第二話 北海への出港
ムリツの町の近くには、ブルーウッド国が誇る最大規模の港が存在する。地形的に天然の入り江となっているその港は、ムリツの町を国の首都とする上で、大いに後押しをした存在だろう。名前はそのままムリツ港と言う。
と言っても、ブルーウッド国の主要産業は森を中心としたもので、森は海岸線沿いにはあまり存在しない。植林をしても発育が良く無いのだ。なので、ムリツ港という名前だと言うのに、ムリツの町の中心からは少しばかり距離があった。
そうして、ムリツの町からムリツ港へと向かうその距離こそが、この国との別れの距離なのだろうかとルッドはしみじみと感じ入る物がある。
「………一年って言うのは、思ったより短いものなんだなあ」
自分の足で歩いているわけで無く、馬車に揺られながらの道。体を動かしていないため、頭の中だけが働いてしまう。ノースシー大陸で間者の仕事をしろという命令が下ってから、既に一年が過ぎていた。その間は種々様々な訓練をして、暇が無かったからか、まるで空を飛ぶ鳥が落ちる様な速さで、時間が過ぎた様に思える。
気が乗らない自身の心情とは正反対に、今いる馬車の居心地自体は悪く無い。外交官御用達の高級馬車らしく、狭さを感じなければ、不便さも感じない。
ただしこの馬車は、ルッドが勝手に任務を放棄しない様に用意されたものだろうと考える。間者などという仕事は、危険で目立たず、正直なところ嫌な仕事だ。任務を請け負った人間が仕事を放棄する可能性は大いにある。
(別に僕はそんなつもり無いわけだけど、周囲にその気持ちが伝わるかと言えばそうでも無いしね)
馬車はムリツ港まで止まらず進む。その後のルッドは、港を見学する暇すら無く、自分をノースシー大陸へ運ぶための商船へ入ることになるはずだ。海の上には逃げる場所など無いのだから。
「船旅か……経験が無いわけじゃあ無いけど、不安だなあ」
別大陸だけあって、航路をまっすぐ進んでも、数日掛かる距離にノースシー大陸は存在する。それだけの期間、船に乗った経験は無い。途中で難破して船が沈みでもしたらどうしようと考えてしまうのは、仕方の無いことだと思う。
「御者さん。ムリツ港まではあとどれくらいなんですか?」
馬車の中にいれば、嫌でもあれこれと考えてしまう。いっそのこと早くムリツ港まで着かない物かと御者に尋ねてみた。
「あと一時間ってところだね」
どうやら時間はまだあるらしい。馬車内の椅子に座り直しながら、足を揺するルッド。三年間もこの国を離れなければならない。そう思うと不安で仕方が無かった。
そうして、これまでの一年を思い出す。まず習い始めたのはノースシー大陸の言語だ。これをまず覚えなければ意味が無い。交流がまったく無かったわけでは無いから、言語関係の資料はある程度あったのだが、恐らくは向こうの国では些か時代遅れの言葉になっているかもしれない。言葉というのは、数年だけでも大いに変わる物だから。
次には体の動かし方を習った。恐らくはこれが訓練の中で一番厳しかったと思う。護身用の武術から、身の隠し方や家への潜入方法なんて物まで学んだ。体を動かした経験があまりないルッドにとっては、地獄の様な思い出しかない。しかも、それらの成果があるかどうかが怪しいのだ。言語はひたすら学べば良いのだが、戦闘技術など、一年やそこらで身に付く物では無いと、訓練官となった人間も口にしていた。
とりあえずは気休めとして。そんな名目で始まった訓練が、もっとも厳しかったのはどういうことだろうか。
(とりあえず、暴漢に襲われても逃げ延びられるくらいの自信はついたけどさ)
あくまで自信は自信だ。実際に襲われたり、戦わなければならない状況になった時、十分に行動できるかどうかは未知数だろう。
そもそも、ノースシー大陸がどの様な場所かすら、いまいち想像できずにいるのだ。
(確か、ノースシー大陸を支配しているのはラージリヴァって言う名前の国で………)
現在、先輩のグラフィド・ラーサを含む数人の外交官は、そのラージリヴァ国との交渉を既に始めている。前段階として一年の間に行われた交渉は、相互の通商に関する取り決めを目的とする物だったらしく、一年が過ぎて後、ノースシー大陸への商船はすぐに商売を始めることができる状態になっているそうだ。
聞く話に寄れば、ノースシー大陸からの船も幾らか来る予定だそうだが、残念ながらルッドがそれを見ることはあるまい。これから入れ違いにこの国から出て行くことになるのだ。
