第二話 変質者
「いやあ! 助かったよ。今回の品評会は、これまでより大規模になりそうでね。こういう飾りも品切れが続いてたんだ」
ルッド達がホロヘイから持ち込んだ飾り付け用の布類は、村の雑貨店がすべて引き取ってくれる事になった。
今、ルッドは飾りを引き取ると申し出た雑貨屋の店主である、猫背の中年男と商売の話をしている。
勿論、仕入れ値よりも高く、経費も込みで儲けは十分に出た。だが、ルッドはそのことについて、素直に喜べずにいる。
(まさか、向こうから商品を買わせてくれと頼みに来るとは………)
マーダの村に辿り着いたルッドは、まず、商品を買い取ってくれる店を探そうとしたのであるが、向こうからルッド達に近づいてきて、町から運んできた商品を買い取らせてくれと話しかけてきたのだ。
「大規模って、何かあったんですか?」
せめてこの様な状況になった理由を知りたいとルッドは考える。商売で儲けが出るのは嬉しいことではあるのだが、それが自分自身の努力に寄る物で無いのだとしたら、それはそれで問題である。
(今回の商売では儲けを出すことは勿論だけど、商人としての経験を積む目的があったんだからさ、勝手に転がってきた利益っていうのはどうもなあ………)
宝くじに当たった様な物だ。自分で稼いだ金銭では無い。幸運はそう何度も続かないのであるから、それに支えられた儲けは身に付かないとルッドは考える。
「祭典の出品物が、結構、大がかりになりそうでね。今回は凄いよ、なにせ、ウィソミン・ホーニッツがこれ以上無い出来の工芸物を作り出したって公言しているんだからな」
「ウィソ……なんですって?」
「ウィソミン・ホーニッツ。当代で一、二を争う石工職人の名さ。うちの村の誇りだな、彼は。まあ、人格に難ありなんだが」
大陸で代表的な石材産地に住む石工職人というのは、同じく代表的になる技術を持っているのだろうか。とにかく雑貨屋の店主は、ウィソミンという男を評価しているらしい。
「その、これ以上無いくらいに凄い工芸物って、僕らも見ることは可能ですかね」
「可能も何も、品評会の出品物だからね。当日になれば、誰でもその目で見ることになるだろうよ」
「へえ。是非とも見てみたいですね。当代一、二の腕前なんて、早々に見る機会は無さそうだ」
そういう人物が作り出した物は、さぞかし高値で売れるのだろう。ホロヘイにその人物が作った道具などを持ちかえれば、それなりの儲けになるかもしれない。
そんな欲を持ったルッドは、雑貨屋の店主に詳しく聞いてみることにした。
「具体的には、どんな物を作ってるんでしょうかね」
「具体的に? まだ発表されてないから、私だって詳しくは知らないが、凄い物は確かさ。ほら、これを見てくれ」
店主がカウンターの下から何か石の塊を取り出した。単なる塊に見えるが。
「一見、単なる石の塊に見えるが、ほら、ここに穴があるだろう? 覗いてみてくれ」
言われて石に開いた穴を覗く。すると、穴以外のどこに光が差し込んでいるのかはわからぬが、穴の中がはっきりと見え、さらに石の内側に、丸い玉のような物が見えた。玉にはには猫か何かの動物の彫り物がされている、
「………これ、なんですか?」
「中にある玉も、同じ石さ。中身を玉が残る形に削り取って、中の玉が良く見える様に細工も施したらしい。こんな物を作れる腕は、世の中がどれだけ広くても、ウィソミンだけだろう」
正に技巧を凝らした芸術品ということだろうか。面白い物品であるものの、実用性は無さそうだ。というか、道具では無く、見て楽しむタイプの物品だ。
(裕福な人間ほど、こういう物を欲しがるかもね)
マーダの村では、こういう物を買い入れるのも悪くはあるまい。村内で雑貨屋はここ以外にもあるらしいし、石工職人はそれ以上の数が存在するだろうから、あれこれ見て回るのも悪く無い。
「品評会は四日後だ。あんたも、それまで滞在するだろ? なら、ウィソミンの工房に行ってみれば良い。これよりももっと凄い物が展示されてるはずだ」
店主の言葉を聞いて、そのつもりになるルッド。商売を抜きにしても、そういう物を見るのは楽しみであった。
(ちょっとした観光気分だよ。こっちの大陸に来て良かったと思ったのって、これが初めてじゃないか?)
