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北風の道  作者: きーち
第四章 芸術家の道
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第三話 妙な頼みごと

 自分には芸術品を芸術的に見る感性が無い。ウィソミン・ホーニッツの工房に入ったルッドの感想はそんなものだった。

「妙な作品ばっかりですね。どういう発想があればこういうものを?」

 キャルはさきほどウィソミンの工房をお化け屋敷と表現したが、あながち間違っていないのかもしれない。工房内にある工芸品は、すべてまっとうな形をしていなかった。

「夢や妄想の産物さ。頭の中にね、何時もこういう形の物が渦巻いているんだよ。後はそれを石で象るだけ」

 それを評価されているからこその名声だろうが、どこをどう評価すれば良いのかがルッドにはわからない。芸術の道はルッドには進めぬだろう。ただ、石像に使われている技術だけは評価できた。

「どれも変わった形をしているのに、良く立った石像として存在してるなあ………」

「これでも石工職人でね。理想の作品を作り上げるための技術は、必死になって身に付けたさ。理想というのは、しっかりとした土台があってこそなのだよ」

 どれだけ感性がぶっとんでいたとしても、石工職人としてしっかりと存在している。だからこそ、他者から評価されているのかもしれない。

「で、品評会に出す作品ってのはどれなんだ? 見せてくれるんだろ?」

 並ぶ作品群を退屈そうに眺めているキャル。彼女もまた、ルッドと同じ感性で作品を見ているのだろう。一方で、石像に使われている技術も理解できないため、酷くつまらなく感じているのかも。

「慌てない慌てない。ほら、あれだよ」

 ウィソミンが指をさす方向には、上から布を掛けられた石像らしき物が存在していた。布のせいで、どういう形の物かはさっぱりだが。

「中を見ても?」

 一応、ウィソミンに確認をしておく。

「別に隠しているわけじゃあ無く、埃が掛からない様にするためだからね。別に構わないよ」

「それじゃあ遠慮なく」

 ウィソミン本人の許可を得て、ルッドは石像に掛かった布に手を伸ばした。

「ただ……もし、それを見せることに感謝してくれるなら、やって欲しいことがあるんだよ」

「やって欲しい事? 悪いんですが………」

 ルッドは触れる布から手を離して答える。

「先のわからない取り引きはできるだけしない主義です。もし頼みごとがあるっていうのなら、先にその理由を話してください。そうで無ければ、別にこの石像を見なくても構いませんから。どうせ、品評会で見ることになるんだ」

 これを見せることで恩でも着せるつもりだろうか。ならばそれは間違った行動だ。ルッド達が商人であると知っているのであれば、商人は無償で働かず、簡単に人に借りを作ったりしない人種であることも知っておくべきなのだから。

