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北風の道  作者: きーち
第三章 ホロヘイの厄介事
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第六話 ルッド・カラサという商人

 ルッドがババリン団との交渉に挑んだ翌日、ホロヘイの町は二つの噂で持ちきりになっていた。

 一つ目は、他人の家を奪い、そこにたむろしていたチンピラ連中が、治安隊の一斉摘発により逮捕されたこと。この噂は事実であるが、噂である以上、尾ヒレが付く。それと言うのも、治安隊の行動はチンピラ達を後ろで操っていたブラフガ党と呼ばれる一党を、牽制する目的があったのだそうだ。

 治安隊はブラフガ党などという組織には屈せず、むしろ社会を乱す悪党共を退治するために動き始めた。そんな噂だ。

 一方で、二つ目の噂はそれとは正反対である。曰く、ババリン団という集団はブラフガ党とは無関係であり、勝手に名乗られた側であるブラフガ党は、ババリン団を潰すために治安隊を動かした。つまり、治安隊はブラフガ党の意思で、どうにでも動かせる存在であるという噂。

 この二つはどちらが真実なのか。肝心の治安隊は、ただ独自の判断で動いたとしか語らない。

「兄さんの考えなら、一つ目の噂が、治安隊が画策していたものってことで良いんだよな?」

 ルッドは家を掃除しながら、噂話を不思議がるキャルと話していた。話す場所はキャルの家。正式に彼女の手に戻った家であるが、不良どもが荒く使ったせいで、あちこちが汚れている。そのため、二人して家の掃除をしているのだ。

「そうだねえ。けれど、もう一つの噂が流れたせいで、それが上手く行かなくなったみたいだ。この家がババリン団に奪われてから、すぐに治安隊が動かなかった件が、後者の噂を補強しちゃってるんだよ。治安隊が遅れて動いたのは、ブラフガ党の指示を待っていたからだ、なんてさ。あーあ、これはもう使えないな」

 何枚かのメモ用紙が床に散らばっていたので、それもゴミとして分別する。もしかしたら、鼻噛みにでも使われたのかもしれない。

「仕事の遅い治安隊にもムカついていたし、いい気味だと思うだけどさ、なんかタイミングが良すぎないか?」

「誰かが治安隊に対抗するために別の噂を流したってこと? いったい誰が。いっとくけれど、僕じゃあないからね」

 そう、ルッドでは無い。恐らくはブラフガ党が流したのだ。自分達が悪者側に立たされる噂に対抗しようとすれば、正反対の噂を流してしまえば良い。

 流れる噂は止められないが、別の噂と混ざり合う様に仕向けることはできる。正反対の噂が同時に流れれば、当初は論争が起こるだろうが、そのうちにどちらもどうでも良くなって捨て置かれるだろう。後にはババリン団が治安隊に潰されたという事実が残るのみだ。

「うーん。じゃあ、治安隊のやつらの目論見違いってだけか………ざまあ無いよな」

「本来の仕事を止めて悪巧みなんていうのは、なかなか難しいんだと思うよ。だって、その悪巧みに適した組織じゃあないんだから」

 そういう裏工作に適した組織こそ、ブラフガ党ということだろう。噂云々に関しては、ブラフガ党が一枚上手となる結果が残るかもしれない。

「…………話は変わるけどさ、なんか、掃除まで手伝って貰ってごめんな? 家を無事に返してくれるところまでが、あたしの依頼だったのにさ」

「それくらい別に良いよ。報酬さえきっちり貰えれば文句は無いし、それにこの家の掃除だって、報酬に無関係ってわけじゃあ―――

「そうだ! 報酬! 無事かな!?」

 何かを思い出したらしいキャルが、家の広間まで駆け出した。何事かとルッドが追うと、彼女は部屋の隅の床板を外し始めた。

「ちょっと、せっかく片づけをしてるのに、さらに荒らす気なの!?」

「ここは良いんだよ。ちょっと工夫したら、すぐに外れる様になってるんだからさ………良かった! あいつらにも見つかって無かったんだ」

 喜ぶキャルに何事かとルッドは見ていると、彼女は床下から木箱の様な物を取り出した。すぐに蓋を開けてキャルが中身を覗くので、ルッドも同じく箱の中身を見てみた。

「金貨か……すごいね。この量だと、一財産だよ」

 箱にはぎっしりと金貨が詰まっていた。つまりキャルが取り出した木箱は、金庫の代わりだったのだ。

「父さんがさ、あたし一人で家の留守番をするなら、こういうのが絶対に必要だって残してくれたんだよ」

 商人らしい預け物だと思う。親心という奴なのだろうが、子どもの事を思うのなら、そもそも娘を一人残して町を出るべきでは無いのではとも思った。まあ、他人のルッドが口を出すべき物では無いだろうが。