異文化との触れ合いというのは、探求心と好奇心を生む。そうして、人間とは何故か知らぬが、その生まれた物に楽しみを感じるのだった。
「ねー、運び入れ終わったけど、もう、私は働かなくても良いのよね」
店の奥からレイナラの声が聞こえて来た。彼女とキャルは、店の裏口から馬車に乗っていた商品を店に運び込んで貰っていた。商品の搬入が終われば、後は代金を貰うだけだ。
「おお、助かったよ。どれどれ」
店主が店の奥へ向かう。商品がちゃんと運び込まれたかどうかの確認だ。こういうのを怠る商人は、必ず損をする。この店の店主にしても、そこはきっちりとしているのだろう。
「待たせたね。確かに搬入を確認したよ。代金は約束通り、これだけ」
店主は、当初提示した額と同様の金貨をルッドに見せる。ルッドは一枚一枚それらを確認してから、懐に仕舞った。
「こちらも確かに。それじゃあ僕らはこれから宿でも探します。品評会、楽しみにしてますよ」
「ああ。是非、楽しんで行ってくれ。それと宿を探しているなら、村を入った表通りのすぐ近くにあるはずだよ。旅行客用の宿だから、盗人への用心もきっちりしている。なんならそこに泊まると良い」
「なるほど。じゃあ、とりあえずそこの部屋を借りることにします。ありがとうございました」
店主の親切に礼を言ってから、ルッドは雑貨屋を出た。雑貨屋の表には、既にキャルとレイナラが、馬車と共に待ち受けている。
「ちょっと、男手のあなたが店主と交渉で、女の私達が力作業ってどういうこと?」
レイナラは、どうやら自分の処遇に不満を持っているらしい。
「なら、店主と値段交渉でも任せれば良かったですね。できればですが」
「そ、それは………」
護衛業一辺倒の彼女であるから、商人の仕事はできぬはずだ。それを良く理解しての嫌味だった。
「さっき、あたし達の仕事を手伝ってくれるって言ってたじゃん。別に良いだろ、それくらい」
キャルに関しては不満は無いらしい。むしろ、社長の彼女がルッドに怒るのが筋であるため、その彼女が別に構わないという様子である以上、レイナラが文句を言うのは筋違いだ。
「うう……確かに言ったけれど、商売が上手く行ったのなら、私があなた達の仕事を手伝う理由が無くなるわけで………」
納得し難いと態度で示してくるレイナラ。彼女にしてみれば、ルッド達に商売の儲けが出ると確定した時点で、帰りも雇ってもらう算段が付いたのである。ならば、わざわざルッド達を手伝わなくても良いと言う結論になるが、雇用主の心証が悪くなれば元も子も無くなるため、仕事の手助けをしているというのが実際だろう。
「わかりました、わかりましたよ。なんだったら、次の依頼までの宿代くらいは出します。良いよね、社長」
「まあ、帰りも雇うってんなら、それまでの間も雇用者側になるからなあ……それでも大丈夫なんだよな?」
キャルが聞いて来るのは、レイナラの宿代を出しても、儲けが目減りしないかということだろう。
今回は幸運に恵まれたため、それくらいなら出せる。だからこそルッドは提案したのだ。
「この村での宿代についても、事前に計算した経費に含まれているからね。儲けが想定よりも多かったから、一人分の宿代が増えても問題無いよ」
「まあ嬉しい。これで気楽に村を観光できるわね」
どうやら彼女も、滞在中は村を見て回るつもりだったらしい。であるならば、マーダ村にいる間は、彼女と行動を共にすることが多くなりそうだ。
「………観光地としても有名なんですか? ここ」
「そりゃあねえ。面白い工芸品があちこちの工房で飾られているし、採石場なんて、遠目で見る分にはとても楽しげよ?」
有名なだけあって、人の往来もかなりあるらしい。村というよりも町の規模で存在しているが、人口自体は近くのホロヘイに取られて少ないそうだ。
(ホロヘイの衛星都市ってところか。この国では建築物に多くの石材を使うから、町を発展させるには、こういう場所が絶対に必要になるんだろう。ホロヘイの生命線はホロヘイの外にこそありっと)