「まあね。頼み事をそれだけですんなり聞いて貰おうとは思っちゃいないよ」

 笑みを浮かべるウィソミン。行動が変人なだけに、何を考えているのかが読めない。

「なら、別の報酬が用意されていると? それとも、最初からこの石像を僕らに見せる気は無かった?」

「えー、それって酷くね? 期待させといてそりゃあねえよ」

 一応、隠された石像にはキャルも興味があったらしい。このまま何もせずに帰りそうな雰囲気になったと感じたのか、文句を言っている。

「いや、どちらかと言えば、僕の頼みごとが簡単な物だから、その内容を聞いてくれれば、通ると思っているんだ」

 なるほど。対価が品評会で見せる石像を、先にルッド達へ明かす程度の物である以上、依頼もそれなりということか。

「そんなに簡単な事であれば、自分でやれば良いと思うんですけど」

「そこは僕のプライドが許さない! という感じかな。ギリーブ・ガーベイトという人間を知っているかい?」

 カラフルな自分の髪の毛をいじりながら、ウィソミンは話をする。どこか気恥ずかしいと言った様子を見せていた。

「いえ、知りませんが」

「この村で、僕と同じ石工職人をしている。と言っても、向こうの方がかなり年齢も経験も上だけどね。彼の息子が僕と同年代と言えば、どれくらいの年か分かるかな?」

 つまり、ウィソミンとは親子ほども歳の離れた石工職人ということだ。

「そのギリーブさんがどうかしたんですか?」

「彼は芸術家と言うより、純粋な作業人と言う感じの人でねえ。家自体も石工職人を続ける家系でバリバリの仕事人なんだ。品評会にも滅多に作品を出さないくらいにね」

「なら、あんまりあなたとは関係が無さそうだ」

「だが、今回はどうしてだか、作品を出すと言ったそうなんだよ。今回の品評会が何時もより大規模になる理由の一つがそれだ」

 もう一つは、ウィソミンが自信を持っているらしい石像が出品されるという物であるから、若干、自慢が混じった言葉だ。

「で、そのギリーブっておっさんが、あんたの頼みごとと何の関係があるんだよ」

 キャルは焦れて話を早く進めようとしている。今は一応、交渉の場になってしまったから、もう少し慎重に進めたい気分なのだが。

「今、君らが僕にしている様に、ギリーブの工房を見学して来て欲しい。そして、ギリーブが出品するという作品を見て、それを見た感想を僕に教えて欲しいんだ」

「頼みになるってことは、出す作品をギリーブって人が隠しているとか?」

 もし、誰でも見られる物であれば、わざわざルッドに頼まないはずだ。

「いや? 発表する物を先に見たいという者には、幾らでも見せているそうだよ。なんでも石椀らしいが………」

「なんですかそれ。だったら、それこそあなたが直接行けば良い」

 他人の感想をいちいち聞くより、自分の目で見た方が、作品の良し悪しが分かるのではないだろうか。彼はルッドなどよりも芸術的な感性に溢れているはずなのだから。

「だからプライドの問題だと言っているだろう」

「あーはいはい。余所の石工職人が気になって、他人の工房に顔を出したと分かれば、自分の恥になるとでも思ってんだろ。だからあたし達に偵察してきてくれと」

 キャルが直接的に話すのを渋るウィソミンに代わって、彼の望みを口にした。

「ま、まあそういうことさ。いや、噂に聞く限りでは、何の変哲も無いお椀だから、気にし過ぎるのもどうかと思うのだが、それでも、あのガーベイト一家が持ち込む作品だ。何かあるかなと」

「ガーベイト一家って、そんなに有名なんですか? 一応、品評会云々についての噂は、あなたに関する物しか聞いていないんですが」

 ガーベイト一家などという名前は耳にすることは無かった。それはつまり、人々の間で特に噂されていないということであるはずだ。

「さきほども言わせて貰ったが、仕事人として有名なのだよ。この村では芸術品の他に、石材の加工や建築物の材料などの生産も行われていて、それらの多くを取り仕切るのがガーベイト一家だ。そうだな、君らの感覚で言えば、会計や事務の裏方をしている人間が、突然、売り子を始めた様なものだね」

 まあ、同じ業界に生きる人間なら、それは確かに気になるし、一方で一般人から見れば、だから何なのだと言った印象だろう。

「つまり、その一家が出品する予定の物を見て感想を話すのなら、この布の中身を見せてくれるって言うんだろ? じゃあ、そうしようぜ。いい加減、この中身が気になって来たところなんだよっと」

 キャルが勝手に話を進め、いきなり石像を覆う布を剥がした。

(あー、今度からは、ちゃんと交渉の際の段取りも教えるべきかな)

 ルッドとて、布の中身は気になっていたし、別の工房を見学するくらいならしても良いと考えていたが、それでも、もう少しウィソミンから情報を聞き出したり、別の対価を要求することができたかもしれない。

 それらの可能性を排除して、さっさと話を進めてしまうというのは、キャルの交渉事の経験が浅いための行いだろう。

「むう。中を見たと言うことは、頼みを聞いてくれると考えて良いのかな?」

「まあ……そういうことですね。それにしても……自信作と言うだけありますよ」

 布を剥がされた石像の姿は、女性を象った物であった。踊る様な姿で固まる美しい女性。服の皺から四肢の位置、微笑む表情などが細密に石に刻まれ、今にも動き出しそうな躍動感を与えてくる。人を象った物と言うのは、近づけば近づく程に本物との相違が見えてくるものだが、この石像の場合、むしろ細かな部分までに及んだ石工職人としての技巧が判明するため、その評価を高めることになるだろう。

「ああ。自分自身でも、良くこれだけの物を作り出せたと思うんだよ。玄関近くで君らが猪か何かだと言っていたあの石像があるが、あれと一緒に枕元に現れた女性の姿なのだが………」

