第四話 マーダの領主
マーダ地方には、そこを管理する領主が存在する。冬になれば積雪によって多くの街道が分断されるノースシー大陸において、中央都市に権限を集中させるより、地方毎に統治者を置いた方が、結果的に国体を維持できるからだろう。
(当然ながら、領主の権限はその地方において、ラージリヴァ国の国王に準ずるほどの物となる。なんだ、大陸を統一する国家と言えども、その実、分国統治みたいなものなんじゃあないか)
この国には貴族などという中途半端な立場は存在しない。権力者は皆、土地を支配する王であり、その力がもっとも強い者をラージリヴァ国の統治者と呼んでいるだけに過ぎない。
(そんな王に比類する権力者と、僕は直接会うことになるわけか)
ルッドはマーダの村近くに存在している、マーダ地方の領主宅までやってきていた。大きな屋敷だと思う。屋敷の門には常に見張りが立っており、建築材の石には良い物を使っているのだろう。白一色の壁が眩しい。
何故、こんな場所に足を運ぶことになったのか。ルッドは昨日ギリーブの工房にて、ミルトスンの樹液を手に入れる算段を、ギリーブ本人と相談していた時のことを思い出した。
「領主が管理している農園ですか?」
「ああ。この時期にまだ量を用意しているアテとなれば、真っ先に思い浮かぶのはそこだ」
ギリーブの工房内へと案内されたルッド達は、さっそく、ギリーブが考えるミルトスンの樹液を手に入れる方法について相談していた。
作業用の台を机に、小さな椅子に腰を降ろしての会話であるため、少々腰が疲れる。
「父さん、領主様に頼むってこと!? 何もそこまですることは………」
「お前は黙ってろ。きっちり説明できれば、領主の奴だって納得してくれるはずだ」
「奴って………」
ギリーブの言い方があまりにも不遜であったため、何か理由があるのかとルッドは訝しんだ。
「ギリーブさんは、この地方の領主とはお知り合いなんですか?」
ルッドの問い掛けに答えるのは、ギリーブでなくバンダックの方だった。
「親しいと言えば親しいんだけど、どうにも最近喧嘩をしたみたいでね」
「はっ、あいつがうちの石工品の生産量を倍に増やせないかと言ってきたから、無理だと突っぱねたんだ。そうしたら急に機嫌が悪くなりやがって」
「きっと、父さんの言い方が悪かったんだよ。領主様は、そんな理不尽に怒ったりしないよ」
バンダックの言に寄れば、この地方の領主はそれほど性格に難があるわけでは無いらしい。
祖国では貴族としての立場であったルッドは、人格が破たんした権力者という存在が偶にいることを知っているため、この地方の領主がそうで無いことを知れて安心する。
「で、その領主様に会って、ミルトスンの樹液を譲って下さいって頼めば良いのか? そんな簡単に会ってくれるもんかなあ」
率直な疑問をキャルが口にする。領主と話すにしても、実際に会わなければどうしようも無いという当たり前の問題だった。
「父さんなら、突発でも会うことはできると思うよ。そういう仲だし。ただ、こっちのお願いを聞いてくれるかどうかは怪しいね」
「喧嘩をしたばっかりだからですか?」
「ふん。何時までも根に持つ奴だからな」
領主とギリーブ個人間同士での問題であるため、ルッドがどうこうできる物では無さそうだ。
「つまり、俺が会っても願いを聞いてくれるかどうかは怪しいってわけだ。ただ、紹介状の一枚でも渡せば、俺じゃあ無くても、向こうは会ってくれるかもしれない」
「かもって………」
できれば不確定な要素は少なくしたいのであるが。
「会ってくれなきゃあ、別の手を考えるまでだ。ただ、もしこれが通れば、あとは商人さんの出番ってわけだ」
「僕が領主にこの石椀の価値を説明して、ミルトスンの樹液を譲ってくれる様に頼むと………やるべきことは分かりました」
できるかどうかは分からぬものの、面白い試みだとルッドは感じた。勿論、ギリーブの作戦に面白みを感じているのでは無い。彼の提案は、単に知人を頼るという物に過ぎないからだ。
ただ、地方の領主に会える可能性があるというのは、中々に好都合だと感じる。
(この国の権力者と初めて会うんだ。中央で交渉を続けているうちの国の外交官は、会ったことのある人物かな? 無ければ、僕がその人となりを情報として伝えれば、それなりの成果になる……よね?)