「結構な額だし、この家っていう資産も持ってる。キャルのお父さんって、もしかして相当にやり手な商人だった?」

「そりゃあ勿論。とにかく、商売の臭いを嗅ぎつける鼻だけは誰にも負けないって感じだったよ。その分、行動が急で、すぐにどっか出掛けちゃうんだけどさ。あ、そうだ。兄さんにはこの何割かを報酬として渡すよ。結構な額だろ? 引き受けて良かったな」

 笑うキャルを見て、どうやら彼女が勘違いしていたことに気が付く。そう言えば、こちらが求める報酬について、何も話していなかった。

「うーん。いや、それはいらないよ」

「え? 無償でやって貰ったにしては、大変な仕事だったろ」

「無償だなんて、それこそまさか」

 金銭を受け取らぬならばタダ働きのつもりかと問うキャルであるが、それは彼女が未熟である証拠だ。無償で働く商人などいない。見習いのルッドでさえ分かる理屈だった。

「僕が欲しいのは、こういうのだよ」

 掃除の合間で見つけた、一冊の紙束をルッドはキャルに見せる。

「何んだ? それ?」

「………本当に商人の娘なら、知っておいて欲しいんだけどね。これは、君のお父さんが残した帳簿だよ」

 どこでどういう商売をして、どの様な利益を得たのか。それらがびっしりと書かれた紙の束こそ、ルッドが望んだ報酬だった。

「そうか。兄さんは商人だから、そういう帳簿があれば助かるわけだ」

 長らくラージリヴァ国で商売を続けた商人。そんな人物が残した帳簿は、ルッドが望むこれからの商売についてであったり、間者として必要なこの国の情報を得ることができる貴重な物品である。何十枚の金貨よりも価値があるかもしれない。

「そういうこと。この大陸の情報っていうのは、少しでも多く欲しいんだよ。もう知ってるかもしれないけれど、僕はこの大陸に来てそれほど時間が経ってないんだよね」

「うん。外国人なんだろ? そんなの、最初に見た時からそんな感じだって気付いてたよ」

「………そんな人間を、兄さんって呼んで巻き込もうとしたの? 君は」

 キャルの物言いにルッドは唖然とする。実はとっくに自分の身分がバレていたこともそうであるが、彼女の図々しさに呆れていたのだ。

「なんか、巻き込もうとしたらそのまま簡単に巻き込まれてくれそうだなって思ったからさ」

「ま、まあ否定はしないよ。実際にこうやって最後まで仕事をしちゃったしね」

 結果、望む報酬を得られたのだから良しとしておく。悔いなど残っても、挽回の仕様が無い状況だから。

「申し訳なく思ってるんだぜ? 実際、家をちゃんと取り返してくれるなんて、思ってもみなかったし………」

「そう思うんなら、快くこの帳簿を渡して欲しいね。多分、君が思っている以上に、これは貴重な物なんだ」

 しっかりとした利益を残した商人の帳簿。上手く使えば、さらなる金銭を生み出せる道具となるかもしれない。

 この家を奪ったブラフガ党は、キャルが床下から取り出した金庫もであるが、この帳簿の隠された価値にすら気が付かなかったわけである。ならば宝の持ち腐れだ。やはりキャルに返すことが正当であったのだろう。

