「変な事を言わないでくださいよ。他に何か目的があったわけじゃあ―――

「いや、私との人脈でも作りたいなんて裏くらいならあるんだろう?」

「………鋭いと言うか、ずけずけと言い難い事を口にすると言うか」

 まさに、そういう下心があって、ルッドは領主宅までやってきたのである。ただ、そういう意図は表立って言わないのが普通だ。他人が聞けば不機嫌になるだろうし、自分にとっても恥になる。

「ははは。そういう人間を良く相手にしているからね。初対面で私に直接会いに来る人間なんて、大体はそういう目的を持ってやってくるんだ。君がそうでも、別に構わないよ」

 領主本人が構わなくても、こっちに引け目が生まれてしまう。領主の意図通りなのかはわからぬが、もうこの空気では、交渉事を進めることはできないだろう。話が纏まった後で本当に良かった。

「ま、君との話し合いは面白かったよ。ミース物流取扱社だっけ? 名前を覚えるのは得意なんだ。ちゃんと頭の中に仕舞って置くよ」

「できれば、すぐに取り出せる場所に置いて欲しいですね………」

 どうやら領主の方が、ルッドより一枚も二枚も上手だった様だ。ルッドの方も、グゥインリー・ドルゴランの名前を忘れられなくなった。

「そこらは機会があればというところだね。さて、次は、詳しい取り決めの話をしようか。まずは君がホロヘイの町へ石椀を持ち込んで、どう宣伝するかについてだが」

「あ、品評会では石椀をどう扱うつもりなのかも聞いておきたいですね」

 交渉が終われば、後に残るのは面倒な合意事項の確認であった。勿論、こちらにおいても手を抜くつもりは無いのであるが、交渉よりは得る物も失う物も少ないであろうことは、領主の態度からでも分かってしまった。




 結局、領主との会談は夕方まで掛かってしまう。石椀そのものに関する話し合いもそうであるが、あれこれとルッドの身辺も聞かれてしまったのだ。

 恐らくは単にルッドへの興味から出た話だったのだろうが、ルッドが商人だというのは、あくまで偽りの身分であったため、あの鋭い領主に本当の立場がバレぬものかとハラハラした。

(先輩への報告には、マーダ地方の領主は侮れないから注意することって、しっかりと伝えておこう)

「おい、何か考え事か」

 ルッドが領主との交渉を思い返していると、思考の外から声を掛けられる。声を掛けた人物は、ルッドに領主との交渉を頼んだギリーブ・ガーベイトであった。

 今、ルッドは再び彼の工房へと戻り、交渉の成果について話していたのだ。

「ちょっと……ミルトスンの樹液についてはあれで良いのかを考えてまして」

「明日の朝、うちに搬入してくれる予定なんだろう? 丸一日あれば、石椀を完成させられるさ」

 それでも結構ギリギリである。品評会は三日後に控えているのだから。何か問題あれば、余裕なんてすぐに消えてしまう日数である。

「一応、村からの帰りには僕らが購入する石椀も完成していて貰えると有り難いんですが………」

「それは品評会が終わってからでも良いんだろう? 石椀本体はもう既に出来てるんだ。あとはミルトスンの樹液で加工するだけだから、数があっても、そんなに時間は掛からねえよ」

「だったら良いんですけれど」

 領主との交渉がかなり手こずったため、この後もいろいろと面倒事が多そうだと警戒してしまう。

「それじゃあまた明日、ミルトスンの樹液が搬入されてくるところを確認しに来ますんで」

「豆だねえ。ま、そっちは品評会まで碌にやることも無いんだったか」

「仕事ですからね。あ、仕事と言えば、やることがあるんだった。ギリーブさん?」

 ルッドは今さら思い出したことがあったので、ギリーブに確認する。

「あん? なんだ?」

「実はとある人物から、その石椀を見た感想を聞かせてくれって頼まれているんですが、別に構いませんよね?」

 ルッドは石工のウィソミン・ホーニッツから、ギリーブの石椀についての感想を聞かせて欲しいと頼まれていた。

「ああ。良いぜ? どうせ、見ただけじゃあ作り方なんてわからないだろうからな。というか、見た感想なら、単なる石椀にしか見えないだろう」

 確かにその通りだ。ウィソミンには、見た感じ、ただの石椀だったと答えておこう。幾らか他の石椀とは違う部分があったと答えるくらいの義理はあるかもしれない。

「それを聞いて安心しました。勝手に石椀について話しても大丈夫かどうか不安でしたから………」

 ルッドは工房に存在する石椀を眺めながら答える。本当に、ただの石椀にしか見えないそれであるが、これがもしかしたら、莫大な利益を生みだすかもしれない。そう思うと、どこか不思議な気分になる。