外交官としての自分が、他国の権力者に会うという事実に興奮している。商人という立場であっても、ここで関係性を持てるというのは、悪い話ではあるまい。
「なあ、ずっと気になってるんだけどさ、その石椀の価値っていうのは、結局なんなんだ?」
キャルが作業台に乗った状態にある石椀を見ながら尋ねてくる。ここで答えても良かったのだが、それをあえて口にしないことにした。
「聞いてばかりじゃあ成長が無いでしょ。自分で考えること。ちゃんと考えれば、答えに辿り着くはずだよ」
「ええー。そんなのって無いぜ」
「きみは社長だろ? 商人として、これくらいの問題は自分で回答を導き出してくれないと困る」
少し厳しいかもしれないが、将来の商売と彼女自身のためである。目の前の問題に対して、何時でも誰かが答えてくれるとは限らないのだ。
「バンダック。お前もだ。俺がこいつを品評会に出す意味。ちゃんと自分で考え出しとけ」
「……わかったよ。父さん」
バンダックの方は文句が無い様子。その目が職人のそれに変わっている様に見えたのは、ルッドの気のせいではあるまい。
そうして次の日になり、ギリーブから紹介状を預かったルッドは、領主の屋敷までやってきたのだ。
まずは非礼の無い様に、門番に向けて一礼をしてから、紹介状を渡す。
「誰かと思えば、ギリーブの旦那の紹介か」
門番の若い男はギリーブの事を良く知っているらしく、彼の紹介で来たルッドを、特に警戒していない。
「本人が来るべき案件なんですが、どうにもそれは難しいらしくて」
「ああ。分かってるよ。結構な喧嘩だったものなあ。仲を直すには、もう暫く時間が掛かるだろうさ。領主様の謁見部屋までは俺が監視することになっているが、別に構わないか?」
「はい。勿論です」
案内役としての仕事も兼ねているのだろう。ルッドは歩きはじめる門番の後を追う。屋敷に入り、暫く廊下を歩いたところで、門番がルッドに告げた。
「領主様に関してだが、会った時の礼儀については、ギリーブの旦那から聞いているかい?」
「ええっと……外見に特徴があるが、気にしない様にとしか………」
「そうだ。領主様自身も説明するだろうが、昔、後頭部に大きな怪我を負ったらしく、頭をすっぽり覆うローブを被っている。勿論、顔は出しているから心配するな」
表情はちゃんと分かる。ただ、室内でも頭部に被り物をしているだけだと門番は話す。そしてルッドには、そのことを気にしない様にとも。
「やっぱり、指摘するのは不敬なんですか?」
「本人自身が説明もしてくれるって言ったろ? ちょっとした話題程度なら機嫌を損ねる方じゃあ無いさ。ただ、驚いた表情をされれば、相手は傷つくってもんだ」
この地方の領主は、少なくとも門番から慕われているらしい。ギリーブにとの接点からして、一般人との交流もそれなりにあり、悪い印象は持たれていないのだろう。
(人格者って感じなのかな。だったら、確かに会って驚くのは失礼にあたる)
どんな容貌の人間が現れたとしても気にしない様に心掛ける。そうして案内された応接室と言えば良いのかその場所には、確かに頭にローブを被った男が、主賓の椅子に座っていた。
「ようこそ。客人なら何時でも歓迎するよ」
「し、失礼します。僕が来ることを事前に分かっていたんですか?」
ルッドは門番に顔を通し、その彼に連れられて応接室まで来たのだ。ルッドがやってきた事を、領主が事前に知る機会は無かった様に思えるのだが。
「いや? 私は何時もここで仕事をしているんだ。客が来たら、ここへ通す様にともね」
領主がルッドの背後で待機している門番を見る。門番は領主の言葉を一礼で返すと、領主の横まで歩き、ルッドの紹介状を見せた。
「ああ……ギリーブの奴の紹介……というより、代理人ってところか? あいつにも遠慮って感情があるとは驚きだ」