「そういう設定はいらなかったですね………」

 ウィソミンの言葉に力が抜けそうになったものの、ルッドは頼みを聞くくらいの価値が目の前の石像にあると感じるのだった。




「日がそろそろ傾いて来る頃だよな。今から向かっても迷惑にならないか?」

 空の明るさを見ながら、キャルがルッドに尋ねて来る。彼女はこれから、ギリーブ・ガーベイトの工房に向かっても大丈夫かどうかを心配しているらしい。

「品評会まで日にちもそれほど無いしね。まあ、行って無理なら明日向かえば良いさ」

 とりあえずは当たってみぬことには始まらない。それに、ガーベイト一家が品評会に出す作品というのも気になっていた。

「石椀っていうのは、この国じゃあ一般的な道具なの?」

 石で出来た椀というのは、重くて壊れやすいという印象がある。道具としては作りやすい部類であるが、一方で実用性には少々欠ける。

「どうだろう。安価で手に入りやすい物ではあんだよな。うちの国って、良い石とそれを扱う職人だけは数あるから」

 それはラージリヴァ国に来て暫く経つルッドにもわかった。この国では石造りの家が多くあり、日用品も石材を元に作った物が多い。

「けれど、石材の欠点は変わらないと」

「そうそう。重いし欠けやすい。だから安いけど使い辛い道具って感じかな」

 そんな物を品評会に出してどうするつもりなのだろうか。それとも、ウィソミンが懸念している様に、何かあるのか。

「確かこの辺りにあるんだよな。さっきの工房みたいに、変なのじゃあないと良いんだけど」

 キャルの言う通りだ。ウィソミンの工房は目に苦痛を伴う場所だったため、今度は普通の場所であることを祈る。

「………なんだろう。なんで普通の場所なのに、僕は安心しているんだ?」

 石工職人の工房らしい建屋を見つけた。重ねて言うが、石工職人の工房“らしい”建屋だ。決して、妙な形をした石の構造物が並んではいない。

「ま、まあ気持ちは分かるけどさ」

 気分は良い。石工職人の工房というものの評価が、マイナスから平均値に戻っただけであるのだが、それでも感情がプラス方向に動いたのは確かだった。

「さっそく、見学できるかどうか聞いてみよう。一般的な話し方でお断りの返事が来ても、それはそれで好印象だ」

「短い間で随分と精神的ダメージを受けたんだなあ………」

 可哀そうな人を見るかのごとく、キャルがこちらに視線を向けてくる。やめてくれ。まるで自分があの変質者と同類になってしまった様では無いか。

「さて、中の様子は……すみませーん。誰かいますかー」

 工房の建屋は、正面の壁が無い小屋の様である。作業途中と思しき石細工が幾つも存在しているのだが、人の影は見当たらない。ただ、石を削ったり研磨したりといった事をする道具類は置かれていた。恐らく、この道具を使う人間は、一時的に持ち場を離れているだけなのだろう。

「はーい。なんだい。村の人間じゃあない様だけれど……観光客?」

 工房の裏から現れたのは、若い男だった。ウィソミンの様に奇抜な恰好では無く、上半身のみ軽装にした服を着て、手には手袋を嵌めている。如何にも作業人と言った風貌であった。

「ええ。ルッド・カラサと言います。この村に来て、あちこち見て周っている最中でして」

 愛想の良い笑みを浮かべるルッド。青年の方も、こちらに何らかの悪意が無いことが伝わったらしく、笑顔を返して来るが、一方で申し訳なさそうに眉を曲げた。

「だったら残念だったね。うちは芸術方面の仕事はしていなくて、見てもあまり面白くないんだよ」

 ウィソミンに聞いた通り、作業一辺倒の工房らしい。だからこそ、品評会に作品を出すという事実が気になった。

「ここは、ギリーブ・ガーベイトさんの工房で良いんですよね? 確か、近い内に行われる品評会で、石椀を出品すると聞いていたのですが、それでも芸術方面とは関係無いと?」

「ああ、それね。うちの父……僕はバンダック・ガーベイトという名で、ギリーブは僕の父なんだが、何故か突然、石椀なんてものを出品したいと言い出してね。僕もさっぱりで。なんなら、見てみるかい?」