「ギリーブさんは、これを品評会に出して、どれくらいの評価がされると思います?」

「ああ、それか。まあ、多くの人間に見て貰うために出すのが目的だからな。別に評価されるとは思ってねえよ。あれはどちらかと言えば、出来上がった物の芸術性やら技術やらを計るもんだしな。この石椀は……そのどちらとも縁遠いと思うぜ」

 ギリーブはそれほど自信が無い様子。ただ、領主のグゥインリーも品評会の評価者として参加するらしいので、もしかしたら思いも寄らぬ採点がされるかもしれぬ。

「どうなることやら、当日は楽しみにしています。そう言えば、息子さんの姿は見えませんが、今は何を?」

「石椀がどういう価値を持ってるか、まだ分からない様だから考えさせてるんだよ。単なる細工屋として継がせるなら、そんな考え必要無いんだが、俺達は石工職人で、仕事人だ。きっちりと、世の中に与える影響ってのを自分で分かって貰わなくちゃあな」

 恐らく、ギリーブは自らを社会を構成する一要因だと考えているのだろう。芸術性を追求する石工職人とはまた違った存在なのだ。だからこそ、自分が作る物は、どれだけ社会に貢献するかを考えなければならないと肝に銘じている。

「そっちはどうなんだい? 昨日来たお嬢ちゃんはいないみたいだが」

「実は、答えが出たかどうかはまだ尋ねていないんですよね。これから宿に帰って聞くつもりです」

 こちらに関しても少し楽しみだった。あの少女が、頭を悩ませてどんな答えを出したのか。例えそれがルッドの考える物とは違っても、それはそれで面白い答えが返ってくるだろうから。




 ルッドが宿『亀の休息所』に戻ると、宿に備え付けられた小さな酒場にて、赤ら顔のレイナラが出迎えて来た。

「あーら。忙しそうにしているルッドさんじゃなーい。なになに、また何がしてるのー」

 宿に帰って来たルッドを見つけるなり、この様に絡んでくる彼女を押しのけて、ルッドは答える。

「品評会までの間に、しておくべきことをしただけですって。うわ、酒臭い! 朝から観光もせずに飲んでたんですか!?」

 今日の朝も、彼女は真っ先にこの酒場に向かった覚えがある。

「ちょーっとは村を周ったわよー。けど、石細工を見てもなーんにも面白くないってことがわかっちゃったのよねえ」

「感性っていうのは人それぞれですけど………あ、キャルは部屋に居ますか? それともどこかに出掛けてるとか?」

「キャルちゃん? 昼間は私と一緒に村の工房を周ってたけれど、今は部屋にいると思うわよ」

「そうですか。それは好都合。じゃあ、僕は社長に会いに行きますから、レイナラさんは程々にして切り上げてくださいね」

「だーいじょうぶよー。このくらい」

 まったくそうは見えぬものの、構っていると時間が無駄になるため、酒場に捨て置くことにした。

 酒場のマスターが恨めし気な目でこちらを睨んでくるものの、それを無視する図太さがルッドにはあったのだ。




 キャルとレイナラが使う部屋までやってきたルッドは、とりあえず部屋の入口である扉を叩く。宿としては上等な部類で、鍵も頑丈そうな扉だ。中にいる人物が開けてくれなければ、入る手だては無い。