軽口を叩く姿を見るに、やはりギリーブとは親しい間柄らしい。頬が若干緩んでいる。
「パックス。良いぞ、仕事に戻ってくれ。ギリーブの知り合いなら、少なくとも危険は無いさ。喧嘩にはなるかもしれんがね」
「前みたいに掴み合いにはならんでくださいよ。喧嘩の仲裁は仕事に入っていないんで」
「煩いなあ。ほら、会話の邪魔だ。さっさと出て行け」
どうにも気さくな人であるらしく、部下にも気安い。
(交渉に赴く上で、往々にしてこういう人が手強いんだよ。人との会話における経験が多いんだ)
ルッドが領主を観察するうちに、門番が部屋から去る。残されたルッドは領主からの声掛けを待った。
「さて。まずは自己紹介から行こうか。私の名前はグゥインリー・ドルゴラン。知っているからこそやってきたのだろうが、マーダ地方の領主という役を担っている」
グゥインリー・ドルゴラン領主は、フードから顔を出した格好で笑う。人間、顔が分かれば年齢が大凡想像できるものであるが、どうにも若い様な年寄りの様な。皺が無いせいで判別が付かない。髪に白髪が混じっていれば、その割合で分かりそうな物なのだが、残念ながらフードのせいで見ることができなかった。
「僕の名前はルッド・カラサと申します。ギリーブ・ガーベイトの代理人としてこの場に参じて―――
「ああ、良い良い。前置きはそれくらいで。どうせ、何か頼みごとだろう? そうでなければ、いくら喧嘩したばかりでも、あいつが直接来るからな」
ルッドの言葉を遮って、グゥインリーが先に話の本題に入ってくる。予想通り鋭い。
「では、さっそく事情を話させていただきますが、ギリーブ氏が村の品評会に工芸品を出品するというのはご存知ですか?」
「ああ。知っているよ。何事かと思ったが、何事かあったのだろう。なるほど、今回の話はそれに関わることか」
グゥインリーは手を口元に付けて、人差し指と親指で口を伸ばす仕草をする。人は何かを考える時、独特の仕草をする場合が多々あるが、この領主の場合は今のそれがそうなのだろう。
「工芸品の作成に、ミルトスンの樹液という物が欲しいそうです。それと言うのも―――
「ああ、構わないよ」
「ギリーブ氏が作った……って、え?」
先々と話を進めるグゥインリーに戸惑うルッド。というか、さっさとこちらの要求が通ってしまった。
「何かね? 私の服装が気にでもなったかな? これはだな、昔、頭部に大きな怪我を負った結果で―――
「そういうことでなく、良いんですか? どうして必要なのかも説明していないんですけど」
ルッドはこの領主に対して、譲歩を引き出すための話題を幾つか考えて来たのであるが、それらが全部無駄になってしまう。いや、こちらの頼みが通るのならそれで良いのであるが。
「ギリーブ・ガーベイトのことは良く知っている。欲しいというのなら、それだけの価値がある物なのだろう。ならば、手を貸してやるのが領主としての筋だ。何故ならば、それはこの土地にとっても益になるからな………どうだろう? 良い感じの回答になったかな?」
本心かどうか分からぬ言葉であるが、確かに領主の回答としてはまっとうな物だった。自分の領民を信頼し、尚且つ自分の権益を固持する様な対応である。
(どうなんだ? 一応、これで僕の仕事は終わりだ。依頼人であるギリーブさんの要望は、これで完全に叶えているんだから。けど………)
何かここで終わらせたく無い感情が渦巻いている。恐らくそれは、誰がための感情で無く、ルッド自身が面白く無いと感じるそれだ。こんなところで終われば、目の前の領主との繋がりなど出来るはずも無く、事態も予定通りにしか進まない。
(いやいや。それで良いはずだろ。何を考えているんだ僕は。自分の予想外のことが起こってほしいとでも言うのか?)