頭の中で有用そうな情報を纏める。こういった情報を集めて、後で先輩外交官に手紙の形で報告するのだ。ルッドの本質はブルーウッド国からの間者なのだから。
「すまんが、ちょっと横にのいてくれんか」
「え……あ、はい。すみません」
何時までも雑貨屋の前で雑談をしていると、髭の生えた白髪の男が、ルッドの近くに立っていた。老人に見えなくも無いが、全体的に筋肉質な体をしており、どこか若くも見える男だった。
ルッドが雑貨屋へ入る扉の前に立っているから、障害物になっていたのだろう。
「ほらほら、どいてあげなさい。そこにいたら、商売の邪魔よ」
レイナラに注意されるまでも無く、ルッドは扉から体を離した。白髪の男はルッドに少し辞儀をした後、雑貨屋へと入って行く。
「………」
話を中断された様な雰囲気になったため、暫くの沈黙が続いた後、ルッドは口を開いた。
「まずは、この馬車を村の貸し馬車屋に返しに行きますか。商品は全部降ろしましたし」
確か村の入口付近に貸し馬車屋があったはずだ。村からの帰りには、また利用することになるだろうが、村にいる間は馬車を返却しておいた方が良いだろう。
「会社を作るくらいなら、専用の馬車を購入したらどうなの?」
レイナラはルッドで無くキャルに尋ねた。馬車を持つか否かについての決定権は、社長のキャルにあると判断したのだろう。
「ちょっとは考えたけどさ、まだ商売が軌道に乗ってるわけじゃあないしなー。それに、今は仮の会社みたいなもんだし、いざ買っても、馬は結局レンタルになりそうだろ?」
「ホロヘイで毛長馬を飼うのは大変そうだものねえ」
キャルとレイナラは、そんな話をしながら歩き出した。いつの間にか仲良くなっているのは、どういうことだろうかとルッドは首を傾げながら、彼女らの背中を追った。
貸し馬車屋に馬を返した後、馬車屋の近くに宿があったため、そこを当分の間の滞在場所とすることにした。丁度、雑貨屋に紹介された宿でもあったのだ。
「亀の休息所って名前の看板が掛かってたけど、どういう意味なのかな?」
ルッドは宿に入って真っ先に浮かんだ疑問を口にする。既に店主には3人が泊まる旨を伝えており、一人部屋と二人部屋が一つずつ空いているかどうかの確認をして貰っていた。
その間、店の玄関近くにある待ち合い広間にて、暇を潰すルッド達。先ほどの疑問は、暇つぶしついでの会話だった。恐らくは宿の名称なのだろうが、それにしたって妙な名前だ。
「亀……こう、フィーリング的なあれじゃないか?」
答えになっていない答えをキャルが返す。ただ、その返答に不満は無い。世間話とはその会話内容に意味は無く、ただ誰かと会話を続けることが目的なのだから。
「違うわよ。近くに採石場があるから亀なの」
意外なことに、レイナラは宿の名前の意味がわかっているらしい。
「採石場と亀にいったい何の関係が?」
「別の大陸の別の国では、鉱山や採掘場から、石で出来た亀が出て来るなんて話があるそうよ。そこからとったのね。この宿の亀は多分、採石場で働く労働者の比喩なんだろうけれど」
「なるほど。だから亀の休憩所と」
ここは村に働きに来た者のための宿でもあるのだろう。
「兄さんも、別の大陸から来たんだろ? そういう話を知らなかったのか?」
「知らないよ。別の大陸って、僕が来た大陸じゃあ無いんじゃない? それとも国が違うか」
ルッドは一応、ブルーウッド国では外交官をしている手前、他国の事には詳しいつもりだが、鉱山から亀が出て来るなどという話は聞いたことが無い。
「まあ、マイナーな話よ。私とこの宿の店主がそういう妙な話が好きってだけの話なのかもね」
「へえ。ラグドリンさんはそういう話が好きなんですか?」
「レイナラで良いわよ。で、そういう話が好きかと聞かれれば、好きよ。というか、別大陸の、異文化や違う環境を感じられる話は大体好きなの」
楽しそうに笑うレイナラ。だが、どこか寂し気に見えるのはどうしてだろうか。