そうして、物品の交流に関しては漸く始まったところであるから、それに伴ってやってくるであろうノースシー大陸の情報についてはあまり流れて来ず、ルッドは数少ない資料の中で、ノースシー大陸について学ばなければならなかった。
(駄目だ。予習やら復習に関しても、向こうの国に行ってみないとわからない状態だよ………)
幾らか、ノースシー大陸での礼儀作法の様な物を学んではいるのだが、こちらに関しても、ノースシー大陸に以前赴いたことがあるらしい冒険家からの又聞きである。本当にノースシー大陸の情報として正確かどうか怪しい物だ。
(だからこそ、もっと詳しい情報を手に入れるために間者を送り込むんだろうけども)
そういう存在は、言って見れば捨て駒に近く、もし何か失敗をすれば、そのまま国から見捨てられる可能性が多いにある。
「だけど、成功さえさせれば見返りはあるはずさ」
だから逃げずにノースシー大陸に向かうのだ。この馬車が辿り着く場所が、栄光へのスタートラインであると信じて。
「ぐうぇ………船から顔を乗り出す時は手すりにしっかり掴まって。なんて説明をされるから、何事かと思ったけど………こういうことか」
ムリツの港を出港してから半日が経過した商船の甲板。ルッドはその端で魚に餌を撒いていた。勿論したくてやっているわけで無く、船酔いによるそれであった。
「出港して暫くはそれほど揺れないから油断してた………安定した航路って言っても、やっぱり北海の海流は難所みたいで……うぐぐ」
手すりから顔だけ出して、下の海に胃の中身を吐き出す。今はこれで済むかもしれないが、さらに揺れが酷くなれば、手すりに近づくなと船員から注意されることになるだろう。揺れの激しい時にそんなことをすれば、海に放り出されることになるだろうから。
とりあえず出せる物を出したので、気分が落ち着く。また暫くすれば悪くなって来るだろうから、自分の船室で横になっていよう。
少し暇だなと感じて、船内を歩き回った結果がこれなのだ。船員に迷惑でも掛けようものなら、居心地が悪くなってしまう。この船にはあと数日間は居なければならないのだから。
(船員もそう多くないし、降りる頃には大半の人間と顔見知りになってたりしてね)
一方で、船室にずっと籠っていれば、誰とも顔を合わさないままかもしれぬ。どちらに転ぶかは海流と天候によると言ったところだろう。
「気分は晴れましたかな?」
「は? え、はあ?」
手すりから手を離し、振り返ったすぐ目の前に、小太りの男が立っていた。どうやらルッドの様子をずっと伺っていたらしく、こちらが落ち着いたから話し掛けて来た様だ。
「おっと失礼。私の名前はエルファン・ローマンズと申します。これでも商人の端くれでして」
エルファンと名乗る中年の男性は、ルッドに手を差し伸べてくる。握手のつもりなのだろうが、具合の悪いルッドから見れば、困っている人間の手助けをしている様にも見えた。
「商人ですか。なら、同業者ですね」
ルッドはそう言葉を返してから、エルファンの手を握る。
今のルッドは商人という立場になっていた。見習い外交官で無く、見習い商人だ。商船にてノースシー大陸のラージリヴァ国に向かう以上、そういう立場を名乗らなければならいわけである。向こうでもブルーウッド国から来た商人という立場で行動することになるだろう。
「やはり同業者でしたか。いや、随分とお若い。どなたかの付き添いとして?」
「いえ、勿論雇い主はいるのですが、向こうへは一人で」
未だ自立できない見習い商人という立場を演じるルッド。その雇い主がブルーウッド国であるとは相手も思うまい。
「なるほど。若いうちはその様な挑戦は素晴らしい物ですぞ。向こうでの商売に失敗しても、まだまだ挽回の機会がある」
何やら感慨深げに頷くエルファン。若いからと言って、別に仕事を失敗したいわけではないのであるが、まあ、その頷きの邪魔はしない。
「ローマンズさんもやはりノースシー大陸へは商売目的で?」
「ええ。その通り。と言っても、同じく商船の一室を間借りしている方ですが」
商船と言うからには、この船は商人の持ち物だ。この船を使ってノースシー大陸と商売をしようとする商人がいるということ。一方で、そうでない商人も乗船はしている。外海に出る船などという、莫大な金銭が掛かる物は買えぬが、それでも海を越えて商売をしたいという商人達が、安くない乗船賃を払い、それぞれ商船の一室を間借りしているのだ。エルファンもその一人なのだろう。
(と言っても、この年齢でそんな立場ってことは、将来はあまり明るく無いのかな?)