「………それを渡したら、仕事は終了ってことか?」

「まあ、当初からの契約はそれで終わるね。君は家を取り返して、僕はその仕事の代価を得た」

 なんだろうか。キャルは口籠んでいる。もしかして、この帳簿を渡すのが嫌になったのかもしれない。やはり報酬を貰う前から、報酬の価値を説明するのは悪手だったか。

「言っとくけど、これは絶対に貰うからね。でなければ、これまでの苦労が台無しになる」

「いや、それは良いんだけどさ。兄さん、あんた、この家で商人として働いてみない?」

「……本気で言ってる?」

 キャルの口から飛び出したのは、ルッドをスカウトしたいという言葉だった。急なその言葉に、ルッドは驚くよりも先に訝しんだ。いったい、どういう意図を持ってキャルはルッドにそんな提案をしたのか。

「本気だよ。あのさ、一応、この家は商人の家なんだよ」

「そうだね。今は君が管理しているけど、本来は君のお父さんが家主だ」

 ルッドが欲しがる帳簿があったのも、ここが商売人の家だからである。でなければ、ルッドはこの家をキャルの手に取り返そうとは思わなかっただろう。

「つまりさ、やっぱり商売を続けてこその家だと思うんだよ。けど、あたしにはそんな能力無い。その帳簿だって、大事な物だって気が付かなかったくらいだし」

「お父さんは、君に商人を継がせるつもりは無かったのかもねえ」

 そこにどの様な意図があったのかは、本人以外には知る事ができぬだろう。

「そんな状態で、どうやればこの家を商人の家として使えると思う?」

「見習いとは言え、商人の僕を雇えば良いわけか………」

「そう言うこと。むしろ、見習いの方が、雇い賃は少なくて済むだろ?」

 ルッドは少し黙ってしまう。彼女の提案は馬鹿馬鹿しい物であった。まだ出会って間もない他人に、父親の商売を継がせようということなのだ。そんなおかしい話は無い。

 彼女は無暗にルッドを信用し過ぎであるし、商売は継ごうとして継げる物ではあるまい。いくら帳簿や情報が残っているとは言え、人との繋がりは人によって繋がる物で、いきなり赤の他人が入れ替わってどうにかなるものでは無いのだ。

「………僕は外国人で、すぐってわけじゃあ無いけど、将来的には生まれ故郷に帰るつもりだよ?」

「じゃあ、その帰るまでの期間で良いよ。もしかしたら、その間に、父さんが帰って来てくれるかもしれないし………」

 確かに、その可能性は無いわけではあるまい。父親が出ている間だけの代理人。だが、それでもルッドを雇うというのは無理がある。

「なんで僕なの? 代理の商人をしてくれって、父親の知り合いに頼めば、もっと経験のある商人が来てくれるかもしれない」

「でも、それは父さんの知り合いであって、あたしの知り合いじゃあないだろ?」

「うん?」

「あたしは、自分の目で見て雇う人間を決めたい。けれど、どういう商人にどれだけの商才があるかなんて、あたしには分かんないんだよ。でも、兄さんがそれなりに出来る人間だっていうのは、今回の事でわかった」

 彼女の目に適った人間は、今のところルッドしかいない。だからルッドを雇いたいとキャルは言っていた。

 ルッドにとって見れば、余計な苦労を背負い込むことになる話だ。当面の生活費はあるのだから、わざわざ新たに商人として雇われて、面倒事に巻き込まれるなどまっぴらだ。

(と、思わなきゃいけないんだけど………なんでかなあ。面白い提案だと思っちゃうんだよ)

 キャルに雇われるということは、ホロヘイに拠点を持てるということだ。さらに彼女の父親の商圏をある程度受け継げるかもしれない。となれば、これからもっと商売の手を広げられる。何故だか、それがとても面白いことに思えたのだ。

「一つ、条件があるんだ」

「条件?」

「社長は君がやること」

 あくまでルッドは、彼女の父親が帰ってくるまでの代理人という立場でいたい。何時でも足抜けできる気楽な立場でいたいというルッドの我が侭であった。

「社長……あたしが?」

「そう。この家は君の家なんだ。当然だろ?」

 渋るかと思えた提案だったが、キャルは少し考える素振をした後、ニヤニヤと笑い出した。

「良いな、それ。あたしが社長で、兄さんが社員か」

「そういうことになるんじゃない? 君が僕を雇うってことはさ」

 ここまで話して、ほぼ、キャルの提案は纏まっていた。ルッドはキャルに雇われる身分となり、それでも商人という立場は変わらぬまま、この国で過ごしていくことになったのである。


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