「良いんですか?」

「隠す様なものじゃあないからね。ほら、これだ」

 工房内に幾つか存在する石の工芸物の中から、石椀らしきものを取ってくるバンダック。確かにそれは石椀で、変わった見た目では無い。

「これ、触っても構いません?」

 手に触れてみれば、特別な何かがわかるかもと思っての提案をする。

「ああ。別に構わないよ。予備と言うか、同じ物が幾つかあるんだ」

「同じ物? 品評会に出品する予定なんですよね?」

「ああ。幾つもある内の一つを出品するって話なんだよ。まったく、何を考えているんだか。うちは、そういうイベントに現を抜かすところじゃないだろうに」

 自身の父親に対して苦言を口にする息子という構図は、中々珍しい物だ。とりあえず触っても良いとの許可を貰ったため、一時的にバンダックから石椀を預かる。

「うわ、思った以上に軽い」

 石椀ということは、石の塊であるため、それなりの重量があると思ったのだが、想像以上に軽い。

「ああ。うちが代々製法を工夫して作った物でね。石椀とは思えぬ軽さが売りなんだよ。その分、他のより脆くなっているんだけれども」

「じゃあ、あたしとかが使うのは無理だな」

 キャルの感想はそんなものだった。彼女は道具類に関しては雑に扱う部分があるため、確かに見合った道具では無いのだろう。

「品評会に出す以上、何か変わった部分とかは無いんでしょうか?」

「ううーん。いや、少しばかり何時も作っていた物と、バランスと言えば良いのか、全体から感じる印象は違うかな? まあ、一般人には分からない程度の違いだけど……だが、父がそんな違いを出すのか? 間違いなんてする人じゃあ無いし、でも、意図的に癖を与えるのも嫌がる人で………」

 バンダックは話の途中で、ぶつぶつと独り言を始めた。ルッドには分からぬ職人的な何かを石椀から感じているらしい。

「あのう、とりあえず、これを返しても良いですか?」

 石椀の観察は十分したので、バンダックにそれを返すことにする。独り言を続けるバンダックであるが、ルッドの声にはたと我に返って、石椀を受け取った。

「あ、ああ。そうだね。元の場所に置いておかないと、父が怒るかもしれなし……あ、父さん! どこ行ってたんだよ」

 ルッドの背後に視線を向けて、バンダックが声を掛ける。振り返ってみると、そこには白髭が目立つ初老の男が立っていた。

(うん? どこかで見たことがある様な)

 ルッドには、現れた男の姿が記憶のどこかに残っていた。いったいどこで会ったのか。

「フラップやタルナの雑貨屋を周ってたんだよ。どっかに置いてあると思ったんだが、まいった、品切れだ」

(あ、そうだ)

 男の言葉でルッドは思い出した。確か、この町に持って来た商品を売った雑貨屋で会ったのだ。ただすれ違った程度であったため、あまり記憶に残っていなかったのである。

 ルッドが男、バンダックの父であるギリーブを思い出す間、彼らは会話を続ける。

「品切れって何が」

「ミルトスンの樹液だよ。他の石工職人が使ってるらしくて、どこも品切れだった」

「今の時期、仕入れようと思ったら事前に言っておかないと………」

「わかっちゃあいたんだが………困ったなあ。あれが無いと、品評会に出品できるものなんて作れんぞ」

 どうやらギリーブは、ミルトスンの樹液とやらが手に入らなくて困っているらしい。それがいったい何であるのかは分からないのであるが。

「ええっと、話の途中ですみません」

 ルッドは会話を続ける二人の間に入る。事態が面白くなってきたと考えての行為だった。

「なんだい、あんたは」

「観光客の人だよ。うちを見学に来たんだって」

「そりゃまた、奇特な人間もいたもんだ」

 どうやらギリーブの方も、自分の工房が見学に向かない場所だと考えているらしい。

「ルッド・カラサと言います。これでも商人をしていまして、あなた方の話す、ミルトスンの樹液ですか? それはいったいどういう………」

「塗料だろ、確か。物の補強用に使ったりするんだっけ?」

 意外なことに、答えたのはキャルであった。彼女が知っているということは、この国では一般的な道具であるのかもしれない。

「その通り。ミルトスンという細い木から採れる樹液でね。粘性に富んで、接着剤や補強用の塗料なんかに使うんだけど、うちの村じゃあこの時期、そんな便利な物はどこも品切れなんだよ」