この商船は、民間ではノースシー大陸へ向かう第一陣だ。言って見れば、本当に商売になるかどうかは賭けにあたる船であろう。そんな賭けであるからこそ、商船への乗船賃も比較的マシだった。
エルファンの外見はどう見ても中年であり、順調に商売を続けているのであれば、賭けに乗る必要も無ければ、乗船賃を安く済まそうなどとも思うまい。これまで確かな成果を得られなかった、若干おちぶれた商人と言った立場だからこそ、この船に乗っているのである。
(そうして、この機会になんとか一旗揚げたいってところかな?)
要するに自分と同じ立場だ。年齢こそ違えど、どこか親近感が湧いてきた。
「なんなら、どういう物品を扱っているかとか、情報交換しません? 向こうで商売敵になるのも馬鹿らしいですし」
「おお。世代の違う者同士なら、お互い得る物も大きそうですな。私の部屋で良いですかな?」
エルファンの方も了承してくれたらしい。部屋の中に籠っていれば船酔いもまだマシだろうし、良い暇つぶしにもなる。そう考えての提案であった。
「つまりは私も乗り気では無いのですよ! ブルーウッド国内で堅実に利益を上げたい。しかし、安定という物は誰しもが求める物。私の年代ですら様々な商売に前任者がいるわけです。ならば新しき商売人とは、邪道に走るしか無くなる!」
「は、はあ」
顔を赤らめて叫ぶエルファンにうんざりしながら。ルッドは彼の話に相槌を打つ。そうしなければ、いちいち話を聞いているかと尋ねて来るのだ。
彼の手には一本の酒瓶が握られている。その中身の3分の2程が既に無くなっていた。酒瓶の中身は、レッドボール酒と言う果実酒だ。エルファンがノースシー大陸での商売品として用意していた物だそうだ。
レッドボール酒とは、その名の通りブルーウッド国で生産される果実を醸造した物であり、酸味と甘さ、渋みが良いバランスの味で、ブルーウッド国内でもっとも飲まれている酒の一種となっている。
勿論、ブルーウッド国の名産品として他国にも輸出されており、エルファンはノースシー大陸にも同じ様にレッドボール酒を輸出販売しようと考えているのだろう。
(酒なら物持ちも良いし、利益にはなると思うけどねえ)
珍しさから、そこそこに向こうでも売れるかもしれない。他国の品だけあって、値段を釣り上げて売ることもできるだろう。
それらの点を考えれば、この売り物を選んだエルファンの商売センスはあると考えるのだが。
「若い人間は熱意に溢れていると世間は考えていますが、私の様な年代だってその熱意を維持している者は多くいる。ただ、その熱を隠すのが上手くなっているだけなのです! というか、商売人とは、どこかで浪漫を持つ生き物で―――」
「あー、そうですね。すっごいわかります。わかりますよー」
彼の話だけを聞いていると、小指の先程にすらその商売センスとやらを感じない。自分の商売品を、数に余りがあるからと小話ついでに一本空けるというのも、あまり商売人として好ましく無いのではないだろうか。
(まあ、僕が言えた義理じゃあ無いんだろうけど………)
ルッドは目の前の机に置かれた木のカップに目を向ける。そこにはレッドボール酒がなみなみと注がれていた。ルッドの方も飲まなければ話が進まない。そう言ってカップに酒を注ぐエルファンを、ルッドは黙って見ていた。断ることもできたのだろうが、そっちの方が話は進みそうだという考えの元、黙認したのである。
(出来る限り、このローマンズさんの話を聞いて置きたいんだよ。仕事だしね)