「余所の国に憧れるか? あたしなんて、この国で生きるのさえ精一杯って感じなのに」
キャルの方は別に興味の無い話だったらしい。まだ目で見る世界が狭いのかもしれない。視野が広くなれば、それに従って、まだ見ぬ何かに憧れる様になるのが人情というものだ。
「この国でしか生きられないのだったら、むしろ憧れる様になるんじゃない?」
「ふうん……え? どういう意味?」
レイナラの言葉の意味が分からなかったらしいキャル。ルッドにしても同様で、彼女が何を言いたいのかが理解できなかった。
「人生がどれだけ長くても、行ける場所は限られてるってこと。あ、ほら、私達を呼びに来たみたいよ」
話の途中であるが、部屋の確認が出来たらしい店主が、ルッド達を呼びに来た。丁度部屋は空いているらしく、手ごろな宿賃で借りることができた。
逗留場所が決定すれば、後は村内を観光するだけだ。特に石工職人達の工房は、自らの目で見ておかなければなるまい。
商売道具にする予定であるし、この国の技術力がどれほどのものかを確認できる良い機会だ。
「ウィソミン・ホーニッツって人の工房が凄いらしい。人聞きの情報だけどね」
ルッドはキャルを誘って、その人物の工房へと向かっていた。目利きは商人にとって必要な能力。キャルにもそれを養って貰おうと考えての行為だった。勿論、自分自身のそれを鍛える目的もある。
「レイナラは連れて来なくても良いのか?」
同行しているのはキャルだけであり、レイナラはいない。
「宿で一休みしてから、自分で村を周るってさ。大方、酒場でも探すつもりなんだよ」
思うに、彼女は酒好きである。出会う場所、出会う場所で酒を飲んで酔っ払っているのだ。それは偶然では無く、彼女がどんな町でも酒場にいるからだろう。
「嫌なことでもあんのかねー。酒って、現実から逃げるために役立つ道具だって、父さんがティンベントの酒を飲みながら良く言ってたよ」
「お父さんのそういうところは見習わない様にね………」
酒に逃げる社長がいる会社には勤めたく無い。そんなことを考えながら、ルッド達はウィソミンの工房へと向かう。
「で、その凄腕の石工がいる工房ってのは、どこにあるんだ?」
「ううーん。宿の店主に聞いた話じゃあ、ここらなんだけどなあ………」
工房というのだから、それなりに目立つ建屋だと思うのだが見当たらない。いや、あるにはあるが、きっと、あれは違うだろう。そうだ。そうに違い無い。
「………なあ」
「うん?」
「あれじゃね?」
キャルが指を刺す方向には、妙な形の石が周囲に並ぶ建屋があった。屋根の上にも、鳥の羽が生えた筋肉質の男がポージングをしている石像が存在している。
「いやだなあ社長。あんな家が、この村一番の石工がいる工房なわけないじゃん」
「いや、でも………」
「冷静になって見てみようよ。例えば、あの建屋の玄関近くにある石像、何に見える?」
「鼻が額に伸びた猪に見えなくもない」
キャルの表現とは違い、ルッドには目と口のあるコーヒーカップに見えた。兎にも角にも尋常な構造物ではあるまい。
「ああ、あれは僕の夢枕に現れた未知なる天使様の姿を象った物さ」
「へえ。どうりで一般的な感性からは遠く離れたデザインを………って、どなたで?」
何時の間にかルッド達に並んで、若い男が立っていた。髪を赤やら白やらで染めた妙な男だ。服装も色々な生地を切り貼りした物らしく、直視すると目が痛くなってくる。
「君らが話すあの石像の製作者だが?」
「ああ。どうりで」
これで作った人間がまともだったらどうしようと思っていたところだ。らしい人物が現れたことにほっとする。
「どうりでの後に何が続くのかな? 詳しく聞かせてくれないか」
「言って良いんですか? あなたを酷く傷つけることになるかもしれないんですけど」
「兄さん、もう既に傷つける一言になってる」
そうだろうか? キャルが心配するほどに、目の前の男は傷ついていない様に見える。というか、こっちの言葉の意味が伝わっているのか不安になるほど平然としていた。