 どうやら石工細工にも良く使われる物らしく、品評会間近の時期は、雑貨屋でもすぐに品切れになってしまうらしい。

(祭りの飾りつけ用品ですら品不足だったからね。出品物に利用できる物なんて、もっとなんだろう)

 だからギリーブも困り顔をしているのだ。彼が品評会に出す石椀は、その樹液を使って作るのかもしれない。

「けど父さん。品評会に出すのは、この石椀なんだろう? ミルトスンの樹液があっても意味ないんじゃないか?」

「それって、どういう意味です?」

 とにかく会話について行こうと、ルッドはいちいち会話に参加しようとする。少しでも話の意味を理解したい。

「うちの石椀は、使ってる材質と石からの削り出し方の関係で、樹液が上手く乗らないんだ。だから、あってもあまり意味が無い」

「それなんだがなあ………偶然、上手い具合に乗る削り出しが出来たんだよ。幾つか、何時もと違う石椀があるだろ」

 ギリーブは工房内に存在する石椀のうち、幾つかを指さした。

「ああ。出品用のお椀って、そういう物なんだね。へえ、凄いじゃないか」

「それだけか?」

 バンダックは素直に父の作った石椀を評価するのだが、何故かギリーブは不満気だった。

「それだけって?」

 父親の反応が分からぬのだろう。バンダックは疑問を返すが、ギリーブは首を振るだけだった。

「まったく。腕はそれなりになって来たが、だからまだ半人前なんだ。それよりも、ミルトスンの樹液をどうやってか手に入れてだな―――

「あの、それを手に入れたいのなら、僕らも手を貸しましょうか?」

「ちょ、兄さん、いきなり何言ってるんだよ」

 ギリーブ達の会話を聞いていたルッドは、彼らの行動を手助けしたいと考える様になった。キャルはそんなルッドの考えに驚いているらしい。

「手を貸すって、あんたがか? 商人だったか。もしかして、ミルトスンの樹液を持ってるのか?」

 ギリーブは尋ねて来るが、ルッドは首を振る。残念ながら、ルッドが扱う商品は、この村に来てすぐに売り払ってしまった。

「残念ながら、まだ手には入っていません。ですが、工芸品に利用される塗料である以上、この村内にまったく無いってわけじゃあないんでしょう? なら、手に入れる方法は幾らかあるはずです。その手助けをできないかと思いましてね」

 ルッドは是非とも、彼らに借りを作りたかった。だからこそ手を貸すのだ。

「そりゃあ、アテは幾らかあるし、あんたらの口が達者であるなら、助かる話なんだが………なんでまた」

 やはりギリーブも、ルッドの提案を訝しんでいるらしい。急な話であったので、当たり前と言えば当たり前だ。

「もし、もしですよ? ミルトスンの樹液を手に入れる過程で、僕らが十分に手を貸したと思ってくれたのなら、品評会に出す石椀、同じ物が複数あるんですよね? それを幾らか売っていただけませんか?」

「売ってって、兄さん、まさか、この工房の石椀を商売道具にするつもりなのか?」

 キャルは驚きの表情を浮かべた。ルッド達は、マーダの村からホロヘイへ帰る際にも、この村の産物を買い取って、それをホロヘイに卸す予定だった。

 そのために工房の見学をしていた部分もあるのだが、ルッドはさっそく買い取る産物を決めてしまったのだ。

 それこそ、この工房の石椀だった。

「ほう。あんた……分かるのか?」

 眼を鋭くして、ルッドを見つめるギリーブ。その視線に、ルッドは頷きを返す。

「ええ。だから是非とも」

 ルッドは、ギリーブが作り出したという石椀の価値に気が付いたのだ。だからこそ、石椀を買い取って、利益を上げたかった。

「………そうだな。人を選んでいる時間は無いか。わかった。手を貸してくれたら、石椀を幾らか売ってやる。付いて来てくれ」

 ギリーブはルッド達を、工房内へ入る様に促した。ルッドはそれに従って、ギリーブの後を追う。

 ただ、キャルとバンダックは疑問符を浮かべたままだ。

「なあ、一体何が分かったんだ?」

「さあ? 僕にもさっぱり」

 二人して、会話の真意を理解できない様子。バンダックについてはギリーブの口から聞かされるとして、キャルの方は、あとでルッドが説明してやる必要があるだろう。


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