自分の感情を整理できずにいるルッド。恐らく、沈黙が数瞬だけ続いたのだと思う。その沈黙を、領主の方が見逃さなかった。
「何か他にあるのかね? 君は領民では無いだろうが、わざわざ訪ねて来てくれたのだから、話くらいなら聞くよ?」
まるで、こちらの考えを見透かしたかの様な言葉だった。何か不満があるのなら、ここでぶちまけてしまえ。そんな甘い誘惑を感じてしまう。
(なら、ここは交渉の場だということだ。勿論、自分の言いたいことをすべて言うなんてのは馬鹿がする行動で、自分の利益になりそうな言葉だけを口にする。それが僕だ)
ルッドは相手に違和感を与えぬ間に、自分が話すべき言葉を絞り出す。
「ギリーブ氏が作った工芸品について、どんなものかは気になりませんか?」
今回、ルッドの思考内で、一番の関心があるのはギリーブの作った石椀だった。ルッドはあれを、とんでもない物であると考えている。そういう物が生み出される瞬間に立ち会えるというのは、非常に幸運なのだ。そのことを領主は知らないだろう。ただ、ギリーブとの信頼関係によって、彼にミルトスンの樹液を与えようとしている。
(多分、それはとても、“勿体の無い”ことなんだよ)
領主は出来る限り早く、あの石椀について知るべきなのだ。そうでないのなら、せっかく生み出された物が、幾らかその価値を減じてしまう結果になるだろう。
「気になるかと問われれば気になるね。石椀だったかな? 物の噂は聞き及んでいるが、それ自体を見たことが無い。さっきも門番と言い合ったが、ギリーブとはちょっと会い辛い状況でね」
喧嘩をしたばかりで、実際にギリーブが作った物は見た事が無いということだろう。そのはずだ。もし、この領主があれを見ていたら、幾ら喧嘩をしていると言っても、放っておくわけが無いのだ。
「ええ、その石椀。彼は石工技術に関して、才能があるんですか?」
「うん? いや、まあ、無いわけでは無いだろうが、むしろ若い頃は良く自分の父親に叱られていたらしいね。勝手な相違工夫は仕事としての石工技術を貶めることになると。それは彼自身の口癖にもなっていたなあ。だからこそ、品評会なんてイベントに工芸品を出すという話は驚いたよ」
努力の人と表現するのも違うのだろう。若き頃から先祖代々の技術を叩きこまれ、彼もまたそれを引き継ぐ者として、次世代に繋ぐ。石工という職業の中で生きる人間。石工職人という名前がもっとも相応しい人物と表現すれば良いのか。
「で、そんな彼が作ったそれは、どう重要な話になってくるんだ?」
「ギリーブ氏が作った石椀。見た目は単なる石椀です。さすがに道具としての質は良さそうに見えますが」
「品評会に出す様な作品では無いということだね。ならば益々おかしい。そんな物を、あいつが品評会に出すわけが無い」
領主は生まれた不可思議に疑問を持ち、頭を掻いている。頭を掻くその仕草のせいで、彼の頭の輪郭が薄らと分かるのであるが、どうにも歪んでいる様に見えた。
(頭を怪我したんだっけ? 酷い痕が残ってるみたいだ)
ローブを被るのも分かる。彼自身のためであるのだろうし、見る者を不快にさせないためでもあるのだろう。
「彼の工房で作られた石椀は、他の物よりも軽いというのは知っていますか? その分、脆さがあるというのも」
「ああ。知ってるよ。まあ、重いだけの道具よりかは売れるらしいが、運ぶだけで破損が生まれるらしくて、そこがネックだと言っていたよ。苦情も多くなるしね」
「もし、それを補えるとしたらどうでしょうか?」
「便利な道具になるだろうね………ふん、ちょっと待て? それは、ミルトスンの樹液があるだけで出来上がるのか?」
さすがに領主も気が付いたらしい。ギリーブの石椀の価値について。
「ええ、そうです。材質自体は従来の物と変わらず、削り方を工夫しただけで作れたと言ってましたね。元の物よりかは樹液分の材料費で高くなるでしょうが、それも微々たる物でしょう。ですよね?」