「はははは! どうやら僕の名前を知りたい様だね!」
「すみません。話を聞いて下さい。あ、やっぱり良いです。僕らに付いて来なければそれで良いんで」
「妙な事を言う。僕の工房を探していたんだろ? さっき、僕の名前を口にしている君を見て、ずっと後ろを付いて来ていたんだぞ?」
唐突に人を尾行していたことを明かす男。もっと気になる事を言っていた気がするが、問題は既にそういうことでは無くなっている。
「社長、大変だ。変質者が目の前にいる」
「この村って、自警団とかはあんのかな?」
やはりレイナラを連れてくるべきだったか。彼女なら、目の前の男を撃退できそうであるが。
「変質者などどこにもいないさ」
「いや、目の前にいるんですけど」
「そう。人という名前の人間がいない様に、変質者という名称で呼ばれる個人などいない!」
「あれ、もしかして自分に向けられた言葉じゃあないと思っている?」
どうすればこの男に言葉を伝えられるのだろうか。いや、そもそも会話をしようとする事自体が、無謀な行為だったかもしれない。さっさと無視して居ない物を扱うが如くになれば、この男の興味から外れる可能性があったはずだ。そうならなかったら怖いが。
「つまり、私は変質者などでは無い! ウィソミン・ホーニッツという名を、父やママから貰っているのだからな!」
「ああくそ! 一番知りたくなかったことを口にしたな!」
目の前の変質者を目的に出歩いていたなどと、ルッドは理解したくなかった。だからさっさとこの場を離れたかったというのに、ウィソミン・ホーニッツはどうしてだか、ルッドと会話を続けようとしてくるのだ。
「じゃあ、やっぱりあの工房は、噂の石工職人のなのか?」
キャルが若干ウィソミンから距離を置きながら尋ねている。彼女はこの男と別れることは早々に諦めて、とりあえず自身の疑問を解消する方を選んだらしい。
「その通りさ! 芸術家に相応しい館だろ?」
「館というか……お化け屋敷というか………」
頭が痛くなってきたのか、キャルは右手を額に当てている。その気持ちは分からなくも無い。
「僕が聞いているウィソミン・ホーニッツと言う人間は、当代随一の石工職人で、今回の品評会では誰もが認める工芸品を作り上げたと聞いていましたが、どうやら人違いだったみたいですね。それか情報が間違っているか」
「そうかな? ウィソミンという名の人間は、この村で僕しかいない。となれば、その当代随一の石工職人というのは僕ということになる! はは! なんとも照れる話じゃあ無いか」
自分で言っていれば世話は無い。他の村人は、良く彼が視界に映ることを認めている物だ。ルッドであれば、彼に会わないことを日々祈るだろうに。
「なるほど、あなたが僕らが探しているウィソミン氏本人だということは分かりました。そしてもう会えたんですから、ここでさよならですよね?」
話をさっさと終わらせて、彼と別れなければ。交渉は自分の得意分野であるはずで、早急に話を終わらせる展開も、複数用意出来る―――
「おや、見たくは無いのかい? 今回の品評会に出品する工芸品を」
「え? 見せてくれるんですか?」
ウィソミンの人格は問題外だったのであるが、彼の技術についてはまだ興味があった。彼の腕が噂に聞くほどの物であるとしたら、今後の商売にだって関わって来るかもしれない。
「勿論、来る者は拒まないよ。どうせ近いうちに公開する物さ。今ここで、商人であろう君達に見せるのも悪く無い」
「商人? 僕らが? どうして………」
ルッド達は自分達が商人であることを明かしていないはずだ。そもそも、ウィソミンとは意思の疎通すらしていない。
「普通の人間なら、出品される物は品評会まで待つのが常さ。急ぐ必要は無し、祭りの当日まで楽しみを取っておくのが人情というものだろう。わざわざ工房まで出向くというのは、楽しみ以外の目的があるということだよね?」
勘が鋭いのか、それとも当てずっぽうか、変質者染みたこの男は、ルッド達の目的を既に察していたのだ。