ルッドは商人と名乗っているが、実際は商人でなく外交官だ。となると、商人としての演技には、どこか自分でも気づかぬ不備があるはずである。それを、どうにかエルファンとの会話で掴み、より商人らしさを演出できる技能を手に入れようとしていした。だから彼のうんざりする様な話を聞き続けているのだ。
「そうは思いませんか!」
「あ、ええ。そうで……何の話でしたっけ?」
「このレッドボール酒のことです! 酒とは心と体を熱くする物です。だからこそ、大人はみなこれを飲みたがる。歳を経る毎に減少する自らの熱意を補充するために! ノースシー大陸でもそれは同じでしょう! むしろ気候的にブルーウッド国よりも寒いそうですから、より、この様な酒を求めるはず!」
(こっちより寒いのなら、それはそれでレッドボール酒とは違うお酒で寒さをしのいでいると思うんだけどなあ………)
内心で話にツッコみながら、あくまで話の邪魔はしない。エルファンの話は白熱してきたらしく、さらに顔を赤くしてルッドに話し掛けてくる。というか、もう独り言に近い状態ではないだろうか。
「売る物については分かりましたよ。けれど、その場所と時機はどうするつもりなんです?」
「場所はともかく、時機まで尋ねるとは、中々に勉強熱心ですなあ。とりあえずは、行って直ぐにある程度の量を売るつもりですよ。そうして、この酒の評判が出回ったところで、再び売る。1度目はブルーウッド国で売る値段よりは割高で、2度目は1度目の売れ行きと調整して、さらに値段を上げるのかどうかを決めるわけです」
「2度に売る機会を分けるのには何か意味が?」
「様子見です。実際、この酒は私達にとっては美味い物ですが、向こうの国ではそうで無いかもしれない。1度目は物珍しさから購入されるかもしれないが、2度目からは酒の評判が物を言います。そうして、この酒が売り物になるかどうかを計るわけですな」
エルファンが調べた限りではあるらしいが、この船でレッドボール酒を売り物にしようとしているのは、彼しかいないそうだ。もし、レッドボール酒が向こうの国で受け入れられれば、どれだけの量を輸出すれば利益になるか。それを一番知る人物は彼となり、その流通路については、彼こそが第一人者となることだろう。
「けれど、もし不人気で終わればどうするんです? 1度目で売り切った方が、利益が高い可能性もある」
「だ・か・ら! 熱意の問題なのです!」
「わっ!」
再び熱弁を奮いだすエルファン。そう言えば彼はしこたまに酔っぱらっていた。必要以上に商売の内情を明かしてくれるのもそのためかもしれない。
「良いですかな? この商売において、もっとも重要なのは情報です。売る物でもなく、その場限りの利益ですらない。どれだけ商売となる情報があるか。それこそが我々にとっての最重要課題でしょうに。あなたも見習いとは言え商売人ならわかるはずだ!」
「顔、顔が近いです! 離れて!」
遂には掴みかかってくるエルファンを押し返して、ルッドは彼の言葉を頭の中で反復する。
(情報こそが最重要課題か……商人という人種がこういう立場なら、僕が向こうの大陸で商人のフリをするというのは、好都合と言えば好都合かもね)
ノースシー大陸の情報を求めることこそがルッドの仕事だ。その行為を商売のためであると偽れるのであれば、商人と言う立場は悪く無い。
一方で商人すべてが情報を貪欲に求めているとしたら、ルッドがより多くの情報を集めなければ、ブルーウッド国は彼ら商人の後手に回ることになるだろう。商人達がブルーウッド国から与えられるノースシー大陸の情報だけに満足しているはずも無く、彼ら独自で向こうの国を調べ始めるだろうから。