ミルトスンの樹液は、この国では一般的な塗料であるのだから、材料費もそれほど掛からない物だと思われる。
「ああ。そうだね。つまりだ、従来の石椀とほぼ変わらぬ労力と材料費で、軽く壊れ難い石椀が作れると?」
「そういうことです。ちなみに聞いておきたいんですが、石椀っていうのは、この国ではどういう扱いで?」
「安価だが使い辛い道具だ。だが、今回のそれが発表されれば、ただ安いだけの道具になるね」
そう。ただの安い道具だ。他の道具よりも安く、使い辛くも無い。誰にでも行き渡るし、一部の上流階級以外は、誰もが欲しがる道具になるだろう。
「国内で、石椀より安く、同じ目的で使われている道具っていうのは?」
「無いよ。安いという一点だけで、他の欠点には目を瞑って使われている道具だからねえ。ああだが、その状況がさらに変わるわけか」
世の中をほんの少しだけ変えてしまう。ギリーブの石椀は、それだけの価値があるのだ。単品では利益は薄いだろうが、物が大量であれば話は違う。そしてその石椀には、それだけの需要があるだろう。
「厄介だなあ。そんな物がうちの地方で誕生すれば、商業上で余計な混乱を生む。ただでさえ、うちの国はちょっと不安定になっているというのに」
「なら、あなたが管理すべきでしょう。品評会が開かれ、石椀が出品されれば、石椀は衆目に認知される。少しでも聡い人物が見れば、あの石椀の価値に気が付くはずだ」
「だからあいつの石椀を取り上げるべきだ……とでも言うのかね? きみは、あいつの代理人としてここに来ているのだろう?」
領主の目が鋭くなり、こちらを睨み付けてくる。そこにあるのは友人を侮辱されるかもしれないという怒りか、それともルッドの存在を値踏みしているのか。そのどちらでもありそうだ。
(だから、ここが交渉の山場だ。僕が望む展開はなんだろうね。ギリーブさんの代理人としてのルッド、商人としてのルッド、間者としてのルッド。どれを重視すべきだ?)
答えは簡単に出た。その全部だ。
「逆ですよ。積極的にアピールするべきです。そうして、誰もが欲しがるであろうその石椀の流通を、あなたが管理するんです。この地方の領主として、この土地で生まれた物を管理する義務があなたにある」
「ま、そうなるだろうね。利益を生みだす物を奪うなんてのはもっての外で、一方で、余計な混乱を呼び込まない様にしなければならない………ちょっと待ってくれよ? それは、ギリーブが考えたことかい?」
勿論、ルッドの独断だ。ギリーブはただ、領主からミルトスンの樹液を貰ってくることだけをルッドに頼んだ。
領主はギリーブとは親しいのだから、ギリーブの代理人として来たはずのルッドから、ギリーブが話すはずの無いことが話題に出ていることに気が付いたのだろう。
「僕が今、あなたの人と成りを見て、伝えた方が良いと考えました。あなたなら、あの石椀を正当に扱ってくれるそうに思えたんです」
「…………君はなんだ? 何故、そんなことを私に話す?」
少し、ほんの少しだけ、ルッドの体が震えた。いったい何が原因だろうか。最初は分からなかったが、すぐに気が付いた。領主に睨まれた。それだけで自分は恐怖したのである。
(この威圧感………これが一地方の領主だって? もっと大物だよ、この人は)
これがこの国の権力者ということなのだろうか。権力に見合った、もしくはそれ以上の威厳を持つ。間者としてのルッドは、ここで少し萎縮してしまう。本当に自分は、こんな人物から有益な情報を引き出せるのだろうか。
いや、だが、商人としてのルッドはまだ言葉を口にできる。
「僕はホロヘイにあるミース物流取扱社に所属する商人です。もし、今まで僕が話した内容に、一理でもあると感じたのであれば、石椀の商売に一枚、噛ませて貰いたいのです」
良くもまあ、ビビっているというのにスラスラと口から言葉が出る物だと、ルッドは自分で驚いていた。
交渉はこれからだ。ならば、気押されている余裕などルッドには無い。