「社長! 中にいる?」

「鍵は開いてるから、入りたきゃ入れば良いぞー」

 これでは鍵の有る無しは関係無くなってしまう。

「それじゃあ失礼するよ。できれば戸締りはちゃんとくべきだと思うけどね」

「あー、うん。今度からはちゃんとする」

 部屋に備え付けのベッドに寝転びながら、キャルが答える。人と会話する態度では無いものの、気安さが生まれているというのは信頼関係によるものだと考えておく。

「それで部屋に籠って、答えはみつけた?」

 部屋内にあった椅子に座りながら、さっそく、ルッドは昨日出した問題の答えを聞いてみる。

 これで考えていなかったなどと返ってきた場合は、これからの雇用関係の見直しも考えなければならないため、重要な問い掛けだった。

「部屋に籠ったわけじゃあなくて、ちゃんとあちこちの工房に行って考えたよ。あの姉ちゃんは途中で帰ったけど」

 なるほど。観光気分のレイナラがうんざりするくらいには、自分の足を使って情報を集めたらしい。

「で? あの石椀の価値っていうのは、何なんだと思う?」

「そうだなあ。他の工房を周って見たんだけど、ギリーブのおっさんが作った石椀とは、何か違うんだよな」

「何か?」

 これは多くの工房を周ったわけではないルッドには分からない情報だ。キャルとルッドは違う人間である以上、答えの導き出し方もまた違うのだろう。

「こう、他の工房の作品って、どれも自分の腕を見せつけてくる様な印象があったんだ。派手なのだったり、作りが細かいのだったり」

「石工技品評会っていうのが、そもそも、そういう技術を見せるためっていうのがあるみたいだからねえ」

 むしろ、ギリーブの工房が他の物よりも異端なのだろう。キャルはベッドから起き上がり、ルッドを見ながら答えた。

「それなんだよ。技を競うっていうのは、どういう技を競うもんなんだ? 普通に考えれば、ウィソミンとかいう変な兄ちゃんが発揮した様な彫り物の腕ってことで良いんだよな?」

「まあ………一般的な考え方なら、そうなるよ」

「けど、あの石椀からはそういう物を感じないだろ?」

 確かにその通りだ。ギリーブの石椀は、石の削り方に特殊な工夫がされているそうだが、複雑な技巧が施されているわけでは無いだろう。

「あの石椀は、品評会に出す程のもんじゃあ無いって………思ったんだけどさ」

「何か違った?」

 既にルッドは、キャルの回答が正解かどうかより、彼女が一体何を思ったのかについて興味を移していた。

「だから最初に話した技の話なんだよ。そりゃあ他の工房みたいな技巧は無いけど、だからって、本当に何も技が無いってことじゃあないだろ? 実際、他じゃあ作れなかった物を作ったんだからさ」

「新たな発想……っていうのも違うだろうね。ギリーブ氏曰く、何時も続けていた作業の中で起こった、ちょっとした偶然から作れた物らしいし」

 では運が良かっただけか。だが、それもルッドには違う気がしている。石工業を代々の仕事とするギリーブの工房では、運という要素からはもっとも遠い存在に思えるのだ。それなら、他の芸術作品を作る工房の方が、運という物の恩恵を受けている様に思える。ウィソミンの枕元に現れた幻想とか。

「なら、どういう要因で、あの石椀が作られたんだって考えた時、気が付いたんだ。あれを作れたのは、ずっと普通の石椀を作り続けたからだってさ」

 新たな石椀を作れたのは偶然では無い。道の先に目的地があったとして、それがどこまで歩き続ければ着くが分からなくても、歩き続ければ目的地に辿り着く。そういう結果こそ、あの石椀の完成に繋がったのだ。

「多分、ギリーブのおっさんだけの成果じゃあ無いんだろうな。親や子に何代も受け継いできたからこそ、ああいう石椀を作れたんだと思う」

「………明日、ウィソミン・ホーニッツさんに、石椀を見た感想を伝えに行くつもりだけど、その時、いま話したことと同じことを伝えてあげれば良いと思うよ。きっと、彼ならその意味に気が付くはずだ」

「うん? あ、ああ。分かった」

 キャルの答えは、ルッドが考えていた答えとは少し違うものの、やはり正解なのだろうと思う。

 自分とは違う答えを導き出せる彼女は、未熟かもしれないが、それでも同じ会社で働く者として十分な能力を持っている。その事実にルッドは満足していた。


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