「そう言えば、私ばかりが話をしていますな。確かこの場は情報交換の場であったはず。次にはそちらがどの様な商売をするか話してくれませんか?」
漸くエルファンの顔を引き離すが、彼はふと冷静さを取り戻し、その様なことを尋ねて来た。自分だけがすべてを明かすわけには行かない。そういう商人としての本能の様な物が、彼にあるのかもしれない。
「わかりました。話します。話しますよ。だからいったん離れてください」
再び近づこうとするエルファンを止める対価として、自身の商売についてをルッドは話す。勿論、その商売自体が偽装なのであるから、内容を話すことに抵抗はまったくない。
「僕の商売道具は、宝石や貴金属の加工品です」
「ほう! それはまた!」
目を輝かせるエルファン。ルッドの発した宝石、貴金属と言った単語は、商人で無くても魅力を感じる物だ。それが現物であればもっとだろう。
「僕の上役なんですが、そう言った物に関わる商売をしてまして、うちの国の加工品が別の大陸で通用するかどうか見てこいというのが命令でしてね」
ルッドの話の半分は本当だ。商売人の偽装をするのなら、ついでにブルーウッド国で作られた加工品が売れるかどうかも試して欲しいとの命令も受けている。しかし、それはあくまでついでであり、それら宝石や貴金属は、ノースシー大陸におけるルッドの活動資金として用意された物であった。
(こっちのお金を持って行ってもあまり意味が無いからね。現地ですぐに換金できそうで、尚且つかさ張らない物となったら、宝石やら何やらしか無いんだろうなあ)
それらの多くは、自分の服の至る所に仕込んであったりする。それもあまり目立たぬところにだ。そうすることで、暴漢に襲われた時も、自身の資金源を失わなくて済む。
「宝石類を商品にするとなると、かなり難しいでしょうに。良く若手に見えるあなたに頼んだものです。いや、これは失礼」
失言だったと口を隠すエルファン。だが、彼の言うことももっともだ。商売道具として貴金属や宝石を見た場合、扱い難い商品であることに違いは無いのだ。
ただそれだけで価値があり、他人に奪われる危険性が常にあるうえ、それ自体が貨幣として用いられる時もあるためか、それらを売ることでそれら以上の価値を生み出すのは容易では無い。手元の紙幣をそれだけを使って倍に増やそうとする様な物だ。
「実際、うちの上役としても鉱山を持っているわけじゃあ無い以上、僕にそれらの商品を扱わせるのは賭けなんでしょうね。というより、向こうでより希少価値がある物を見極めるつもりなのかも」
「つまりは私とあなたは同じ立場だと言うことですな。ふむ、なら、幾つか助言が―――」
エルファンが突然に話を止めて、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「ローマンズさんも聞こえましたか?」
「ああ、あなたもと言うことは気のせいでは無かった様ですね」
微かな音だったので何かの間違いかとも思ったが、エルファンも同じ音が聞こえた様子なので、確かに音がしたらしい。
「叫び声でしょうか。というより怒声か。船員が怒鳴られているのかな?」
「かもしれませんね。ちょっと様子を見てきましょうか?」
ルッドが尋ねると、エルファンは頷いた。しかしその動きは緩慢である。船が揺れており、さらにエルファン自身が酔っぱらっているためか、足取りが非常に不安定だ。
「ローマンズさんはちょっと休んでてください。何かあったのなら、報告に帰ってきますから」
「ああ、そうしてくれるかね? ううーむ、若い頃なら、こんな酒瓶一本でこうもならなかったんだがなあ」
ぶつぶつとぼやくエルファンを尻目に、ルッドは部屋を出た。